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最終章 青い鳥
青い鳥Ⅱ
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ホールを出ると、ミレイユに待ち伏せされていた。貴族たちが社交の場を楽しむ中で、私もその輪に混ざってみる。
「エレナ……!」
私を見つけるなり、ミレイユは私に抱き着いてきた。
「お久しぶりですね。ミレイユは元気でしたか?」
「元気ですよ。それに、兄も最近は調子が良くて」
「良かった」
身体は離しても、手は離さない。
「リュシアン殿下の演奏、素敵でした……」
ミレイユはうっとりと目を瞬かせ、遠くの方を見る。
そこへ丁度良く、リュシアンがやってきた。ヴァイオリンが入ったバッグを背負っている。
「エレナ、ミレイユ。来てくれてありがとうございます」
「リュシアン殿下……! 演奏、素晴らしかったです! 聴き入って涙してしまいましたもの!」
「それはそれは。嬉しいことを言ってくださいますね」
ミレイユに押され気味ではあるものの、リュシアンも笑顔で対応する。私だって、感動の量は負けていないのだ。
「あの『月の光』は今まで聴いたものの中でも最高に情感的でした。涙を堪えるので必死でしたもの」
「エレナ、堪えきれてなかったですよね?」
「それはそうですけれど……」
リュシアンのツッコミに、ちょっとだけ尻込みしてしまった。しかし、この結果はリュシアンのせいでもある。
「それだけリュシアン様の演奏は人の心を動かすということですよ」
「二人でベタ褒めですね。ありがとうございます」
リュシアンは照れ臭そうに、にこっと微笑んだ。
ミレイユは何か閃いたように、口を開ける。
「そうだ、礼拝堂へ行きませんか? あそこなら、リサイタルの余韻に浸れます」
「良いですね。以前は神なんて信じないと言ったのですが、最近は信じても良いかな、と思うようになったのです」
リュシアンは天を見上げ、その先にいる神や天使を見詰めているようでもあった。
「私もです。神がいないなら、今回のような奇跡は起きていませんから」
王妃を取り戻し、祖父の冤罪も晴れ、リュシアンの因縁も解決し、元凶は捕まり、結婚も約束された――立て続けに嬉しいことが起こりすぎた。この感謝を神に伝えたい。
「では、早速行きましょう! 温かく迎えてくれるはずですよ」
ミレイユは私たちを置いて先に駆け出した。リュシアンと顔を見合せ、ひとしきり笑う。彼の手を取り、静かに歩き出した。
* * *
後日、オーレリアから呼び出しを受けた。指定された音楽室へ行ってみると、イザベラの姿もあったのだ。二人は神妙な面持ちで私を出迎えてくれた。
「貴女を悪人だと決めつけて申し訳ありませんでした」
頭は下げなかったけれど、イザベラは謝罪の言葉を口にする。
「私もベルファール伯爵の断罪の場にいましたの。あの方こそ、罰せられるべきだった。貴女は被害者だったのですね」
「最初からそう言っています」
ようやく、自分の非を認めてくれたらしい。イザベラはぎゅっとドレスを握り締める。
「貴女とリュシアン様を見下すような発言もしてしまいました。反省しますわ」
分かってくれるなら、それで良い。頷いてみせると、イザベラは口を小さく開く。
「差し出がましいのは承知です。ですが、これからは私とも仲良くしていただけると……と思っているのです。エレナは私を許してくださいますか?」
「私は許します。イザベラ様は使命感に燃えていただけですもの。ですが、リュシアン様のことは……ご本人に直接、謝っていただきたいのです」
あの時、リュシアンはイザベラの言葉で深く傷ついていた。私の口から謝罪があったことを伝えるよりも、本人から謝った方が誠意が伝わる。
真意がきちんと伝わったようで、イザベラは目を伏せながらも小さく頷いた。
