産まれてくれてありがとう

心白

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第八話 お願いコハクちゃん

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レイの家に着いてピンポン鳴らしても誰も出てこねえ。

(こりゃもう買い物に出ちまったか)

と脚の間にある今までに感じた事の無いうっとおしさを感じながらも、いつもおばちゃんが買い物に行っていたスーパーに向かうと、おばちゃんを背中にかばうようにしてレイが八人の前で怒鳴った居るところに出くわした。

「なんだオメエ、お母ちゃんとラブラブお買い物ってか?雷神様はマザコン野郎だぜ!そのガクランいただいちまうからよう、覚悟しろよ~」

「ウルセエよバカヤロウ!自分を産んでくれた母ちゃん大事に出来ないテメエらクズどもにオレが負けるかよ?全員まとめてかかってこいや!」

(いくらレイっていったって、八人相手におばちゃんかばいながらやるのはちょっとしんどくね?)

走り寄って八人の内の一人を後ろから派手に蹴飛ばして、

「楽しそうだなテメエら、風神様の登場だ!頭がたけえぞ?」

と輪の中に入り込む。

「コハクちゃん!」

思わず叫んだおばちゃんに

「おばちゃん風神で頼みますよー、オレら風神雷神なんで。今から秒で殲滅するんでちょっと待っててね!」

姉さんたちにガッチガチにサラシを巻いてもらっているせいか、いつもよりも上半身は動きやすい。踏ん張りが必要そうなヤツはレイに任せてオレは三人、レイは五人をぶっ飛ばし、

「風神雷神を狩りたきゃ軍隊でも持ってこいや」

と捨て台詞を吐いて、おばちゃんから荷物を受けとる。

「わりい、遅くなった」

「いや、問題ねえ」

そんなことを話しながらレイの家に向かう途中、さっきの騒動で通報が入ったのだろう、警察官に呼び止められる。

「君達待ちなさい!複数人相手に暴力事件を起こしたってのは本当か?」

ここでオレらの間を割るように、おばちゃんが前に出て警察官に説明する。

「怖い高校生たちに絡まれているところを、うちの子たちが守ってくれて、私が膝を痛めているものですからこうやって荷物も全部持ってくれているんですよ。本当に親孝行な息子を持って幸せですわ」

確かにおばちゃんの荷物はオレらで全部持ち、見た感じ、親子三人の平和な帰り道である。

「じゃあ暴力事件ではなく、この子たちがお母様を守ったと。そう言う訳でしょうか?」

「ええ。ご覧の通り私は手ぶらですし、子どもが居るっていいですね」

これには警察官もこれ以上何も言わず、オレらにぶっ倒されたヤツラの身柄回収へと舵を切り替えた。レイの家に着くと

「コハクちゃん、お茶入れるから上がっていって」

と言われたので、卵やら牛乳やら入った袋を持って

「お邪魔しまーす」

と家に上がりテーブルに荷物を置いて、おじさんの仏壇にお線香を焚いて手を合わせる。レイの家には何度もお邪魔をしているので、おばちゃんはオレが女であると知っている内の一人だ。冷蔵庫の中に保冷が必要な物をしまい終わった時、

「コハクちゃんありがとうねー、そうそう。この間タンスを整理してたら私が若い頃の服が出てきたの、今と違って私も昔はコハクちゃんくらい細かったから、一回着てみせてくれないかしら」

と、とんでもない無茶ぶり。フルフルと首を横に振っていると、

「私ね。主人を早くに亡くしてて、本当はレイの下に妹が欲しかったんだけれど流産してしまって。外では『息子の友達』として接するから、今だけ。ね、お願い!」

こんなこと言われたら断れる訳も無く、呑気にテレビでスポーツを見ているレイとの間にある襖をピシャンと閉めて、おばちゃんの着せ替え人形遊びが始まった。ワンピースやらタイトスカートやら、着せられるこっちも恥ずかしくて仕方がないのだが、

(おばちゃんがこんなに楽しそうに笑ってくれているのだからまあ、我慢するか)

と水色のワンピースを着せられたその時、

「ねえレイ、コハクちゃんもの凄くかわいいから見て見て!」

と襖をあけられた。目と目が合って何と口にしていいのかわからず固まっていると、

「ほらレイ、コハクちゃんスタイルいいしもの凄くかわいいでしょ?お母さん見てて惚れ惚れしちゃう!」

何と言っていいのかわからなくて困っているレイと、恥ずかしくて顔から火が出そうなオレ。もうこうなったら開き直るしかなく、

「んだよ、メチャクチャかわいいべ?特別サービスだからな、しっかり記憶に焼き付けて置け。コラ!」

「お、おう・・・」

それでもこれが限界。再び襖を閉めて学ラン姿に着替え、襖をあけて床に座る。出るのは深い溜息と、お互い何と声を掛けていいのかわからない変な空気感、そんな時にレイがクルリとこちらを向いて頭を下げる。

「母ちゃんの頼みきいてくれてありがとな、あんなに嬉しそうな顔見たのはいつ以来だっけか。オマエからしたらとんでもねえことだっていうのはわかるけどよ、オレの代わりに親孝行してくれてありがとう」

「んだよ、こそばゆいこと言ってんじゃねーよ!オレには母ちゃんいねーから別にそんなに気にしてねえからいいよ。まあでも、あれ着て外歩けって言われたらさすがにお断りするけどな」

こんな調子でいつも通りの空気感に戻って出された麦茶を飲んで、自分の家に帰ったものの、いつも通り真っ暗で人気はない。長屋に住んでいた両隣の爺ちゃん婆ちゃんがまるで互いの後を追っかけるように亡くなって、三軒長屋の住人はウチだけになってしまった。その時に

「アパート建てるから立ち退いてくれませんか」

って大家さんに言われて、割と近くのマンションに引っ越した。ここは最新式でガッチャンしなくてもお湯が出るんだけど、まだ『自動お湯はり』とか『追い炊き機能』みたいなのはない。でも長屋の頃に比べると随分広くなってシャワー付き、そしてこの頃から父ちゃんは通帳とキャッシュカードをオレに渡してほとんど家に帰ってこなくなった。毎月月末に五十万円振り込まれるし、家賃とか光熱費とか勝手に引き落としされても半分は残るから金には困らないんだけど、父ちゃんと話をする事がほとんど無くなったのと同時に、銭湯からオレの足も自然に遠ざかっちまった。父ちゃん居ない時は番台の婆ちゃんから

「女湯に入れ」

って言われたし、そうしたらおっちゃん達の背中も洗えないし、なんかつまんなくなっちまったんだよね。

(髪が短いから女湯入るとジロジロ見られるしさ、サッパリするだけだったら家にあるシャワーで充分だし)

ってしている内に

「番台の婆ちゃんが亡くなった・・・」

って聞いて、葬式には行ったよ。三か月後、銭湯はコインランドリーに代わっちまった。便利にはなったかもしれねえけど、銭湯っていう大人との憩いの場が、ばあちゃんがいつも座っていた番台と共に無くなっちまった。

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