26 / 42
エレベーターに閉じ込められたその後で。
成瀬の家で。④(拓海くんの場合)
しおりを挟む俺が長いトイレに入ってる間に姉の部屋に陸が連れ込まれたとも知らず、俺は急いで陸の家に行く支度をしていた。
トイレが長かった理由は聞かないで欲しいけど、なんせエレベーターに閉じ込められて数時間、俺はかなりの我慢を強いられていたわけで…。
エレベーターに閉じ込められている時間がどれくらいなのか最初からわかっていればもう少し色々出来たんだけど、いつ開くかわからない状況で陸を不安にさせたくなかった。
停電の影響でシャワーも使えないようなので、俺は部屋着のスウェットを脱いでジーンズに履き替える。
雨はまだやんでいないようだし、陸に貸してあげたグレーのパーカーはそのまま着せておこう。
陸は今日薄着過ぎるし、なんせ熱がある。
新しいTシャツと、洗濯物で干してあった赤いパーカーを着込んで、夜中だし小腹も空いたのでコンビニの袋の中を覗いたら何にも入ってなかった。
姉ちゃん、お菓子全部持ってったのか?
ちっ、痩せの大食いだからな。
レアチーズタルトは陸が好きだから食わせてやろうと思ってたし、姉ちゃんレアチーズタルトは頼んでなかったはずなのに。
さっき有無を言わさず強引なキスをしたら陸は戸惑った顔をしていたし、エレベーターの時みたいな蕩けた顔はしてなかったから、意地悪した事を謝りたかった。
食べ物を持っていけば気まずさも薄らぐかとちょっと思ってたからガッカリする。
冷蔵庫を開けても、昨日買ったはずのイチゴオーレも誰かに飲まれたようでなかった。
「陸、入るぞー」
一応声をかけてから自分の部屋に入ったのに、そこはもぬけの殻だった。
「は?」
ピンと来て向かいの部屋にノックもせず入ると、テーブルの前にちょこんと座ってる陸が俺を見上げた。
こうやって俺の友達とすぐ仲良くしたがるのがうちの姉ちゃんの悪い癖だけど、基本気に入った子にしかしないので陸は気に入られたようだ。
スイーツ独り占めする気ではなかったんだな、と思って心の中で姉に謝っといた。
「姉ちゃん…なんなん、俺の友達とすぐ打ち解けようとするの本当にやめて…」
「スイーツを一緒に食べようと思っただけじゃん」
遠慮してるのか陸の前にはまだ何も置かれていなかったので、どうせこれを選ぶだろうとスイーツを取ってあげた。
姉ちゃんはおかしそうに笑ってて、陸はなぜか俯いて顔を赤らめる。
なんでだよ。照れる意味がよくわかんねぇ。
「…………ん?なんだよ。なんかお前ら感じ悪くない?」
それから俺が自分の為に買って来たポテチを開けて陸が食べ終わるまで待ってたんだけど。
陸はずーっと嬉しそうに笑って本当に美味しそうに食べてたから、さっきの事は気にしてないのかなと何となくほっとした。
「あ、ほら陸。熱測ってみろよ」
陸に体温計を渡して測らせると、やっぱり熱は38℃近くあった。
「陸くん、熱あるの?それこそ本当に家に泊まってけばいいのに…」
「あ、大丈夫です。今日はどうしても帰らないといけなくて」
「俺、送ってったらそのまま家に泊まらせてもらうからな。電車動いたら帰ってくる」
「へぇ…。まぁ、明日休みだからいいけどさぁ」
めちゃくちゃニヤニヤしてる姉は、陸に何か余計な事を吹き込んでないだろうか。
嫌な予感しかない。
「食ったか?よし、もう行くぞ。姉ちゃん、母ちゃんが起きたら言っといてくれな」
「あ、たっくん?あのさ…」
耳元に顔を近づけて姉ちゃんは小さな声で言った。
「あんた、熱あるのに鬼畜なの?合意ならいいけど陸くん多分経験ないでしょ?ちゃんと手加減しなさいね」
「……余計なお世話だっつの。なんだ、俺達の関係バレてんの?」
「そりゃあもう、あんた達2人見てるだけでダダ漏れよ。さっきたっくんの部屋にいる時、話し声しない方が返って不自然だったからね。何やってたのよ」
嫉妬して手加減出来ずに押し倒してました。
とは、さすがに言えない。
陸をもう一度部屋に入れてベッドに座らせて、持っていくものを鞄に詰めてると陸が俺の名前を呼んだ。
「成瀬」
「ん?わっ、なんだ?陸…?」
後ろから抱きついて来て俺のパーカーに顔を埋めて、陸はまた俺の名前を呼んだ。
「成瀬…、受験の日、俺の事助けてくれたの覚えてる…?」
痴漢ちゃんが自分だった事を陸が認めたので、わかってたけど何となく安心して俺は笑った。
「あーうん。痴漢に遭った事知られたくなくて俺の事嫌ってんのかと思ってたけど、それは違うんだよな?」
「……全然違う。俺、あの日成瀬に助けてもらったのにお礼も言えなくて、ごめん」
「そんな事気にしなくてもいいのに」
「成瀬」
そんなに何回も名前を呼ばれるとくすぐったい。
そうだ、俺達は両想いなんだから丸山に隙さえ見せなければ大丈夫なんだからって言い聞かせる。
「成瀬、俺……成瀬が好き」
声のトーンが少し緊張してて、でも好きって言ってくれた事に驚いて腕を離して正面に向き合った。
「うん。俺も好き」
「一目惚れだったんだ。あの時、助けてくれた時から、ずっと好き」
マジか。それは初耳でちょっと嬉しさを堪えられずに抱きしめる。
「だから…その、早く俺の家に行こう?」
きっと陸は俺をずっと好きだっていう事を、今まで態度にも出せないくらい奥手だったはずなのに。
きっとものすごく勇気を出して誘ってるんだと思うと、可愛くて胸がギュッとなった。
陸の全部がいちいち可愛くて困る。
「その前に、もう一回キスしていい?」
黙って頷く陸の唇を、さっきよりずっと優しく気持ちを込めて塞いだ。
「んん、なるせ…好き…」
抱きしめた身体が熱くて舌を絡めると、甘いイチゴオーレの味がした。
たくさん可愛い声が漏れてたけど、今度は我慢してとは言わなかった。
1
あなたにおすすめの小説
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
発情薬
寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。
製薬会社で開発された、通称『発情薬』。
業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。
社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。
鷲井戸リミカ
BL
メルヴィンは夫レスターと結婚し幸せの絶頂にいた。しかしレスターが勇者に選ばれ、魔王討伐の旅に出る。やがて勇者レスターが魔王を討ち取ったものの、メルヴィンは夫が自分と離婚し、聖女との再婚を望んでいると知らされる。
死を望まれたメルヴィンだったが、不思議な魔石の力により脱出に成功する。国境を越え、小さな町で暮らし始めたメルヴィン。ある日、ならず者に絡まれたメルヴィンを助けてくれたのは、元夫だった。なんと彼は記憶を失くしているらしい。
君を幸せにしたいと求婚され、メルヴィンの心は揺れる。しかし、メルヴィンは元夫がとある目的のために自分に近づいたのだと知り、慌てて逃げ出そうとするが……。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる