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第三章 女装薬師編
36.真相と後悔
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ノックもなしに、マイカちゃんがいきなり院長室の扉を開けた。
院長先生とルカさんが驚いたようにこちらを見る。
「マイカさん……? 何かありましたか?」
立ち上がって問いかける先生に、マイカちゃんは冷たく言い放つ。
「リース薬店のルカからもう聞いたかしら? ダンが捕まったわ。理由はよくわかっているわよね?」
先生は絶句し、顔を歪めた。崩れ落ちるように椅子に座ると、がっくりとうなだれる。
「えっ? どういうこと!?」
戸惑うルカさんを制して、私はただマイカちゃんと院長先生を見比べた。
「申し訳ない……。全て、わたしのせいです」
力なく言うと、院長先生は顔を上げた。
「すぐに領主様の城へ行きます。わたしが『彼』の要求を受け入れさえすれば、すぐにダン君は解放されるはずですから」
「ふざけないで。そんな茶番をさせる気はない」
マイカちゃんが鋭く言った。
先生は彼女をまじまじと見る。そして、茫然としたように問いかけた。
「マイカさん……あなたは一体……?」
「あたしの正体なんてどうでもいい。それより、洗いざらい話しなさい。大方の調べはついてるけど、あなたの口から聞く必要がある」
ぴしゃりと言うと閉めた扉に寄りかかり、腕を組んで黙り込んだ。
私はマイカちゃんを気にしつつ、ルカさんの隣に座らせてもらった。ルカさんは緊張したように先生を見つめている。
「……昨年のことです。わたしは領主様に呼び出され……施療院の予算を大幅に削減する、と言い渡されました」
苦しげに院長先生は話し出した。
「施療院を設立されたのは、先々代の領主様です。領民があまねく健康であるようにと、願われたのだと聞いています。ですが今代の領主様にとっては、施療院は金のかかる厄介物に過ぎず……」
「──そんな! 施療院がなかったら、皆どれだけ困るか……!」
声を上げるルカさんに、先生もつらそうに同意した。
「ですから、わたしは城に日参して訴えました。どうか病に苦しむ患者さん達の、救いの場を奪わないでくださいと……。根負けした領主様は、ご子息のレオン様を施療院に遣わされました。施療院を査察するためです」
「……で? 領主のバカ嫡男に、施療院をすみからすみまで案内してやったわけね」
斬りつけるような口調でマイカちゃんが言う。
男ふたりは見事に固まった。貴族に対して「バカ嫡男」とか普通は言わないのだろう、多分。私は全然気にならないけど。
「は、はい……。わたしがひとりで案内したのですが……。レオン様はダン君のニフェルの畑を見て、たいそう驚かれた様子でした」
そうだ、ダンさんの畑!
慌てて確かめようとした私よりも早く、ルカさんが口を開いた。
「どうしてダンがニフェルを育ててるんです!?」
ルカさんの剣幕に、院長先生は目をパチクリさせた。
ああそれは、と言って初めて目を和ませる。
「ルカ君、あなたのためですよ」
「……僕、の?」
院長先生は大きくうなずく。
絶句するルカさんに優しく笑いかけた。
「施療院の畑でニフェルが育てられれば、ルカ君がわざわざ危険な街の外に出なくてよくなりますから。……ただ、根付かせることまではできたようですが、発育があまりよくなくて。ここ数年試行錯誤を続けているそうですよ」
でも、ダン君ならきっと成功させるでしょう。
にっこりと太鼓判を押す先生に、ルカさんは泣き出しそうな顔をしてうなずいた。
「ええと……それで、嫡男さんがニフェルの畑を見つけて……?」
いい話に割って入るのを申し訳なく思いつつ、そっと軌道修正する。
院長先生ははっとしたように居住まいを正した。
「これをどこから手に入れた、詳しい場所を教えろと言われました。もちろん最初は断ったのです。レオン様はニフェルのことをご存知のようでしたし……。良からぬことに使うつもりなのではないのかと、危惧したものですから」
「王都の学校に通っていたころ、ニフェルで遊んだことがあんのよ。あのバカ嫡男は」
言いにくそうな院長先生に、マイカちゃんはけっと舌打ちした。姉さん、柄が悪いです。
「ですが、レオン様から言われたのです。ニフェルの場所を教えるならば、領主様に進言して予算の削減を止めてやろう、と」
私は息を呑み、それからむらむらと腹が立ってきた。マイカちゃんの言う通り、なんてバカ嫡男だ。
「わたしは……迷いました……。ですが、レオン様は自分と友人が楽しむだけだと。身体に悪いものだと何度説明しても、聞き入れてはくださいませんでした。わたしは、散々悩んだ末……」
院長先生は、きっぱりと顔を上げた。そして泣き笑いのように顔を歪ませる。
「レオン様と、患者さんたちを天秤にかけました。あんなバカ貴族がどうなろうと、わたしの知ったことではないと。施療院を、取ったのです。医師として、許されないことだったと思います」
部屋はしんと静まり返った。
何と言うべきなのか、言葉が見つからない。ルカさんも私の横で身体を強張らせている。
はああ、とマイカちゃんの大きなため息が聞こえた。
「バカ貴族がどうなろうと構わないってのは、全面的に賛成よ。ただね、あのバカは密売まで始めちゃったのよ。それはもう知ってるわね?」
院長先生は苦しそうに首肯した。
「はい、フォスター領が訴え出たようだとも聞きました。レオン様はたいそう怯えておいでて──そもそも始まりはわたしのせいなのだから、首謀者として出頭するようにと命じられました」
はああっ!?
