127柱目の人柱

御殿編

再会

「居ない…どこへ行った？」
「湯殿へと続く廊下には居なかった、今度はそちらを探す」
「わかった、俺はあちらを」
「……」

屈強な男達がずしずしと足音を立てて廊下を歩いてゆく。ナジュは物陰に隠れながら、男達の気配が去るのを待っていた。先程は主様の居所を聞こうと足音を追ったが、そもそも許可無しで御殿に侵入しているので、見つかって仕舞えば追い返されるかもしれない。しかも今の会話は、誰かを探している雰囲気だ。もしかしたら見張りの2人の元に御蔭が通りがかったのかもしれないと、慎重に白い糸を追っていた。

「あいつらが通ったお陰で毛が散ってるな」

ほぼ真っ直ぐに落ちていた白い毛は、廊下の左右に散り散りになり見つけるのに時間がかかる。さらに男達の足音がしたら近くの部屋に息を潜めているので、いつまで経っても先に進んだ気がしない。ナジュは気を揉みながらコソコソと周りを警戒して先に進んだ。


「御手付き様はどちらに？」
「股右衛門とお出掛けになられました」

文を持った稲葉が御手付き様の部屋に着くと、そこには誰も居らず側近の2人が部屋近くで控えていた。稲葉は主様付の使用人として、使用人を纏める使用人頭より地位は高く、序列としては御蔭の次である。御蔭は稲葉の焦り癖を考慮し、別の者を使用人として推そうとしていたが、使用人頭に叱られてばかりの稲葉を見た主様が、ほぼお使い要員として稲葉を主様付の使用人として指名した。

「なんと…！早くお渡しせねばならぬ物があるのに！ああ…！」
「稲葉様」

あわあわと落ち着きなく跳ね回る稲葉を呼ぶのは、使用人頭。以前は稲葉の上司だった者である。

「やや！先輩っどうしましょう？御手付き様へ主様からの文を預かっておりますのにっ御手付き様がお部屋におられませぬ！このままだと主様の牙の餌食に…」
「今の主様はそのような事は為されないと口酸っぱく申しただろう？…もう地位が違うのだから、私を先輩と呼ぶでない。御手付き様は…」
「ええ～！？先輩は先輩ですよ～！先輩に様など付けて呼ばれると、私は鳥畜生肌が立ちまする！それよりも、一刻も早く御手付き様にお渡ししないと～！」

稲葉は御手付き様の部屋を手当たり次第に探し始める。稲葉、と使用人頭が諌めても、襖を開けてみたり、壺を覗き込んでみたり、その一挙一動でナジュに贈られた調度品を倒しそうになる。ナジュの側近達が慌てて部屋に入り、調度品を壊されぬように稲葉を取り押さえた。地面に伏せられた稲葉は先輩と呼ぶ使用人頭に、どうすれば良いか教えてくれと縋りつく。

「まったくお前は…落ち着いて話を聞け。御手付き様は股右衛門と共に主様の御殿に向かった」
「え！？御殿にぃ！？」
「おそらく行き違いになってしまったのだろう。御手付き様の姿をお前は見たことは？」
「ないのです…」
「ならば私が御手付き様に鳥を飛ばす。その鳥を追えば御手付き様に辿り着くだろうから、すぐに発て」
「せ、先輩！矢張り主様の使用人は先輩こそが相応しいと言うのに…何故この稲葉が…！」

ぐすぐすと泣き出す稲葉をナジュの側近達が立たせて部屋から放り出した。いて！と情けない声を上げると、側近達は迷惑そうに、これからは部屋に入らぬようにと言いつけて襖を閉めた。

「ほら、疾く発て。御手付き様が主様の居所に着く前にお渡しするのだろう？」
「はいっ！先輩、御助力感謝いたしまする！」

使用人頭は懐から紙を取り出し呪いを掛けると、紙が鳥の形に折られて羽ばたきだし、御殿に向かって飛び立った。稲葉は慌ててその鳥を追う。

「こ、この鳥畜生、少しばかり早いのではありませぬか！？」
「急ぎなのだろう？走れ、稲葉」
「ひぃ～～！」

稲葉は紙の鳥を追って跳ねていく。白い尻尾から毛を廊下に落としながら。使用人達は余計な掃除が増えたと思いながらも、稲葉なら仕方ないと大目に見る。使用人達から転ばないよう気を付けろよとか、偶に遊びに来い等と声を掛ける。それに返事をしながら鳥を追いかける。

「股右衛門先輩は見張りの右舷様左舷様の元にいらっしゃった！ならば御手付き様は御一人で御殿に！？初めて御殿を訪れた時の稲葉のように迷っていれば、稲葉が主様の元にお連れして面目が立つのでは？」

ナジュはまだ主様の居所に辿り着いていない。不届きものたちを躱しながら少しずつ進んでいる。
果たしてナジュと稲葉は邂逅できるのか？