【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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第三章 女装薬師編

35.急転

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 翌日。

 もうすぐ昼になる、という時刻になってやっと全員が台所にそろった。
 昨夜もいろいろ考えてしまい、なかなか寝付けなかった。私だけでなく、ディーンとルカさんもあくびを噛み殺している。

「……それで、今日はどうしよっか?」

 誰にともなく問いかけると、ルカさんは大きく伸びをしつつ答えた。

「今日は施療院への納品はないし、大人しく店にこもって調剤しようかな。……ユキコ、手伝ってくれる?」

「もちろん! ディーンはどうするの?」

 元気よく答えて、むっつりしながらパンを食べているディーンに目を向けた。

「寝る」

 短く答えただけで、黙々と食事を続行している。
 ……機嫌悪いな。低血圧かな?

 朝食だか昼食だかわからない食事を終えると、ディーンは宣言通り二階へ上がってしまった。私とルカさんは顔を見合わせる。

「……なにあれ」

「さあ……?」

 首を傾げつつも、ふたりで仕事を開始する。
 久しぶりに和やかな時間が過ぎ、無事に一日が終わ──らなかった。

 事が起こったのは、とっぷりと日が暮れてからのことである。

「──ダンが帰ってこない!?」

 ルカさんの剣幕に、年配の男性は目を白黒させた。ダンさんのお父さんである。

「どうした、ルカちゃん? 大の男のことだし、そんなに心配しなくても。……ただまあ、昨日は施療院の夜勤で、今日の昼には帰ってくるはずだったもんだから。うちの奴が遅い遅いってうるさくて、念のため聞きに来たんだよ」

「そんな悠長な話じゃ……!」

 お父さんに食ってかかるルカさんを、強い調子でディーンが制した。

「よせ!……ダンなら俺たちが探してくるから、心配いらない。もう遅いから、見つかったら今晩はこの家に泊めよう」

 いいな?と確認するディーンに、呼吸を整えながらルカさんがうなずいた。
 お父さんもほっとしたようにディーンを見る。

「ルカちゃんの友達かい? 面倒かけて悪いが、よろしく頼むよ」

 お父さんが帰ると、ルカさんも上着を羽織って出て行こうとする。ディーンがすばやくルカさんの腕をつかんで引き止めた。

「ダンは俺が探してくるから、お前はここで連絡を待て。……ユキ、お前ももちろん留守番だ」

 険しい顔をしている男を、気遣わし気に見上げる。ダンさんのことも心配だから、止めるわけにもいかない。

「うん……。気を付けてね、ディーン」

「ああ。なるべく早く戻る」

 外套と剣を手にすると、さっさと出て行った。

 ルカさんは椅子にぐったりと座り込む。手のひらで顔を覆った。

「どうしよう、院長先生に直接聞いたりしたからかな……。でもダンは先生を信頼してるし、これっぽっちも疑ってなかったよ。本当に人のいいヤツなんだ……。物事を深読みしたりもしないし」

 マイカちゃんにも「一直線バカ」って評されてたしなぁ……。

「大丈夫だよ、ディーンに任せておけば! きっとダンさんを連れて帰ってくれるから」

 元気付けるため、あえて元気よく言ってみる。ルカさんもぎこちなく笑ってくれた。

 ふたりでじっとディーンが戻るのを待つ。

 時間の進みがじれったいくらいに遅い。気分を変えるためにお茶を入れ、思い付いて砂糖をたっぷり入れてみた。

「……おいしい」

 温かいカップを両手で持って、噛みしめるようにルカさんが言った。
 やっぱり落ち込んでいる時には甘いモノだよね。マイカちゃんの直伝である。

 そのままふたりでひたすら待つ。もう深夜をとっくに回っているだろう。

「遅い、よね」

 長い時間が経ち、ルカさんがぽつりと言った。
 私も……ディーンが心配で、居ても立っても居られなくなってきた。ぎゅっと手を握り締める。

「僕……施療院に、行ってみる。少なくとも院長先生はいるはずだし」

「駄目だよ! ディーンに言われたし、それにカラスさんだって施療院には近付くなって……!」

 ルカさんは静かに首を振った。

「ごめん、ユキコ。でも、ここで動かなかったら絶対に後悔するから。……もう二度と、ミナの時のような思いはしたくないんだ」

 強い決意を秘めたルカさんの瞳を見て、はっとする。

(……私だって……)

 大切な人を失うのはもう二度と嫌だ。
 勢いよく立ち上がった。

「なら、私も行く。足はもうほとんど痛まないし、我慢すれば走れないわけじゃないから」

「えっ!? ユキコは駄目だよ! ていうか、もし君に何かあったら僕がディーンに殺される……」

 引きつった顔をするルカさんに、きっぱりと首を振った。

「私が行かないなら、ルカさんも行っちゃだめ。それだけは絶対に譲れない」

 ルカさんはしばらく黙って私を見つめ、意を決したようにうなずいた。

「──音が響くといけないから、リンは使えない。なるべく静かに歩いていこう」


 ◇


 施療院の表門は閉じられていた。

「ユキコ、こっち。裏門から入ろう」

 小声のルカさんに導かれ、裏門に向かう。
 裏門は施錠されておらず、無事に中に入ることができた。庭を突っ切り、施療院の従業員が出入りする裏口の扉をほとほとと叩いた。

「……はい。急患さんですか?」

 少し経って、中から返事がある。
 げげっ、この声は……!

「こんな遅くにすみません、リース薬店のルカです。至急、院長先生にお会いしたいのですが……」

「…………」

 おぉっと、扉から殺気があふれ出してる気がするよ~。

 どう言い訳すべきか思い付く前に、音を立てずに扉が開いた。

「どうぞ。夜間に容体の急変した患者さんがいましたが、今は落ち着いたようです。じきに戻られると思いますから、院長室でお待ちくださいね」

 微笑むマイカちゃんに、ルカさんは安堵したようにお礼を言った。

「案内はいらないです。本当に遅くにごめんね?」

「いいえ。お茶を入れますから……ユキコさん、台所まで付いてきてもらっても?」

 言いながら、ぐわしっ!と私の腕をつかむ。
 ……逃がす気ゼロじゃん?

 ルカさんといったん別れ、有無を言わさず台所まで引っ張られた。
 台所に着いてマイカちゃんが口を開くより早く、小声で怒涛のように事情を話す。怒られる前に謝るべし。

「……そういう結論に達したか。浅はかなことね」

 吐き捨てるようなマイカちゃんの言葉に首をすくめる。すると、マイカちゃんが苦笑した。

「あんたに言ったわけじゃないわ。──ダンはおそらく、人質代わりにウィンザー伯側に捕まったんでしょうよ。城にもカラスは潜入してるから、彼に関してはそう心配しなくても大丈夫」

 安心してほっと息を吐く。
 だが、マイカちゃんはなにやら難しい顔をしている。

「……むしろ、危ないのはこの施療院の方かもしれない。それも緊急でね。付いてきなさい」

 身をひるがえして出て行くマイカちゃんの後を慌てて追う。

 階段の前まで来たところで、ちょうど上から男がひとり降りてきた。腕を吊り、入院患者のような恰好をしている。

「ああ、ちょうどよかった。大至急、支部まで使いに出てちょうだい。実はね……」

 ぼそぼそと男に何やら話している。
 男はひとつうなずくと、私には目もくれず去っていった。

「あの人も……?」

 カラスなの、という私の問いにマイカちゃんはかぶりを振る。

「あれはスーロウの軍人よ。もちろんウィンザー伯とは繋がっていない、ね」

 言いながらずんずん歩いていく。

「次は院長室に行くわよ。──事情、知りたいんでしょ?」
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