2 / 42
好きな人とエレベーターに閉じ込められたら、人はどうなりますか。
閉じ込められました。(拓海くんの場合)
しおりを挟むこれ夢かなって思って、俺はこっそりほっぺたをつねってみる。
痛えな…現実だコレは。
俺の前でエレベーター階数が変わるのをじっと見つめて息を殺してる男は、俺の事を無視してる感じがヒシヒシと伝わってくる。
でもさっきお前がエレベーターに乗って来た時、俺達完全に目が合っちゃってるんだけどなぁ。
隣のクラスの伊藤 陸は、多分このマンションに住む丸山っていう友達の家に遊びに来てたと思う。
丸山以外にここに住んでる同級生はいないから。
エレベーターに乗り合わせた時からピリピリと感じる緊張感に、ため息しか出ない。
慣れてるとはいえ、話しかける勇気はなくてただ黙って小さな箱の壁にもたれて、俺は伊藤のつむじを見つめていた。
外は雨で、結構な降り方をしてるけど、伊藤は傘を持ってるんだろうか。
傘を貸そうか考えあぐねて、自分の無駄に明るい黄緑の傘をぶらぶらと揺らした。
「伊藤、雨すごいぞ。傘、持ってんのか?」
肩を少しびくつかせて、こっちを見ずに伊藤は頷く。
流石に2人っきりの空間だと、自分に話しかけてる以外ないので伊藤は反応してくれる。
なんだ、傘持ってんのか。
なかったら家まで傘に入れてやろうかと思ってたのに。
そんなん伊藤がいいって言うわけないけど。
俺の傘に入るくらいなら走ってずぶ濡れで帰るくらいやりそうだ。
そう、俺は伊藤に何故かものすごく嫌われている。慣れてるけど。
その時、ガタンっていう軽い音がしてエレベーターが止まった。
「……え?止まった…?」
エレベーターに乗ってたからあまり感じなかったけど、少しの揺れを感じたから地震かも知れない。
とにかく止まったエレベーターになんだなんだと思ってる間に、伊藤はパネルの前に立っておもむろに非常ボタンを押している。
俺に相談するとかないんだなーって思ってたら、今度は全部の階のボタンを片っ端から押してるのを見て、その押し方に余裕のなさを感じた。
そしてまた非常ボタンを連打して、そして…壊した。
「お前、それ壊したんじゃない?」
「そんなに強く叩いてないぞ!」
振り返った伊藤はひどく狼狽て軽くパニックだったから、俺は出来るだけなんでもないように話さなきゃって思った。
こういう時、2人してパニックになったら駄目だし、伊藤はきっとかなり怖がりなんだろう。
「お、やっと返事した。いや、お前めっちゃチカラ入ってたけど」
「じゃ、じゃあどうするんだよ!?閉じ込められたんだぞ、俺達、こんな夜中に、エレベーターの中なんかに!!」
しかも俺と2人っきりだしな。
いや俺は全然いいんだけど、お前が嫌なんだよな。
「まぁ、止まったけど停電してないし、とりあえず体力温存の為に座ろうぜ?」
とっくにしゃがんで項垂れてしまった伊藤は、俺の方をチラッと見て目を逸らす。
広くもなく狭くもないごく普通のエレベーターは、俺達が壁沿いに座っても3メートルくらいは間隔が空いていると思う。
めちゃくちゃ狭くなくて良かった、多分もう少し狭かったらきっと伊藤は泣き出してたんじゃないかと思う。
俺はお前がそんなに強くない事を知ってるから。
………でもこれは、もしかしてものすごくチャンスなんじゃないのか?
伊藤は俺を嫌ってる。
でもエレベーターに2人きりで閉じ込められてしまった。
助けが来るにはまだ時間がかかるだろうけど、時間帯や天候を考えると小一時間は無理だろう。
その時間を有効に生かしたら、もしかして…。
これは俺にとって人生で最大のチャンスだ。
『片想いの相手と2人っきりでエレベーターに閉じ込められる』
ここで俺を好きになってもらえるか、永遠に嫌われるかは紙一重だけど。
俺はチャンスを与えてくれた神様に心の中で感謝して、とりあえず伊藤の緊張を解そうと食べ物で釣る事にした。
「………頼むから、放っておいてくれ…」
うーん、ごめん神様。
前途は多難そうだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
223
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる