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サトシの譚

剣術指南

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一通り鍛冶屋道具を片付けると、野営地近くの広場に行く。昨日までみすぼらしかった少年が、急に立派な鎧と剣を携えて現れたことに、ルーキー冒険者たちが騒ぎ始める。カールはその姿を見ると、少し眉をしかめてやる気なさそうに声を出す。
「おい、剣術の練習を始めるぞ、やる気の有る奴いるか?」
 カールのやる気が一番なさそうであるが、それはルーキーたちのせいらしい。

「では、剣術の訓練と行こうか」
 嫌々と言った感じで、ルーキーたちを前にカールが剣を構える。
 
「よろしくお願いします。」
「「「「しやーす!」」」」

「それじゃぁこれから手合わせだ、とりあえずお前らの実力を見るぞ。」
「よろしくお願いします。」
「「「「しやーす!」」」」

 カールはサトシの方に向き直ると、さっきとは打って変わって楽しげな表情で告げる

「まずは、サトシ。さあ、かかってきな。」
「はい。行きます。」
 サトシはそういうと、カールに一礼をしてから、先ほど鍛えた剣を上段に構え、一気に切りかかる。
「てやぁーーー!」
 カールはその様子を絵画でも眺めているようにのんびりとみている。頭に一撃はいるのでは?とサトシは心配しつつ思い切り打ち込む。が、その剣は軽くいなされる。そして、足元を蹴たぐられて転がされる。
「ハイいいよ。ちょっと休憩してナ。」
サトシには何が起こったのか全く分からなかった。気が付いたら仰向けに転がされていた。が、またも頭の中にファンファーレが流れる。
 テッテレー!
「剣士見習いにジョブチェンジしました。それに伴いパラメータ再計算が行われます。」
「サトシのレベルは15に降下、体力の最大値が上昇しました、腕力が向上しました。攻撃力が減少しました。生命力が向上しました。知性が減少しました。素早さが減少しました。防御力が向上しました。運が減少しました。剣の熟練度が向上しました。」
『やった!やっぱり習うと早いな』
「ありがとうございます。」
 喜びで、本心からのお礼が出る。

「ハイ次」
「俺が行く!」
 鼻息荒くルーキーたちがカールに向かってゆく。その間にステータスを確認する。

『ユーザー:サトシ 職業:剣士見習い LV:15 HP:523/523 MP:30/30 MPPS:8 STR:45 ATK:130 VIT:36 INT:18 DEF:136 RES:15 AGI:164 LUK:111 EXP:881320
 スキル:観念動力テレキネシス 剣:Lv26 棍棒:Lv3 損傷個所 無し』
 
「グラディウス」と鎧を装備したからか、攻撃力と防御力が大幅に向上している。その数値をホクホク顔でサトシが見ている目の前を、何人ものルーキーが通り過ぎては吹き飛んで行く。終いには、カールはルーキーの剣を素手でつかむと、そのままもぎ取り遠くへ放り投げている。
『一体何なんだ。』
 正直な感想だろう。強さのレベルが違うとはこういうことを言うのだろう。一通りのルーキーを蹴散らした後、カールからアドバイスを受ける。

「まず、サトシ。相手に切りかかる時に声を出しちゃだめだ。癖ってのは咄嗟の時に出る。暗闇で敵を仕留めなきゃならないときにわざわざ自分の居場所を教えることになる。」
「なるほど」
 後ろでルーキーたちもうなずいてる。その様子を見てカールは苦々しい顔になる。

「それと、攻撃に気を取られすぎだ。狙いを目線からも読まれるし、なにより足元に意識が行っていない。周り全体に注意を払って、自分の手や足が今どこにあるかを逐一把握することだ。」
「ハイ」
『確かに、今まで催眠に頼り切って戦っていたから、周囲の様子なんて見てなかったな。』
 改めて自分の視野の狭さを気づかされた。大勢の敵に囲まれた時こそその冷静さが必要だとサトシは感じた。
「あと、俺の剣を真正面から受けようとしてたな。あれもまずいな。お前の剣は魔力で鍛えてはいるが、基本ある程度切れ味をよくするために硬く仕上げてる。硬い金属はもろい。真正面から剣を受けると、欠けるか、最悪折れることもある。受けるならある程度力を「いなす」つまり受け流す必要がある。タイミング次第ではじき返すこともできるが、今はまだやめた方がいい。」
 サトシは昨日の戦闘……というか虐殺の様子を思い浮かべながら素朴な質問をぶつける。
「カールさんの剣が欠けないのはやっぱり腕ですか?」
 カールが薙ぎ払ったゴブリンたちの多くは、鎧を着こんでいた。また、レベルが高そうなホブゴブリンやオークなどは、カールの攻撃を斧や剣、盾などでガードしていたが、それらはことごとくぶった切られていた。日本刀にはかなりの負荷がかかっていただろうが、戦いが終わり、カールが鞘を取りに来た時、日本刀に欠けた様子は見られなかった。
「いや、腕というよりは、魔力だな。いま俺はこの剣に魔力を流してる。だからこの魔力を超える打撃を食らわない限り剣にダメージは入らない。」
「魔力ですか」
「ああ、実際、強度以外にもメリットがある。切れ味も上がるし、刃の届かない斬撃の延長線上の敵も切れる。それと、俺の剣には関係ないが、サトシの使う剣はどちらかというと切れ味よりも強度重視だ。「切る」というよりは「叩き折る」という戦い方になるから相手を両断して剣を振り抜くには相当の力が必要になる。魔力を通して切れ味を増しておけばより振り抜きやすくなるから、周囲を敵に囲まれた時も戦いやすくなる。」

