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第四章 黒の子ども編
55.息抜き
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ゾンビ人形を撤去してもらって、五日後。
「今日の授業はお休みですわ。皆さん、何をして遊びます?」
にこやかに問うエイダさんを、ぽかんと見つめた。
休み……休みだと……!?
そんなものが、この世に存在していたのね!?
さらわれてから、勉強漬けだった辛い日々……。
久しぶりのお休みに、やりたいことはただひとつ!
「私は一日ベッドで自堕落に過ごします!」
「ええっ!? ぼく、ユキコと遊びたい……」
飛び上がって喜ぶ私を、ノア君が悲しそうに揺さぶった。
慌ててノア君の頭を撫でる。
「そっか、遊びたいよね。んー……、何して遊ぼっか?」
特に希望はないようで、二人そろって首を傾げた。
この世界、ゲームも漫画もないしねぇ……。
「なら、お菓子を作りませんか? 火傷でもしたら大変ですから、ノア様には生地を作るところまでを手伝っていただいて」
「おかし!? そんなの自分でつくれるの!?」
ノア君がパッと顔を輝かせる。
嬉しそうな顔を見て、私とエイダさんは頷き合った。
「……でも、私。料理はともかく、お菓子は作ったことないんですけど」
不安げに聞くと、エイダさんは笑ってかぶりを振る。
「わたくしが趣味でよく作りますから、お教えしますわ。覚えておいて損はありませんわよ。──そのうちディーンさんに振る舞って差しあげれば、きっと喜ばれるでしょうし」
最後のセリフはノア君に聞こえないよう、耳元でこっそりささやかれた。
いたずらっぽくウインクされて、真っ赤になってしまう。
「ユキコ、どうしたのー?」
「な、なんでもない! それじゃあ行こっか!」
三人でぞろぞろと厨房へ向かった。
厨房に入るのは初めてで、きょろきょろと興味津々に見渡す。
広い厨房の中で働く料理人のひとりが、私たちに気づいて振り返った。
「エイダ様! ノア様もご一緒ですか?」
「ええ、今日はお休みですから。いつも厨房をお借りしてごめんなさいね?」
すまなさそうに謝るエイダさんに、料理人は笑ってかぶりを振った。
「厨房は広いですし、お気になさらず。いつでも好きな時にお使いください」
では、と持ち場に戻る彼に会釈をして、厨房の一角を陣取る。
エイダさんは慣れた手付きで道具と材料を集めてきた。勝手知ったる、という感じだ。
「しょっちゅう来てるんですか?」
「ええ。夜にお邪魔して、お菓子作りすることが多いんですの。そうすれば翌日のお茶請けにお出しできますしね」
なんと。
ティータイムのお菓子は、エイダさんが自ら作っていたのか。
「全部ではありませんわよ? あくまで趣味ですから、気が向いた時だけですわ」
「でも、すごいです。いつもすっごくおいしいですもん」
熱心に伝えると、エイダさんは嬉しそうに微笑む。
さあ、と腕まくりして、お菓子作りがスタートした。エイダさんは粉を手早く計量し、ふるいをノア君に渡す。
「さ、ノア様。これに粉を入れてふるい落としてくださいませ」
「はぁい!」
真剣な顔で粉をふるいにかけるノア君の横で、私は卵を割り落とした。エイダさんは砂糖とバターを計量している。
「これだけで、できるんですか?」
「もちろん。今日作るのはシンプルな焼き菓子ですから」
あれこれエイダさんに指示してもらいながら、ノア君と二人で卵を混ぜ、砂糖を加え、粉を混ぜ入れ……。最後に溶かしバターを加えて混ぜ合わせれば、綺麗な生地が完成した。
「かんたーん!」
「本当! これなら確かに私でもできるかも」
ノア君とふふっと笑い合う。
「焼いている間に、昼食用のサンドイッチも作りましょうか。焼き菓子に合いますわよ」
心得た様子の料理人さん達が、次々と具材を用意してくれる。
きゃいきゃい騒ぎながら、お肉やチーズ、卵やレタスを挟んでサンドイッチを完成させた。
焼き上がった手作りお菓子とサンドイッチを持って、ノア君の部屋に移動する。
パーティのようにテーブルいっぱいに広げて、わくわくと食べ始めた。
「おいしーい! これねぇ、たまごとチーズを一緒にはさんでみたんだよ!」
「私はお肉だけ大量に挟んでみたの。う~ん、美味!」
「……ユキコさん、ちゃんと野菜も取らないと駄目ですわよ」
「わかってますよぅ!」
大騒ぎしながら食べていると、隣で給仕していたセバスチャンがそっと目頭を押さえた。
どうしたのかな、と不審げに見上げる私の横で、ノア君がぱくりと焼き菓子を口に入れる。目がまんまるになった。
「これ、すっごくおいしい! ふわふわ!」
「えっ、本当!?」
私も慌てて一口。
焼きたてのお菓子は確かにふわふわで、甘すぎなくていくらでも食べられそう。これが手作り……!と感激してしまう。
「セバスチャンにもあげるからね!」