「分かりました。リュシアン様のところには後で行ってまいります」
私たちの和解を見届けると、オーレリアが一歩前に出た。
「ところで、エレナ。どうして音楽室に呼び出したか分かります?」
「えっ? 全く予想が着きませんが……」
困惑していると、オーレリアとイザベラが私の方へと近付いてくる。オーレリアは私の手を取ると、ピアノへと導く。椅子を引き、イザベラがそこへ私を腰掛けさせた。
「これからお兄様の伴奏はエレナにやってもらいたいのです。きっと良いデュエットになるでしょうね」
「えっ!? ですが、私はピアノを弾いたことなんて、一度も――」
「ですから、これから私たちが教えるのです。みっちりしごきますから、覚悟なさってくださいね」
オーレリアとイザベラの笑顔が怖く見える。楽器をやってみたいとは思っていたけれど、こんな形で叶うなんて。厳しい練習が待っているのだろうな、と覚悟する。それと同時に、いつかリュシアンと一緒に音楽を楽しめる時が来るのだろうかと胸に希望を抱いた。
「早速ですが、ドの場所は分かります?」
オーレリアに聞かれ、鍵盤に目を落とす。白と黒が並んでいるだけで、ドの場所に印が付いている訳でもない。これではお手上げだ。
「分かりません……」
「まあ、本当に初心者中の初心者ですのね。中音域のドはここです」
オーレリアが鍵盤を叩くと、聞き慣れたピアノの音が鳴った。
「エレナも弾いてみてください」
「はい」
人差し指で、オーレリアが弾いた鍵盤をなぞる。意外と力を入れないと、しっかり音は出てくれないらしい。
「音階を弾いてみますよ。ドは親指で。こうやって弾きます」
見よう見まねで、細い指の後を辿る。ただ音階を弾いただけなのに、嬉しくて涙が溢れそうになる。
「どうして泣くのです!?」
「楽器が弾けるなんて……私、嬉しくて……」
楽器の演奏なんて、夢のまた夢だったのだ。
さめざめと泣いていると、オーレリアとイザベラに苦笑いされてしまった。
「嬉しいことは、まだ待っていますよ。それも覚悟なさってくださいね」
「はい」
王太子妃選考会に参加して良かった。改めて思い知るのだった。
「エレナ……!」
私を見つけるなり、ミレイユは私に抱き着いてきた。
「お久しぶりですね。ミレイユは元気でしたか?」
「元気ですよ。それに、兄も最近は調子が良くて」
「良かった」
身体は離しても、手は離さない。
「リュシアン殿下の演奏、素敵でした……」
ミレイユはうっとりと目を瞬かせ、遠くの方を見る。
そこへ丁度良く、リュシアンがやってきた。ヴァイオリンが入ったバッグを背負っている。
「エレナ、ミレイユ。来てくれてありがとうございます」
「リュシアン殿下……! 演奏、素晴らしかったです! 聴き入って涙してしまいましたもの!」
「それはそれは。嬉しいことを言ってくださいますね」
ミレイユに押され気味ではあるものの、リュシアンも笑顔で対応する。私だって、感動の量は負けていないのだ。
「あの『月の光』は今まで聴いたものの中でも最高に情感的でした。涙を堪えるので必死でしたもの」
「エレナ、堪えきれてなかったですよね?」
「それはそうですけれど……」
リュシアンのツッコミに、ちょっとだけ尻込みしてしまった。しかし、この結果はリュシアンのせいでもある。
「それだけリュシアン様の演奏は人の心を動かすということですよ」
「二人でベタ褒めですね。ありがとうございます」
リュシアンは照れ臭そうに、にこっと微笑んだ。
ミレイユは何か閃いたように、口を開ける。
「そうだ、礼拝堂へ行きませんか? あそこなら、リサイタルの余韻に浸れます」
「良いですね。以前は神なんて信じないと言ったのですが、最近は信じても良いかな、と思うようになったのです」
リュシアンは天を見上げ、その先にいる神や天使を見詰めているようでもあった。
「私もです。神がいないなら、今回のような奇跡は起きていませんから」
