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15.出した答えは
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息をひそめて判定を待つ。
額から冷や汗がにじんで、視界が頼りなく揺れた。前に立つダレル様につかまりたいけれど、触れていいものかどうかわからない。
代わりに自分の身体を抱き締め、一心に祈りを捧げた。
(お願い、お願い……!)
ファンファーレよ、どうか高らかに鳴り響いて。
ずっと一人ぼっちだった私から、この温かな居場所を奪わないで――!
ダレル様の後ろ姿は揺らがない。
凛と背筋を伸ばして立ち、じっと魔導具を注視していた。けれど緊張のためだろうか、きつく握られたこぶしが小刻みに震えている。
――ドン
やがて、魔導具から地響きのような音が放たれた。
びくっと体が跳ねる。低音で威圧感のある、ゆっくりとしたリズム。
(ど、どっち!?)
――ドン、ドン、ドンドンドン……
音の間隔がだんだんと短くなっていく。
勝利のファンファーレには程遠い。不安をかき立てられ、心臓が早鐘を打つ。
ああ、これはもしかして駄目だったのかもしれない。ダレル様、ダレル様は。
すがるように確認すれば、いつの間にかダレル様の手の震えが止まっていた。
ダレル様は大きく息をつくと、ゆっくりと体から力を抜いていく。その様子は、まるで極度のプレッシャーから解放されたようだった。
え?
と、いうことは――?
「……っ。お兄っ」
――ズッダダダーーーーンッ!!
喜びのまま飛びつこうとした瞬間、悲劇的な重低音が響き渡る。
つんのめるようにして足を止め、信じられない思いで魔導具を見つめた。その途端、魔導具がまたも爆発的な音を奏でる。
――ドッドドドォーーーーンッ!!
(……ああ。やっぱりだめ、だったんだ……)
胸の奥にじんわりと悲しみが広がっていく。
そりゃそうか、しょうがないよね。本当に血が繋がっているかも、だなんて、自分に都合のいい夢物語に過ぎなかったんだ。
ぎゅ、とドレスを握り締めた。
たとえこれで終わりだとしても、最後の瞬間まで契約妹をまっとうしなくっちゃ。
「……お兄様。いいえ、ダレル様」
唇を震わせながらも、なんとか声をしぼり出す。
ダレル様が無言で振り返った。
「どうやら私は、アレックス様の娘ではなかったようです。……そうとわかったからには、今すぐハイラント伯爵家をお暇させていただきます」
「そ、そんなっ!? 行かないでくれリリーちゃんっ」
「旦那様! お静かにッ!!」
真っ青になるアレックス様を、お義母様……ううん、ナタリア様が制止してくれる。
それで安心して、私は心置きなくダレル様だけを見つめた。ダレル様も静かに私を見返す。
「今日まで大変良くしてくださって、本当にありがとうございました」
ズドドドォーーーン
「短い間でしたけど、ダレル様の妹でいられて嬉しかったです」
ガガガガァーーーン
「伯爵家で過ごした日々は、生まれてから一番幸せなひとときでした。この先も一生、絶対に絶対に忘れません」
ゴゴゴゴォーーーン
って、いい加減うっさいな!?
怒りたいんだか泣きたいんだか笑いたいんだか、自分でもよくわからなくなってきた。というか再就職のお願いもこの場でしたかったんだけど、それは後日に改めるべき?
悩んでいたら、けたたましい音楽がようやく鳴り止んだ。代わりに今度は、男性の美しいバリトンが響いてくる。
――ルー、ルルル、ルールゥー……
お、いい声。
思わず耳を傾け、苦笑する。
うん、ちょうどいい感じの花道かもしれない。この鎮魂歌に見送られ、私はハイラント伯爵家の皆さんと笑顔でさよならするのだ。
浮かんだ涙をぬぐい、乱れてしまった呼吸を整える。
半年近く淑女教育を頑張ってきたのだから、最後はとびっきりの私を見せつけたい。
――ルール、ルルルル~……
歌に合わせ、優雅に礼を取って退場しよう。
そう決意した瞬間、それまで黙り込んでいたダレル様がようやく動いた。
「リリー」
長い脚を折り、ためらいなく私の前にひざまずく。えっ?
ダレル様はそのまま流れるように私の手を取ると、はっとするほど真剣な眼差しで私を見上げた。毎日見慣れたはずの美貌なのに、なぜか目が逸らせなくなる。
声もなく見つめ合い、思わず顔が赤らんだ。
恥じらう私に、ダレル様がようやく言葉を紡ぐ。
「リリー。どうかわたしと結婚してください」
「…………」
はいいいいいっ!?
私が目を剥くのと、「えええええっ!?」と周囲が大絶叫するのは同時だった。
他には「なんですってぇっ!?」というクラリッサ様の悲鳴、「いよっしゃあッ!!」というお義母様の雄叫びも。いや、お義母様のは私の聞き間違い、か?
ともかく私は、茫然としてダレル様を見下ろした。
ダレル様は返事を待つように私を見つめ続ける。
(ど、どどど、どうなってるの?)
おかしい。
確か最初の予定では、ダレル様は傷心の振りをするはずだったのに。床を殴りつけ慟哭して転がりまくって嘆き悲しむのじゃなかったか。
それとも、もしや路線変更した?
これも演技だとするなら、一体どう答えるのが正解なのだろう。
混乱する私の手を、ダレル様が一層きつく握った。
「リリー。生涯を共にし、二人で面白おかしく暮らしましょう」
「……っ」
どくんと心臓が跳ねる。
生涯……一生、ダレル様と一緒にいられる?
「――は、はいっ。喜んで!」
気づけば、私の喉から勝手に声がすべり出していた。
周囲がまたもや大きくどよめく。お義母様が快哉を叫び、アレックス様が嬉し涙をこぼして喜んだ。
額から冷や汗がにじんで、視界が頼りなく揺れた。前に立つダレル様につかまりたいけれど、触れていいものかどうかわからない。
代わりに自分の身体を抱き締め、一心に祈りを捧げた。
(お願い、お願い……!)
ファンファーレよ、どうか高らかに鳴り響いて。
ずっと一人ぼっちだった私から、この温かな居場所を奪わないで――!
ダレル様の後ろ姿は揺らがない。
凛と背筋を伸ばして立ち、じっと魔導具を注視していた。けれど緊張のためだろうか、きつく握られたこぶしが小刻みに震えている。
――ドン
やがて、魔導具から地響きのような音が放たれた。
びくっと体が跳ねる。低音で威圧感のある、ゆっくりとしたリズム。
(ど、どっち!?)
――ドン、ドン、ドンドンドン……
音の間隔がだんだんと短くなっていく。
勝利のファンファーレには程遠い。不安をかき立てられ、心臓が早鐘を打つ。
ああ、これはもしかして駄目だったのかもしれない。ダレル様、ダレル様は。
すがるように確認すれば、いつの間にかダレル様の手の震えが止まっていた。
ダレル様は大きく息をつくと、ゆっくりと体から力を抜いていく。その様子は、まるで極度のプレッシャーから解放されたようだった。
え?
と、いうことは――?
「……っ。お兄っ」
――ズッダダダーーーーンッ!!
喜びのまま飛びつこうとした瞬間、悲劇的な重低音が響き渡る。
つんのめるようにして足を止め、信じられない思いで魔導具を見つめた。その途端、魔導具がまたも爆発的な音を奏でる。
――ドッドドドォーーーーンッ!!