ノア君がにぱっと見上げると、セバスチャンは虚をつかれたように黙り込み──
どばーっと滂沱の涙を流した。
「えっ、どうしたの!?」
「いえ、なんでもございません……。ありがとうございます、ノア様……。後程、美味しく頂きますね……」
ぐしぐし泣きながら笑っている。
セバスチャンは、本当にノア君を大切に思ってるんだ……。
なんとも言えない気持ちになって、ただ二人を見つめた。
◇
昼食後、はしゃぎすぎて眠ってしまったノア君を残し、エイダさんの部屋に移動した。
なんとなく黙り込んでいる私に、エイダさんは困ったように微笑みかける。
「……この先、ユキコさんがここから去って、その後に何が起こったとしても……。あなたが責任を感じる必要など、一切ありませんわ」
さとすように言われて目を見張った。
どう答えるべきか……言葉を探しながら口を開く。
「その……、ノア君の、お母さんは……?」
エイダさんは静かにかぶりを振った。
「わたくしもお会いしたことはありませんが……黒髪ではなかったとお聞きしています。ノア様が五つの時までは、この屋敷でご一緒に暮らされていたそうですわ。……でも、奥方様はノア様を疎まれて……。離縁された後は、他国へ嫁がれたとか」
「そう、だったんですか……」
うつむく私の手を、エイダさんはぽんぽんと叩いた。
「ノア様はご自分の髪のせいだと、気に病まれたそうですわ。わたくしがここに勤め始めた頃は、いつも暗い顔で怯えておいででした。今……ノア様が笑顔でいらっしゃるのは、全部ユキコさんのお陰です」
その言葉に、反射的に顔を上げた。
「……でも、私は!」
それ以上続かなくて、はくはくと深呼吸する。
(そうだ……私は……)
エイダさんをまっすぐに見つめた。
出そうになる涙を必死でこらえる。
「私は、ここには残れませんっ……。それがたとえ、ノア君のためであっても……!」
震える体を抱き締めた。
自分勝手だとわかっているが、やはり嘘はつけなかった。
「……もちろん、それでよろしいのですわ。ノア様の笑顔を守るのは、父親である伯爵様の、そしてわたくしたち使用人の役目なのですから」
ふわりと笑んで、私に頷きかける。
「ここにいる間は、ノア様の支えであったとしても──『その時』が来たら、迷わず逃げてくださいませ。ノア様のことなら大丈夫。わたくしたちが付いておりますもの」
力強い言葉に、何度も首を縦に振った。
エイダさんは安心したように、優しく頭を撫でてくれる。
「……ぎゅってしましょうか?」
思わずテーブルに頭を打ち付けそうになった。
「だからぁっ、それはもう忘れてくださいぃ!」
半泣きになりながら訴える。
酔っぱらい語録を繰り返さんといてー!
「今日の授業はお休みですわ。皆さん、何をして遊びます?」
にこやかに問うエイダさんを、ぽかんと見つめた。
休み……休みだと……!?
そんなものが、この世に存在していたのね!?
さらわれてから、勉強漬けだった辛い日々……。
久しぶりのお休みに、やりたいことはただひとつ!
「私は一日ベッドで自堕落に過ごします!」
「ええっ!? ぼく、ユキコと遊びたい……」
飛び上がって喜ぶ私を、ノア君が悲しそうに揺さぶった。
慌ててノア君の頭を撫でる。
「そっか、遊びたいよね。んー……、何して遊ぼっか?」
特に希望はないようで、二人そろって首を傾げた。
この世界、ゲームも漫画もないしねぇ……。
「なら、お菓子を作りませんか? 火傷でもしたら大変ですから、ノア様には生地を作るところまでを手伝っていただいて」
「おかし!? そんなの自分でつくれるの!?」
ノア君がパッと顔を輝かせる。
嬉しそうな顔を見て、私とエイダさんは頷き合った。
「……でも、私。料理はともかく、お菓子は作ったことないんですけど」
不安げに聞くと、エイダさんは笑ってかぶりを振る。
「わたくしが趣味でよく作りますから、お教えしますわ。覚えておいて損はありませんわよ。──そのうちディーンさんに振る舞って差しあげれば、きっと喜ばれるでしょうし」
最後のセリフはノア君に聞こえないよう、耳元でこっそりささやかれた。
いたずらっぽくウインクされて、真っ赤になってしまう。
「ユキコ、どうしたのー?」
「な、なんでもない! それじゃあ行こっか!」
三人でぞろぞろと厨房へ向かった。
厨房に入るのは初めてで、きょろきょろと興味津々に見渡す。
広い厨房の中で働く料理人のひとりが、私たちに気づいて振り返った。
「エイダ様! ノア様もご一緒ですか?」
「ええ、今日はお休みですから。いつも厨房をお借りしてごめんなさいね?」
すまなさそうに謝るエイダさんに、料理人は笑ってかぶりを振った。
「厨房は広いですし、お気になさらず。いつでも好きな時にお使いください」
では、と持ち場に戻る彼に会釈をして、厨房の一角を陣取る。
エイダさんは慣れた手付きで道具と材料を集めてきた。勝手知ったる、という感じだ。
「しょっちゅう来てるんですか?」
