【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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第四章 黒の子ども編

57.断絶

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 翌日、朝食の席で。
 ノア君が赤い顔をして、ぼんやりと目を潤ませていた。

「まあ、ノア様。少し熱があるようですわね?」

 エイダさんがノア君の額に手を当てて、心配そうに顔を覗き込む。
 慌てて私も様子を見ようとしたところで、ナルシスト男がひょいとノア君を抱き上げた。

「部屋で休ませてくる。……今日の授業は、君ひとりで受けるがいい」

 言い置いて食堂から出て行く。

 そんなわけで、今日も鬼軍曹とマンツーマンでの授業となった。

 エイダさんも私もうわの空で、なかなか授業に集中できない。
 窓の外に目をやると、午前中なのにどんよりと薄暗かった。もしかしたら雨になるかもしれない。

「雨が降ったら、今日は来られないかもですよね?」

 期待を込めて曇り空を見つめた。

「そうですわね。見通しが悪くなるし、道もぬかるんで危険でしょうし」

 エイダさんも嬉しそうに同意する。

 書店の店員さんが来るのは、ナルシスト男が帰ってからにしてほしい。そう願わずにはいられない。

 ──しかし、私たちの願いも虚しく。

「旦那様、エイダ様。教本の業者が参りました」

 昼食が終わり授業に戻ろうとしたところで、セバスチャンが無情に告げる。
 エイダさんが硬い表情で立ち上がり、ナルシスト男は私を一瞥いちべつした。

「君は部屋に戻りなさい。──セバスチャン、彼女を連れていけ」

 言い置いて、私に背を向ける。

 男の背中を茫然と見つめた。このままでは、せっかくのチャンスが潰れてしまう。

(……そんなの、絶対に駄目!)

 止めないと!

 考えるより先に体が動いた。男の服の裾をつかむ。

「……あのっ! 授業がないんなら、話したいことがあるんですけど!……あなたと、ふたりで」

 エイダさんが息を呑むのがわかった。それでも強いて彼女の方に目を向けず、男だけをまっすぐ見上げる。
 男は驚いたように目をみはった。

「……話? 二人だけで、か?」

 私はごくりと唾を飲み込む。

「そう。よかったら……庭を、散歩しませんかっ!?」

 ……だって、密室にふたりきりは嫌だし。
 外だったら、気分的になんぼかマシである。

「……ユキコ様。今日は天気が悪いですし、庭は冷えますよ」

「ふん。まあいいだろう」

 控えめに止めに入ったセバスチャンを無視して、男は尊大に受け入れた。エイダさんを振り返る。

「教本は君に任せよう。数を絞らずとも、良いと思ったものを好きなだけ選ぶように」

 行くぞ、と私をうながし先に立つ。

 言葉を失ったように立ち尽くすエイダさんに、私は目配せして小さく頷きかけた。大丈夫、と伝えるために。

 メイドさんが持ってきてくれた防寒用のケープを羽織り、男と共に庭に出る。相変わらず、今にも降り出しそうな空模様だ。

 キンと冷えた空気の中、冬枯れの庭を散歩する。
 黙って歩いていると、隣を歩く男が先に口を開いた。

「……それで、わたしに話とは?」

「……ええと……」

 だらだらだら。

 やばい。寒いのに冷や汗をかいてきた。
 ここから出せ、では駄目だ。男を警戒させてしまう。それ以外で話したいこと……何かあるっけ……。

 困り果てていると、男が訳知り顔で頷いた。

「聞きにくいのはわかっている。──ノアの、髪のことだろう?」

 ぽかんとしかけて、慌てて飛びつくように肯定する。

「──そう! そうなんです! あの髪って……遺伝、なんですか……?」

 私の問い掛けに、男はしばらく黙り込んだ。
 立ち止まり、じっと庭を見つめる。

「……そうだな、遺伝だ。元の妻ではなく……わたしの家系の」

 予想外の言葉に、驚いて男を見上げた。
 思わず男のプラチナブロンドに目が行く。私の視線に気付いたのか、男は小さく苦笑した。

「わたしにも、わたしの父とその兄弟にも、黒は遺伝しなかったのだがな。……まさか、わたしの息子が受け継ぐとは思わなかった」

 返す言葉が見つからない私に、男は微笑みかける。

「……冷えてきたな。戻って、君に見せたいものがある」


 ◇


 屋敷に戻ると、二階に案内された。
 初めて入る部屋である。

 いくつも置かれた本棚には、分厚い本がびっしりと並べられている。
 男は窓際にある高価そうな机に近付き、一番下の引き出しを開けた。綺麗に装丁された、二つ折りの冊子のようなものを私に手渡す。

