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エピローグ
巡る春。
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ひらひら、ひらひら。
桜の花びらが舞い落ちる。
お気に入りのクッションを抱き締めて、満開の木々をうっとりと見上げた。地べたに座り込む私の鼻先を、花びらがくすぐるようにして掠めていく。
「……へっ、くしゅん!」
春とはいえ、まだまだ風はひんやりしている。
ぶるっと身震いして、もこもこのショールをかき合せた。そろそろ戻らなければと思うのに、根が生えたようにこの場から動けない。
夢見心地で空を見上げる。
ひらひら、ひらひら。
薄紅色の花びらが舞い踊る。
私の榛色の髪に降り積もる。
数えきれない花びらを目で追ううちに、だんだんと瞼が重くなってくる――……
「――見つけた。リリアーナ」
凛とした声音に、はっと現実に引き戻された。
緩慢に目を開けると、うさぎ耳の少年が腕組みして私を睨み据えていた。
途端にいたずらがばれた子どものような気持ちになり、照れ笑いして髪を払う。はらはらと花びらを落とし、両手を合わせて彼を拝んだ。
「ごめんなさい、満開だったから思わずね。お散歩よ、お散歩」
「お散歩っていうのは歩くことを言うんだよ、リリアーナ。座り込んで……しかも君、今お昼寝しようとしてなかった?」
間髪入れずに突っ込むなり、コハクはあきれ返ったように天を仰いだ。一瞬怯んだものの、私はすぐに復活し「だって」と唇を尖らせる。
「こんなにいいお天気なんだもの。桜は綺麗だし、空も抜けるように真っ青よ。目が勝手にくっつこうとしたって、無理もないと思わない?」
「そこはちゃんと抵抗して。風邪を引いたらどうするのさ、それでなくても大事な時期なのに」
コハクのお小言にひゃっと首をすくめ、そのまま自分の下腹部を見下ろした。無意識に手の平を押し当てて、何度もゆっくりと撫でさする。
すっかり習い性となった仕草を繰り返していると、コハクも私の隣にしゃがみ込んだ。愛おしそうに私のお腹に耳を寄せる。
しばしじっと目を閉じて、それからいたずらっぽく私を見上げた。
「……ねえ。僕の大切なお姫様に、とっておきの情報を教えてあげようか」
「何なにっ?」
勢い込んで詰め寄ると、コハクはもったいぶるように空咳した。私の耳に唇を寄せ、重々しく囁く。
「実は、ここだけの話。ガイウスは……君の、旦那様はね――……」
ごくり、と唾を飲み込んだ。
体を離したコハクが、沈痛な表情でかぶりを振る。
「名付けのセンスが、壊滅的なんだ……」
「…………」
知ってる。
二人して大真面目な顔で見つめ合い、それから同時に噴き出した。お腹を抱えて笑っていると、コハクが突然うさぎ耳をピクンと動かした。
飛び跳ねるようにして立ち上がる。
「――ガイウスだっ。彼の足音がするよ!」
「ええっ!?」
王城の方角を確認したが、まだガイウス陛下の姿は見えていない。少し考えた私は大急ぎでコハクの手を引き、太い桜の幹の後ろに隠れた。
「リリアーナ?」
きょとんとするコハクに、しッと唇に指を当てる。
「隠れんぼよ。ガイウス陛下は私達に気が付いてくれるかしら?」
声を弾ませると、コハクも納得したように頷いた。
息をひそめて待つことしばし、ガイウス陛下の「リリアーナー、どこだー?」と呼びかける声が聞こえてきた。
(まだ、まだよコハク。近くまで来たら、一斉に驚かせるの)
(了解です、お姫様)
声を殺して囁き合い、その瞬間を待ち侘びる。
うずうずと足踏みしそうになるのをこらえていると、突然コハクがぱっと身を翻した。
(えっ……!?)
「――こっちだよ、ガイウス! 君の奥さん、桜の木の後ろに隠れてる!」
慌てて木の幹から顔を覗かせると、コハクがうさぎ耳を揺らしてぴょんぴょん駆けていく後ろ姿が見えた。鬣を風になびかせ、こちらに歩み寄ってくるガイウス陛下の姿も。
コハクは上気した顔で振り返ると、得意気に私を指差した。
「ほら、あそこだよ!」
「ああ、本当だ。――彼女を見つけてくれてありがとう、コハク」
ガイウス陛下が穏やかにお礼を言って、コハクのやわらかな銀髪を優しく撫でる。コハクもくすぐったそうな笑い声を上げた。
「もおっ、コハクの裏切り者!」
口では文句を言いつつも、我慢できずに笑い出してしまう。
大好きな二人に大きく手を振って、私も地面を蹴って駆け出した。途端にガイウス陛下がぎょっと目を剥く。
「ああああ走っては駄目だリリアーナっ! 頼む今すぐ止まってくれーーー!」
「リリアーナーーー! そこから動かないでーーー!」
双方から泡を食って大絶叫され、慌てて急停止した。しとやかにドレスを整え、何事もなかったかのように取り澄ます。
安堵したように微笑み合ったガイウス陛下とコハクは、どちらからともなく手を差し伸べた。仲良く手を繋いで私の元へと歩み出す。
じっと立ち止まって待ち構えているうちに、なぜだかじんわりと視界が滲んできた。大急ぎで目をこすり、私も笑顔で一歩踏み出す。
ひらひら、ひらひら。
花びら踊る桜の木の下で、両腕をいっぱいに広げて待つ。準備万端な私に苦笑して、ガイウス陛下が足を早めた。
弾むような足取りで辿り着いた瞬間に、ガイウス陛下のふかふかな胸に飛び込んだ。そのまま手を伸ばしてコハクの体も引き寄せる。
二人の背中に手を回し、包み込むようにぎゅっと抱き締めた。
――了――
桜の花びらが舞い落ちる。
お気に入りのクッションを抱き締めて、満開の木々をうっとりと見上げた。地べたに座り込む私の鼻先を、花びらがくすぐるようにして掠めていく。
「……へっ、くしゅん!」
春とはいえ、まだまだ風はひんやりしている。
ぶるっと身震いして、もこもこのショールをかき合せた。そろそろ戻らなければと思うのに、根が生えたようにこの場から動けない。
夢見心地で空を見上げる。
ひらひら、ひらひら。
薄紅色の花びらが舞い踊る。
私の榛色の髪に降り積もる。
数えきれない花びらを目で追ううちに、だんだんと瞼が重くなってくる――……
「――見つけた。リリアーナ」
凛とした声音に、はっと現実に引き戻された。
緩慢に目を開けると、うさぎ耳の少年が腕組みして私を睨み据えていた。
途端にいたずらがばれた子どものような気持ちになり、照れ笑いして髪を払う。はらはらと花びらを落とし、両手を合わせて彼を拝んだ。
「ごめんなさい、満開だったから思わずね。お散歩よ、お散歩」
「お散歩っていうのは歩くことを言うんだよ、リリアーナ。座り込んで……しかも君、今お昼寝しようとしてなかった?」
間髪入れずに突っ込むなり、コハクはあきれ返ったように天を仰いだ。一瞬怯んだものの、私はすぐに復活し「だって」と唇を尖らせる。
「こんなにいいお天気なんだもの。桜は綺麗だし、空も抜けるように真っ青よ。目が勝手にくっつこうとしたって、無理もないと思わない?」
「そこはちゃんと抵抗して。風邪を引いたらどうするのさ、それでなくても大事な時期なのに」
コハクのお小言にひゃっと首をすくめ、そのまま自分の下腹部を見下ろした。無意識に手の平を押し当てて、何度もゆっくりと撫でさする。
すっかり習い性となった仕草を繰り返していると、コハクも私の隣にしゃがみ込んだ。愛おしそうに私のお腹に耳を寄せる。
しばしじっと目を閉じて、それからいたずらっぽく私を見上げた。
「……ねえ。僕の大切なお姫様に、とっておきの情報を教えてあげようか」
「何なにっ?」
勢い込んで詰め寄ると、コハクはもったいぶるように空咳した。私の耳に唇を寄せ、重々しく囁く。
「実は、ここだけの話。ガイウスは……君の、旦那様はね――……」
ごくり、と唾を飲み込んだ。
体を離したコハクが、沈痛な表情でかぶりを振る。
「名付けのセンスが、壊滅的なんだ……」
「…………」
知ってる。
二人して大真面目な顔で見つめ合い、それから同時に噴き出した。お腹を抱えて笑っていると、コハクが突然うさぎ耳をピクンと動かした。
飛び跳ねるようにして立ち上がる。
「――ガイウスだっ。彼の足音がするよ!」
「ええっ!?」
王城の方角を確認したが、まだガイウス陛下の姿は見えていない。少し考えた私は大急ぎでコハクの手を引き、太い桜の幹の後ろに隠れた。
「リリアーナ?」
きょとんとするコハクに、しッと唇に指を当てる。
「隠れんぼよ。ガイウス陛下は私達に気が付いてくれるかしら?」
声を弾ませると、コハクも納得したように頷いた。
息をひそめて待つことしばし、ガイウス陛下の「リリアーナー、どこだー?」と呼びかける声が聞こえてきた。
(まだ、まだよコハク。近くまで来たら、一斉に驚かせるの)
(了解です、お姫様)
声を殺して囁き合い、その瞬間を待ち侘びる。
うずうずと足踏みしそうになるのをこらえていると、突然コハクがぱっと身を翻した。
(えっ……!?)
「――こっちだよ、ガイウス! 君の奥さん、桜の木の後ろに隠れてる!」
慌てて木の幹から顔を覗かせると、コハクがうさぎ耳を揺らしてぴょんぴょん駆けていく後ろ姿が見えた。鬣を風になびかせ、こちらに歩み寄ってくるガイウス陛下の姿も。
コハクは上気した顔で振り返ると、得意気に私を指差した。
「ほら、あそこだよ!」
「ああ、本当だ。――彼女を見つけてくれてありがとう、コハク」
ガイウス陛下が穏やかにお礼を言って、コハクのやわらかな銀髪を優しく撫でる。コハクもくすぐったそうな笑い声を上げた。
「もおっ、コハクの裏切り者!」
口では文句を言いつつも、我慢できずに笑い出してしまう。
大好きな二人に大きく手を振って、私も地面を蹴って駆け出した。途端にガイウス陛下がぎょっと目を剥く。
「ああああ走っては駄目だリリアーナっ! 頼む今すぐ止まってくれーーー!」
「リリアーナーーー! そこから動かないでーーー!」
双方から泡を食って大絶叫され、慌てて急停止した。しとやかにドレスを整え、何事もなかったかのように取り澄ます。
安堵したように微笑み合ったガイウス陛下とコハクは、どちらからともなく手を差し伸べた。仲良く手を繋いで私の元へと歩み出す。
じっと立ち止まって待ち構えているうちに、なぜだかじんわりと視界が滲んできた。大急ぎで目をこすり、私も笑顔で一歩踏み出す。
ひらひら、ひらひら。
花びら踊る桜の木の下で、両腕をいっぱいに広げて待つ。準備万端な私に苦笑して、ガイウス陛下が足を早めた。
弾むような足取りで辿り着いた瞬間に、ガイウス陛下のふかふかな胸に飛び込んだ。そのまま手を伸ばしてコハクの体も引き寄せる。
二人の背中に手を回し、包み込むようにぎゅっと抱き締めた。
――了――
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