優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

文字の大きさ
5 / 50
第3章 気高い王女

気高い王女Ⅰ

しおりを挟む
 登城を果たしてから、はや十日が経過した。ようやく王太子妃選考会か、と思いきや、その説明会が行われるらしい。参加する伯爵令嬢とは初対面だ。
 私は今、会場となる大広間へ続く廊下をセリスと歩いている。

「緊張されていますよね」

「勿論」

 彼女はすっかり私にも素を出すようになった。思慮深く、それでいて抜けているところがある。不意に意味不明な言葉が出るので、笑ってしまうのだ。どこか護ってあげたくなるようなお姉さん的存在である。

「息を吸ってー」

 セリスの言葉に合わせて、深く息を吸い込む。

「吐いてー」

 今度は出すものがないくらいまで息を吐き出す。

「さあ、緊張のほどはどうです?」

「少しは落ち着いた……かな?」

「良かったです」

 実際に、年齢も十歳ほどセリスが上だ。にこやかな大人の笑顔に、こちらまで顔が緩む。
 一瞬、故郷にいる母の顔が思い浮かぶ。私が絶対に良い暮らしをさせてあげるから大丈夫だ。これから起こるであろう戦いの場に、意気込みを添える。
 セリスは一つの扉の前で足を止めた。

「さあ、こちらが会場です」

 説明会とはいえ、勝負はここから始まる。絶対に負けるものか。収まっていたはずの緊張が再び顔を覗かせる。汗ばむ両手でピンクのドレスを握り締めた。
 開かれた扉の向こうには令嬢と思しき女性が三人と、先日すれ違った金の癖っ毛の王女がいた。王女は現れた私を見て呆れの表情を浮かべる。

「エレナ、遅いですよ。一分遅刻です」

「申し訳ございません」

 流石に厳しすぎると思ったものの、遅れてしまった私が悪い。文句を言える筈もなく、先に到着していた令嬢の隣に並んだ。

「これで全員揃いましたね」

 「えっ?」と言いかけて、慌てて口を結んだ。私を入れて、たった四人の妃候補――少なすぎはしないだろうか。
 国王や王太子と同じ空色の瞳は私たちを撫でるように見渡した。

「先に言っておきます」

 王女は目を細め、感情のない表情で断言する。

「私は貴女たちを認めておりません」

 冷たい声色に部屋が静まり返る。心臓がとくりと跳ねた。

「上級貴族とはいえ……伯爵令嬢では身分が低いのです。私は公爵令嬢をと勧めたのですが、お父様が受け入れてくれず、このような形に」

 王女は認めてくれない、要するに仲良くはなれない、ということだろう。偽りの愛で王太子に近付こうとしているのに、虫の良い話だなんて言われればそれまでなのだけれど。
 まあ、今のうちに分かっただけでも諦めはつくだろう。

「下された命ですので、進行はさせていただきます。ですが、私に取り入ろうなんて考えませんよう」

 王女は間を置くと、何度か瞬きをした。

「建前上、私のことをオーレリアと呼ぶことは認めます。ここまでで質問のある方は……いらっしゃいませんよね」

 王女――オーレリアは「ふふっ」と笑うと、そっと視線を落とす。

「お兄様には明日の夜、お会いになってもらいます。何か不穏な動きでもあれば、私が自ら断罪します。さあ、貴女たちは自己紹介でもなさってください。私はお兄様の元へ戻ります」

 オーレリアの独壇場は終了したようだ。身を翻し、会場から颯爽と姿を消す。それにしても、すぐに兄の元へと戻るあたり、相当兄に惚れ込んでいるのだろう。可愛らしい顔に似合わず厄介な妹だな、と細い息を吐き出した。

「あ、あの」

 その声に振り向くと、おどおどとした茶髪の令嬢が揺れる茶色の瞳で私たちを見比べていた。

「自己紹介、しませんか? 知らない方もいらっしゃいますし」

「では、貴女から名乗ってはどうです?」

「は、はい……」

 茶髪の令嬢は焦げ茶髪の令嬢に押され、口をもごもごと動かす。

「私はミレイユと申します。以後、お見知りおきください」

 ミレイユは小さな声で自己紹介を終えると、軽く頭を下げた。この頼りなさからして、真っ先に妃候補からは外されるだろう。ううん、油断してはいけない。何か秘策を持っているのかもしれないのだから。
 次のターゲットにされたのは、どうやら私だったようだ。

「それにしても、貴女は誰なのです?」

「私ですか?」

「そうに決まっているでしょう」

 薄茶髪の令嬢に詰め寄られたけれど、そこで負けるような性格はしていない。一歩前に出て、背筋をしゃんと伸ばす。

「お初にお目にかかります、エレナと申します。よろしくお願い致します」

 冷静に、したたかに。しっかりと自分を印象付けたつもりだ。次は焦げ茶髪の令嬢が「へぇ……」と漏らした。

「一度もお目にかかったことがないなんて、怪しい限りですね」

「父は辺境伯ですので」

 嘘は吐いていない。だから目も泳いでいない筈だ。私が目を細めると、薄茶髪の令嬢も金の目を細くする。

「待ってください! 私たちは互いに詮索は禁止な筈でしょう」

 意外にも、私を庇ってくれる令嬢が現れた。ミレイユだ。頬を赤らめ、口を結ぶ。相当な勇気を振り絞ったことだろう。

「ミレイユ、ありがとう」

 素直に感謝を伝えると、ミレイユはほんのりと微笑んだ。

「そういう貴女方のお名前は? まだ窺っていませんけれど」

 私がちょっとした反撃に転じると、薄茶髪の令嬢と焦げ茶髪の令嬢は顔を見合わせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...