自惚れ貴族と婚活メイド

一重

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6、執事の隈は不幸の始まり

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領地を治める貴族の館の中でも、フリードの住まう物は特に壮麗だと言われている。

 さほど広いわけでもないのにそう謳われる理由は、ひとえに家内を差配する奥方の手腕といえるだろう。
 隅々まできれいに手の入れられた庭は『一度は散歩してみたい館 第一位』に位置づけられ、ここ数年首位独占を果たす人気ぶりである。その、人を飽きさせない造りは連日視察の依頼がひきも切らずに届けられ、もはや館の収入源のひとつとして立派に成り立つほどになっている。
 その美しい庭園を抜ければ、緩やかなアーチを描く、温かみのある玄関から老齢の執事が迎えてくれる。
 洗練された執事のたたずまいと幻想的な空間は、訪れる者に一時の夢を見させてくれるーー。

 しかし、現在玄関に立つフリードの前に見慣れたその執事はいない。正確には、客人を夢見心地にさせるようないつもの完璧な執事はいない。どこか疲れた表情を見せる執事の目の下には、うっすらと隈が見える。

「お帰りなさいませ。フリード様。サリュク様が蒼の間にてお待ちでございます」

 そう告げる声もどこか張りがない。
 フリードはそんな執事を見やり、気遣わしげに眉根を寄せ、小さくため息をついた。

「シュバルツ。疲れているようだな……。また母上の”お楽しみ”が始まったのか……」

 同情するような視線に、執事シュバルツは白いものが混じり始めた頭を小さく垂れて同意を示した。

「……はい。昨夜から密かにご準備を始めておられたようで……私もサリュク様がいらして初めて知った次第でございます」

 責任感の強いシュバルツには、サリュクの訪問を事前に知らされていなかった時点で職務怠慢だと思っているのだろう。憔悴した顔には、何度目か知れない奥方の”お楽しみ”にまたもや出し抜かれた悔しさとそれ以上の疲労を色濃く映している。

「気にするな。母上のあれは、もはやびっくり箱だとでも考えたほうが気が楽だ。いつ何時刺客が現れるとも知れないこのご時勢には、ぴったりの精神をお持ちだと考えればいいようにもとれるだろう」
「はぁ……左様でございますか」
「深く考えるなということだ。サリュク嬢のことに関しては母上ひとりの動きとも考えづらい所もあるしな……」

 遠い目をしたフリードは疲れたため息を吐いた。すると、それまでフリードの後ろで静観していたロレーヌがふいに声を上げた。

「どうやら皆様すでに首を長くしてお待ちのようですね」

 ロレーヌの言葉が終わるか終わらないかのところで、明るいさざめきが室内から流れ華やかな一団が不意に玄関ホールへ現れた。
 落ち着いた色調ながら細部まで手の入った服に身を包んだ十名ほどの女性陣の中央には、淡い金の髪をふわりと靡かせた妙齢の女性が立っている。

「フリード様。お待ち申し上げておりました」

 艶やかな唇が美しく弧をえがき、陶器のようなすべらかな肌に春の光をまとわりつかせたサリュクは、まさに人ならざる女神のような神々しいまでの美しさを湛えた女性に成長していた。

「さ、サリュク嬢……」

 ごくりと唾を飲み込むフリードに、にっこりと蕩けるような笑みを閃かせサリュクは一歩近づく。
 女性らしい柔らかな曲線を描く胸元から、腰にかけてぴたりと体に沿わせた服を纏うサリュクの姿は、可憐ながらも、内に芽吹いた女性の艶やかさを感じさせ妙に色っぽい。

「フリード様。遅いので迎えにあがりましたわ。旦那様」

 瞬間、にっこりと微笑むサリュクの後ろから体格のいい男たちが現れ、あっという間にフリードの脇を固めた。
目を点にして混乱するフリードに構わず、サリュクは満足げに語りだす。

「あまりにも結婚の意志を固めるのが遅いものですから、私もついに実力行使に出ることに致しましたの。聞くところによれば、他所のお嬢様方から恋文が山のように連日届くのですって?全く、私を相手によくそんな恥を晒すようなことができるのかと半ば感心してしまいましたが、旦那様にとっては頭の痛いことでしょう?ですから、憂いを絶つためにも、私との実利にあふれた結婚生活のためにも、すぐにでも婚礼を挙げたほうがよろしいとお義母様とお話いたしましたの。ね?フリード様。私、考える時間はたっぷり差し上げましたわよね?」

 フリードに口を挟む隙も与えず滔々と語り終えたサリュクは、フリードの傍に控える屈強な男達に向かって手を叩いた。

「さぁ、フリード様をお連れして」
「はっ」

 機敏に頭を下げた男達は、次の瞬間フリードの脇を固め、軽々と館の中へと運び込む。
 呆然と成り行きを見守るしかなかったフリードは、ここにきてようやく反論らしい反論を試みた。

「ま、待て!サリュク嬢!こんなやり方はおかしい!もう少し話し合おう!」

 必死のフリードの説得も、サリュクは一言の元に切って捨てた。

「五年は待つのに十分な時間ではなくて?」

 それに異論を唱えられるものなどいるわけもなく。フリードは様々に喚きながら館の奥へと連れられていった。
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