94 / 95
現世と幽世
第94話「二つ目の罰ゲーム」
しおりを挟む
心乃香は斗哉が何を言っているのか理解できず、思考が停止した。呼吸も止まり、宇宙にでも体が放り出された心持ちになった。
――なにを、なにを言っている?
斗哉の言葉がゲシュタルト崩壊し、頭と心に受け付けない。
『如月?』
「……あっ」
心乃香は忘れていた呼吸を取り戻す。
「あ、あんた、この非常時にふざけないでっ! あんたのそういうところ……」
『ふざけてないよ、大真面目だって。お姫様のキスで、目が醒めるかもしれないじゃん』
心乃香は『白雪姫』の童話が瞬間思い浮かんだ。あれは人口呼吸のようなもので、喉につかえていたリンゴのかけらがキスで取れて、息を吹き返したのだろうと考えられる。だがあれは王子様のキスだった。大体、誰がお姫様だと心乃香は呆れる気持ちで斗哉の魂を見やった。
本当に信じられない、この男は自分の想像の斜め上をいく発想を持っていて、今後も絶対分かりあうことはないだろう。そう考えつつも、心乃香はこのふざけたそれでも愛おしい人を、もう絶対に失いたくなかった。
(何でも、なんでもやってやるっ)
驚いたのは斗哉の方だった。心乃香は震えながらそっと斗哉の本体に顔を寄せると、すでに冷たく乾いている斗哉の唇に、そっと自分の唇を触れさせた。
その瞬間斗哉の魂がスルッと、掃除機にでも吸引されるように、胸元に吸い込まれた。
一瞬、斗哉の本体がふわっと輝くと、土気色だった表情に薄ら温かみが刺していった。
本当にこんな馬鹿なことでと、心乃香は信じられない心待ちで斗哉から目が離せなかった。
斗哉はゆっくりと瞼を開けて、覗き込んでいる心乃香の顔を見つめ、優しく微笑んだ。
「ほら、やっぱり、愛って奇跡を起こすんだよ」
信じられないことが起こっている。それを「愛の奇跡」だなんて訳の分からない言葉で済まそうとしている、目の前の愚かな男に呆れながら、心乃香はそのまま腰を抜かし座り込んでしまった。理屈なんてどうでもいい、愛かなんて分からない。でも――
「良かった……」
そのまま心乃香の瞳から、大粒の涙が溢れた。
***
斗哉本人も冥土の土産くらいのつもりで、心乃香にキスをねだったのだ。まさか心乃香が本当に自分にキスをしてくれるとは思っていなかった。その時斗哉はふっとあることを思い出した。将暉が書いた、罰ゲームの二枚目のカードの内容だ。
『キスをする』
はからずとも今、そのもう一枚のカードを切ってしまった。実際切ったのは彼女の方だったが。
あの頃は、そのカードの内容が切られた時、彼女がどんな反応をするのかと、残酷に、面白半分で見物するつもりだったのだ。それが今はもう完全に逆だ。どうしてこんなことになってしまったんだろうと、斗哉は思う。
まさかあの頃は、自分がこんな風になるなんて考えもしなかった。本当にどうしようもなかった自分。その自分の世界を変えたのは間違いなく彼女なのだ。
(恐れ入る。本当もう、降参だ)
――だけど
斗哉は、へたり込んでいる心乃香の体を背中から抱きしめた。
「如月、本当にありがとう。……大好きだ。今度は嘘じゃないから」
***
黒猫はそんな二人の様子を、鳥居の天辺に寝そべりながらニヤニヤ見ていた。
ふうっと黒猫は天を仰いだ。
(……ボクもキヨコに会いたくなっちゃったよ)
黒猫がそう願った時、黒猫の体が光に包まれた。黒猫は再び二人を見遣る。
(ちゃんと、幸せになんないと承知しないぞっ)
そう心で唱えた時、黒猫は改めて理解した。自分もそうなりたかったのだと。あの時、瀕死の斗哉を助けたのは、自分の哀れな境遇と重なったからだ。大好きな人を追いかけて、惨めに死んでしまった自分の姿と重なったからだ。
でも、まだ彼の人生は終わっていなかった。彼にはまだ希望があった。彼を救うことで、自分も救われたかったのだ――
黒猫は目を細め、穏やかに微笑んだ。
そして黒猫の体は光の粒子と共に、朝焼けの空に溶けるように消えていった。
つづく
――なにを、なにを言っている?
斗哉の言葉がゲシュタルト崩壊し、頭と心に受け付けない。
『如月?』
「……あっ」
心乃香は忘れていた呼吸を取り戻す。
「あ、あんた、この非常時にふざけないでっ! あんたのそういうところ……」
『ふざけてないよ、大真面目だって。お姫様のキスで、目が醒めるかもしれないじゃん』
心乃香は『白雪姫』の童話が瞬間思い浮かんだ。あれは人口呼吸のようなもので、喉につかえていたリンゴのかけらがキスで取れて、息を吹き返したのだろうと考えられる。だがあれは王子様のキスだった。大体、誰がお姫様だと心乃香は呆れる気持ちで斗哉の魂を見やった。
本当に信じられない、この男は自分の想像の斜め上をいく発想を持っていて、今後も絶対分かりあうことはないだろう。そう考えつつも、心乃香はこのふざけたそれでも愛おしい人を、もう絶対に失いたくなかった。
(何でも、なんでもやってやるっ)
驚いたのは斗哉の方だった。心乃香は震えながらそっと斗哉の本体に顔を寄せると、すでに冷たく乾いている斗哉の唇に、そっと自分の唇を触れさせた。
その瞬間斗哉の魂がスルッと、掃除機にでも吸引されるように、胸元に吸い込まれた。
一瞬、斗哉の本体がふわっと輝くと、土気色だった表情に薄ら温かみが刺していった。
本当にこんな馬鹿なことでと、心乃香は信じられない心待ちで斗哉から目が離せなかった。
斗哉はゆっくりと瞼を開けて、覗き込んでいる心乃香の顔を見つめ、優しく微笑んだ。
「ほら、やっぱり、愛って奇跡を起こすんだよ」
信じられないことが起こっている。それを「愛の奇跡」だなんて訳の分からない言葉で済まそうとしている、目の前の愚かな男に呆れながら、心乃香はそのまま腰を抜かし座り込んでしまった。理屈なんてどうでもいい、愛かなんて分からない。でも――
「良かった……」
そのまま心乃香の瞳から、大粒の涙が溢れた。
***
斗哉本人も冥土の土産くらいのつもりで、心乃香にキスをねだったのだ。まさか心乃香が本当に自分にキスをしてくれるとは思っていなかった。その時斗哉はふっとあることを思い出した。将暉が書いた、罰ゲームの二枚目のカードの内容だ。
『キスをする』
はからずとも今、そのもう一枚のカードを切ってしまった。実際切ったのは彼女の方だったが。
あの頃は、そのカードの内容が切られた時、彼女がどんな反応をするのかと、残酷に、面白半分で見物するつもりだったのだ。それが今はもう完全に逆だ。どうしてこんなことになってしまったんだろうと、斗哉は思う。
まさかあの頃は、自分がこんな風になるなんて考えもしなかった。本当にどうしようもなかった自分。その自分の世界を変えたのは間違いなく彼女なのだ。
(恐れ入る。本当もう、降参だ)
――だけど
斗哉は、へたり込んでいる心乃香の体を背中から抱きしめた。
「如月、本当にありがとう。……大好きだ。今度は嘘じゃないから」
***
黒猫はそんな二人の様子を、鳥居の天辺に寝そべりながらニヤニヤ見ていた。
ふうっと黒猫は天を仰いだ。
(……ボクもキヨコに会いたくなっちゃったよ)
黒猫がそう願った時、黒猫の体が光に包まれた。黒猫は再び二人を見遣る。
(ちゃんと、幸せになんないと承知しないぞっ)
そう心で唱えた時、黒猫は改めて理解した。自分もそうなりたかったのだと。あの時、瀕死の斗哉を助けたのは、自分の哀れな境遇と重なったからだ。大好きな人を追いかけて、惨めに死んでしまった自分の姿と重なったからだ。
でも、まだ彼の人生は終わっていなかった。彼にはまだ希望があった。彼を救うことで、自分も救われたかったのだ――
黒猫は目を細め、穏やかに微笑んだ。
そして黒猫の体は光の粒子と共に、朝焼けの空に溶けるように消えていった。
つづく
0
あなたにおすすめの小説
現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話
そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん!
好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。
ほのぼのラブコメというか日常系小説
オチなどはなく、ただひたすらにまったりします
挿絵や文章にもAIを使用しております。
苦手な方はご注意ください。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる