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しおりを挟む「潤さん、俺が運びます、それ」
搬入されてきたコーヒー豆をえっちらおっちら運んでいると、榊くんが声をかけてきた。
「えっ大丈夫だよ? そりゃ榊くんよりは細いけど、これくらいは」
「……いえ、身長的に、しまうときに脚立とかいらないので、便利かと」
「ははっ便利って……! そんなに言うならやってもらおーかな、便利屋さん」
あ、あせった……。おれのためじゃなくて、効率いいからね、そうだよね。さすが名門H大学理工学部の榊くん、ロジカルだなぁ。
17時上がりでもう16時45分。これ運んで終わりにしようとしてるのかな。
「じゃあ、これ持っていきます」
おれがうんうん言いながら運んでいた豆を、ヒョイっという効果音が付きそうなくらい軽く持っていく榊くん。なんでも中学の終わりから空手を始めて、今では黒帯なんだとか。この顔でこの声でこの体格、頭脳明晰で、さらに黒帯。彼に悪いところなんてあるのか。あまりにも自分と違いすぎて、もはや僻む気持ちも生まれない。これで音痴とか、絵が壊滅的に下手とかだったら、それはそれでかわいいしなぁ……。
「正直助かったよ、豆10kgって持ち上げると結構肩腰にくるんだよね」
「まだ25じゃないですか。まだまだいけるでしょ」
「いやいや、四捨五入したら三十路だしね、ぼく。20歳には勝てないよ~」
ここぞとばかりに彼のご尊顔を目に焼き付けながらキッチンへと戻る。ああ~今日もおれの推しがカッコよすぎる~!
ニヤニヤしてしまう顔を隠しきれない。榊くんは基本人の顔をじっと見てくることはしないから、遠慮なく萌えられるのが最高だ。まさに理想の推し。恋には発展できなくても、十分幸せだ。
コーヒー豆を収納する棚は、4段あるうちの一番上にある。確かに、おれが収納するよりも榊くんが持っていく方が効率が良かった。
「ほんとありがとね。まだ入って3か月なのに、いつも助けてもらってる」
「……」
笑って感謝を述べると、榊くんはじっと黙ったままこっちを見てくる。珍しい、いつもは数えられるくらいしか目が合わないし、目が合ったとしても一瞬だったりするのに。なにか訴えたいことでもあるのだろうか。
新人バイトだし業務について相談、とか。いや、彼はなんでもそつなくこなすし勤勉だから、気になることはすぐ聞いてくるし、その内容ならこんなに「言うか迷ってます」って態度にはならないだろう。
ということは、もしかしておれの態度について不満があるのだろうか。新人だからってタメ口きいてくるのが嫌だとか。それとも、いつもニヤニヤしていたのがバレてて、キモかったとか? もしそうなら泣ける。心から泣く。
「どうしたの、榊くん。何か言いたそう」
「……あの、お願いひとつ、いいですか」
お 願 い。
かわいいいいいい! こーんなワイルドで色気たっぷりな男の子が "お願い" !!
もう何でも聞いてあげたい。一億円くれとか言われても絶対怒らないよおれは。むしろ貢ぎたい。でも、何でもできる彼の願い事とは何だろうか。しかもおれにお願いするなんて、それこそ何も思い浮かばないが。
「ぼくにできることなら! で、お願いって?」
「潤さんに、コーヒー淹れてほしいなって」
「そんなのお安い御用だよ! マスターのコーヒーは飲んでたけど、まだぼくのは飲んでもらってなかったよね」
「そうです。早く飲みたくて」
おいおいおいおい! かわいいが過ぎる!!
セクシーなのにこんなにいい子なギャップ、殺しにかかってきてます!
年下らしいカワイイ一面にグッときて、思わず身悶えしそうになるが、踏ん張ってこらえる。だって目の前にいる男が急にクネクネしだしたらキモいだろ。
心の中で素数を数えながら、心頭滅却。俺はバリスタを目指してここで働いているわけだから、色恋……じゃない、推しを目の前にしても、コーヒーだけはプライドを持って淹れなければならない。なんといっても、今回は榊くんに初めて淹れるコーヒーだ。失敗するわけには、絶対にいかない!
