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灼熱の祭典編ー前
第61話 幕間 少年コルゼットの恋
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コルゼットは、子ども芸術コンクールにて大賞を受賞し、その表彰式に祖母と両親と共に来ていた。忙しい両親は仕事を調整し何とか休みを作り、息子の晴れ姿を見届けようと駆けつけた。コルゼットは式が終わると、両親と祖母に賞状とトロフィーを自慢げに見せて言った。
「これから一年、あの作品がこの美術館に飾られるから、寂しくなったら見に来てね」
と笑顔を見せた。両親は涙ぐんで、我が子を抱きしめる。それに満面の笑顔で応え、コルゼットが家族と一緒に他の子が制作した作品を見ていると、1人の男が近づいて来た。
「矢張り、大賞に相応しい作品だったな」
男は怪しむ両親に名前を名乗り、コルゼットと祖母が住む村で会った事があると告げる。コルