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相葉悠一 編
第18話「渡辺不在」
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【九月四日(木曜日)】
「あれ?」
いつもあるところに、あるものがない。心からなにか抜け落ちたように、不安定になる。
その日の放課後、図書室に行ったが、渡辺明日奈の姿はなかった。しばらく待ってみたが、渡辺は現れなかった。学校には来ていたのに、どうしたのか。
カウンター係の図書委員に聞いてみたが、渡辺の所在は分からない。棚整理についても、渡辺が担当責任者なので、渡辺がいないと手が付けられないというのだ。
ずさんなシステム。
まあ、あの佐々木が顧問の委員会だ。
いい加減なところも頷ける。
***
一旦オレは教室に戻り、一番後ろの渡辺の席を確認した。渡辺のカバンはまだ机に掛けてあった。
***
オレは少し心配になって、保健室に行ってみたが、渡辺はいなかった。その手応えのない、空をかく感覚にオレは不満が募ってきた。
冗談じゃない。今日来ないのなら、昨日のうちに言っといてくれりゃいいのに。それとも、急用だろうか。オレは腹が立っているのに、同時に透けるような寂しさを感じた。
***
もう一度、図書室に戻っていなかったら、帰ろう。そう頭に浮かび、オレはハッと胸がつかれる思いだった。
“もう一度”?
なにやってるんだろう、オレ。
手伝いなんかしないでいいなら、しないに越したことないのに。
なんだそれ、笑える。
なのに足は、自然に図書室に向かうのだ。
***
たまたま昇降口を通り過ぎたとき、オレは見知った姿を見掛けた。
あ、あの胸は、見覚えがある。
――城内百花。
城内は焦りながら、上履きからテニスシューズに履き替えている。スコートからは、日に焼けた柔らそうな脚が伸びていた。
城内、そう城内ならもしかして、知ってるかもしれない。
「き、城内」
「え? えーと、相葉クン? なあに」
城内はきょとんと、オレを見上げて来た。城内は女子の中でも、大分背が低い方だ。にしても、胸の圧がすごい。
「あのさ、渡辺知らない?」
「えっ。明日奈ちゃん? 知ってるよ。当たり前じゃない」
「どこにいるのかな」
城内はオレを見上げながら、首を傾げた。
「今?」
「そう」
「う~ん。それは分からない」
「え、でも今、知ってるって」
「明日奈ちゃんのことは、知ってるよっ」
ええっと。
会話が噛み合ってない。
そうだ、城内ってこういうやつだった。
ボケボケッとしてるっていうか、見た目通りというか。まあ、そこが可愛いところでもあるんだが。
「知らないならいいや。引きとめてゴメン」
「明日奈ちゃんに、何か用」
城内は不信そうに、短めの眉を潜めた。顔が丸いせいか、まったく怖くない。むしろ愛嬌がある。オレは思わず噴出しそうになった。
「相葉クンって、明日奈ちゃんと仲良かったの?」
「いや、別に仲良くないよ。ただ、オレ今さ、遅刻の罰当番やらされてて、渡辺から指示してもらわないと、当番クリア出来ないんだよ」
「へ~。遅刻の罰かあ。相葉クンってそんなに遅刻してたっけ。先生もヒドイよね~。大変だね~」
……。
心の中で、なにかがざわめいた。それでもオレは、なんとか次の言葉を続けた。
「そう。ホントひどいだろ。遅刻ぐらいでさ~」
「でも、明日奈ちゃんはもっと大変じゃない? そんな相葉クンの罰に、付き合ってあげてるわけでしょ」
城内の鋭い質問は、オレの心をグサリと突き刺した。
「渡辺の仕事、手伝ってやってるのはオレの方っ」
「本当かな。明日奈ちゃんの足、引っ張ってるんじゃないの?」
知りたくない真実を、突きつけられた気がした。
「そんなこと、ねーよ」
「ホント~? あんまり信用出来ないけど、明日奈ちゃんが、それで助かるならいいや。相葉クン、頑張ってねっ」
城内はポヨンポヨンと、あまり緊張感もなく、急がなくっちゃ~と、昇降口をくぐり、校庭の方に駆けて行った。
頑張れ、という言葉は嫌いだ。
でもそれは、発する相手によるのかもしれない。そう感じ、心がざわざわした。そう気付けて、ほんの一週間前のオレだったら、城内のエールが純粋に嬉しかっただろう。
だけど。
心に引っ掛かったなにかが、純粋に喜ぶことを妨げている。
……渡辺。
また、おまえかよ。
つづく
「あれ?」
いつもあるところに、あるものがない。心からなにか抜け落ちたように、不安定になる。
その日の放課後、図書室に行ったが、渡辺明日奈の姿はなかった。しばらく待ってみたが、渡辺は現れなかった。学校には来ていたのに、どうしたのか。
カウンター係の図書委員に聞いてみたが、渡辺の所在は分からない。棚整理についても、渡辺が担当責任者なので、渡辺がいないと手が付けられないというのだ。
ずさんなシステム。
まあ、あの佐々木が顧問の委員会だ。
いい加減なところも頷ける。
***
一旦オレは教室に戻り、一番後ろの渡辺の席を確認した。渡辺のカバンはまだ机に掛けてあった。
***
オレは少し心配になって、保健室に行ってみたが、渡辺はいなかった。その手応えのない、空をかく感覚にオレは不満が募ってきた。
冗談じゃない。今日来ないのなら、昨日のうちに言っといてくれりゃいいのに。それとも、急用だろうか。オレは腹が立っているのに、同時に透けるような寂しさを感じた。
***
もう一度、図書室に戻っていなかったら、帰ろう。そう頭に浮かび、オレはハッと胸がつかれる思いだった。
“もう一度”?
