137 / 639
学舎編 一
雁尾
しおりを挟む
茂籠茶老は神様候補達にとって師として教えを乞う存在となる者達を、その経歴や担当する講義、軽く人物評なども交えて順々に紹介していく。皆が師達に注目している中、謎の人物の矢継ぎ早の話を聞いていたナジュ達は、ろくに茂籠茶老の紹介を聞く暇が無く、気付けば紹介していない師はあと一人となっていた。
「おい、俺達殆ど師達の紹介聞いてないぞ!?」
「茂籠茶老様以外わからないよ!」
慌てている2人を横目に見て、謎の人物は他夏に用意された食事を気にせず食べながら諭す。
「まあまあ問題ないよ。どうせ明日か明後日からの講義で同じような挨拶するだろうからね。それよりこの巾着美味いわ、君達も食べた方がいい。今この時も美味い飯に埃が降り積もろうとしてるんだから。時間は有限だ、己の信念に従って生きればいいと思うんだよ、この頃は特に」
「あっ僕の巾着取った!」
ひょい、と長細い箸で桃栗の皿から巾着を霞め取ると、大袈裟に大口を開けて汁が滴る巾着を美味そうに食べた。噛んだ瞬間ジュンと沁みた汁が口内に広がり、巾着の中に入っている鶏つみれの味と混ざってとても美味しい。
「このコリコリとした蓮根がまた美味いんだわ~」
「僕の…」
「もう二席分空席があるね。そこから巾着を頂くとしますか」
「ちょっと待て、一個は桃栗に分けてやれよっ」
「君の分を分けてあげればいいよ。美味しいからもう二人分は食べなきゃ損だ」
「美味いって感想聞いたら食べたくなったんだよ!って…こらっ!こっそり俺のに箸向けるな!」
大広間の端の席に静かな騒ぎが起こる中、茂籠茶老は師達の席に紹介しなければいけない人物が居ない事を確認すると、隣に座る比良坂の方を見た。
「あ奴の姿は見たかね?今朝誰よりも早く朝食を摂っていたようだが、あれ以降所在がつかめん」
「…あちらに御隠れでございます」
比良坂が机の下で指差した方向は、ナジュ達の席だった。
(何故あの方が私のお気に入り達を集めた席に当然の様に座っているのか!?しかも何やら二人に絡みつかれて仲睦まじき様子…!!その場所は私の物だというのに!!)
比良坂は紹介の間にもその席だけを眺めていた為、遅れて大広間に入ってきた人物がナジュ達の席に座り親交を深めている場面を最初から今まで見ていた。しかし彼らの手元は位置関係的に見えない場所であった為、何が原因でナジュと桃栗がその人物の身体に触れているかはわからない。比良坂は嫉妬の炎を燃え上がらせながら、半ば告げ口のように茂籠茶老に耳打ちする。
「遅れての参加となりバツが悪いのでしょう。我々に見つからぬようコソ泥のように大広間に侵入し、出席だけはしたと言い張る為にあの空いた席に居座っているようです」
「仕方のない奴め……それではもう一人師を紹介した後に乾杯とするとしよう」
茂籠茶老は手でその師の居る方向を示した。神様候補達は一斉に後ろを向き、どこだ誰だと探す。
「雁尾、起立せよ」
「あらら、見つかっていたか」
どうにかして雁尾が持つ箸を奪い取ろうとしているナジュと桃栗の肩を持ちながら起立する。一見すると見目の良い神様候補を侍らせているように見える。比良坂は歯を食いしばり、心底羨ましそうに雁尾を睨む。
「そやつは師の一人である雁尾という者。前回の選定に於いて、座を得た神である」
「神!?」
ナジュと桃栗が驚いていると、紹介された雁尾はへらへらと笑って自己紹介する。
「どうも、霜座の雁尾です。他の神のように名は隠してないので、気軽に雁尾様、雁尾師、雁尾さん、雁尾殿、雁尾神等と呼んでください。早速手下二人が出来たのでこき使ってやろうと思います、よろしく」
「ナジュくん、手下って僕達の事じゃない!?」
「誰が手下だ!」
「さあさあ茂籠茶老様、疾く乾杯といきましょうよ!手下達が腹を減らして五月蠅いのです!」
「てめえっ俺達の飯勝手に食ったくせに何て言い草だ!」
「…では皆杯を持ちなさい」
