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8、その後の王子の憂い事
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ごとりと、重い扉が静かに閉まる。自室に戻ったフリードは扉に背を預けるようにしてずるずると床に座り込んだ。
「……はぁ」
ひどく長い一日だった。サリュクの突然の襲来があってからの怒涛の数時間は、フリードの気力を根こそぎ吸い取っていったようだ。ベッドまで歩くのがこんなに億劫に感じることなど初めてだ。自室の空気に心底安堵する。
「あぁ……もうここで寝るかな……」
だらしなく襟元を寛げて天井を見上げるフリードは、仰け反らせた喉元を晒すようにして目をゆっくりと閉じた。
「……おーい坊ちゃん、そんなとこで寝るなよー?俺らの邪魔にしかならないから」
そんなフリードに全く頓着しない、どこか気の抜けた男の声にまどろみ始めていたフリードのこめかみがぴきりと波打つ。
ゆっくりと声のしたほうへ顔を向ければ、いつの間にそこにいたのか、黒ずくめの男が飄々とした様子で立っていた。
「ヴァイス。言うに事欠いてそれか?仮にも僕はお前の雇用主の息子だぞ?そして坊ちゃん呼ばわりは止めろ」
「まぁそうだけど、俺らは基本ボス以外どうでもいいからなぁ。それに今さらだろ?俺とお前の仲じゃん」
さらっとフリードの注意も受け流し、にっこり微笑む黒ずくめの青年は一歩も動こうとはしない。
フリードに手を貸す気がさらさらないのか(おそらくその通りだろう)悠然と立つ姿は自信に満ちている。
くぐってきた修羅場の数がフリードとは比べるべくもないので当然といえば当然だろう。肩より少し伸ばした、くすんだ灰色の髪を女物のリボンでハーフアップにしてうっすら笑う様は優男にしか見えない。
「何が俺らの仲だ!勝手に部屋に侵入して人のものを漁るのが親しいもののすることか!」
そう、実はこのヴァイス『カラス』の一員にしてフリードのほぼ幼馴染なのである。ほぼ、というのはフリードの言であって、二人の仲は何とも形容しがたい。
フリードが物心つくころにはヴァイスは家にいて、時々フリードの前に出没するようになっており、時たま半年ほどいなくなることがあるが、それでも再会したときにはいつものような人を食ったような態度でさらりと暴言を吐く。世間一般では腐れ縁ともいうこの関係を、フリードたちは長年続けている。
「あれ、そうだよ?知らなかった?まぁ、フリード友達少ないもんねぇ。知らなくて当然か。ほら、さっさとベッドへ行く!夜中襲撃があったら俺らがそこ使うんだからね?戦えとは言わないから、せめて邪魔にならないような心遣いはほしいところだなぁ」
さっくりとフリードを邪険にし、言いたいことは言ったとばかりにヴァイスは窓に向かって軽やかに歩きだした。迷いなく堂々と進む様はまるでこの部屋の主かのようだ。
それを目にした本来の持ち主であるお子様フリードが、その光景に腹を立てないわけがない。ヴァイスの背に向かって苦々しい声を投げつけた。
「戦闘向きじゃなくて悪かったな!それより、いい加減自分の場所へ戻ったらどうだ!俺が今日どれだけ疲れたと思ってる!」
いきり立つフリードに、ヴァイスは億劫そうに振り返り肩をすくめた。そんな姿すら、人を食ったような態度が常のヴァイスにはよく似合う。
「フリード、言葉言葉。地が出てるぞ。ったく、そんなに疲れるんならさっさとお嬢さんのものになっちまえばいいのに。なんで逃げるんだよ?」
「母上にそれを聞きだすよう言われたか?」
即座に返したフリードに、ヴァイスは小さくため息をついた。このどこか浮ついたお子様感情が抜けない幼馴染は、まるでいつもは馬鹿の仮面でもかぶっているのかと疑いたくなるような切れ味鋭い観察眼を見せることがある。まぁ、実際のところ馬鹿は元々で、今もすっかりそのまま残っていることは間違いない。