(……ああ。やっぱりだめ、だったんだ……)
胸の奥にじんわりと悲しみが広がっていく。
そりゃそうか、しょうがないよね。本当に血が繋がっているかも、だなんて、自分に都合のいい夢物語に過ぎなかったんだ。
ぎゅ、とドレスを握り締めた。
たとえこれで終わりだとしても、最後の瞬間まで契約妹をまっとうしなくっちゃ。
「……お兄様。いいえ、ダレル様」
唇を震わせながらも、なんとか声をしぼり出す。
ダレル様が無言で振り返った。
「どうやら私は、アレックス様の娘ではなかったようです。……そうとわかったからには、今すぐハイラント伯爵家をお暇させていただきます」
「そ、そんなっ!? 行かないでくれリリーちゃんっ」
「旦那様! お静かにッ!!」
真っ青になるアレックス様を、お義母様……ううん、ナタリア様が制止してくれる。
それで安心して、私は心置きなくダレル様だけを見つめた。ダレル様も静かに私を見返す。
「今日まで大変良くしてくださって、本当にありがとうございました」
ズドドドォーーーン
「短い間でしたけど、ダレル様の妹でいられて嬉しかったです」
ガガガガァーーーン
「伯爵家で過ごした日々は、生まれてから一番幸せなひとときでした。この先も一生、絶対に絶対に忘れません」
ゴゴゴゴォーーーン
って、いい加減うっさいな!?
怒りたいんだか泣きたいんだか笑いたいんだか、自分でもよくわからなくなってきた。というか再就職のお願いもこの場でしたかったんだけど、それは後日に改めるべき?
悩んでいたら、けたたましい音楽がようやく鳴り止んだ。代わりに今度は、男性の美しいバリトンが響いてくる。
――ルー、ルルル、ルールゥー……
お、いい声。
思わず耳を傾け、苦笑する。
うん、ちょうどいい感じの花道かもしれない。この鎮魂歌に見送られ、私はハイラント伯爵家の皆さんと笑顔でさよならするのだ。
浮かんだ涙をぬぐい、乱れてしまった呼吸を整える。
半年近く淑女教育を頑張ってきたのだから、最後はとびっきりの私を見せつけたい。
――ルール、ルルルル~……
歌に合わせ、優雅に礼を取って退場しよう。
そう決意した瞬間、それまで黙り込んでいたダレル様がようやく動いた。
「リリー」
長い脚を折り、ためらいなく私の前にひざまずく。えっ?
ダレル様はそのまま流れるように私の手を取ると、はっとするほど真剣な眼差しで私を見上げた。毎日見慣れたはずの美貌なのに、なぜか目が逸らせなくなる。
声もなく見つめ合い、思わず顔が赤らんだ。
恥じらう私に、ダレル様がようやく言葉を紡ぐ。
「リリー。どうかわたしと結婚してください」
「…………」
はいいいいいっ!?
私が目を剥くのと、「えええええっ!?」と周囲が大絶叫するのは同時だった。
他には「なんですってぇっ!?」というクラリッサ様の悲鳴、「いよっしゃあッ!!」というお義母様の雄叫びも。いや、お義母様のは私の聞き間違い、か?
ともかく私は、茫然としてダレル様を見下ろした。
ダレル様は返事を待つように私を見つめ続ける。
(ど、どどど、どうなってるの?)
おかしい。
確か最初の予定では、ダレル様は傷心の振りをするはずだったのに。床を殴りつけ慟哭して転がりまくって嘆き悲しむのじゃなかったか。
それとも、もしや路線変更した?
これも演技だとするなら、一体どう答えるのが正解なのだろう。
混乱する私の手を、ダレル様が一層きつく握った。
「リリー。生涯を共にし、二人で面白おかしく暮らしましょう」
「……っ」
どくんと心臓が跳ねる。
生涯……一生、ダレル様と一緒にいられる?
「――は、はいっ。喜んで!」
気づけば、私の喉から勝手に声がすべり出していた。
周囲がまたもや大きくどよめく。お義母様が快哉を叫び、アレックス様が嬉し涙をこぼして喜んだ。
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