【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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第四章 黒の子ども編

56.一条の希望

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 前回の訪問から一週間。
 昼前に、またナルシスト男がやって来た。

「嫌だなぁ……。エイダさん、今夜も泊めてもらっていいですか?」

 食堂に向かう足が重い。
 隣を歩くエイダさんに、小声でお伺いを立てる。

「ええ、もちろんですわ。……それよりも、ユキコさん?」

 気もそぞろ、という感じで返事をしたエイダさんは、真剣な目を私に向けた。周りを見回し、そっとささやきかける。

「昼食の時に、わたくしは伯爵様にあるお願いをしますから、うまく話を合わせてくださいな」

「……? わかりました」

 奴にお願いってなんだろう。
 不審に思いながらも頷いた。

 食堂に着き、前回と同じく食べることだけに集中する。
 食事も終盤に差し掛かったところで、エイダさんが改まったように口を開いた。

「伯爵様。実は今度、ノア様とユキコ様に古代史をお教えすることになりまして、そのための教本が必要ですの。わたくしが懇意にしている書店の者を、屋敷に遣わしてくださいませんか?」

 男は眉をひそめる。

「古代史など、何の役にも立たぬ分野だろう。そんなものは必要ない」

「そうですか? ユキコ様が学びたいとおっしゃったのですけれど……。残念ですわね、ユキコ様?」

 突然話を振られて、慌てて口の中のものを飲み下す。
 水で喉を潤してから、さも残念そうな顔を作った。

「本当に。古代史、やりたかったなぁ……」

 しゅんと眉を下げると、男は黙り込んだ。
 ややあって、偉そうにふんぞり返って私を見る。

「それが何の分野であっても、学ぶ意欲を持つのは良いことだ。仕方がないな、早急に手配しよう。後で業者の名を教えたまえ」

「…………」

 なんだこの男。
 さっきと言ってることが全然違うじゃん。
 これが舌の根の乾かぬうちに……ってやつか。

「……まあ! 良かったですわね、ユキコ様!」

 エイダさんから怖い笑顔で目配せされたので、私もなんとか口角を上げてみせた。

「わ、わぁい。うれしーなー」

 棒読みになってしまい、エイダさんから睨みつけられる。
 だがナルシスト男は何も気付かなかったようで、至極ご満悦の表情で頷いた。

 ……チョロいなー。


 ◇


「──で、さっきのは何だったんです?」

 エイダさんの部屋に入った途端、待ちきれずに問い掛ける。

 午後からの授業は急遽休みになった。
 ナルシスト男が来ているので、ノア君と親子二人で団欒することになったらしい。思いがけない半休は、私にとっても大歓迎だ。

 エイダさんは私にちょいちょいと手招きし、窓際まで呼び寄せた。低い声でささやく。

「外部と密かに連絡を取る手段がある、と以前申し上げましたでしょう? 次に連絡が取れるのは、本来なら一月ほど先になるはずだったのですが……。書店の者にこっそり手紙を託せば、すぐにでも連絡を取ることができる、と思い立ちまして」

 エイダさんの言葉に呼吸が止まりそうになる。
 飛びつくように喜びかけて、ふと不安になった。

「でも……手紙は、確実に届くんですか?」

 もちろん、助けを求められるなら嬉しい。
 ただ──その本屋の店員さんの人柄次第、という点が気になったのだ。

「それは大丈夫ですわ。その書店の当主は、わたくしと同じ学院に通っていた友人ですの。優秀ですし、とっさの機転も利く方ですから安心してくださいませ」

 太鼓判を押すエイダさんに、戸惑いながらも頷いた。

(だって……一月も、待ってられない)

 エイダさんを信じよう。
 きっぱりと心に決めて、エイダさんを見つめた。

「わかりました。私が手紙を書けばいいんですか?」

「いいえ。ユキコさんの字では、先方が読めるか不安ですもの」

 がくっとずっこける。

 私の字、そんなに下手かなぁ!?
 だいぶ上達したと思ったのに~!

「手紙はわたくしが書きますわ。ユキコさんには……その、ロケットペンダントをお借りしたいのです……」

 ためらうように言うエイダさんの言葉に息を呑む。反射的にペンダントを隠している胸を押さえた。

「それをわたくしに託すことを……不安に思われるのは、よくわかっておりますわ。ですが……」

「──いえ! エイダさんがどうとかじゃなくて!」

 慌てて彼女の言葉をさえぎる。

「私、ここにペンダントと腕輪しか持って来られなかったから。……側から失くなるのが、心細いんです。でも……」

 意を決してペンダントを首から外した。
 ずいっとエイダさんに差し出す。

「私、エイダさんのことは心から信頼しています。たくさん助けてもらったし、落ち込んでる時には励ましてもらいました。──だから、どうかよろしくお願いします!」

 ペンダントをエイダさんの手に押し付けて、勢いよく頭を下げた。

「ユキコさん……」

 顔を上げると、エイダさんは嬉しそうに目を細めた。
 その手にあるペンダントをぎゅっと握りしめる。見惚れるほど美しく、不敵に微笑んだ。

「その信頼を、裏切るような真似は決していたしませんわ。──それはそれとして」

 表情をガラリと変えて、キッと私を睨む。

「今のお辞儀はなんですか! わたくしが教えた通りに、もう一度やり直しですわ!」

「えええええっ!?」

 それから十回近くリテイクをくらい。
 半休のはずが、そのまま礼儀作法の指導に突入してしまった……。

「うっうっ……私はもう無理ですっ鬼軍曹!」

「誰が鬼軍曹ですか! あきらめないで、あなたなら絶対にできますわ!」

 なんでそんなに熱血なのさ~!?

 どうやってこの場から逃れるべきか。
 算段しているところで、タイミングよく扉がノックされた。今だ!とダッシュで扉に向かう。

「──はいっ!」

 満面の笑みで迎えると、ナルシスト男だった。そっと扉を閉じる。……私は何も見なかった。

「おいっ! なぜ閉める!?」

 扉の向こうから男の怒声が聞こえ、エイダさんが慌てたように駆け寄ってくる。

「失礼いたしました、伯爵様!」

 再度扉を開けると、苦虫を噛み潰したような顔の男が立っていた。私にむっつりした視線をよこす。

「……せっかく茶に招待してやろうと思ったものを」

 男の言葉に、思わずエイダさんと顔を見合わせた。
 エイダさんは困ったように微笑む。

「まあ、残念ですわ。ユキコ様はわたくしと個人授業の真っ最中でしたの。……ねぇ、ユキコ様?」

 同意を求められ、うっと詰まった。
 前門のナルシスト男、後門の鬼軍曹。
 どちらに逃げるべきか、一瞬迷ったが──

「そうそう、そうなんです! 今ちょうど白熱してたところだし!」

 ぱっとエイダさんの後ろに隠れる。
 ナルシスト男とお茶するよりは、鬼軍曹の鬼指導の方がマシである。

 男は意外にもあっさり引いてくれた。

「そうか、ならば仕方がないな。……教本の件だが、使いを出しておいたから早ければ明日にも書店の者が来るだろう」

 飛び上がって喜びそうになるが、次に続いた言葉に凍りつく。

「教本選びには、わたしも立ち会ってやろう。……ああ、もちろん君は留守番だ。部屋から絶対に出ないように」

 言うだけ言って出て行った。

「…………」

 無言でエイダさんと見つめ合う。
 心が冷える思いがした。

 あの男の目を盗んで、手紙を託すことなどできるのだろうか……?
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