「……やりにくいなぁ。ま、否定はしない。でも俺も前々から疑問に思ってたんだ。いい機会だと思ってさ。で?実際どうなの?いい女じゃん、ま、ちょっと過激でちょっと奥方様に似てるけど」
「……やはりお前もそう思うのか……」
さっきふと浮かんだサリュク=母親という図式が急に形になって目の前に落ちてきたようだ。
あの二人を相手取って無事生還を果たした今日という日が、どれほど素晴らしいのか、父親に感謝しつつ、フリードは自由の喜びをかみ締めた。
「で?どうなの」
だが、ヴァイスの追撃は終わらない。執拗に相手に近づき弱らせるのが趣味という変態な男は躊躇がない。
「……美しいとは思う」
「ふうん。で?」
「私と並んでも遜色しないのは彼女くらいだろう」
「まあね。それで?」
「…………お前、結婚とはどういうものか知ってるか」
「はい?なに突然。お前に一般的な結婚の概念が当てはまるわけないだろ。お前は貴族。だから自分の領地にとって最善の道を選ばなければならない。と、奥方様だっていってるじゃないか」
「知ってるさ。……だが、その一般の概念とやらを知ってしまったんだ……そうしたら、なぜかこの婚姻が間違っている気がして仕方がなくなって……」
だんだん視線が下を向くフリードに、ヴァイスは呆れたような声を出した。ついでに先ほどまでピンとはっていた背筋は、今はだらしなく片足に体重を乗せるような格好で、たらたらとフリードの話に付き合っている。
「あのなぁ、どこで仕入れてきたんだか知らんが、そんなもん忘れろ」
ヴァイスの言葉にふっと顔を上げると、フリードはおもむろに書き物机へ近寄り、一冊の本を手に取った。
「無理だ。全て暗記してしまった。もうどうやったって忘れられない」
「?……っ!……まさか、その本が情報源だってことは……」
「あぁ。とても為になるものだった」
どこか愛おしむように本の表紙をなでたフリードに、ヴァイスは戦慄した。確かにこういった類の話は疎いとは思っていたが、まさか、これほどだったとは……。
幼馴染のよしみだと自分に言い聞かせ、目の前の哀れな23歳の(頭意外は)健全な青年を救出すべく、ヴァイスは慄く唇を無理やり押し開けた。
「お前!そりゃぁ御伽噺じゃねぇか!!!!」
「……はぁ」
ひどく長い一日だった。サリュクの突然の襲来があってからの怒涛の数時間は、フリードの気力を根こそぎ吸い取っていったようだ。ベッドまで歩くのがこんなに億劫に感じることなど初めてだ。自室の空気に心底安堵する。
「あぁ……もうここで寝るかな……」
だらしなく襟元を寛げて天井を見上げるフリードは、仰け反らせた喉元を晒すようにして目をゆっくりと閉じた。
「……おーい坊ちゃん、そんなとこで寝るなよー?俺らの邪魔にしかならないから」
そんなフリードに全く頓着しない、どこか気の抜けた男の声にまどろみ始めていたフリードのこめかみがぴきりと波打つ。
ゆっくりと声のしたほうへ顔を向ければ、いつの間にそこにいたのか、黒ずくめの男が飄々とした様子で立っていた。
「ヴァイス。言うに事欠いてそれか?仮にも僕はお前の雇用主の息子だぞ?そして坊ちゃん呼ばわりは止めろ」
「まぁそうだけど、俺らは基本ボス以外どうでもいいからなぁ。それに今さらだろ?俺とお前の仲じゃん」
さらっとフリードの注意も受け流し、にっこり微笑む黒ずくめの青年は一歩も動こうとはしない。
フリードに手を貸す気がさらさらないのか(おそらくその通りだろう)悠然と立つ姿は自信に満ちている。
くぐってきた修羅場の数がフリードとは比べるべくもないので当然といえば当然だろう。肩より少し伸ばした、くすんだ灰色の髪を女物のリボンでハーフアップにしてうっすら笑う様は優男にしか見えない。
「何が俺らの仲だ!勝手に部屋に侵入して人のものを漁るのが親しいもののすることか!」
そう、実はこのヴァイス『カラス』の一員にしてフリードのほぼ幼馴染なのである。ほぼ、というのはフリードの言であって、二人の仲は何とも形容しがたい。
