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8.お触り厳禁ですよ神官さん
「大変失礼いたしました、シーナ・ルー様。歓喜のあまり少々取り乱してしまったようです」
少々か?
「ぺぇ」
変態神官キースさんが深々と頭を下げるのに、私は鼻を鳴らして体を背ける。
しかしなぜか、キースさんの息遣いがまたも荒くなった。
「はあはあ、ふんわりお尻尾様がわっしわっしと揺れている……! はあはあ、いっそこのまま永遠に鑑賞していた」
「ぱ、え、えっ!」
もーやだこの人!!
一刀両断男も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
腕組みして黙りこくる男からは、不機嫌オーラが大爆発。怖くて近寄れないので、私は安全地帯のカイルさんの元へと避難する。
「ぱえ~」
「ごめんね、シーナちゃん。キースは知識欲旺盛の変態で猪突猛進で空気が読めなくて慇懃無礼で頭のいい馬鹿なんだけど、決して悪い人間ではないんだよ」
本当に?
ジト目で睨む私に、カイルさんが噴き出した。
そっと私を抱っこして、なだめるように頭を撫でてくれる。う~、良きかな良きかな。
「なっ、なななっシーナ・ルー様になんと馴れ馴れしい! ずるい、ずるいですよカイルッ!」
キーッとハンカチを噛むキースさん。なんというわかりやすい悔しがり方……。
(認識を残念変態イケメンに下方修正、と)
……にしても、これは一体どうしたものか。
ここに来るまでの私は、聖堂の神官さんたちに保護してもらう気満々だった。
が、蓋を開けてみれば、ここにいるのは意地悪神官もしくは変態神官ばかり。いや、まともな人もいるのかもしんないけど。
(これだったら一刀両断男かカイルさんの側にいた方が安全かも? や、でも月の女神さんに会うためには、やっぱり聖堂でお世話になるべきなのかなぁ……?)
うぅむ、これは悩む。
無意識にしっぽが揺れていたようで、そうっと背後に忍び寄った変態神官の手が伸びてきた。すかさず一刀両断男が蹴りを見舞った。
「ゴフッ!」
豪快に吹っ飛んだキースさんは、よろよろと起き上がって地団駄を踏む。
「くっ、さっきから何なんですかヴィクター殿下ァッ!」
「お前が一体何なんだ」
ん、完全同意。
苦々しく吐き捨てる一刀両断男に歩み寄り、彼の後ろにこっそり隠れた。多少は眉間のしわがマシになってきたので、なんとか近づくことができたのだ。
けれどその瞬間、なぜかキースさんが血相を変える。
「なっ、いけません! 今すぐ殿下からお離れください、シーナ・ルー様!」
「ぱえ?」
「ち、ちょっと。いきなりどうしたんだよキース、そんな大声出したりして」
困り顔のカイルさんが割り込んでくる。
が、キースさんはカイルさんには目もくれず、両手ですばやく私の体をすくい取った。
「ぴぇあっ?」
「ご無礼をお許しを、シーナ・ルー様。ですが、このままヴィクター殿下のお側にいては、あなた様のお命が危険にさらされてしまうのですっ」
「…………」
えええええ!?
なんでなんでぇっ!?
穏やかじゃない発言に、ぶわわ、としっぽを膨らませて凍りつく私。
そして目を丸くするカイルさん、かすかに眉をひそめるだけの一刀両断男。
固唾を呑んで続きを待つ私たちを前にして、キースさんはまたもや呼吸を荒くした。恍惚にとろけきった顔を私に近づける。
「はあはあ、なんという天上のふわふわもこもこ! はあはあ、思いっきり吸いたい頬ずりしたいっ」
「…………」
はよ説明せんかい。
――もふドゴドカッ
シーナちゃんふわもこ毛玉頭突き、一刀両断男回し蹴り、カイルさんの裏拳が変態神官に炸裂した。
◇
「伝承にはこうあります。――シーナ・ルー。小さき聖獣、月の加護を受けしもの。その全身は清廉なる魂に相応しい、一点の汚れもない美しき白。闇夜のごとき黒き眼は偽りを見逃さず、人の目には見えぬ真実を映し出す……」
ズタボロになったキースさんは、己の変態性をいったん封印することにしたらしい。長椅子に座る私たちに向かって立ち、学校の先生のように丁寧に講義してくれる。
ちなみに私が今いるのは、カイルさんの膝の上。
一刀両断男に悪い気はしたが、命が危険だという理由を聞くまでは、身の安全のため距離を取ることにしたのだ。
「さて、ここからが本題です」
注目を集めるように、キースさんがパンと手を叩いた。
「聖獣シーナ・ルー様はおっとりした温厚な種族で、神々の住まわれる天上世界で暮らされていると伝えられています。美しい花畑を『ぱえ~』『ぽえ~』『ぱぱぱぱぁ~』と、ほんわりもふもふ跳ね回るのが日課だとか。ひたすら飽きることなく、幸せそうに」
それは、何て言うか……。
脳内もお花畑っていうか、むしろバ
「阿呆か」
「ぱぇあっ!」
「まあまあシーナちゃん。ヴィクター、せめて癒やし系って言ったげて」
そうだそうだー!
