好きな人とエレベーターに閉じ込められました。

蒼乃 奏

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エレベーターに閉じ込められたその後で。

Strawberry Au Lait.(拓海くん高1の場合)

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まだ拓海くんが高校1年生の頃の、夏の終わりのお話。
少しだけ長いけどお付き合いください。












購買の自販機の前で俺は少しだけ悩んでる。

「拓海ー?早く買えよ。昼休み終わっちゃうだろ?」

「………んー。今行く」

押したのはいつものブラックコーヒー。
俺は飲み物は冒険しないタイプだ。
いつもと変わったの飲んで、飯が不味くなったら最悪だし。

でも買ってみたいと思ってるジュースがあって、ちょっと迷っただけ。

紙パックのコーヒーのストローを咥えて隣のクラスの前を通ると、窓際の一番後ろにいる痴漢ちゃんが目に入る。

あ、痴漢ちゃんじゃなくて、正しくは『痴漢に遭ってたかわいこちゃん』ね。

長いから略して心の中で呼んでいる。
いや、別に馬鹿にしてるわけでは決してない。
だって俺、あいつの名前知らないんだもん。

じっと見つめてると痴漢ちゃんと目が合った。

と思ったら嫌そうな顔をして思いっきり目を逸らされた。

まぁ俺を見ると痴漢に遭った事を思い出すから俺が嫌いなのかも知れない。

高校に入って初めての夏休みも終わって、まだ残暑がキツいこの頃。

夏休みは途中まで楽しかったんだけど、終わりかけに彼女に振られてつまんなくなった。

やっぱり好きでもないのに好きになれるかなって思って付き合うのは良くなかった。

その子の告白してきてくれた勇気とか片想いの時間とか考えるとその場で断るのは出来なくて、好きになる可能性があるかもって前向きな気持ちで付き合ったんだけど。

結局好きになれなくてそれを察した向こうから別れたがる。
好きってどんな感情?
この人好きかなぁって思う時はあってもその気持ちは持続しない。

もしこの人じゃなきゃだめって思う人じゃないと付き合ったりするべきじゃないっていうんなら、俺多分一生結婚出来ないんじゃないかなぁ。

まぁ、それも気楽で楽しいかも知んないけど。
でもこの歳で悟りを開くの早過ぎない?

痴漢ちゃんはいつもの席で友達と弁当を食べてる。
そのピンクの飲み物は多分めっちゃ甘いんだろうな。



「拓海ー?早く買えよ。最近飲み物迷い過ぎじゃね?」

「…………んー。わかってるって」

購買の自販機の前で今日も迷ってブラックコーヒーを買う。

「うっわ、今日学食混んでんな。座るとこあるかなぁ」

友達のうんざりした声に学食内を見渡してちょっとびっくりする。

あれ?なんだなんだ。
学食に珍しく痴漢ちゃんがいる。

いつも弁当を食べてるのに、今日は学食なんだなぁと思ってたら隣の席が丸々空いた。

「拓海、俺あそこ座ってるから後で来いよ」

「……うん。わかった」

痴漢ちゃんはA定食を食べている。
俺はB定食だ。好みが違うようだ。

俺の友達を挟んで痴漢ちゃんの隣の隣に座る。
痴漢ちゃんはいつもの友達が向かいに座ってる。

「陸、混んでるから急いで食えよ。残す?」

「わ、わかってるって。だって俺残すの嫌い…ちょっと待ってて」

急かされてる痴漢ちゃんは時々喉つまりしながら一生懸命食べてる。

……多かったら無理しないで残したっていいのに。華奢な体つきしてるから定食は多いだろうな。

チラ見したら目が合った。
痴漢ちゃんは盛大にむせた。
そして涙目になりながら飲み物を飲んでる。

弁当でも定食でも甘い飲み物を飲んでいる。
そのピンクの飲み物、そんなに美味しいの?