フリードが物心つくころにはヴァイスは家にいて、時々フリードの前に出没するようになっており、時たま半年ほどいなくなることがあるが、それでも再会したときにはいつものような人を食ったような態度でさらりと暴言を吐く。世間一般では腐れ縁ともいうこの関係を、フリードたちは長年続けている。
「あれ、そうだよ?知らなかった?まぁ、フリード友達少ないもんねぇ。知らなくて当然か。ほら、さっさとベッドへ行く!夜中襲撃があったら俺らがそこ使うんだからね?戦えとは言わないから、せめて邪魔にならないような心遣いはほしいところだなぁ」
さっくりとフリードを邪険にし、言いたいことは言ったとばかりにヴァイスは窓に向かって軽やかに歩きだした。迷いなく堂々と進む様はまるでこの部屋の主かのようだ。
それを目にした本来の持ち主であるお子様フリードが、その光景に腹を立てないわけがない。ヴァイスの背に向かって苦々しい声を投げつけた。
「戦闘向きじゃなくて悪かったな!それより、いい加減自分の場所へ戻ったらどうだ!俺が今日どれだけ疲れたと思ってる!」
いきり立つフリードに、ヴァイスは億劫そうに振り返り肩をすくめた。そんな姿すら、人を食ったような態度が常のヴァイスにはよく似合う。
「フリード、言葉言葉。地が出てるぞ。ったく、そんなに疲れるんならさっさとお嬢さんのものになっちまえばいいのに。なんで逃げるんだよ?」
「母上にそれを聞きだすよう言われたか?」
即座に返したフリードに、ヴァイスは小さくため息をついた。このどこか浮ついたお子様感情が抜けない幼馴染は、まるでいつもは馬鹿の仮面でもかぶっているのかと疑いたくなるような切れ味鋭い観察眼を見せることがある。まぁ、実際のところ馬鹿は元々で、今もすっかりそのまま残っていることは間違いない。
「……やりにくいなぁ。ま、否定はしない。でも俺も前々から疑問に思ってたんだ。いい機会だと思ってさ。で?実際どうなの?いい女じゃん、ま、ちょっと過激でちょっと奥方様に似てるけど」
「……やはりお前もそう思うのか……」
さっきふと浮かんだサリュク=母親という図式が急に形になって目の前に落ちてきたようだ。
あの二人を相手取って無事生還を果たした今日という日が、どれほど素晴らしいのか、父親に感謝しつつ、フリードは自由の喜びをかみ締めた。
「で?どうなの」
だが、ヴァイスの追撃は終わらない。執拗に相手に近づき弱らせるのが趣味という変態な男は躊躇がない。
「……美しいとは思う」
「ふうん。で?」
「私と並んでも遜色しないのは彼女くらいだろう」
「まあね。それで?」
「…………お前、結婚とはどういうものか知ってるか」
「はい?なに突然。お前に一般的な結婚の概念が当てはまるわけないだろ。お前は貴族。だから自分の領地にとって最善の道を選ばなければならない。と、奥方様だっていってるじゃないか」
「知ってるさ。……だが、その一般の概念とやらを知ってしまったんだ……そうしたら、なぜかこの婚姻が間違っている気がして仕方がなくなって……」
だんだん視線が下を向くフリードに、ヴァイスは呆れたような声を出した。ついでに先ほどまでピンとはっていた背筋は、今はだらしなく片足に体重を乗せるような格好で、たらたらとフリードの話に付き合っている。
「あのなぁ、どこで仕入れてきたんだか知らんが、そんなもん忘れろ」
ヴァイスの言葉にふっと顔を上げると、フリードはおもむろに書き物机へ近寄り、一冊の本を手に取った。
「無理だ。全て暗記してしまった。もうどうやったって忘れられない」
「?……っ!……まさか、その本が情報源だってことは……」
「あぁ。とても為になるものだった」
どこか愛おしむように本の表紙をなでたフリードに、ヴァイスは戦慄した。確かにこういった類の話は疎いとは思っていたが、まさか、これほどだったとは……。
幼馴染のよしみだと自分に言い聞かせ、目の前の哀れな23歳の(頭意外は)健全な青年を救出すべく、ヴァイスは慄く唇を無理やり押し開けた。
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