ぐうたら姫は、ただいま獣の陛下と婚約中

和島逆

文字の大きさ
22 / 87
第二章

第22話 二人、出会って初めての。

しおりを挟む
 ――そうして迎えた、収穫祭当日。

 天気は快晴。
 ぽかぽかした日差しの気持ちいい、絶好のお祭り日和だ。

 ランダール王国の首都・ドラム。
 初めて訪れる城下町はすっかりお祭り仕様で、建物から建物に色とりどりの三角の旗が掛けられ、空中には鮮やかな紙吹雪が舞い踊っていた。
 食べ物の屋台も目白押しで、そこかしこからいい匂いが漂ってくる。わあっと歓声が上がったのは、遊戯の屋台だろうか。ものすごい人だかりだ。

 道行く人々は目一杯お洒落して、家族や友人、恋人同士ではしゃぎながら笑いさざめいている。……あらあら、皆とっても楽しそうだこと。羨ましいわぁ。


 ――それに引き換え、この私ときたら……。


「リリアーナ殿下。いつまでぶうたれているおつもりですか」

 メイベルのあきれたような声が降ってくる。

「そうだぞ姫さん。年に一度の収穫祭なんだから、もっと楽しもうぜ!」

 屋台から小走りに戻ってきたイアンが、木のコップを差し出してくる。

 煉瓦造りの花壇に座り込んだ私は、むくれながらも手を伸ばした。表面にうっすらと汗をかいたコップに指が触れた途端、その冷たさにびっくりする。

「冷た……っ。……それにこれ、酸っぱくって甘くって――すっごく美味しいわ! 何のジュースなの?」

「レモンの蜂蜜漬けを水で割ってんだよ。汲みたての地下水で作ってあるから、よく冷えてるだろ?」

 胸を張るイアンに笑顔で頷き、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。メイベルも嬉しそうにカップに口をつけている。

 爽やかな酸味に気分が晴れ渡り、スカートの裾を払って立ち上がった。

「ご馳走様、イアン! そうよね。せっかくのお祭りだもの、楽しまなきゃ損よね。……たとえ、婚約者に振られたとしても。涙目の上目遣いで強請ねだったというのに、にべもなく断られたとしても」

 恨めしげに呟くと、メイベルが涙ながらに私の手を取った。

「元気をお出しくださいリリアーナ殿下っ。仕事優先な殿方というのは、まだまだこの世にはびこっているのですわ。いずれ捻り潰して根絶やしにしてやりましょうね?」

「メイベル……! そうね、力を合わせて愚か者共を殲滅しましょうっ」

 決然と誓い合う私達を見て、イアンがぶるるっと大仰に震え上がった。太い二の腕を擦りながら、「おーいガイウスー……。お前、とんでもないものを敵に回しちまったぜー……?」と呟く。

 その途端、がらどっしゃんというけたたましい物音が聞こえた。

「えっ? なに!?」

 驚いて振り向くと、屋台の後ろで山と積まれた木箱が崩れ落ちていた。黒色のローブを目深に被った長身の人が、散らばった木箱を泡を食って拾い上げている。

「たいへん。イアン、手伝ってあげ――」

「ああ、いいって別にっ。ほら、今日のオレは姫さんの案内役兼護衛だからな? ドジな野郎の世話なんか、他に任せときゃいいんだよ」

 早口で告げるやいなや、強引に私の背中を押して歩き出す。メイベルも慌てたように追いついてきた。

「ちょっとイアンっ。わかってるでしょうけど、リリアーナ殿下は病弱でいらっしゃるんだからね。危険な目に合わせたら承知しないわよっ」

「おうよ、合点承知! ――いいか、二人とも?  収穫祭の始まりっつーのはコイン集めからなんだ。どいつが一番たくさん集められるか勝負だな!」

 がははと陽気に笑い、イアンはさらに足を早める。
 付いていくのに精一杯で、「コインって何?」と尋ねるどころではない。メイベルと不審な顔を見合わせつつ、懸命に足を動かした。



***


 遡ること五日前。

 連日の説得にも関わらず、ガイウス陛下は頑として私の誘いを受け入れてくれなかった。「わたしは祭りの参加者ではなく、責任者なのだ。仕事を放り出して遊ぶことなどできない」の一点張り。

 あまりの頭の固さに業を煮やした私は、とうとう泣き落とし作戦に打って出た。

「ガイウス陛下……っ。収穫祭は体力勝負だと、イアンから聞いたのです。私、正直不安だわ……。どうか当日は、ずっと私といてくれませんか……?」

 しゅんと鼻をすすり、陛下の温かな腕に身を寄せる。その途端、豊かな毛並みがぶわわと逆立った。……へっ?

