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相葉悠一 編
第22話「相葉雄一のプロローグ(二つ目)」
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「ねえ、知ってる?」
「あのウワサこと?」
「そうそう」
「学校内のどこかにある」
「不思議な本」
「選ばれた者にしか、見つけられない」
「信じる者にしか、開けない」
「“恋”の願いが叶う、不思議な本――」
***
【九月四日(木曜日)】
「あれ」
オレは突然、不思議な感覚に襲われた。
いつもあるところに、あるものがない。心からなにか抜け落ちたように、不安定になる。
その日の放課後、図書室に行ったが渡辺明日奈の姿はなかった。しばらく待ってみたが、渡辺は現れなかった。学校には来ていたのに、どうしたのか。
その時、もやっとした空気が、オレの頭を渦巻いた。
いや。今日は図書室に、渡辺は現れない気がする。
そんなことを思う自分が、もう一人自分の中にいるようで、オレはふるふると頭を振った。
なんだそれ。
九月の残暑で、頭がやられたか。
オレは、カウンター係の図書委員に渡辺の所在を聞いてみたが、彼女の居場所は分からない。棚整理についても、渡辺が担当責任者なので、渡辺がいないと手が付けられないというのだ。
ずさんなシステム。
まあ、あの佐々木が顧問の委員会だ。
いい加減なところも頷ける。
オレはその時、不思議な感覚に襲われた。なんだか前にも、こんなことがあったような気がする。
既視感、デジャヴってやつ?
***
一旦オレは教室に戻り、一番後ろの渡辺の席を確認した。渡辺のカバンはまだ机に掛けてあった。
***
オレは少し心配になって、保健室に行ってみたが、渡辺はいなかった。その手応えのない、空をかく感覚にオレは不満が募ってきた。
冗談じゃない。今日来ないのなら、昨日のうちに言っといてくれりゃいいのに。
それとも、急用だろうか。オレは腹が立っているのに、同時に透けるような寂しさを感じた。
寂しさ?
なんで寂しさなんか、感じるんだろう。
***
もう一度、図書室に戻っていなかったら帰ろう。そう頭に浮かび、オレはハッと胸がつかれる思いだった。
“もう一度”?
なにやってるんだろう、オレ。
手伝いなんかしないでいいなら、しないに越したことないのに。
笑える。
なのに足は、自然に図書室に向かうのだ。
***
たまたま昇降口を通り過ぎたとき、オレは見知った姿を見掛けた。
あの胸は、見覚えがある。
――城内百花。
城内は焦りながら、上履きからテニスシューズに履き替えている。スコートからは、日に焼けた柔らそうな脚が伸びていた。
城内、そう城内ならもしかして、知ってるかもしれない。
「城内」
「え? えーと、相葉クン? なあに」
城内はきょとんと、オレを見上げて来た。城内は女子の中でも、大分背が低い方だ。
「あのさ、渡辺知らない?」
「えっ、明日奈ちゃん? 知ってるよ。当たり前じゃない」
「どこにいるのかな」
城内はオレを見上げながら、首を傾げた。
「今?」
「そう」
「う~ん。それは分からない」
「え、でも今、知ってるって」
「明日奈ちゃんのことは、知ってるよっ」
城内との間に異次元空間が広がっている。会話が噛み合ってない。そうだ、城内ってこういうやつだった。ボケボケっとしてるっていうか、見た目通りというか。
渡辺と全然タイプ違うよな。なんで仲が良いんだろう。いや、案外タイプの違う同士の方が、女子の友情は芽生えるのかもしれない。分からん世界だ。
「知らないならいいや。引きとめてゴメン」
「明日奈ちゃんに、何か用」
