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第5話 合評会
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七月の終わり、部内合評会の日が来た。
準備室の壁に、それぞれの作品が並んだ。二年生の先輩たちは人物画と静物画を一点ずつ。一年の男子ふたりは石膏のデッサン。そして西條先輩は、あの川の絵だった。
私は結局、光の差し込む廊下を描いた。誰もいない、放課後の廊下。窓から斜めに入る光が、床にぼんやりとした長方形を作っていた。
先輩が私の絵の前に立ったとき、私は緊張した。
「光、ちゃんと見てるね」
「先輩に教えてもらったから」
「俺、そんなに教えたっけ」
「光の変わり方が好きって言ってたので、意識するようにしました」
先輩は少し驚いたような顔をした。それからもう一度、絵を見た。
「廊下の奥が少し甘い。光はそこまで届かないから、もっと暗くていい。でも空気はちゃんとある」
批評は短くて的確だった。でも最後の「空気はちゃんとある」という言葉が、私には宝物みたいに思えた。
先輩の川の絵は、圧倒的だった。
みんながその前で黙った。二年の先輩たちも、言葉を探すように間を置いた。
「なんか、においがしそう」と一人が言った。
「ここ、本物の川あるの?」と別の先輩が聞いた。
「ある。この近くに」
「行ったことない。行ってみたい」
先輩は少し微笑んだ。その笑顔は、絵の話をするときにだけ現れる、少し柔らかい顔だった。
合評会の後、後片付けをしながら先輩が言った。
「灯さんの廊下、もう一回描き直したら?」
「え、また描くんですか」
「同じ場所を何度も描くのはいいことだよ。見えていなかったものが見えてくる」
私はその言葉を聞いて、頷いた。同じ場所を何度も。先輩はきっと、あの川を何度も何度も描いてきたのだと思った。
「先輩は、あの川を何回描きましたか」
「スケッチ含めたら、五十回以上」
「五十回……」
「まだ足りない」
先輩はそう言って、洗った筆を缶に戻した。その横顔は、真剣で、遠くを見ていた。
私はその横顔を、心の中に丁寧にしまった。
準備室の壁に、それぞれの作品が並んだ。二年生の先輩たちは人物画と静物画を一点ずつ。一年の男子ふたりは石膏のデッサン。そして西條先輩は、あの川の絵だった。
私は結局、光の差し込む廊下を描いた。誰もいない、放課後の廊下。窓から斜めに入る光が、床にぼんやりとした長方形を作っていた。
先輩が私の絵の前に立ったとき、私は緊張した。
「光、ちゃんと見てるね」
「先輩に教えてもらったから」
「俺、そんなに教えたっけ」
「光の変わり方が好きって言ってたので、意識するようにしました」
先輩は少し驚いたような顔をした。それからもう一度、絵を見た。
「廊下の奥が少し甘い。光はそこまで届かないから、もっと暗くていい。でも空気はちゃんとある」
批評は短くて的確だった。でも最後の「空気はちゃんとある」という言葉が、私には宝物みたいに思えた。
先輩の川の絵は、圧倒的だった。
みんながその前で黙った。二年の先輩たちも、言葉を探すように間を置いた。
「なんか、においがしそう」と一人が言った。
「ここ、本物の川あるの?」と別の先輩が聞いた。
「ある。この近くに」
「行ったことない。行ってみたい」
先輩は少し微笑んだ。その笑顔は、絵の話をするときにだけ現れる、少し柔らかい顔だった。
合評会の後、後片付けをしながら先輩が言った。
「灯さんの廊下、もう一回描き直したら?」
「え、また描くんですか」
「同じ場所を何度も描くのはいいことだよ。見えていなかったものが見えてくる」
私はその言葉を聞いて、頷いた。同じ場所を何度も。先輩はきっと、あの川を何度も何度も描いてきたのだと思った。
「先輩は、あの川を何回描きましたか」
「スケッチ含めたら、五十回以上」
「五十回……」
「まだ足りない」
先輩はそう言って、洗った筆を缶に戻した。その横顔は、真剣で、遠くを見ていた。
私はその横顔を、心の中に丁寧にしまった。
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