「ええ。夜にお邪魔して、お菓子作りすることが多いんですの。そうすれば翌日のお茶請けにお出しできますしね」
なんと。
ティータイムのお菓子は、エイダさんが自ら作っていたのか。
「全部ではありませんわよ? あくまで趣味ですから、気が向いた時だけですわ」
「でも、すごいです。いつもすっごくおいしいですもん」
熱心に伝えると、エイダさんは嬉しそうに微笑む。
さあ、と腕まくりして、お菓子作りがスタートした。エイダさんは粉を手早く計量し、ふるいをノア君に渡す。
「さ、ノア様。これに粉を入れてふるい落としてくださいませ」
「はぁい!」
真剣な顔で粉をふるいにかけるノア君の横で、私は卵を割り落とした。エイダさんは砂糖とバターを計量している。
「これだけで、できるんですか?」
「もちろん。今日作るのはシンプルな焼き菓子ですから」
あれこれエイダさんに指示してもらいながら、ノア君と二人で卵を混ぜ、砂糖を加え、粉を混ぜ入れ……。最後に溶かしバターを加えて混ぜ合わせれば、綺麗な生地が完成した。
「かんたーん!」
「本当! これなら確かに私でもできるかも」
ノア君とふふっと笑い合う。
「焼いている間に、昼食用のサンドイッチも作りましょうか。焼き菓子に合いますわよ」
心得た様子の料理人さん達が、次々と具材を用意してくれる。
きゃいきゃい騒ぎながら、お肉やチーズ、卵やレタスを挟んでサンドイッチを完成させた。
焼き上がった手作りお菓子とサンドイッチを持って、ノア君の部屋に移動する。
パーティのようにテーブルいっぱいに広げて、わくわくと食べ始めた。
「おいしーい! これねぇ、たまごとチーズを一緒にはさんでみたんだよ!」
「私はお肉だけ大量に挟んでみたの。う~ん、美味!」
「……ユキコさん、ちゃんと野菜も取らないと駄目ですわよ」
「わかってますよぅ!」
大騒ぎしながら食べていると、隣で給仕していたセバスチャンがそっと目頭を押さえた。
どうしたのかな、と不審げに見上げる私の横で、ノア君がぱくりと焼き菓子を口に入れる。目がまんまるになった。
「これ、すっごくおいしい! ふわふわ!」
「えっ、本当!?」
私も慌てて一口。
焼きたてのお菓子は確かにふわふわで、甘すぎなくていくらでも食べられそう。これが手作り……!と感激してしまう。
「セバスチャンにもあげるからね!」
ノア君がにぱっと見上げると、セバスチャンは虚をつかれたように黙り込み──
どばーっと滂沱の涙を流した。
「えっ、どうしたの!?」
「いえ、なんでもございません……。ありがとうございます、ノア様……。後程、美味しく頂きますね……」
ぐしぐし泣きながら笑っている。
セバスチャンは、本当にノア君を大切に思ってるんだ……。
なんとも言えない気持ちになって、ただ二人を見つめた。
◇
昼食後、はしゃぎすぎて眠ってしまったノア君を残し、エイダさんの部屋に移動した。
なんとなく黙り込んでいる私に、エイダさんは困ったように微笑みかける。
「……この先、ユキコさんがここから去って、その後に何が起こったとしても……。あなたが責任を感じる必要など、一切ありませんわ」
さとすように言われて目を見張った。
どう答えるべきか……言葉を探しながら口を開く。
「その……、ノア君の、お母さんは……?」
エイダさんは静かにかぶりを振った。
「わたくしもお会いしたことはありませんが……黒髪ではなかったとお聞きしています。ノア様が五つの時までは、この屋敷でご一緒に暮らされていたそうですわ。……でも、奥方様はノア様を疎まれて……。離縁された後は、他国へ嫁がれたとか」
「そう、だったんですか……」
うつむく私の手を、エイダさんはぽんぽんと叩いた。
「ノア様はご自分の髪のせいだと、気に病まれたそうですわ。わたくしがここに勤め始めた頃は、いつも暗い顔で怯えておいででした。今……ノア様が笑顔でいらっしゃるのは、全部ユキコさんのお陰です」
その言葉に、反射的に顔を上げた。
「……でも、私は!」
それ以上続かなくて、はくはくと深呼吸する。
(そうだ……私は……)
エイダさんをまっすぐに見つめた。
出そうになる涙を必死でこらえる。
「私は、ここには残れませんっ……。それがたとえ、ノア君のためであっても……!」
震える体を抱き締めた。
自分勝手だとわかっているが、やはり嘘はつけなかった。
「……もちろん、それでよろしいのですわ。ノア様の笑顔を守るのは、父親である伯爵様の、そしてわたくしたち使用人の役目なのですから」
ふわりと笑んで、私に頷きかける。
「ここにいる間は、ノア様の支えであったとしても──『その時』が来たら、迷わず逃げてくださいませ。ノア様のことなら大丈夫。わたくしたちが付いておりますもの」
力強い言葉に、何度も首を縦に振った。
エイダさんは安心したように、優しく頭を撫でてくれる。
「……ぎゅってしましょうか?」
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