【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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第四章 黒の子ども編

53.自覚

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 夕食は居心地の悪い雰囲気だった。

 ナルシスト男とノア君は楽しそうに会話していたが、私とエイダさんはただ黙々と食べることに集中した。

 時折男が皮肉げに話題を振ってきても、「はー」とか「ほー」とか適当に生返事するだけ。男はそんな私にピクピクと青筋を立てていたけれど、さすがに食事中に怒鳴るような不作法はしなかった。ノア君の手前があるからだろう。

「疲れた~! 全然食べた気がしなーい!」

 ソファにぼすりと座り込む。
 エイダさんも同意するように苦笑した。

 夕食後、ナルシスト男が何か言いかけていたけれど、無視してエイダさんの部屋にお邪魔させてもらったのだ。

 お泊り女子会スタートである。

 セレナとの時のように、雑誌でも囲んでおしゃべりをするのだろうか。わくわくしていると、エイダさんは戸棚から綺麗な瓶とグラスを取って、私の向かい側のソファに腰を下ろす。

「ユキコさんは、お酒はたしなまれますの?」

「前に一度飲んだことあるけど、あんまり好きじゃなかったです。苦いっていうか、辛いっていうか……」

 ダガルさんから一口もらったら、まずくて飲み込むのに苦労したっけ。
 思い出して顔をしかめる私に、エイダさんはにっこりと微笑んだ。

「なら、こちらの蜂蜜酒を試してみてくださいな。甘くて美味しいですわよ」

 トクトク、とグラスに注いでくれる。

 蜂蜜酒かぁ。確かに甘そうな響き!
 興味津々でグラスを手に取ろうとすると、さっと遠ざけられた。

「……エイダさん?」

 恨めしげに見つめるが、彼女はふざけているわけではなかった。改まった様子で居住まいを正す。

「飲む前に、大切なお話がありますの。落ち着いて聞いてくださいね」

 一度言葉を切って黙り込む。
 たっぷりと間をおいてから、エイダさんは再び重々しく口を開いた。

「──伯爵様は、おそらくユキコさんに懸想けそうしておいでです」

 ……けそう。
 けそうって……何だっけ?

 思わず首を傾げる私に、エイダさんは沈痛そうな顔をする。

「……俗に言う、『惚れている』というやつですわ」

「…………」

 はああああっ!?

 私はしばしフリーズして──大爆笑した。

「そんなわけないじゃないですか! エイダさんの勘違い……あっ、さてはからかってますね!? エイダさんでも冗談とか言うんだぁ」

 笑い転げながら、ソファのクッションを抱き締める。
 突然何を言い出すかと思えば。意外とお茶目な人である。

「冗談だったらよろしいのですけれど。……残念ながら間違いありませんわ。わたくし、この手の勘は外したことがありませんの」

 同情するように私を見る。

 それで私もやっと笑いやんだ。胸の中で、エイダさんの言葉を反芻し──

 盛大に顔を引きつらせた。

「つまりあの男……殴られて罵られるのが好きってこと……? うわ気持ち悪っ!!」

「……ええ、本当に……」

 お通夜のように暗い顔で同意する。

「ど、どうすれば……! きっぱり断れば大丈夫ですかね!?」

 慌てふためく私に、エイダさんは静かにかぶりを振った。
 真剣な表情で私を見つめると、試すように口を開く。

「断らない、という手もありますわ。あなたのその髪では、生きにくいことも多かったでしょう? 少なくとも、ここでなら髪を隠さずに生きていけます。贅沢だってし放題ですわ」

 その言葉にあ然とした。

 混乱しながらも……エイダさんが真剣なので、私も真面目に考えてみる。
 ナルシスト男と結婚……結婚……。

 うん!

「死んでもイヤです!!」

「ですわよねぇ」

 うんうんと頷き合う。私たちの心はひとつになった。

「とにかく、伯爵様とふたりきりにならないこと。あまり罵りすぎないこと。この二点に注意してくださいな」

 エイダさんの言葉を心の中で繰り返す。
 ふたりきりにならない、罵らない。……殴らない、もついでに追加しておこう。固く心に誓った。

 さあ、と雰囲気を変えるようにエイダさんがぽんと手を打つ。

「お預けはおしまいですわ。どうぞ、召し上がれ」

「わぁい、いただきます!」

 ひとまず難問は置いておいて、目の前の美しいグラスを手に取った。明かりにかざして黄金色の液体を鑑賞してから、こくりと一口飲んでみる。

「……甘い! おいしいです、すごく!」

 予想していたほどには甘くなく、口当たりはさわやかだ。
 にへ、とだらしなく口元がゆるむ。

「でしょう? まだまだありますから、お好きなだけどうぞ」

 エイダさんも嬉しそうにグラスに口をつける。

 早いペースでグラスを空けるエイダさんにつられて、私もぐいぐい飲んだ。なんだか体がぽかぽかしてきて、楽しくなってくる。

「そういえば、ユキコさんの恋人はどういう方なんですの?」

 思い付いたように聞いてくるエイダさんに、ケラケラと笑う。

「恋人なんかじゃないですよー! 私にとっては家族みたいな人だから! どんなって聞かれると……料理がド下手くそで、デリカシーがなくて、盗み聞きも平気でこなす変態かなぁ~?」

 得意げに説明すると、エイダさんは眉をひそめた。

「伯爵様に負けず劣らず、残念な人のように聞こえますけれど。……なら、どっちでもいいんじゃありません?」

 不思議そうに小首を傾げる。

 ……はあ!?
 何言ってんの!?

 カッとなって言い返す。

「ディーンは、確かに残念なヤツだけどっ! すっごく強くて頼りになるんです! それにそれに、どんな時でも私の腕を引っ張ってくれて、笑いかけてくれて……。頭を撫でてくれるっ、世界で一番、優しい人なんだからっ……!」

 怒りながら、途中で涙がぼろぼろ出てきた。

 誘拐されてから、一度も泣かなかった。
 一度泣いてしまったら、歯止めがきかなくなりそうで怖かったから……。

 でも、もう駄目だった。

「……ディーンに、会いたいよぉっ……。ぎゅってしてほしい……っ。ふえぇっ……!」

 大号泣し始めた私を、エイダさんは感心したように眺めている。

「すごいですわ。笑い上戸、怒り上戸、泣き上戸……。すべて網羅していますわ」

 なんか酔っぱらい扱いされとるー!
 ムキになって反論する。

「私は正気ですー! もうっちゃんと聞いてください! 私は、私はディーンをっ……!」

「はいはい。──世界で一番、好きなんですのね?」

 さとすように優しく言われ、ぱちくりと瞬きした。
 涙が止まり、ぽかんと呆けたように考え込む。

(ええと……? 私は、ディーンを……)

 どう、思っていたんだっけ?

 家族みたいに大切で。
 側にいるだけで安心して、幸せで。
 離れていると不安で、苦しくて。

 一日も早く再会して……もう大丈夫だって、優しく頭を撫でて抱き締めてほしい。

 その気持ちに、名前を付けるとするならば。

(……ああ、そうだったんだ……)

 ストンと腑に落ちる。
 わかってしまえば、簡単なことだった。どうして今まで気づかなかったんだろう。

「……私、ディーンのことが、好きだったんだ……」

 ぎゅっと目を閉じる。
 止まっていたはずの涙が、頬を伝ってぽろりと落ちた。
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