 目を丸くする私の腕を激しく振り払い、陛下が声を震わせた。

「だっ、だから俺は参加しないと何度も言っているだろうっ。いい加減しつこいぞリリアーナっ」

 吐き捨てるように言い放ち、憤然とそっぽを向いてしまう。手の平に感じていた彼の温もりが消え去って、指先が急激に冷えていく。

「…………そう、ですか」

 凍えた胸の奥から、自分でも驚くほど平坦な声が出た。陛下がぎょっとしたように振り返る。

 固唾を呑んで見守っていた執務室の面々の中から、メイベルが慌てたように駆け寄ってくる。
 でも、私が見つめるのは陛下だけ。ドレスをつまんでしとやかに礼を取る。

「よく、わかりました。……それほどまでにご迷惑でしたら、わたくし今後はもう二度と。一切。陛下を誘ったりなどいたしません」

「えっ……? えっ……? リ、リリ」

 おろおろと私に向かって手を伸ばす陛下を、渾身の目力を込めて睨みつけた。唇がわなないて、演技ではない本物の涙が目尻からこぼれ落ちる。

「リ、リリアーナ!?」

「――陛下の馬鹿ぁっ! わからず屋っ! 私、私もう絶対に――!」

 わっと身を翻して走り出す。

「ガイウス陛下なんか、部屋の壁の観察にも誘ってあげないんだからあああああーーーーっ!」

「リ、リリアーナァーーーーッ!!!」

 悲痛な声が追いかけてきたが、私は足を止めなかった。彼の鼻面に叩きつけるようにして執務室の扉を閉めてやったのだ。



***


「……ガイウスの奴、あれからまぁ凹んで凹んで。灰になって風に流されちまうんじゃないかって、本気で焦ったぜ」

 ぶらぶらと屋台をひやかしつつ、イアンが私に恨み言を並べ立てる。メイベルがフンと鼻を鳴らした。

「あら。ならば、まずは陛下が謝罪なさるべきでしょう。リリアーナ殿下がお可哀想だわ」

「いや、ガイウスだってお可哀想なんだよ。あれから姫さんは執務室で昼寝もしてくれねぇわ、食事もひとりで自室で取るわ。謝る隙もねぇじゃねぇか」

「あたしは手紙と可愛らしい花束のひとつでも贈れって言ってるの。……っとに、気の利かない男共なんだから」

「うぐぉ……っ。そうか、その手があったのか……!」

 打ちひしがれるイアンを無視して歩を進める。
 ……私だって、仲直りしたいとは思っているのだ。ただ意地になりすぎて、完全に機を逃してしまった。

 じんわりと浮かびそうになる涙を払い、屋台見物もせずにしゃにむに突き進む。いつものドレスより短い膝下のスカートと、革の編み上げブーツのお陰で歩きやすい。

 袖のふんわりした真っ白なブラウスに、焦げ茶色の細身のベスト。胸元を飾るのは鮮やかな赤のリボン。
 町娘そのものといった格好に、今朝袖を通した瞬間は心が浮き立ったものの、今や嬉しさはすっかり半減していた。ヤケになって地面を蹴る。

(……本当は、ガイウス陛下にお見せしたかったのに……)

 だんだんと歩みが鈍くなり、とうとう私は足を止めてしまった。

 ……もう一度。
 もう一度だけ。

 この服を見せるって名目で、執務室に顔を出してみようかしら。
 ほんのちょこっとだけで構わないから、一緒にお祭りを見物しませんか? って、勇気を出して誘ってみるの。

 よし、と心に決めて振り返る。

「ねえ。イアン、メイベル。私、やっぱり――……」

「うおおっ、見ろよ姫さん! ディアドラの奴、今年は審査員側で参加してやがるっ!」

 突如として吠えるように叫び出し、イアンが私とメイベルの手を引っ掴んだ。そのまま風のように走り出す。わわわわっ?

「ぃよっしゃああ! まずはディアドラをやっつけてコインを手に入れようぜえぇーーーっ!!」

「いや待っ……! 私、私はガイウス陛下に――!」

 抵抗むなしく強制連行されていく。あああ、お城が遠ざかっていくわ……!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
 やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。  王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。  教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。  惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。  簡単に裏切る人になんてもう未練はない。  むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...