「なるほど」
 そう答えながらも、サトシはどうしたものかと悩んでいた。試しに魔力を流しながら斬撃を繰り出してみたが、カールのように潤沢な魔力があるわけではないため、長時間戦うことが難しい。せいぜい持って数十秒といったところだろう。
 如何にして切れ味と強度を保ったまま流れ出る魔力を少なくするか。簡単な話ではなかった。
 
 ほかのルーキーたちがカールに稽古をつけてもらっている間は休憩だ。サトシは地べたに座り込み、ぼんやりとルーキーたちとカールの稽古を眺めていた。
 数人のルーキー冒険者が代わる代わるカールに向かってゆく。一人弾き飛ばされると、次の者がカールに切りかかる。弾き飛ばされた者は、次の順番が回ってくるのを今か今かと狙って周りで待機している。カールもめんどくさくなってきたらしく、吹き飛ばす距離がどんどん遠くなる。
『ルーキーの人たち頑張るなぁ』
 などと考えながらしばらく見ているうちに、ふと疑問を抱く。先ほどサトシはカールと軽く手合わせしただけで熟練度が上がった。カールを倒したわけではないので、経験値こそ入らなかったが、あれだけの実力差である。ルーキーたちも急成長してもおかしくない。が、そんな様子は微塵もない。カールが強いからそう見えるだけかと思い、サトシはそれぞれのステータスを確認する。
 10人ほどいるルーキーたちのステータスを表示したまま観察するが、攻撃を受けるたびHPは減少するが、それ以外のパラメーターは微動だにしない。スキルが追加されるわけでも、熟練度が向上するわけでもない。
『才能かなぁ』
 と最初はニヤニヤしながら喜んでいた聡だったが、ルーキーたちの戦い方を見て妙な印象を受ける。
 言葉では説明し難いが不自然なのだ。「何が」と言われるとサトシも答えられないが、ともかく不自然なのである。
『いったい何が……』
 サトシがルーキーたちの行動に注目しようとしたその時、
「あぁーーー!鬱陶しい!!邪魔だお前ら。どいてろ!」
 カールが切れた。棒切れで殴られたとは思えないほど盛大にルーキーたちが飛んで行く。
『あの人は何でもありだな』
 飛ばされたルーキーを少々不憫に感じたが、ようやく自分の順番が回ってきたので気にしないことにした。
「よし。サトシ。やるぞ!」
「はい。お願いします。」
 その後、何本か手合わせをしたおかげで剣術の熟練度がかなり向上した。

「サトシは結構できるようになってきたな。もうあの辺のルーキーたちに勝てるんじゃねぇか?」
「いや、さすがにそれは無理ですよ。」
 サトシは満更ではなかったが、一応謙遜しておいた。すると、
「まあ、試しにやってみるといいさ。この棒切れでやってみろ。おい!そこの冒険者A!ちょっとコイ!!おい、お前だよ!早く来いよ!!」
 カールは近くにいたルーキーの首根っこを摑まえて連れてくる。頭にZのマークが入っていそうなガラの悪いモヒカン頭の冒険者だ。
「よし、じゃあお前ら二人で手合わせしてみろ。とりあえず二人ともこの棒切れを使え。勝敗は俺が判断する。いいな!」
「おい坊主!ケガするぜ。悪いことは言わねぇ。やめときな。」
 Zの冒険者はサトシに向かってニヤニヤ笑いながら吐き捨てる。
「俺がやれって言ってんだから、黙ってやれ!この盆暗ボンクラ!」
 Zの冒険者はカールに頭をはたかれた。

「ようし、はじめ!」
「おうおう、いいのかい!棒切れでも大けがするぜ!」
「あの、もう始まってるんで、攻撃しますよ。」
 サトシはあまりにも隙だらけのルーキーに申し訳なさそうに告げた。
「おめぇの太刀筋は見切ってるからな。カールさんに気に入られてるかもしれねぇが、俺がカールさんの一番弟子だ。」
 どういう理屈なのかわからないが、一番弟子らしい。サトシは考えるのをやめて、相手の動きを観察する。
 冒険者は隙だらけの体勢で、サトシを威嚇するように、近づいたり、遠ざかったりとフェイントをかける。
 棒切れを持った右手を大きく振り回しながらサトシを攻撃してくる。が、その動きに合わせてサトシは後ろ下がりながら攻撃を避ける。
『遅いな』
 その攻撃は、よく言えば正確、悪く言えば単調だった。カールの動きに目が慣れているサトシには、一つ一つの攻撃があまりにも緩慢に見えた。
 冒険者が何度目かの攻撃を繰り出したとき、サトシは横に躱しながら距離を詰める。そしてすり抜けざまに冒険者の右手を棒切れで打ち抜き、相手の武器を弾き飛ばした。

「はい!そこまで!!」
 カールが嬉しそうに宣告する。

 テテレテーレーテッテレー!!
 久々の勝利のメロディーだった。
「経験値1850獲得」
『練習試合でも経験値もらえるのか!』
 サトシにはうれしい誤算だった。これがサトシのやる気に火をつける。その後、カールにコメントしてもらいながら、そのほかの冒険者たちと手合わせをする。日が傾くころにはサトシに勝てるルーキー冒険者はカールだけになっていた。
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