「開いて見てみるがいい」

 男の言葉に、おずおずとその大きな冊子を開く。
 中にあるのは、女性の肖像画だった。美しいドレスを着て、幸せそうに微笑むその女性は──

「……え……」

 黒髪黒眼。
 面長で、どことなく平面的な顔立ち。

 驚きに言葉を失っていると、突然窓の外がピカリと光った。ざあっと激しい音もする。雨が降り始めたらしい。

 私は外の様子には構っていられず、ただ食い入るようにその絵を見つめる。

(これ……日本人……!?)

 息を呑む私に、男はほろ苦く笑った。

「わたしの、祖母だ。着の身着のままさ迷っていたのを、祖父が保護したのだと聞いている。──この屋敷は、黒髪の祖母を人目から隠すため、祖父が建てたものだ」

「……おばあさまの、お名前は……?」

 喉がカラカラになりながらも、なんとか声を絞り出す。
 男はそんな私を不審そうに見た。

「確か……セツコ、だったと思う。……そういえば、君の名前と語感が似ているな」

 男の答えにぎゅっと目を閉じる。

 この屋敷に、日本人が住んでいたんだ……。
 ノア君も、この男も。日本人の血を引いているんだ。

「……祖父にはむろん妻が居たのだが、本妻の方には子が恵まれなくてな。わたしの父が後継ぎとなったのだ。祖母は生涯、この屋敷で暮らした。わたしも幼い頃はよく遊んでもらったものだ」

 黙り込む私の気を引くように、男は言葉を紡ぐ。懐かしそうに目を細めていた。

 一度言葉を切ると、男は改まったように私を正面から見た。

「君も……祖母と同じように、この屋敷で暮らすといい。ここなら黒髪というだけで差別されることはない。わたしだけが、君に安寧を与えてやれる」

「…………」

 返す言葉に迷い、視線を泳がせる。

 私の答えなんて、とうに決まっている。
 それでも、この場でバカ正直に答えることなんてできない。

 ──演じて、騙すのです。

 エイダさんの言葉が脳裏に蘇る。
 虹糸の腕輪にちらりと視線を落とすと、心を決めて口を開いた。

「この黒髪が、どれだけ人から嫌がられるかはよくわかってる。この屋敷の人達が、すごく良くしてくれてるのも。……だけど、今すぐには決められない。少し、時間をください」

 きっぱりと伝えるが、男は私を見ていなかった。
 微妙に目線がずれている。不審に思い、男を見上げた。

「……? どうし──」

「それは、なんだ」

 硬い声でさえぎられた。
 ぱしっと左手を取られる。男の視線の先にあるのは──

「この腕輪はなんだ? こんな安物を贈った覚えは無い」

「……っ! これは、もともと私が持っていたものよ!」

 慌てて腕を振り払おうとするが、びくとも動かなかった。……力じゃ全然敵わない。

 そのまま強く腕を引かれ、机の方に倒れ込みそうになった。男を睨みつけて抗議しようとした瞬間、その手に握られている小さなナイフに気付き絶句する。

 男は冷たい表情で私を見下ろした。

「ならば、必要ないな。君はわたしが贈ったものだけ身に着けていれば良い。……相応しいものは、わたしが決める」

 吐き捨てるように言うと、ナイフを虹糸に押し当てた。

「やめっ……!」


 ──ブツリ


 断ち切られた虹糸が、ぱらりと机に落ちる。
 言葉もなく茫然と、ただそれを見つめた。
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