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好きな人とエレベーターに閉じ込められたら、人はどうなりますか。
最低最悪の日に恋をしたお話。(陸くん中3の場合)
しおりを挟む少し前の寒い朝のお話。
陸くんは昔から少女漫画が好きでした。
だからこんな事があれば当然こうなります。
電車は嫌い。
混んでる電車は特に嫌いで、出来るだけ乗らない様に気を付けてる。
でも最初は混んでなくてもそのうち混んできた場合が厄介だし、座れなかったら緊張する。
座ってたら大丈夫だけど、立ってたら混んできた時、逃げられないからだ。
そう、こんな風に………。
俺はつり革に捕まって身体を強張らせる。
途中から混み始めた電車の中で、後ろにぴったり張り付いた男は俺の腰あたりをガッチリ両手で掴んでいる。
痴漢だ…痴漢。これから高校受験なのに最悪だ。
制服着てるけど、コートを羽織ってるから女と勘違いしたのか?
なんで男なのに痴漢に遭わなきゃなんないの?
このおっさん、目が悪いのかそれとも元々男がいいのかどっちにしろ変態でしかない。
時々手を払ってみても戻ってくる所をみると、確実にロックオンされてしまったようだった。
女だから怖くて何も言えないとかじゃないから出来る限り抵抗はするけど、これくらい積極的だとまずい。
尻を揉んでるくらいならまだ我慢出来る。
ただおっさんは男だとわかってもやめる気配がなく、俺の前に手を回して触ってきたんだ。
こうなるともう頭はパニックになる。
気持ち悪くてたまらないし、嫌で嫌で何度も手を捕まえようとするけど巧みに逃げられる。
コートのボタンの隙間から手を入れられるし、勃ってもいない前をゆるゆる擦られる。
手慣れてる。常習犯だ。
素早くベルトを外される感触に、身体が硬直してとっさに判断出来ない。
おいおい、まさか公衆の面前でこのおっさん俺のアソコ直接触るつもりなの!?
「ちょ、やめ……やめてください…っ」
刺激しないように敬語でお願いしてみる。
それでも頭の中は気持ち悪い、触んなって叫んでたけど。
俺の下着の上から触られるだけでもひどい悪寒に襲われてるのに、周りに気づかれないようにお尻に腰を押しつけて息を荒くしてる。
硬くなってて流石にもう気持ち悪い、吐きそうだ……!!
もうコイツ、絶対頭おかしい。
つり革から手を離して、ズボンに手を突っ込んでる手を退かそうとすると、あろうことか俺の手を掴んでその手で無理矢理俺の性器を握らせようとした。
「おっさん、やめろよ」
決して大きな声ではなく、でもはっきり強い意志を持って痴漢の手は引き剥がされた。
俺がいる斜め後ろの若い男が、おっさんの手を掴んでる事に気づいて硬直する。
え、何…?もしかして俺、痴漢されてんのバレバレだったの…?
「このまま駅員に突き出されるか、この子から離れるかどっちがいい?」
そう言うと、満員電車の中なのにすごい勢いで痴漢は周りを突き飛ばしながら逃げてった。
俺より背が高い、高校生…いや、隣町の中学の制服がチラッと見えて、多分俺と同じ受験生だとわかった。
「あ、ありがとうございます…」
恥ずかしくて顔を上げられなくて、そう呟くとその人はニコって笑ってくれた。
「あー、ごめん。余計なお世話だった?女の子かと思ったんだけど、違ったかぁ」
「いや、助かりました…ほんとに」
女の子に間違えられた事はよくあるから気にならなかったけど、あそこまで痴漢に触られたのが初めてで俺は悔しくていつの間にか泣いてた。
痴漢には実は何度も遭っていたけど、みんな見て見ぬ振りをするだけで助けてくれる人なんて今まで1人もいなかったのにこの人は助けてくれた。
一生懸命コートの袖で涙を拭って耐えた。
こんなんで受験失敗して人生狂わされてたまるかとも思った。
その時電車が駅に着いて、降りる人達の流れに俺が流されそうになる。
「ここで降りるの?」
「……違い、ます。えと、○○駅で…」
その人は俺の腕の辺りを掴んで乗車口じゃない方のドア付近まで移動させてくれた。
降りる分だけ新たに人が乗ってきて、窓に向かってる俺に覆い被さるようにぴったりくっついてる俺と助けてくれた人とは隙間がなくなった。
でもこの人とくっついてても不思議と全然不快じゃない。
窓に支えるように右手をついて、押される電車内で俺に負担がかからないように隙間を作ってくれてるから。優し過ぎない…?
右手がぷるぷる震えてて、いつもなら圧迫されて苦しいのにずっと隙間があって苦しくなかった。
まるで少女漫画ありがちなシチュエーションに俺はまんまと恋に落ちた。
「ごめんなー?今度は俺が痴漢してるみたいにくっついちゃってるけど、我慢してくれな」
だってこの人めちゃくちゃ優しいんだもん。
嬉しくていつまでも泣いてるウザい俺に時々話しかけてくれる。
さっきの恐怖は簡単に忘れてもうこの人の事でいっぱいになって、都合良く脳内は上書きされてしまってた。
いわゆる一目惚れってやつを初めてしたんだ。
受験する高校の駅に着いた時降りようとすると、その人もそこで降りるみたいですんなり降りられた。
お礼を言いたかったのに人波に飲まれてすぐに彼を見失ってしまった。
でも、人懐っこい笑い方する顔はしっかりと目に焼き付いていたから、受験会場で彼を見かけてこの高校を受験するんだってわかった。
受験当日に痴漢に遭って、最悪受験に失敗してもおかしくないメンタルだったのに彼に救われたんだ。
絶対にこの人と同じ高校に入りたいって思ったし、入学式で彼を探して探して見つけた時めちゃくちゃ嬉しかった。
「成瀬 拓海……っていうんだ」
彼の名前を初めて知ったけど、同じクラスにはなれなかった。
好きな人が出来ても、男同士だから気持ち悪いと思われたくなくて積極的にはなれなくて悶々とする。
3年の間に同じクラスになれるかな。
俺が痴漢に遭ってた時の事は全部まるっと忘れてくれてるといいな。
まずは友達からって思うのに全然話しかけられずに隣のクラスのまま、ちょっとストーカーみたいに見つめるだけの俺の長い長い片想いが始まった。
好きな人とエレベーターに閉じ込められるまであと1年と半年。
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