「そんな無茶苦茶な! もちろん断ったんですよね!?」
声を荒げて聞く私に、院長先生はしばし沈黙する。
「……わたしのせいと言われれば、返す言葉がありませんでした。ですが、患者さんを放り出してここを離れるわけにはいきません。少しだけ待ってほしいとお願いしたのですが……」
「それは真相の隠蔽よ。これ以上罪を重ねるのはやめなさい」
厳しい口調で言うマイカちゃんに、院長先生はただうなだれた。
私は扉の前に立つ彼女を見やる。
「……ダンさんが捕まったのは、院長先生を脅すためかな?」
「そうね、痺れを切らしたんでしょうよ。……でも、ダンを助けるためにカラスの存在がバレたとしたら……」
マイカちゃんは顔をしかめる。
苦々しげに院長先生を見た。
「自暴自棄になったバカ嫡男は、あなたの口を塞ごうとするでしょうね。全てをあなたに押し付けて」
えっ!?
施療院が危ないってそういうこと!?
おろおろする私に、マイカちゃんが安心させるように言う。
「スーロウの軍には使いを出したし、すぐに援軍が手配されるから大丈夫よ。……それより、院長先生?」
つかつかと彼の側に寄ると、静かに問いかけた。
「きちんと真実を証言して、罪を償うつもりはある?」
院長先生は束の間目を閉じると、きっぱりとうなずいた。
立ちが上がり、マイカちゃんに頭を下げる。
「──もちろんです。ですから、どうか施療院だけは……」
「善処するわ。バカが襲ってくる可能性があるから、全員上の階に移動しなさい」
マイカちゃんの言葉に、私とルカさんも慌てて立ち上がった。
扉に向かおうとした瞬間、突然「止まって!」とマイカちゃんが叫んだ。扉が開き、布で口元を覆った男たちが無言で侵入してくる。その手には白刃が握られていた。
ルカさんと院長先生……そして私も、凍りついたように動きを止めた。
院長先生とルカさんが驚いたようにこちらを見る。
「マイカさん……? 何かありましたか?」
立ち上がって問いかける先生に、マイカちゃんは冷たく言い放つ。
「リース薬店のルカからもう聞いたかしら? ダンが捕まったわ。理由はよくわかっているわよね?」
先生は絶句し、顔を歪めた。崩れ落ちるように椅子に座ると、がっくりとうなだれる。
「えっ? どういうこと!?」
戸惑うルカさんを制して、私はただマイカちゃんと院長先生を見比べた。
「申し訳ない……。全て、わたしのせいです」
力なく言うと、院長先生は顔を上げた。
「すぐに領主様の城へ行きます。わたしが『彼』の要求を受け入れさえすれば、すぐにダン君は解放されるはずですから」
「ふざけないで。そんな茶番をさせる気はない」
マイカちゃんが鋭く言った。
先生は彼女をまじまじと見る。そして、茫然としたように問いかけた。
「マイカさん……あなたは一体……?」
「あたしの正体なんてどうでもいい。それより、洗いざらい話しなさい。大方の調べはついてるけど、あなたの口から聞く必要がある」
ぴしゃりと言うと閉めた扉に寄りかかり、腕を組んで黙り込んだ。
私はマイカちゃんを気にしつつ、ルカさんの隣に座らせてもらった。ルカさんは緊張したように先生を見つめている。
「……昨年のことです。わたしは領主様に呼び出され……施療院の予算を大幅に削減する、と言い渡されました」
苦しげに院長先生は話し出した。
「施療院を設立されたのは、先々代の領主様です。領民があまねく健康であるようにと、願われたのだと聞いています。ですが今代の領主様にとっては、施療院は金のかかる厄介物に過ぎず……」
「──そんな! 施療院がなかったら、皆どれだけ困るか……!」
声を上げるルカさんに、先生もつらそうに同意した。
「ですから、わたしは城に日参して訴えました。どうか病に苦しむ患者さん達の、救いの場を奪わないでくださいと……。根負けした領主様は、ご子息のレオン様を施療院に遣わされました。施療院を査察するためです」
「……で? 領主のバカ嫡男に、施療院をすみからすみまで案内してやったわけね」
斬りつけるような口調でマイカちゃんが言う。
男ふたりは見事に固まった。貴族に対して「バカ嫡男」とか普通は言わないのだろう、多分。私は全然気にならないけど。
「は、はい……。わたしがひとりで案内したのですが……。レオン様はダン君のニフェルの畑を見て、たいそう驚かれた様子でした」
そうだ、ダンさんの畑!
