【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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第四章 黒の子ども編

63.トラウマ甚大

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 お腹が減って、目が覚めた。
 空腹を感じるなんて、一体いつぶりのことだろう?

 ぼんやりと目を開ける。

 目の前にディーンのどアップが見えて、こきんと固まった。
 どうして一緒のベッドに……と混乱しかけて、やっと昨夜の出来事を思い出す。

「……っ!」

 真っ赤になって起き上がろうとするが、ディーンの腕ががっちりと巻きついていて動けない。え、なにこれタコの呪い?

 苦心惨憺して、やっと絡みつく腕から脱出した。寝ているディーンを起こさないよう注意して、そっと部屋から抜け出す。

 夜着のまま食堂に行くのも何なので、まずはエイダさんの部屋に向かった。

「……ユキコさん! まあ、とっても顔色が良くなられましたわ」

「えへへ、よく眠れたから。服を着替えたいんですけど……」

 照れ笑いしながら相談すると、エイダさんはすぐにメイドさんから私の服を受け取ってくれた。手早く着付けてもらう。

「お腹ペコペコです! 今ならいくらでも食べられそう」

「本当に良かったですわ。ユキコさん、すごく痩せられましたもの」

 エイダさんも嬉しそうに微笑む。

 朝食をモリモリと食べてから、エイダさんと共に応接間へと向かった。マイカちゃんたちがそこにいると、セバスチャンから聞いたのだ。

「あら。おはよう、ユッキー」

「おっ、顔色良くなったなぁ。ディーンはまだ寝てるのか?」

「そうなんです、ずっと寝てるみたいで……」

 マイカちゃんとルークさんに挨拶を返し、私とエイダさんもソファに座らせてもらう。マイカちゃんが意味ありげにエイダさんを見た。

「連絡をくれた小鳥さんは、あなたね? うちのユッキーがお世話になったみたいで。本当にありがとうございました」

「礼には及びませんわ。ユキコさんにはわたくしも助けられましたもの」

 ふふっと二人で笑い合う。

 私はひとり話に付いていけず、きょとんと二人を見比べた。マイカちゃんはそんな私に気づくと、テーブルの上に何かを載せる。──金と銀の、ロケットペンダントだった。

「これ、私の!? でも、銀色のは……」

「銀のロケットは、わたくしの分ですわ。念には念を入れて、ふたつとも友人に託しましたのよ」

 エイダさんが申し訳なさそうに微笑んだ。

「ユキコさん。わたくし、あなたに話していないことがありますの。……離縁されて、この屋敷に勤める話を頂いた直後──カラスが、わたくしに接触してきたのですわ」

 驚いて息を呑む私に、ルークさんが淡々と後を引き取った。

「子どもの虐待が、重罪なのは知ってるな? フィッツロイ公爵家の息子──ノアは、出生届が出されてから一度も姿が確認されていなくてな。生存すら危ぶまれて調査が開始されたんだが、これがまあガードが固くって」

 ルークさんが深々とため息をつく。

「間諜を使おうにも、紛れ込ませやしないし。それで、彼女に依頼することになったわけだ」

「……勤め始めてすぐに、事情は知れましたわ。屋敷に閉じ込められているのは、ノア様を守るためだということ。それでも要経過観察ということで、定期連絡だけは絶やしませんでしたの」

 エイダさんの言葉に、ピンと反応する。
 そういえば、正規の連絡手段があると聞いたような。

「食材を搬入する業者が連絡員なんだ。この屋敷では二ヶ月交代でふたつの業者を使っていて、今回はちょうど連絡員じゃない方の業者だったんだよ」

「いつもなら連絡員宛ての手紙を食材庫の床板に隠して、搬入の時に回収してもらっておりましたの」

「そうだったんだ……」

 お菓子作りは、厨房に出入りするための名目だったのだろう。感心して頷いていると、エイダさんはそっと私の手を握った。

「わたくしのような素人が、先走って変則的な手段を取ったせいで、ユキコさんを危険な目に合わせてしまいましたわ。……本当に申し訳ありませんでした」

 暗い顔をするエイダさんに、慌てて首を振る。
 私が反論するより早く、マイカちゃんが口を開いた。

「ま、確かに褒められたことじゃないけど。ユッキーのロケットを託してくれたお陰で、すぐにあたしに連絡が来たのよ。必死に調べても居所がつかめなかったから、正直すごく助かったわ」

 ということは……エイダさんの行動がなければ、ディーンとの再会はもっと遅れていたわけだ。想像するだけでゾッとして、彼女の手を強く握り返した。

「危険な目に合ったのは、私の自業自得ですから! それよりも、少しでも早くディーンたちと会えて良かったんです。エイダさんには、本当にお世話になりました」

 勢いよく頭を下げると、エイダさんは目元を和ませた。

 マイカちゃんとルークさんに視線を移し、「そういえば」と思い付いたように小首を傾げる。

「ユキコさんとわたくしでは、ロケットの色が違いますのね?」

「ああ……。金は例外で、通常なら銀が使われるんです。どちらも身元の保証って意味では同じなんですがね。開くと持ち主と贈り主がわかるようになってるから」

 ルークさんの言葉に、マイカちゃんも頷いた。

「慣習的に、金のロケットの方がより重要視されてるのよ。だから今回のことでも、最大限の早さであたしに連絡が届いたってわけ。……ユッキーは髪色のことがあるからね、念のため金にしといて正解だったわ」

 金の方が、より重要……。
 それって、なんだか嬉しいかも。

 にまにまと笑み崩れていると、マイカちゃんからいきなりデコピンされた。

「あいたぁっ! なんで!?」

「あんたが悪いんじゃないけど、心配かけまくった罰。──それで、公爵の処遇についてなんだけど……」

 マイカちゃんが言いかけた瞬間、激しい音を立てて応接間の扉が開いた。

 ぎょっとして扉を見ると、鬼気迫る形相のディーンが立っている。慌てて立ち上がり、男に駆け寄った。

「ディーン、起きたんだ! おは」

 よう、と言い終わる前に、強く腕を引かれて抱き締められた。視界が完全に塞がれてしまい、驚いてジタバタと暴れる。

「……ちょっと。落ち着きなさいよ、ユッキーが息できないでしょう?」

 マイカちゃんがたしなめる声がするが、ディーンは無言のままである。頭上からギラギラした殺気を感じるのは気のせいか?

「……駄目だこりゃ。まだ飢えた狼のままだな」

 あきれたようなルークさんの言葉にはっとする。
 そういえば、昨日再会してからディーンは何も口にしていない。空腹なのも当然だろう。
 男の体をバンバン叩くと、やっと少し腕を緩めてくれた。ぷはっと息をする。

「ディーン、食堂でごはん食べてきたら……」

「いらん」

 短く答えてまたホールドされた。
 ……だから、何も見えないって!

「ユキコさん、お二人で部屋に戻られたらいかがですか? ユキコさんの部屋に食事を運ぶよう、メイドに頼んでおきますわ。可哀想に、毛を逆立てて威嚇しておりますもの」

 同情のにじんだエイダさんの声がして、ルークさんとマイカちゃんも同意する。

「そうだな、このままじゃ話にならんし。とりあえず頭でも撫でてやって、飼いならしておいてくれ」

「そうね。冬眠って意外と体力使うんだから、ちゃんとエサをあげときなさい」

「…………」

 誰かひとりでも構わない。
 人間扱いしてあげて……。

 反論しても無駄そうなので、ため息をつきながらディーンをうながした。今度は素直に従ってくれる。

 それでも私を抱え込むのはやめないので、部屋に戻るだけで一苦労だった。すれ違った使用人さんたちは、皆ぎょっとした顔で目を逸らすし。

 あまりの恥ずかしさに、顔から火が出る思いがした……。
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