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20.最悪のタイミング
窓から見える夜空には、ほんの少しだけ欠けた月がぽっかり浮かんでいる。
日が落ちてロッテンマイヤーさんがカーテンを閉めようとしたけれど、私は慌ててぽえぽえ叫んで彼女を止めた。月が出たことが嬉しくて、いつまでだって眺めていたかったから。
(よかった、これで人間に戻れる……!)
朝、出勤するカイルさんと聖堂に戻るキースさんを見送ってから、私はずっとヴィクターの部屋にこもりきりだ。何をするでもなく、一日中彼の帰りを待ち続けた。
いつもならとっくに帰っている頃なのに、夜が更けてもヴィクターは戻らなかった。もしかしたら、しばらく帰らないつもりなのかもしれない。
一人ぼっちの部屋の中、心細さと不安に押しつぶされそうになる。
ヴィクターの大きなベッドに仰向けに寝っ転がり、物言わぬ月を見上げた。
「……ぽえっ!」
気合いを入れて、むっくりと起き上がる。
うじうじ思い悩んでいたって仕方ない。
せっかくこんなに綺麗な月が顔を見せてくれたのだ。ヴィクターが帰らないからといって、何もしないでいるのはもったいない。そう、ものは試しで人間に戻ってみよう!
(ぶっつけ本番は危険だしね。予行演習って大事!)
魔素で窒息するまでどのぐらいかかるのか、きちんとしゃべることはできるのか。
確かめなければならないことはたくさんある。
心に決めて、美しい月を挑むように睨み据えた。
(月の女神、ルーナさん……。どうか呪いを解いて、私を人間に戻してください……!)
祈った途端に、ぽわ、と額が温かくなる。えっ、こんなに即効性あるの!?
ぎょっとして自身の体を見下ろすと、シーナちゃんの真っ白な毛並みがかすかに発光していた。決して眩しくはない、直視できる程度の優しい光。
(まるで、月みたい)
心まで温かくなり、私はゆだねるように目をつぶった。額の温みが少しずつ下へと移動して、全身を巡って指先にまで広がっていく。
「……っ」
熱い。
まるで、体が燃えるみたいに――……
「あ……っ!」
ベッドに沈み込む感触がする。
驚いて目を開いた瞬間、バランスを崩して倒れ込んだ。もがきながら体勢を立て直し、腕をまっすぐに伸ばしてみる。
「……てっ、手が! 毛むくじゃらじゃなーいっ!」
――やったぁ、大成功!!
うきうきと指を握って開いて、にっと口角を上げて笑う。軽やかにベッドから降り立って、姿鏡に自身の姿を映してみた。
「……わっ、何この服!?」
この世界に来た時に着ていた、カジュアルなデニム姿が一変している。
清楚な雰囲気の、シーナちゃんみたいに真っ白なワンピース。
襟ぐりは深く開いていて、二の腕を覆うレースの袖はふんわりしたパフスリーブ。ひらひらのスカートはちょうど膝丈で、私の好みからすると少し短い、かも?
「うぅん、これってルーナさんの趣味なのかな。ちょっと私には可愛すぎる、ような……」
まあ、真っ裸じゃないだけでもありがたいんだけどね。
そこは女同士、きっとルーナさんも気を回してくれたに違いない。
「ありがとう、ルーナさん。でも次はもうちょっと、活発な感じの服でお願いできると嬉しいです……!」
なむなむ。
おごそかに祈りを捧げ、もう一度まじまじと自分の姿を観察してみる。
肩につくぐらいのストレートの髪が、頭の動きに合わせてさらさら揺れた。ため息をつき、一房つまみ上げてみる。
「色、ホントに抜けちゃったなぁ……」
天上世界でルーナさんと会った時にわかってはいたものの。
真っ黒だったはずの髪が、金に近い茶色に変わってしまっている。学生の時だってここまで染めたことはなかったぞ。
「ま、別にいいけどね。何が何でも黒髪がイイ!ってわけじゃないしー」
命があるだけでありがたいもんね!
さばさばと割り切り、スカートをひるがしてベッドに腰掛ける。
心臓の真上に手を当て、眉根を寄せて考え込んだ。
(……今のところ、窒息死しそうな感じはしない、かな)
多少、息苦しいような気持ちはする。
酸素が薄いというか、思いっきり吸っているはずなのに、いつもの三分の二ぐらいしか取り込めていない、というふうな違和感。
深く息を吸って、吐く。
少しばかり気分が悪い……が、それだけだ。即死しそうな気配はない。
「ルーナさんが大げさに言ってただけなのかな? 何にせよ、これならしっかりヴィクターに説明できそう」
ほっと安堵して笑みがこぼれた。
立ち上がって勇ましく腕を振って歩き、部屋をぐるりと一回り。うん、歩行にも異常なしっと。
どうしよう。もうシーナちゃんに戻ってもいいけれど、せっかくだからどれだけ耐えきれるか実験してみようかな。
もう一度ベッドに腰掛けて、柱時計に視線を移す。
よし、今から時間を計って――……
――ダンッ!
「……っ!?」
突然腕をつかまれ、荒々しく後ろに引き倒された。
衝撃に息が詰まる。
(な、なに……っ?)