なにやってるんだろう、オレ。
手伝いなんかしないでいいなら、しないに越したことないのに。
なんだそれ、笑える。
なのに足は、自然に図書室に向かうのだ。
***
たまたま昇降口を通り過ぎたとき、オレは見知った姿を見掛けた。
あ、あの胸は、見覚えがある。
――城内百花。
城内は焦りながら、上履きからテニスシューズに履き替えている。スコートからは、日に焼けた柔らそうな脚が伸びていた。
城内、そう城内ならもしかして、知ってるかもしれない。
「き、城内」
「え? えーと、相葉クン? なあに」
城内はきょとんと、オレを見上げて来た。城内は女子の中でも、大分背が低い方だ。にしても、胸の圧がすごい。
「あのさ、渡辺知らない?」
「えっ。明日奈ちゃん? 知ってるよ。当たり前じゃない」
「どこにいるのかな」
城内はオレを見上げながら、首を傾げた。
「今?」
「そう」
「う~ん。それは分からない」
「え、でも今、知ってるって」
「明日奈ちゃんのことは、知ってるよっ」
ええっと。
会話が噛み合ってない。
そうだ、城内ってこういうやつだった。
ボケボケッとしてるっていうか、見た目通りというか。まあ、そこが可愛いところでもあるんだが。
「知らないならいいや。引きとめてゴメン」
「明日奈ちゃんに、何か用」
城内は不信そうに、短めの眉を潜めた。顔が丸いせいか、まったく怖くない。むしろ愛嬌がある。オレは思わず噴出しそうになった。
「相葉クンって、明日奈ちゃんと仲良かったの?」
「いや、別に仲良くないよ。ただ、オレ今さ、遅刻の罰当番やらされてて、渡辺から指示してもらわないと、当番クリア出来ないんだよ」
「へ~。遅刻の罰かあ。相葉クンってそんなに遅刻してたっけ。先生もヒドイよね~。大変だね~」
……。
心の中で、なにかがざわめいた。それでもオレは、なんとか次の言葉を続けた。
「そう。ホントひどいだろ。遅刻ぐらいでさ~」
「でも、明日奈ちゃんはもっと大変じゃない? そんな相葉クンの罰に、付き合ってあげてるわけでしょ」
城内の鋭い質問は、オレの心をグサリと突き刺した。
「渡辺の仕事、手伝ってやってるのはオレの方っ」
「本当かな。明日奈ちゃんの足、引っ張ってるんじゃないの?」
知りたくない真実を、突きつけられた気がした。
「そんなこと、ねーよ」
「ホント~? あんまり信用出来ないけど、明日奈ちゃんが、それで助かるならいいや。相葉クン、頑張ってねっ」
城内はポヨンポヨンと、あまり緊張感もなく、急がなくっちゃ~と、昇降口をくぐり、校庭の方に駆けて行った。
頑張れ、という言葉は嫌いだ。
でもそれは、発する相手によるのかもしれない。そう感じ、心がざわざわした。そう気付けて、ほんの一週間前のオレだったら、城内のエールが純粋に嬉しかっただろう。
だけど。
心に引っ掛かったなにかが、純粋に喜ぶことを妨げている。
……渡辺。
また、おまえかよ。
つづく
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