王妃を取り戻し、祖父の冤罪も晴れ、リュシアンの因縁も解決し、元凶は捕まり、結婚も約束された――立て続けに嬉しいことが起こりすぎた。この感謝を神に伝えたい。
「では、早速行きましょう! 温かく迎えてくれるはずですよ」
ミレイユは私たちを置いて先に駆け出した。リュシアンと顔を見合せ、ひとしきり笑う。彼の手を取り、静かに歩き出した。
* * *
後日、オーレリアから呼び出しを受けた。指定された音楽室へ行ってみると、イザベラの姿もあったのだ。二人は神妙な面持ちで私を出迎えてくれた。
「貴女を悪人だと決めつけて申し訳ありませんでした」
頭は下げなかったけれど、イザベラは謝罪の言葉を口にする。
「私もベルファール伯爵の断罪の場にいましたの。あの方こそ、罰せられるべきだった。貴女は被害者だったのですね」
「最初からそう言っています」
ようやく、自分の非を認めてくれたらしい。イザベラはぎゅっとドレスを握り締める。
「貴女とリュシアン様を見下すような発言もしてしまいました。反省しますわ」
分かってくれるなら、それで良い。頷いてみせると、イザベラは口を小さく開く。
「差し出がましいのは承知です。ですが、これからは私とも仲良くしていただけると……と思っているのです。エレナは私を許してくださいますか?」
「私は許します。イザベラ様は使命感に燃えていただけですもの。ですが、リュシアン様のことは……ご本人に直接、謝っていただきたいのです」
あの時、リュシアンはイザベラの言葉で深く傷ついていた。私の口から謝罪があったことを伝えるよりも、本人から謝った方が誠意が伝わる。
真意がきちんと伝わったようで、イザベラは目を伏せながらも小さく頷いた。
「分かりました。リュシアン様のところには後で行ってまいります」
私たちの和解を見届けると、オーレリアが一歩前に出た。
「ところで、エレナ。どうして音楽室に呼び出したか分かります?」
「えっ? 全く予想が着きませんが……」
困惑していると、オーレリアとイザベラが私の方へと近付いてくる。オーレリアは私の手を取ると、ピアノへと導く。椅子を引き、イザベラがそこへ私を腰掛けさせた。
「これからお兄様の伴奏はエレナにやってもらいたいのです。きっと良いデュエットになるでしょうね」
「えっ!? ですが、私はピアノを弾いたことなんて、一度も――」
「ですから、これから私たちが教えるのです。みっちりしごきますから、覚悟なさってくださいね」
オーレリアとイザベラの笑顔が怖く見える。楽器をやってみたいとは思っていたけれど、こんな形で叶うなんて。厳しい練習が待っているのだろうな、と覚悟する。それと同時に、いつかリュシアンと一緒に音楽を楽しめる時が来るのだろうかと胸に希望を抱いた。
「早速ですが、ドの場所は分かります?」
オーレリアに聞かれ、鍵盤に目を落とす。白と黒が並んでいるだけで、ドの場所に印が付いている訳でもない。これではお手上げだ。
「分かりません……」
「まあ、本当に初心者中の初心者ですのね。中音域のドはここです」
オーレリアが鍵盤を叩くと、聞き慣れたピアノの音が鳴った。
「エレナも弾いてみてください」
「はい」
人差し指で、オーレリアが弾いた鍵盤をなぞる。意外と力を入れないと、しっかり音は出てくれないらしい。
「音階を弾いてみますよ。ドは親指で。こうやって弾きます」
見よう見まねで、細い指の後を辿る。ただ音階を弾いただけなのに、嬉しくて涙が溢れそうになる。
「どうして泣くのです!?」
「楽器が弾けるなんて……私、嬉しくて……」
楽器の演奏なんて、夢のまた夢だったのだ。
さめざめと泣いていると、オーレリアとイザベラに苦笑いされてしまった。
「嬉しいことは、まだ待っていますよ。それも覚悟なさってくださいね」
「はい」
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