城内は不信そうに、短めの眉を潜めた。顔が丸いせいか、まったく怖くない。むしろ愛嬌がある。オレは思わず噴出しそうになった。
「相葉クンって、明日奈ちゃんと仲良かったの?」
「いや、別に仲良くないよ。ただ、オレ今さ、遅刻の罰当番やらされてて、渡辺から指示してもらわないと、当番クリア出来ないんだよ」
「へ~。遅刻の罰かあ。相葉クンってそんなに遅刻してたっけ。先生もヒドイよね~。大変だね~」
ざわっとした風が、オレの心を撫でた。
『じゃ、いいじゃない。だいたい遅刻するのが悪いのよ。一学期中で遅刻しないで来た日って、入学式のときくらいじゃない? あれもギリギリだったし』
オレは突然、彼女に言われた言葉を思い出した。なんで今、あのときのことを思い出すんだろう。
「相葉クン?」
「あ、えっと、そう。ホントひどいだろ。遅刻ぐらいでさ」
「でも、明日奈ちゃんはもっと大変じゃない? そんな相葉クンの罰に、付き合ってあげてるわけでしょ」
城内のその一言は、オレの心をグサリと抉ってきた。
「渡辺の仕事、手伝ってやってるのはオレの方だし」
「本当かな。明日奈ちゃんの足、引っ張ってるんじゃないの」
そう指摘されて、オレの心はざわめいた。そんなことない、はず。少しくらいは、渡辺の役に立っていると思いたかった。
「そんなこと、ねーよ」
「ホント~? あんまり信用出来ないけど、明日奈ちゃんが、それで助かるならいいや。相葉クン、頑張ってねっ」
城内はポヨンポヨンと、あまり緊張感もなく、急がなくっちゃ~と、昇降口をくぐり、校庭の方に駆けて行った。
頑張れ、という言葉は嫌いだ。
でもそれは、発する相手によるのかもしれない。そう感じ、心がざわざわした。
そう気付けて、ほんの一週間前のオレだったら、城内のエールが純粋に嬉しかっただろう。
だけど。
心に引っ掛かったなにかが、純粋に喜ぶことを妨げている。
なぜだか、渡辺の顔が頭に浮かんでいた。
つづく
「あのウワサこと?」
「そうそう」
「学校内のどこかにある」
「不思議な本」
「選ばれた者にしか、見つけられない」
「信じる者にしか、開けない」
「“恋”の願いが叶う、不思議な本――」
***
【九月四日(木曜日)】
「あれ」
オレは突然、不思議な感覚に襲われた。
いつもあるところに、あるものがない。心からなにか抜け落ちたように、不安定になる。
その日の放課後、図書室に行ったが渡辺明日奈の姿はなかった。しばらく待ってみたが、渡辺は現れなかった。学校には来ていたのに、どうしたのか。
その時、もやっとした空気が、オレの頭を渦巻いた。
いや。今日は図書室に、渡辺は現れない気がする。
そんなことを思う自分が、もう一人自分の中にいるようで、オレはふるふると頭を振った。
なんだそれ。
九月の残暑で、頭がやられたか。
オレは、カウンター係の図書委員に渡辺の所在を聞いてみたが、彼女の居場所は分からない。棚整理についても、渡辺が担当責任者なので、渡辺がいないと手が付けられないというのだ。
ずさんなシステム。
まあ、あの佐々木が顧問の委員会だ。
いい加減なところも頷ける。
オレはその時、不思議な感覚に襲われた。なんだか前にも、こんなことがあったような気がする。
既視感、デジャヴってやつ?
***
一旦オレは教室に戻り、一番後ろの渡辺の席を確認した。渡辺のカバンはまだ机に掛けてあった。
***
オレは少し心配になって、保健室に行ってみたが、渡辺はいなかった。その手応えのない、空をかく感覚にオレは不満が募ってきた。
冗談じゃない。今日来ないのなら、昨日のうちに言っといてくれりゃいいのに。
それとも、急用だろうか。オレは腹が立っているのに、同時に透けるような寂しさを感じた。
寂しさ?
なんで寂しさなんか、感じるんだろう。
***
もう一度、図書室に戻っていなかったら帰ろう。そう頭に浮かび、オレはハッと胸がつかれる思いだった。
“もう一度”?
なにやってるんだろう、オレ。
手伝いなんかしないでいいなら、しないに越したことないのに。
笑える。
なのに足は、自然に図書室に向かうのだ。
***
たまたま昇降口を通り過ぎたとき、オレは見知った姿を見掛けた。
あの胸は、見覚えがある。
――城内百花。
城内は焦りながら、上履きからテニスシューズに履き替えている。スコートからは、日に焼けた柔らそうな脚が伸びていた。
城内、そう城内ならもしかして、知ってるかもしれない。
「城内」
「え? えーと、相葉クン? なあに」
城内はきょとんと、オレを見上げて来た。城内は女子の中でも、大分背が低い方だ。
「あのさ、渡辺知らない?」
「えっ、明日奈ちゃん? 知ってるよ。当たり前じゃない」
「どこにいるのかな」
城内はオレを見上げながら、首を傾げた。
「今?」
「そう」
「う~ん。それは分からない」
「え、でも今、知ってるって」
「明日奈ちゃんのことは、知ってるよっ」
城内との間に異次元空間が広がっている。会話が噛み合ってない。そうだ、城内ってこういうやつだった。ボケボケっとしてるっていうか、見た目通りというか。
渡辺と全然タイプ違うよな。なんで仲が良いんだろう。いや、案外タイプの違う同士の方が、女子の友情は芽生えるのかもしれない。分からん世界だ。
「知らないならいいや。引きとめてゴメン」
「明日奈ちゃんに、何か用」
城内は不信そうに、短めの眉を潜めた。顔が丸いせいか、まったく怖くない。むしろ愛嬌がある。オレは思わず噴出しそうになった。
「相葉クンって、明日奈ちゃんと仲良かったの?」
「いや、別に仲良くないよ。ただ、オレ今さ、遅刻の罰当番やらされてて、渡辺から指示してもらわないと、当番クリア出来ないんだよ」
「へ~。遅刻の罰かあ。相葉クンってそんなに遅刻してたっけ。先生もヒドイよね~。大変だね~」
ざわっとした風が、オレの心を撫でた。
『じゃ、いいじゃない。だいたい遅刻するのが悪いのよ。一学期中で遅刻しないで来た日って、入学式のときくらいじゃない? あれもギリギリだったし』
オレは突然、彼女に言われた言葉を思い出した。なんで今、あのときのことを思い出すんだろう。
「相葉クン?」
「あ、えっと、そう。ホントひどいだろ。遅刻ぐらいでさ」
「でも、明日奈ちゃんはもっと大変じゃない? そんな相葉クンの罰に、付き合ってあげてるわけでしょ」
城内のその一言は、オレの心をグサリと抉ってきた。
「渡辺の仕事、手伝ってやってるのはオレの方だし」
「本当かな。明日奈ちゃんの足、引っ張ってるんじゃないの」
そう指摘されて、オレの心はざわめいた。そんなことない、はず。少しくらいは、渡辺の役に立っていると思いたかった。
「そんなこと、ねーよ」
「ホント~? あんまり信用出来ないけど、明日奈ちゃんが、それで助かるならいいや。相葉クン、頑張ってねっ」
城内はポヨンポヨンと、あまり緊張感もなく、急がなくっちゃ~と、昇降口をくぐり、校庭の方に駆けて行った。
頑張れ、という言葉は嫌いだ。
でもそれは、発する相手によるのかもしれない。そう感じ、心がざわざわした。
そう気付けて、ほんの一週間前のオレだったら、城内のエールが純粋に嬉しかっただろう。
だけど。
心に引っ掛かったなにかが、純粋に喜ぶことを妨げている。
なぜだか、渡辺の顔が頭に浮かんでいた。
つづく
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