ちょうど焙煎から3日たった豆があったはずだ。3段目の棚から豆の入ったクラフト紙の袋を引っ張り出す。実はコーヒー豆は消味期限が厳しく、煎ってから3日~14日以内に飲むのがベストだ。挽く前から薫り高いグアテマラ産の豆を匙で1杯掬い、コーヒーミルに入れる。
うちは今時珍しく、手挽きのミルを使用している。機械よりも遅いし、効率は悪いが、気持ちが入るだけあって、淹れるコーヒーも気持ち風味豊かに感じられる。おれはいつも、飲んでいただくお客様への祈り、というと大げさだが、今日も幸せであるようにとか、そんな願いを込めながら挽くことにしている。今日はお客さんじゃなく、榊くんに飲んでもらうコーヒーだ。でも、願い事はかわらず、飲む人が幸せであること。そうしないと、何も知らない彼にあらぬ欲望を押し付けてしまいそうだ。
目を閉じて、手は動かす。ガリガリとつぶれて割れる豆の音が響き渡る。榊くんは物静かな男だから、ミルの音だけが異様に大きく感じる。砕けた豆からより強い芳香が放たれる。
榊くんよ幸せであれ。誰とともにあっても、おれは気になんてしない。榊くんは順調に社会人になって、とびきりの美人と結婚して、子宝に恵まれて、マイホーム買って、みんなに看取られながら死ぬんだ。
そしてそこには、おれはいない。
……ああ、おれの恋心、まだ死んでない。それどころか、ぜんぜん諦めきれてないんだな。どんなに考えないようにしても、心の中に榊くんが浮かんでくる。彼の死まで想像してネガティブに陥るなんて、なんて重い男なんだ、おれは。
口をゆがめる癖のある笑顔、ときおり鋭い瞳で射抜いてくるけど、なかなか合わない目線。たくましい腕で荷物を運ぶたくましい後ろ姿。思い浮かべるたびに心の奥が熱くなる。こんな想い、このコーヒー豆のようにいっそ彼の手ですりつぶして、砕いてくれればいいのに――。
ガリガリガリ………
豆の音が途端に小さくなる。どうやらすべて挽き終わったようだ。おれはゆっくり目を開ける。すると、思いのほか近い場所、というか、バリバリ目の前に榊くんがいた。まさかそんなに近くで見られてたなんて!
「わっ! びっくりした、ち、近いよ……!」
「すみません、でも潤さん、泣きそうな顔してたから」
榊くんの骨ばった大きい手が、おれの頬に触れる。真剣な瞳で見降ろされて、顔に熱が集まるのが分かる。え、ちょっと待って、どういう展開!?
「ちょ、大丈夫、榊くんの気のせいだよ」
「いや、絶対泣きそうだった。何かあったんですか? ……たとえば俺絡みで、とか」
背中にひや汗が流れた。暑いのに寒い。
まさか、信じたくないことが頭をよぎる。万が一だけど、これってもしかして、おれの想いがバレているってこと、なのだろうか。
だって俺絡みで悩んでるのかだなんて、そんな風に質問してくるなんてことそうそうないだろ、普通。もう一度榊くんの顔を見たい。彼の真意を知りたい。けどもうそんな勇気は出なくて、おれは俯くしかない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。そればっかりが頭をめぐって混乱が収まらない。
もうバレてる、どうせ振られるなら、いっそ正直に言った方がいいのだろうか。いやだ、まだひっそり恋していたい。でも、バレバレなのに隠そうとして、ちっぽけな男と思われたくない。榊くんに嫌われたくない。
そうだ、もういっそ自分から言った方が潔いかもしれない。どうせ恋愛百戦錬磨な榊くんだ。告白される状況を何度も経験しているに違いない。彼のその経験の百分の一になるだけ、そう思えば気が楽になる。
「なあ、潤さん、」
彼のおれを呼ぶ声が聞こえて、小さく震える。低くて渋くて、おれの好きな声。
まだ知り合って日も浅く、大して時間も経っていないのに、本当に好きだ。誰かが言ってた「想いに時間は関係ない」って。今すごく、その言葉の意味が分かる。
ああ、ふられたくないなぁ、好きだなぁ。
おれはぎゅっとこぶしを握った。
「おっ、おれっ!」
「……」
「榊くんのこと、す、……すき、かも」
い、言ってやった! ついに! 言っちゃった……。
……やばいやばいやばい。なんか冷静になってきた。てかそもそも榊くんゲイじゃないし多分! 引かれる! でも言うしかなかったし、この状況じゃ! どうしよ、嫌われちゃう、そもそも好かれてるのかもわかんないのに……。あ、泣きそう。榊くんの顔見れない。てか顔赤い、絶対、熱いもん、顔。ほんとカッコつかないよなぁ、おれって……。
赤面とごちゃごちゃな思考で沸騰しそうな頭を少し下げて、斜め下の床を見つめるしかない。
榊くんは無言だ。それもそうだよ、急に5歳も年上の先輩から告白、しかも男から! そりゃ黙るよ、おれが同じ立場でもどう返事したらいいか分からないからな。
あっバイト先の先輩だからどうしようって思ってる!? そりゃそうだ、次のシフト気まずいもんな、心配しなくてもふられても変わらない態度でいるからって言わなきゃ。実際には、いられるよう努める、だけど。
……そもそも、冗談ってことにしたらいいんじゃないか。もうそのほうが円満すっきり解決するんじゃないかな。よし、そうしよう、冗談でした~どっきり大成功! いえい! これで行く!
「…………ふうん」
ふうん。――ふうんってなんだ!?
人がぐるぐる考えている間に、榊くんはおれの告白を咀嚼しきったようだ。
それは、知ってたよのふうん? ……それとも、どうでもいいのふうん、なのかな。
ちらっと視界に入った彼の顔は、ほほえみともしかめ面ともとれる、なんだかニヒルというか、絶妙な表情だった。
(それでもかっこいいのが、罪だよなぁ)
な、榊くん、おれ、君の気持ちがわからないよ。
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