優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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最終章 青い鳥

青い鳥Ⅰ

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 何度、この日を夢見ただろう。

「この度、正式に前ノワゼル伯爵を冤罪と認め、ノワゼル伯爵を復権とする」

 久しぶりに着飾った父と母、そして私が並び、国王から宣言を拝受する。父はもう既に涙目だ。

「なお、ベルファール領地の統治もノワゼル伯爵家に任せる。……頼んだぞ」

「かしこまりました」

 父の震える声が謁見の間に響く。母は俯いたまま、顔を上げられないようだ。

「エレナは正式にリュシアンの妃とする。婚姻の式は来月の吉日に催そう」

「ありがとうございます」

 国王の隣に立つ、線の細い見るも麗しい王妃は、ヘーゼルナッツ色の温かな眼差しを私へと向けてくれる。

「貴女は常にリュシアンに寄り添ってくれたと聞いています。共に良い国へ導いていきましょうね」

「はい」

 十数年も幽閉されていたのに、この国に尽くせるなんて。どこまでも優しい人なのだな、と心から思う。
 国王の傍に控えるリュシアンとオーレリアも、二人揃ってにこっと微笑んでくれた。

 言い逃れする機会を失ったベルファール伯爵は捕らえられ、王妃が囚われていた大湖の孤島に送られたという。その使用人たちや、賛同していた貴族たちも同様だ。死ぬまで島から出れはしないだろう。もう、王家に反旗を翻す者はいない。
 これからも図書室でのんびりと本を読める日々が続いていくのだろう。今日は薔薇庭園でリュシアンとローズヒップティーを嗜んでいる。この酸味にもずいぶん慣れた。

「緊張されていますか?」

「勿論です。エレナに聴かせるのは初めてですから」

 明日はリュシアンのヴァイオリンリサイタルを控えている。約束を覚えていてくれただけでも嬉しい。

「期待していますね」

 そっとリュシアンの手に触れると、彼の頬が桜色に染まった。

「きっと聴き惚れさせてみせます」

 太陽のように眩しく笑うリュシアンが愛おしくて堪らない。ベルファール伯爵が捕らえられてからというもの、リュシアンの素の笑顔が増えたように思う。王妃が戻り、暴動事件の真相が暴かれ、自分を抑制する必要もなくなったのだろう。
 この日、ミレイユから手紙が届いた。

 * * *

 エレナへ

 ノワゼル家の復権の義、まことに感激しました。何の罪もない隣人を攻撃するなんて、気が知れません。どうかエレナは気に病まず、前向きに進んでいってください。

 明日はリュシアン殿下のヴァイオリンリサイタルですね。私もすごく楽しみにしています。そして、エレナと会えることも。

 ミレイユ・ブランシュ

 * * *

 明日は唯一の友人に会える。リュシアンのヴァイオリンを聴くことの次に楽しみだ。こんなにも一気に幸せになっても良いのだろうか。そう不安に思うほどだ。
 この手紙をリュシアンにも見せると、一緒に喜んでくれた。

「エレナに良い友人が出来て良かった」

「嬉しがるのはそこですか? ミレイユとの再会は楽しみではないのですか?」

 ちょっとだけ反応を確かめてみる。リュシアンは小さく首を横に振った。

「俺はエレナが一番ですから」

 華麗なる逆転の返しに、今度は私の顔が熱を発する。リュシアンに出会えて良かった。心の中で喜びに浸った。

 * * *

 城に併設されているコンサートホールに貴族たちが押し寄せる。私は国王や王妃の隣の特等席が充てられた。生でクラシックを聴くのは初めてだろう。ワクワクが止まらない。
 舞台の明かりが灯ると、リュシアンとオーレリアが拍手に包まれながら現れた。オーレリアがリュシアンの伴奏を務めるのだ。しんと静まり返る中で、オーレリアが椅子を動かす音が響く。
 リュシアンが微笑みかけると、オーレリアは小さく頷いた。まずはピアノの軽やかな伴奏が始まり、高音の旋律が駆け巡る。可愛らしくて明るい曲だな、と耳を傾けていると、すっとヴァイオリンの音が重なる。高音で跳ねまわり、あっという間に曲は終わってしまった。拍手を受け、二人はしっかりと礼をする。

「これはリスのダンスだったかな。なあ、ノヴァ」

「そうですよ。こんな難曲も弾きこなせるようになったのですね」

 国王は父親らしい温かな目で、王妃は涙を溜めてリュシアンとオーレリアを眺めている。子供たちの成長をその目で見られなかったことは、いつまでも王妃の心の傷として残るのだろう。

「次は何でしょう」

 王妃も胸のときめきを隠さない。指で涙を拭い、煌めく瞳を二人に向ける。
 次の曲はリュシアンの独奏から始まった。しっとりとしていて、でも重厚で、あまりにも迫力のある音色だ。低音から高音へと駆け上がり、フェルマータで溜めてから一気に低音へと落ちる。この曲には聞き覚えがあった。確か、隣国の作曲家が制作したヴァイオリン協奏曲だ。
 オーレリアの伴奏も入り、短調で進んでいく。悲哀に満ちた曲調は、出会った頃のリュシアンに似ている。昔はこんな曲ばかり弾いていたのかもしれない。そう思うと、心が締め付けられる。
 第三楽章まであるこの曲は、終始涙腺を刺激した。私の抑圧された過去をも表しているようだったのだ。目頭に指を当てながら、リュシアンの姿を捉える。彼もまた、自分の過去を重ねるように演奏していたようだ。
 あまりの出来に、聴衆は拍手喝さいを浴びせる。私も一緒に立ち上がっていた。
 これで終わりだろうか。そう思ったのも束の間、リュシアンが私の方を見た気がしたのだ。

「最後の曲は、私の妻となるエレナに捧げます。聴いてください」

 儚く微笑み、オーレリアへと向き直る。
 
「いち、に、さん、し」

 小さく刻むと、リュシアンとオーレリアが揃って繊細で優雅な音色を響かせる。この曲名は『月の光』――私をスイートムーンに例えたのだ。そこから取ったのだろう。
 スローテンポな曲に合わせ、リュシアンとの出会いから振り返る。最初は誰にでも平等に接していて、心内が何も分からなかった。皮肉としてアレキサンドライトを贈られたこともあった。でも、私はリュシアンの心の傷を知ってしまった。繊細なその心を誰にも壊させまいと守っているようで、私はリュシアンに守られていたのだろう。
 曲が終わると、涙がしっとりと頬を濡らす。演奏してくれたことに感謝の声を掛けずにはいられなかった。

「リュシアン様、ありがとうございます」

 滲む視界の中で、リュシアンは太陽のように笑ってくれた。拍手の中には口笛も混ざり、私たちを祝福してくれているようだった。
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