放課後、部活の休憩中にふと見上げると3階の窓から痴漢ちゃんがグラウンドを見てた。

遠過ぎて目が合ったかどうかはわからないのに、また顔を逸らされた気がした。

「なぁ、あの3階から見てる女の子みたいな見た目の可愛い子いるだろ?2年の先輩がいつもあの子、練習見てるから自分の事好きなのかと思って呼び出して告ったらしいぞ」

「え?なんだそれ。見てるだけでそんなのわかんの?」

確かによく痴漢ちゃんはぼーっとグラウンドを見てる。
なんだ、好きな男がいたのか。そうか。

「で、見事に振られたらしい。他に好きな人がいるんだってさ」

「……え。何それ。先輩超勘違いしてたって事?」

「そうなるよな、笑える。でも正直、あの見た目なら俺だって付き合いたいけど」

「……いや、多分お前も無理だからやめとけ」

なんでだよって怒ってる友達を無視して俺は痴漢ちゃんをチラ見した。

見た目が可愛いからってその人の中身も可愛いって安易に考えるべきじゃない。

本当はすっげー性格裏表あるかも知れないし、見てるだけでその人の事なんてわからない。

……こう考えてる時点で、俺は痴漢ちゃんの事を知りたいって思ってるんだと自覚する。

うーん。こんなんでいいの?
だってその人の事何にも知らないのに好きになるなんて、俺どっかおかしくない?

でも、誰かを知りたいと思ったのは久しぶりの感情で素直に嬉しい。

やたらと目が合うと思ってるのが俺だけじゃないといいのに。





「あ」

「え?」

自販機の前で痴漢ちゃんに会った。

正確には、俺が自販機の前で悩んでるうちに後ろに痴漢ちゃんが並んだ。

後ろに気を取られてボタンを押し間違えて、ピンクの飲み物が出てきてしまった。

痴漢ちゃんがいつも飲んでるイチゴオーレ。
よく見るとイチゴオーレは俺が押したせいで売り切れのマークがついてしまった。

俺は振り返って痴漢ちゃんを間近で見る。
痴漢ちゃんは俺に振り向かれて驚いた顔を隠さずに俺を見上げて、すぐに俯いた。
男なのにやたらと可愛い。

「これ、押し間違ったから飲む?」

俺が痴漢ちゃんにイチゴオーレを手渡すと、痴漢ちゃんは挙動不審に呟いた。

「あ、え、じゃぁ、お金、払う…」

「間違えたからいいよ。嫌いじゃなかったら飲んで」

本当は心の中で思ってた。

『俺の事嫌いじゃなかったら飲んで』

痴漢ちゃんは毎日欠かさずイチゴオーレを飲んでる。

だから売り切れはかわいそうだし、俺は甘いのあんまり好きじゃないし、だから譲っただけだけどなんか文句ある?





「な、成瀬。これ」

次の日のお昼前、俺が飲み物を買う前に痴漢ちゃんが俺に紙パックを差し出した。

痴漢ちゃんが俺の名前を成瀬だと知っていた事に正直めちゃくちゃ驚いた。

「嫌いじゃなかったら飲んで。昨日のお返し…!!」

それだけ言って、俺の手にブラックコーヒーを握らせて痴漢ちゃんは走って去って行った。

痴漢ちゃんはエスパーなんだろうか。
俺の好みを知っていたぞ?すごい。

「あれ、拓海?今日は飲み物すぐ買ったんだ。最近ずーっと迷ってんのに、珍しい」

購買でパンを買って来た友達の声が遠くに聞こえた。




帰りに家の近くのコンビニに寄ると、痴漢ちゃんのいつも飲んでるイチゴオーレがあった。

俺は今度は迷わずにそれを買う。
コンビニから出てすぐにストローを刺して飲んでみた。

「うっわ。何これ。こんな甘ったるい飲み物、毎日飲んでんのか、あいつ」

絶対絶対超絶ご飯に合わない。
毎日飲んだら病気になりそう。
合わせるならこれと同じくらい甘いスイーツ?
痴漢ちゃんはたまにどこかのケーキみたいなスイーツを食べてるけど。

…考えただけで胸悪くなった。無理。

マンションのエレベーターに乗り込んで、俺は甘いイチゴオーレを飲み干した。

……うん、なんだか俺は俺なりに納得いった気がしたんだよね。

始まりがどうであれ、俺は今の気持ちが少しずつふくらんでいく事がなかなか悪くはないと思ったんだ。


うん、俺、決めた。
明日隣のクラスのヤツに痴漢ちゃんの名前を聞こう。



















エレベーターに閉じ込められるまであと342日。












(ちなみに、拓海くんが陸くんを見ているから目が合うのではなく、陸くんが拓海くんを見てるから目が合う事に拓海くんはその後もずーっと気付いてませんでした)



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