茂籠茶老の静かな乾杯の言葉が他の者たちによって繰り返される。雁尾はナジュ達の抗議を受け流し、杯に注がれた酒を一気に飲み干した。
「おい、俺達殆ど師達の紹介聞いてないぞ!?」
「茂籠茶老様以外わからないよ!」
慌てている2人を横目に見て、謎の人物は他夏に用意された食事を気にせず食べながら諭す。
「まあまあ問題ないよ。どうせ明日か明後日からの講義で同じような挨拶するだろうからね。それよりこの巾着美味いわ、君達も食べた方がいい。今この時も美味い飯に埃が降り積もろうとしてるんだから。時間は有限だ、己の信念に従って生きればいいと思うんだよ、この頃は特に」
「あっ僕の巾着取った!」
ひょい、と長細い箸で桃栗の皿から巾着を霞め取ると、大袈裟に大口を開けて汁が滴る巾着を美味そうに食べた。噛んだ瞬間ジュンと沁みた汁が口内に広がり、巾着の中に入っている鶏つみれの味と混ざってとても美味しい。
「このコリコリとした蓮根がまた美味いんだわ~」
「僕の…」
「もう二席分空席があるね。そこから巾着を頂くとしますか」
「ちょっと待て、一個は桃栗に分けてやれよっ」
「君の分を分けてあげればいいよ。美味しいからもう二人分は食べなきゃ損だ」
「美味いって感想聞いたら食べたくなったんだよ!って…こらっ!こっそり俺のに箸向けるな!」
大広間の端の席に静かな騒ぎが起こる中、茂籠茶老は師達の席に紹介しなければいけない人物が居ない事を確認すると、隣に座る比良坂の方を見た。
「あ奴の姿は見たかね?今朝誰よりも早く朝食を摂っていたようだが、あれ以降所在がつかめん」
「…あちらに御隠れでございます」
比良坂が机の下で指差した方向は、ナジュ達の席だった。
(何故あの方が私のお気に入り達を集めた席に当然の様に座っているのか!?しかも何やら二人に絡みつかれて仲睦まじき様子…!!その場所は私の物だというのに!!)
比良坂は紹介の間にもその席だけを眺めていた為、遅れて大広間に入ってきた人物がナジュ達の席に座り親交を深めている場面を最初から今まで見ていた。しかし彼らの手元は位置関係的に見えない場所であった為、何が原因でナジュと桃栗がその人物の身体に触れているかはわからない。比良坂は嫉妬の炎を燃え上がらせながら、半ば告げ口のように茂籠茶老に耳打ちする。
「遅れての参加となりバツが悪いのでしょう。我々に見つからぬようコソ泥のように大広間に侵入し、出席だけはしたと言い張る為にあの空いた席に居座っているようです」
「仕方のない奴め……それではもう一人師を紹介した後に乾杯とするとしよう」
茂籠茶老は手でその師の居る方向を示した。神様候補達は一斉に後ろを向き、どこだ誰だと探す。
「雁尾、起立せよ」
「あらら、見つかっていたか」
どうにかして雁尾が持つ箸を奪い取ろうとしているナジュと桃栗の肩を持ちながら起立する。一見すると見目の良い神様候補を侍らせているように見える。比良坂は歯を食いしばり、心底羨ましそうに雁尾を睨む。
「そやつは師の一人である雁尾という者。前回の選定に於いて、座を得た神である」
「神!?」
ナジュと桃栗が驚いていると、紹介された雁尾はへらへらと笑って自己紹介する。
「どうも、霜座の雁尾です。他の神のように名は隠してないので、気軽に雁尾様、雁尾師、雁尾さん、雁尾殿、雁尾神等と呼んでください。早速手下二人が出来たのでこき使ってやろうと思います、よろしく」
「ナジュくん、手下って僕達の事じゃない!?」
「誰が手下だ!」
「さあさあ茂籠茶老様、疾く乾杯といきましょうよ!手下達が腹を減らして五月蠅いのです!」
「てめえっ俺達の飯勝手に食ったくせに何て言い草だ!」
「…では皆杯を持ちなさい」
茂籠茶老の静かな乾杯の言葉が他の者たちによって繰り返される。雁尾はナジュ達の抗議を受け流し、杯に注がれた酒を一気に飲み干した。
10
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる