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生方蒼甫の譚

ゲームバランス

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 エンドゥの宿屋につくと、いつものように前金で支払う。
 今回は2か月分払っておいた。受付の兄ちゃんも慣れたものだった。
「また修行っすか。お疲れさんっす。がんばってください」
「ああ、ありがとう」

 部屋に入り、一応ティンクルバリアだけかけておく。まあ、誰が来ても大概大丈夫だと思うけどさ。さっきの話を聞いた後だとね。
 俺たちよりはるかに魔力が高い奴でも殺されたとなれば話は別だ。この世界にはなんやかんやで例外があるんだろう。

 さて、ログアウトするか。

 目の前がグニャりとゆがみHMDの無機質な表示が見える。
 装備品を外してPCに向かう。
 さて、一応動かしておくか。ログアウトで止まった時間を再始動する。

「サトシたちは何してるかなぁ~」
 サトシはせっせと畑を整備していた。ストーブも大量に準備している。ありゃ?200台くらいあるんじゃない?なんだアイツ。こういう地味な作業好きだなぁ。俺数個で良いって言わなかったっけ?
 鍛冶屋に頼んだ意味が無いんですが……まあいいか。

 ユーザーたちも監視しておくことにした。
 とはいう者の、観察用AIつけるわけにもいかんしな。多少データ項目が減ってしまうが、活動ログを取ることにした。会話ログまでは取れないが、大雑把なデータでも無いよりましだろう。

 一旦ここで状況の確認だ。今回の研究に使用してるシステムは完全に外部から隔離されてる。暫定的に政府系イントラネットへうちの研究室から接続してるからね。
 いやぁ。かなりの優遇っぷりですよ。こんなに手厚い対応有るの?ってくらい。加えてスパコンの「阿吽」と「神威3号」も一般用と切り離した状態で使用している。

 この事から考えてセキュリティー面では完璧なはずだ。外部からの侵入は全く出来ない状態である。
 だからこそユーザーが「居る」ってのがよくわからない。 
 俺がログアウトしてWikiを確認しているこのPCは別系統からネットに接続してるしな。

「趙教授か?」
 不意に口を突いて出た。そうだ。趙教授も同じ実験してるって言ってたな。でも今は停止中って……それかな?いや。

 それだな。
 そう思おう。そうしよう。それが良い。

 こんなことで悩んだって仕方ないからな。
 趙博士なら500人分くらいデータ持ってるよね……って。五百かぁぁ。ちょっと無理筋だよなぁ……。
 でも、それで納得しよう。そうしないと前に進めない。まだ考えることが山ほどある。

 いまくよくよしていた間にサトシたちの方は2週間たってるしな。こっちも急ごう。

 で、何を確認したいかと言うと、ゲームの内容についてだ。

 このゲームが開発されていた当時の事は俺もよく覚えている。
 「圧倒的な自由度!」みたいなCMが動画サイトで流れまくってたからね。

 それまでのVRMMORPGは、自由度と言うと、オープンワールドでのマップの広さやNPCとの自由な会話を競っていた。
 映像表現も随分リアルになり、登場する人物の肌の質感が……とか、表情が……みたいなところはリアルになりすぎて若干頭打ち感があったほどだ。
 
 が、破壊表現に関してはどのゲームも今一つだったようだ。
 建物や構造物が破壊する際には材料の塑性変形等は完全に無視されるケースが多かったらしい。
 これはウチの学部生の受け売りだ。つい先日ゲームジャンキーの学部生と面談しているときに話題に上った。
 学部生が言うには
「ビルが壊れる時とか壁の欠片が四方に飛び散るじゃないっすか。でね。普通のゲームだとその飛び散り方がまたチャッちいっていうかなんていうか。本当なら中に鉄筋が入ってるはずなんですけど、そんなこと無視なんすよ。バーンってはじけ飛ぶの。ビル解体の動画とか見ると全然違うわけっすよ。ちゃんと調べて作れよって思わない?」
「ふーん。そうか。リアルじゃないんだね」
 と、時折奴はタメ語で話しかけてくるが、オトナな俺は華麗にスルーする。
「でね。まだ良いんすよ。ビルとかは。車とか、船とか、鉄板でできてるやつあるじゃないっすか」
「おう」
 鉄板じゃないけどね。鋼板ね。と思いながらもスルーする。
「あんなのも、細かい欠片になって飛び散るんすよ。普通鉄板なら砕けずに曲がるでしょ?そう言うとこがリアルじゃないんで冷めるんすよね」
「そうか、興ざめするほど不自然に見えるわけね。
 で、なんで俺の単位落としたの?」
「いや、そんな破壊表現に突っ込み入れまくってたらゲーム止めるタイミング見失っちゃって、で、朝までやってたら先生の講義出られないんすよね」
「理由にならんわ」

 まあ、この話聞いたのは、俺の講義欠席しまくって単位落とした学部生を説教してた時なんだけどね。
 ホントなら、説教なんかせずに「来年頑張って」で終わりなんだけど、学部長から「チャンスを与えろ」との厳命を受けちゃってさ。
 ちっ!めんどくせえ。
 
 いや、話がそれたな。

 というわけで、今も含めて、既存のゲームでの破壊表現はこの10年それほど進化してなかったわけだ。

 で、その状況を打破しようとしたのがこのゲームってわけだな。
 破壊表現を極めようと、物性、化学反応、生体反応、etc。それらについてとんでもないリソースを割いたらしい。それによってもはや現実としか思えない破壊表現が可能となった。

 と言うのが、先ほど登場した「説教学部生」の弁である。
 実は奴もクローズドβやったらしいんだ。どこにそんなコネがあったのか、それとも運で当選したのか、理由のほどは定かでないが、プレイしたことは事実らしい。
 で、そいつが言うには

「でね。スゲーんすよ。あれ。全てがリアルなんすよ。ハンマーで壁を壊すじゃないっすか。すると壁が砕けるんですけど、今までのゲームなら、出てくる欠片の大きさがバラバラにはなるんですけど、ある程度以下にはならないんすよ。全部大きいの。
 でもね。このゲームで壊すと、大きい欠片と一緒に砂みたいにチョー細かい欠片も出てくるんすよ。それだけじゃなくて一部は煙になって、周りが埃っぽくなるんすよ?わかります。この感動」
「ああ、お前の興奮具合は判るよ」
「ですよね。木の枝とかも折れるんすよ。一部曲がって繊維がちぎれず繋がったまま残ったり。スゲーんすから。でね、何がすげーって、壊れるのモノだけじゃねーんすよ。動物とか……」
「動物?壊れる?」
「そーなんすよ。動物とか殴るじゃないっすか。リスとか」
 
 こいつに単位出すのやめようかな。警察に突き出した方が良いんじゃねぇか?と、正直その時は思いましたよ。はい。

「つぶれるんすよ。殴ると『ぐちゃっ』と。でね。ナイフとかで切るじゃないっすか。そーすっと、ザクっと切れるんすよ。でね。中から内臓が出てくるんすよ」
 などと訳の分からないことを自供してたんですな。その学部生は。

 正直その時の俺の気持ちは、
『なに嬉々として語ってんの?こいつやっぱり留年させようよ。ってか、退学してもらおうよ。じきに問題起こすよ。絶対』
 って感じですよ。

 で、その時はゲームの事そんなに気にしてなかったんだが、いざ自分がログインしてみると奴の興奮の意味がわかった。

 このゲームは明らかに異常だ。
 バランスがおかしい。

 当然敵キャラの強さと言うゲームバランスも所々おかしいが、それよりも根本的に力を入れるところが間違っている。

 破壊表現に固執していると言っていい。

 普通に考えて、破壊表現をここまでリアルにする必要があるか?
 動物のみならず、人間も破壊されるときには、内臓や汚物をまき散らして朽ち果てる。
 
 ずいぶん昔、食事の表現に容量を消費しまくって炎上したゲームがあったが、それ以上の暴挙だと思う。
 
 血液や内臓が飛び散るだけなら、まだ100歩譲ってリアルさを求めたと言えなくはない。が、骨髄や胆汁などの体液までリアルに表現する意味ある?
 生体反応もリアルに表現されていて、殴打すれば痙攣し嘔吐する。吐しゃ物には直前に食べたモノがある程度原形をとどめた状態で混じっている。内臓を割くと、肛門の近くに行くにつれ内容物が排泄物に変化していく様子が見て取れるなど、ゲームの範疇を遥かに超えた力の入れようだ。

 実際爆裂系魔法で構造物や動物を破壊してみたが、そのリアルさたるや背筋が冷えるほどだ。
 ああ、確かに俺もさっきの学生の事とやかく言えんな。ちょっと試してみたくなるもの。

 でもなぁ。リアルの一言で片づけていい物なのか?というレベルだ。工業用・医療用の実験に利用できるレベルだと思う。

 かと思えば、まったくリアルじゃないところも多い。

 まずは農業。

 ほぼ運ゲーである。

 サトシはそれを逆手に取っているが、運の良し悪しで収穫量と品質が決まる。どういうこと?

 やっつけ仕事過ぎるだろ。

 あと、敵のバリエーション、イベントの少なさもゲームとしては致命的だ。

 真面目に作ってるんだろうか?

 考えれば考えるほどわからなくなってきた。
 一体どんな奴らがこのゲーム作ったんだ?
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