とっさにつぶっていた目を開けると、息遣いを感じるほど近くにヴィクターの顔があった。細められた緋色の瞳が、射抜くように私を見下ろす。
はっきりとした殺気に、私の喉がひくりと引きつった音を立てた。
「――何者だ。一体どうやって侵入した」
日が落ちてロッテンマイヤーさんがカーテンを閉めようとしたけれど、私は慌ててぽえぽえ叫んで彼女を止めた。月が出たことが嬉しくて、いつまでだって眺めていたかったから。
(よかった、これで人間に戻れる……!)
朝、出勤するカイルさんと聖堂に戻るキースさんを見送ってから、私はずっとヴィクターの部屋にこもりきりだ。何をするでもなく、一日中彼の帰りを待ち続けた。
いつもならとっくに帰っている頃なのに、夜が更けてもヴィクターは戻らなかった。もしかしたら、しばらく帰らないつもりなのかもしれない。
一人ぼっちの部屋の中、心細さと不安に押しつぶされそうになる。
ヴィクターの大きなベッドに仰向けに寝っ転がり、物言わぬ月を見上げた。
「……ぽえっ!」
気合いを入れて、むっくりと起き上がる。
うじうじ思い悩んでいたって仕方ない。
せっかくこんなに綺麗な月が顔を見せてくれたのだ。ヴィクターが帰らないからといって、何もしないでいるのはもったいない。そう、ものは試しで人間に戻ってみよう!
(ぶっつけ本番は危険だしね。予行演習って大事!)
魔素で窒息するまでどのぐらいかかるのか、きちんとしゃべることはできるのか。
確かめなければならないことはたくさんある。
心に決めて、美しい月を挑むように睨み据えた。
(月の女神、ルーナさん……。どうか呪いを解いて、私を人間に戻してください……!)
祈った途端に、ぽわ、と額が温かくなる。えっ、こんなに即効性あるの!?
ぎょっとして自身の体を見下ろすと、シーナちゃんの真っ白な毛並みがかすかに発光していた。決して眩しくはない、直視できる程度の優しい光。
(まるで、月みたい)
心まで温かくなり、私はゆだねるように目をつぶった。額の温みが少しずつ下へと移動して、全身を巡って指先にまで広がっていく。
「……っ」
熱い。
まるで、体が燃えるみたいに――……
「あ……っ!」
ベッドに沈み込む感触がする。
驚いて目を開いた瞬間、バランスを崩して倒れ込んだ。もがきながら体勢を立て直し、腕をまっすぐに伸ばしてみる。
「……てっ、手が! 毛むくじゃらじゃなーいっ!」
――やったぁ、大成功!!
うきうきと指を握って開いて、にっと口角を上げて笑う。軽やかにベッドから降り立って、姿鏡に自身の姿を映してみた。
「……わっ、何この服!?」
この世界に来た時に着ていた、カジュアルなデニム姿が一変している。
清楚な雰囲気の、シーナちゃんみたいに真っ白なワンピース。
襟ぐりは深く開いていて、二の腕を覆うレースの袖はふんわりしたパフスリーブ。ひらひらのスカートはちょうど膝丈で、私の好みからすると少し短い、かも?
「うぅん、これってルーナさんの趣味なのかな。ちょっと私には可愛すぎる、ような……」
まあ、真っ裸じゃないだけでもありがたいんだけどね。
そこは女同士、きっとルーナさんも気を回してくれたに違いない。
「ありがとう、ルーナさん。でも次はもうちょっと、活発な感じの服でお願いできると嬉しいです……!」
なむなむ。
おごそかに祈りを捧げ、もう一度まじまじと自分の姿を観察してみる。
肩につくぐらいのストレートの髪が、頭の動きに合わせてさらさら揺れた。ため息をつき、一房つまみ上げてみる。
「色、ホントに抜けちゃったなぁ……」
天上世界でルーナさんと会った時にわかってはいたものの。
真っ黒だったはずの髪が、金に近い茶色に変わってしまっている。学生の時だってここまで染めたことはなかったぞ。
「ま、別にいいけどね。何が何でも黒髪がイイ!ってわけじゃないしー」
命があるだけでありがたいもんね!
さばさばと割り切り、スカートをひるがしてベッドに腰掛ける。
心臓の真上に手を当て、眉根を寄せて考え込んだ。
(……今のところ、窒息死しそうな感じはしない、かな)
多少、息苦しいような気持ちはする。
酸素が薄いというか、思いっきり吸っているはずなのに、いつもの三分の二ぐらいしか取り込めていない、というふうな違和感。
深く息を吸って、吐く。
少しばかり気分が悪い……が、それだけだ。即死しそうな気配はない。
「ルーナさんが大げさに言ってただけなのかな? 何にせよ、これならしっかりヴィクターに説明できそう」
ほっと安堵して笑みがこぼれた。
立ち上がって勇ましく腕を振って歩き、部屋をぐるりと一回り。うん、歩行にも異常なしっと。
どうしよう。もうシーナちゃんに戻ってもいいけれど、せっかくだからどれだけ耐えきれるか実験してみようかな。
もう一度ベッドに腰掛けて、柱時計に視線を移す。
よし、今から時間を計って――……
――ダンッ!
「……っ!?」
突然腕をつかまれ、荒々しく後ろに引き倒された。
衝撃に息が詰まる。
(な、なに……っ?)
とっさにつぶっていた目を開けると、息遣いを感じるほど近くにヴィクターの顔があった。細められた緋色の瞳が、射抜くように私を見下ろす。
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