私も一瞬「バカ」って言いかけたけど!
静粛に、とキースさんがすっと手を上げる。
慌てて口をつぐんだ私たちに、キースさんが重苦しく嘆息する。
「シーナ・ルー様の無邪気で愛らしい、やわらかなお心は、天上世界においては何ら問題ないのです。争いもなく、ゆったりとした平和な時の流れる天上世界では……。けれども我らの住まう下界には、喜びや楽しみといった正の感情だけでなく、憎しみや恐怖といった負の感情も満ちている。これが能天気……いえ繊細なシーナ・ルー様にとっては、命に関わる大事となってしまうのです」
うわ、変態神官にまで能天気呼ばわりされた!
「ぽっ」
「うん、つまり?」
抗議の声を上げかけた私の口を、カイルさんがすばやく塞いだ。真剣な眼差しをキースさんに注ぐ。
キースさんも力を込めて頷いた。
「そう。つまりシーナ・ルー様は吹けば飛ぶような、儚き生命力しか持たない最弱生物なのです! 環境の変化に弱く、ちょっとした驚きや恐怖ですぐに死んでしまう。実際、二千年ほど前に女神様の使いとして外界に降臨なさった際は、犬にわんっと吠えられては失神し、石につまずき転んでは息が止まり、蝋燭の炎に怯えて走り出しては壁に激突し……と、最弱伝説は枚挙にいとまがありません」
『…………』
祭壇の間を沈黙が支配する。
ややあって、一刀両断男が低くうなった。
「やはり、阿呆か」
少々か?
「ぺぇ」
変態神官キースさんが深々と頭を下げるのに、私は鼻を鳴らして体を背ける。
しかしなぜか、キースさんの息遣いがまたも荒くなった。
「はあはあ、ふんわりお尻尾様がわっしわっしと揺れている……! はあはあ、いっそこのまま永遠に鑑賞していた」
「ぱ、え、えっ!」
もーやだこの人!!
一刀両断男も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
腕組みして黙りこくる男からは、不機嫌オーラが大爆発。怖くて近寄れないので、私は安全地帯のカイルさんの元へと避難する。
「ぱえ~」
「ごめんね、シーナちゃん。キースは知識欲旺盛の変態で猪突猛進で空気が読めなくて慇懃無礼で頭のいい馬鹿なんだけど、決して悪い人間ではないんだよ」
本当に?
ジト目で睨む私に、カイルさんが噴き出した。
そっと私を抱っこして、なだめるように頭を撫でてくれる。う~、良きかな良きかな。
「なっ、なななっシーナ・ルー様になんと馴れ馴れしい! ずるい、ずるいですよカイルッ!」
キーッとハンカチを噛むキースさん。なんというわかりやすい悔しがり方……。
(認識を残念変態イケメンに下方修正、と)
……にしても、これは一体どうしたものか。
ここに来るまでの私は、聖堂の神官さんたちに保護してもらう気満々だった。
が、蓋を開けてみれば、ここにいるのは意地悪神官もしくは変態神官ばかり。いや、まともな人もいるのかもしんないけど。
(これだったら一刀両断男かカイルさんの側にいた方が安全かも? や、でも月の女神さんに会うためには、やっぱり聖堂でお世話になるべきなのかなぁ……?)
うぅむ、これは悩む。
無意識にしっぽが揺れていたようで、そうっと背後に忍び寄った変態神官の手が伸びてきた。すかさず一刀両断男が蹴りを見舞った。
「ゴフッ!」
豪快に吹っ飛んだキースさんは、よろよろと起き上がって地団駄を踏む。
「くっ、さっきから何なんですかヴィクター殿下ァッ!」
「お前が一体何なんだ」
ん、完全同意。
苦々しく吐き捨てる一刀両断男に歩み寄り、彼の後ろにこっそり隠れた。多少は眉間のしわがマシになってきたので、なんとか近づくことができたのだ。
けれどその瞬間、なぜかキースさんが血相を変える。
「なっ、いけません! 今すぐ殿下からお離れください、シーナ・ルー様!」
「ぱえ?」
「ち、ちょっと。いきなりどうしたんだよキース、そんな大声出したりして」
困り顔のカイルさんが割り込んでくる。
が、キースさんはカイルさんには目もくれず、両手ですばやく私の体をすくい取った。
「ぴぇあっ?」
「ご無礼をお許しを、シーナ・ルー様。ですが、このままヴィクター殿下のお側にいては、あなた様のお命が危険にさらされてしまうのですっ」
「…………」
えええええ!?
なんでなんでぇっ!?
穏やかじゃない発言に、ぶわわ、としっぽを膨らませて凍りつく私。
そして目を丸くするカイルさん、かすかに眉をひそめるだけの一刀両断男。
固唾を呑んで続きを待つ私たちを前にして、キースさんはまたもや呼吸を荒くした。恍惚にとろけきった顔を私に近づける。
「はあはあ、なんという天上のふわふわもこもこ! はあはあ、思いっきり吸いたい頬ずりしたいっ」
「…………」
はよ説明せんかい。
――もふドゴドカッ
シーナちゃんふわもこ毛玉頭突き、一刀両断男回し蹴り、カイルさんの裏拳が変態神官に炸裂した。
◇
「伝承にはこうあります。――シーナ・ルー。小さき聖獣、月の加護を受けしもの。その全身は清廉なる魂に相応しい、一点の汚れもない美しき白。闇夜のごとき黒き眼は偽りを見逃さず、人の目には見えぬ真実を映し出す……」
ズタボロになったキースさんは、己の変態性をいったん封印することにしたらしい。長椅子に座る私たちに向かって立ち、学校の先生のように丁寧に講義してくれる。
ちなみに私が今いるのは、カイルさんの膝の上。
一刀両断男に悪い気はしたが、命が危険だという理由を聞くまでは、身の安全のため距離を取ることにしたのだ。
「さて、ここからが本題です」
注目を集めるように、キースさんがパンと手を叩いた。
「聖獣シーナ・ルー様はおっとりした温厚な種族で、神々の住まわれる天上世界で暮らされていると伝えられています。美しい花畑を『ぱえ~』『ぽえ~』『ぱぱぱぱぁ~』と、ほんわりもふもふ跳ね回るのが日課だとか。ひたすら飽きることなく、幸せそうに」
それは、何て言うか……。
脳内もお花畑っていうか、むしろバ
「阿呆か」
「ぱぇあっ!」
「まあまあシーナちゃん。ヴィクター、せめて癒やし系って言ったげて」
そうだそうだー!
私も一瞬「バカ」って言いかけたけど!
静粛に、とキースさんがすっと手を上げる。
慌てて口をつぐんだ私たちに、キースさんが重苦しく嘆息する。
「シーナ・ルー様の無邪気で愛らしい、やわらかなお心は、天上世界においては何ら問題ないのです。争いもなく、ゆったりとした平和な時の流れる天上世界では……。けれども我らの住まう下界には、喜びや楽しみといった正の感情だけでなく、憎しみや恐怖といった負の感情も満ちている。これが能天気……いえ繊細なシーナ・ルー様にとっては、命に関わる大事となってしまうのです」
うわ、変態神官にまで能天気呼ばわりされた!
「ぽっ」
「うん、つまり?」
抗議の声を上げかけた私の口を、カイルさんがすばやく塞いだ。真剣な眼差しをキースさんに注ぐ。
キースさんも力を込めて頷いた。
「そう。つまりシーナ・ルー様は吹けば飛ぶような、儚き生命力しか持たない最弱生物なのです! 環境の変化に弱く、ちょっとした驚きや恐怖ですぐに死んでしまう。実際、二千年ほど前に女神様の使いとして外界に降臨なさった際は、犬にわんっと吠えられては失神し、石につまずき転んでは息が止まり、蝋燭の炎に怯えて走り出しては壁に激突し……と、最弱伝説は枚挙にいとまがありません」
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