好きな人とエレベーターに閉じ込められました。

蒼乃 奏

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好きな人とエレベーターに閉じ込められたら、人はどうなりますか。

圏外のスマホに絶望しました。(陸くんの場合)

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閉じ込められたショックはまだ引きずっている俺だけど、壁にもたれて黙ってこれからの事を考える。

大きな地震や災害じゃない限り、きっとそんなに長くは閉じ込められたりしないはず。
いや、そう信じたい。

でもそんなに長くなくても、成瀬と一緒にいるだけでその時間は体感として何倍もの長い時間に感じられると思う。

成瀬はこのマンションの23階に住んでいる。

そして俺はこのマンションの同じく13 階に住んでいる丸山の家に遊びに来ていた。

帰ろうとした時、エントランスから外に出ようとして傘を持ってない事に気が付いた。

その時俺は、すぐ向かいのコンビニでビニール傘を買おうか少しだけ悩んだんだけど、丸山に借りようと思い直してエレベーターに戻ったんだ。

そして上昇するエレベーターの扉が閉まる前に走って乗り込んだ時、俺はものすごくその選択を後悔した。

成瀬だってすぐわかった。
見覚えのある明るい綺麗な黄緑色の傘。

「あ」

確実に目が合った成瀬は、そう一言呟いて後退りして壁に背中をつけた。

俺は何も言わずに階数ボタンを押す為に向き直して固まった。

そう、俺が丸山の家によく来る理由はこれなんだ。

『好きな人の顔をちょっとだけでも見たい』っていう、中学生みたいな邪な欲求を満たす為だけに丸山の家に頻繁に来てる。

成瀬は本当にこの辺をぶらぶら歩いてる事が多くて、俺はその偶然を期待してた。

制服とは違うラフな服装で、ポケットに手を入れてサンダルで散歩してる事がよくあって、それを見つけた日は1人で浮かれてた。

でも俺は、エレベーターに乗り合わせるとかそれほど近くに寄る偶然は正直、全く望んでなかったんだ。

「伊藤、お前充電どれだけ残ってる?」

不意に話しかけられて現実に戻される。

正面でスマホを弄ってる成瀬を上から下までガン見したい所だけど、そんな事してたら不審者丸出しだから我に返って自分のスマホを確認する。

「……60%くらい」

虚しく圏外を示したままのスマホの充電をなんで気にするんだろう。

「そっか。俺は100%近くあるぞ」

「圏外なんだろ?充電なんて意味ないじゃん…」

「馬鹿だなぁ。なんかの拍子にアンテナ立つかも知んないじゃん。時々確認しようぜ。それまでは充電もったいないからスマホ禁止な」

弱々しく返事をする俺に、成瀬は笑いながら答える。屈託のない笑顔が眩しい。

「禁止も何も、圏外なら使い道ないだろ」

「いや、音楽聴いたりとか出来るだろ?しーんとしてんの嫌なら、なんか聞く?」

こんな状況下でもスーパーポジティブな成瀬らしくて少し笑ってしまう。

「いいよ、充電減るし…」

それに比べて俺のテンションの低さはどうなんだ。俺なんかと閉じ込められて、成瀬はめちゃくちゃつまんないんだろうなぁ。

成瀬は白いシャツにグレーのスウェット姿。
ちなみに成瀬はグレーとか紺がよく似合う。

同じくグレーのパーカーに黒いサンダルを履いてるのをガン見したい所だけど盗み見る。

そしていつもの黄緑色の傘。
あの傘と同じのが欲しくて、でも買えなくて同じ型の地味な紺色の傘をこっそり買ったのは内緒。

コンビニ行くだけなのに傘をちゃんと持ってて、散歩でもしようと思ってたかも知れないけど、雨の日にサンダルを履く適当さ。

あのチャラいのか真面目なのかよくわからないのが成瀬の最大の魅力なんだけど、一人でキュンとして頰を赤らめる俺はマジで気持ち悪い。
現実逃避し過ぎだ…。

「寒くないかー?だいぶ気温下がってきたのにお前薄着じゃん」

確かに寒いけど、ここはエレベーターの中だし換気もクソもないから外気が入って来る事もない。

「……あのさ成瀬、このまま朝まで誰も来ないとかないよな?」

寒さに少し腕を摩りながら呟くと、成瀬は一瞬心配そうな顔をして、俺の不安を吹き飛ばすように声を上げて笑った。

「朝まで閉じ込められてたって死にやしないって。ほら、これ被っとけ」

成瀬は自分が着てたパーカーを脱いで放って寄越した。

成瀬のパーカーは勢い余って俺の頭に直撃したけど、パーカーからすごいいい匂いがしてめちゃくちゃテンションが上がった。

でもそれを悟られないように、乱れた髪を手で直しながら成瀬に聞く。

「おい、お前だって寒くないの?」

中はTシャツだとばかり思ってたけど一応ロンTだったみたいで、成瀬はまたコンビニの袋から飴を取り出して口に放り込んでる。

「俺、暑がりなんだよ。気にすんな」

成瀬のパーカーを立って羽織るとかなりサイズは大きいけどめちゃくちゃあったかい。

「……ありがと、助かる」

しかも成瀬の匂い付きなんて俺得でしかない。
俺は少しの間状況を忘れてぺたぺたとパーカーを触ってだけど、成瀬が不思議そうに見てるので我に返ってまた座った。

やばい。2人っきりなのに俺の変な姿だけは露呈しないように最大限気をつけないとと思い直した。

助けは、まだまだ来ないのだから。多分。






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