数ある魔法の中から雷魔法を選んだのは間違いだったかもしれない。

最強願望者

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第三章『地下ダンジョンと禁忌の実験』

エピローグ『彼の名は』

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そこに居たのは、いつものアダムだ。
少しだけ感情の乏しい無表情。
その顔は酷く整っている。
黒い髪もサラサラと風に揺られ、その瞳には今や、雷は宿っていない。
・・・奴は、私に言ったのだ。
『僕のせいで、ゼウスが死んだ』と。
神や悪魔に死という概念はないが、確かに。
人間で言う死なのは間違いない。
だから、私は言ったのだ。

「・・・その分生きればいいんだ」

「神様の分まで?・・・はは・・・無茶言うよ」

少しだけ、ほんの少しだけ元気を取り戻していた様子だった。
奴にとって、ゼウスとは今の奴の半身だったのだ。
だからこそ、今のアダムからは・・・
不自然と言えるほどに、何も感じなかった。
珍しく声を張り上げ、怒りを見せてはいる。
・・・あるいは、哀しみを。
哀れみを、感じているのだろう。

「・・・僕ね、自分で自分が優しいと思ってるんだ。だって、優しくあろうとしてるから」

そう言って、アダムは難なく立ち上がる。
・・・あの膨大な魔力に押し潰されながら。
何をするでもなく、立ち上がる。
ただそれだけで、その強さを、垣間見る。
目の前にいる男は。
恐らく、この場の誰も、勝てやしない。
だが、この男は。
我が主は。
諦めを知らない。

「だからね。今回も、優しく・・・なんて、行かないんだよ」

途端指輪が全て、破壊される。
その指輪に溜められた魔力を、アダムは全て自らの中に納めた。
──ありえない。
奴は、今や全ての尾を解放した私と同じレベルの魔力を有している。
さらに、数日間溢れる魔力を貯めているのだ。
納まるはずがない。
・・・なのに。

「僕は敵意で戦った事って、無いんだよね。殺意っていうのも知らないし、ただ戦いたいから戦ってただけ」

男を見据えて、歩き出すアダム。
私は、奴の援護の準備をしようとして──やめた。
物凄いプレッシャーだ。
手を出すなと、そう言っている。

「──僕の名を、言ってみろ」

瞬間、アダムの姿は消え、男の頭上に現れた。
男はそれを目で追いつつ、酷く困惑した顔でアダムを見ている。
まるで。
そう、まるで、何かが狂ったかのような。

「壱雷」

1本の、極太の雷がアダムの手のひらから放たれる。
男は特に何も感じた様子もなく、ただ呆然とアダムを見ている。

「弐雷」

二本の槍の形をした雷が男を襲う。
男は膝を折りつつ、しかし未だアダムを見詰めている。

「弎雷」
「──もういいよ。アダム」

男は遂に、腕をアダムへ向けた。
その顔はアダムと同じ、無表情。
ただし、アダムと違い、感情は読めない。

「君は・・・一度死んだから。弱くなってしまったんだね。・・・わかったよ。わかった」

かつてのアダムを思い返してか、男はそう言って首を振る。
酷く、悲しそうに。
酷く、面白くなさそうに。
酷く・・・失望したように。

「本当は気付いていた。転生なんてものを作ったのも、君だったし。それの事を聞いたのも君からだった。記憶の封印、でしょ?いいよ。待ってあげるよ。君が思い出すまで、俺は・・・世界を破壊し続けるよ」

男はそう言って、そこに『闇』を作り出す。
アダムは吹き飛ばされ、仰向けに倒れる。
レヴィアタンが途端に震え出した。
あれが、レヴィアタンが言っていた・・・
虚無・・・か。

「またね。アダム」

闇の魔力に煽られ、アダムは立ち上がることも出来ない。
仮にもレヴィアタンの親だ。
それに何か関係があってもおかしくない。

「待てよ・・・!!」

「待たないよ。君は弱すぎる。思い出したら、約束の場所へ」

そう言って男は。

「『闇渦ブラックホール』」

跡形もなく、消え去った。

§

闇渦の影響は酷かった。
地下ダンジョンではなく、王都の上空に現れたそれは、卑しくも王都の建物だけを吸い込み、人間は重軽傷で済んでいた。
再建は・・・容易ではない。
ただ、周辺の街からの物資や、諸国の援助もある。
帝国からの助けも期待出来るらしい。
ギルドマスターからは、そう聞いていた。

「・・・ねぇゼウス」

僕は、空からこちらを見ているであろう、相棒に話しかける。
返事はなく、ただ、山頂の風に吹かれる。
この不毛の土地に、新たに城を、街を、城壁を作るには、それなりの年月が必要だ。
しばらくは皆、ダンジョンの第一階層で過ごすだろう。
食料の心配はないらしく、冒険者が狩るものでも賄えるらしい。
しかし、学園も消え、国庫の金も無くなった。
数代先まで、このツケは残るだろう。
ギリっと、歯ぎしりをする。
弱すぎる。
僕は、弱すぎる。
強くなった気でいた。
強くなったつもりでいた。
・・・あぁ、そうだね。
この程度じゃ、守れない。

──英雄には、なれない。

§

結局、彼は学べない。
敗北でも、敗走でもないこの『気持ち悪さ』に、彼は何も学べてはいない。
怒りとも言えない怒りを奮起させ、しかしそれをしても彼は自分のソレを怒りと表現出来なかった。
自分の感情を偽っているのではない。
彼は自分のそれをしっかりと感じている。
では、なんなのか。
彼は認められないのだ。
自分の弱さをではなく。
自らの感情を。
だからこそ、フールへの気持ちを押さえつけ、しかし遠からず近からずの関係を作った。
卑怯だろう。彼は。
だが、それは本人が1番分かっているはずだ。
本人が1番、自分が嫌いなはずだ。
彼は『英雄』になると宣いのたまい、その本音はただ、感情を押し殺すことの理由付けだったのだ。
彼は弱い。
彼のどれをとっても、理由をつけなければ生きていけないほどに弱い。
フールの気持ちを受け入れつつ、それに応えないのは、およそ恥ずかしいとか、自分に相応しくないとか、自分が似合わないとか、そういう理由ではない。
単に、甘えてるのだ。
答えを先延ばしにして、選択肢を無理やり伸ばしているだけなのだ。
先延ばし先延ばし、そしてどうするかは、本人ですら分かっていない。
アダムは、何の変哲もない少年だった。
彼は過去を割り切り、過去を恨み、過去を妬み、過去を羨んだ。
前世?来世?今世?
転生?選ばれた?
違うのだ。
根本的に、間違えている。
彼はただ、傲慢なのだ。
彼はただ、守りたいだけなのだ。
自分が信じる、それを。
自分が守りたい、何かを。
そのためには、何よりも強くなくちゃいけない。
守るべき存在が、自分より弱くなくてはならない。
でないと、守れない。
共に戦うのは、要らない。
守られるのは、嫌なのだ。
彼は守りたいだけで守られたくない。
彼は自分の強さしか求めていない。
彼は幸福なんか求めていない。
彼は命なんか惜しくはない。
自分の命だけは、捨て去る覚悟がある。
だが彼はそうしない。
彼が死ぬ事で犠牲になる命を知っている。
だから彼は誰かを助ける。
知らない命を助ける。
だから彼の葛藤は終わらない。
だから彼の物語は始まらない。

彼の理想は、叶わない。

彼の名を呼ぼう。
彼の名を知ろう。
彼の名を覚えよう。
彼の名を知らしめよう。
彼の名を見よう。

彼の名はアダム。

──始まらない者アダムだ。
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