慌てて確かめようとした私よりも早く、ルカさんが口を開いた。
「どうしてダンがニフェルを育ててるんです!?」
ルカさんの剣幕に、院長先生は目をパチクリさせた。
ああそれは、と言って初めて目を和ませる。
「ルカ君、あなたのためですよ」
「……僕、の?」
院長先生は大きくうなずく。
絶句するルカさんに優しく笑いかけた。
「施療院の畑でニフェルが育てられれば、ルカ君がわざわざ危険な街の外に出なくてよくなりますから。……ただ、根付かせることまではできたようですが、発育があまりよくなくて。ここ数年試行錯誤を続けているそうですよ」
でも、ダン君ならきっと成功させるでしょう。
にっこりと太鼓判を押す先生に、ルカさんは泣き出しそうな顔をしてうなずいた。
「ええと……それで、嫡男さんがニフェルの畑を見つけて……?」
いい話に割って入るのを申し訳なく思いつつ、そっと軌道修正する。
院長先生ははっとしたように居住まいを正した。
「これをどこから手に入れた、詳しい場所を教えろと言われました。もちろん最初は断ったのです。レオン様はニフェルのことをご存知のようでしたし……。良からぬことに使うつもりなのではないのかと、危惧したものですから」
「王都の学校に通っていたころ、ニフェルで遊んだことがあんのよ。あのバカ嫡男は」
言いにくそうな院長先生に、マイカちゃんはけっと舌打ちした。姉さん、柄が悪いです。
「ですが、レオン様から言われたのです。ニフェルの場所を教えるならば、領主様に進言して予算の削減を止めてやろう、と」
私は息を呑み、それからむらむらと腹が立ってきた。マイカちゃんの言う通り、なんてバカ嫡男だ。
「わたしは……迷いました……。ですが、レオン様は自分と友人が楽しむだけだと。身体に悪いものだと何度説明しても、聞き入れてはくださいませんでした。わたしは、散々悩んだ末……」
院長先生は、きっぱりと顔を上げた。そして泣き笑いのように顔を歪ませる。
「レオン様と、患者さんたちを天秤にかけました。あんなバカ貴族がどうなろうと、わたしの知ったことではないと。施療院を、取ったのです。医師として、許されないことだったと思います」
部屋はしんと静まり返った。
何と言うべきなのか、言葉が見つからない。ルカさんも私の横で身体を強張らせている。
はああ、とマイカちゃんの大きなため息が聞こえた。
「バカ貴族がどうなろうと構わないってのは、全面的に賛成よ。ただね、あのバカは密売まで始めちゃったのよ。それはもう知ってるわね?」
院長先生は苦しそうに首肯した。
「はい、フォスター領が訴え出たようだとも聞きました。レオン様はたいそう怯えておいでて──そもそも始まりはわたしのせいなのだから、首謀者として出頭するようにと命じられました」
はああっ!?
「そんな無茶苦茶な! もちろん断ったんですよね!?」
声を荒げて聞く私に、院長先生はしばし沈黙する。
「……わたしのせいと言われれば、返す言葉がありませんでした。ですが、患者さんを放り出してここを離れるわけにはいきません。少しだけ待ってほしいとお願いしたのですが……」
「それは真相の隠蔽よ。これ以上罪を重ねるのはやめなさい」
厳しい口調で言うマイカちゃんに、院長先生はただうなだれた。
私は扉の前に立つ彼女を見やる。
「……ダンさんが捕まったのは、院長先生を脅すためかな?」
「そうね、痺れを切らしたんでしょうよ。……でも、ダンを助けるためにカラスの存在がバレたとしたら……」
マイカちゃんは顔をしかめる。
苦々しげに院長先生を見た。
「自暴自棄になったバカ嫡男は、あなたの口を塞ごうとするでしょうね。全てをあなたに押し付けて」
えっ!?
施療院が危ないってそういうこと!?
おろおろする私に、マイカちゃんが安心させるように言う。
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つかつかと彼の側に寄ると、静かに問いかけた。
「きちんと真実を証言して、罪を償うつもりはある?」
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立ちが上がり、マイカちゃんに頭を下げる。
「──もちろんです。ですから、どうか施療院だけは……」
「善処するわ。バカが襲ってくる可能性があるから、全員上の階に移動しなさい」
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扉に向かおうとした瞬間、突然「止まって!」とマイカちゃんが叫んだ。扉が開き、布で口元を覆った男たちが無言で侵入してくる。その手には白刃が握られていた。
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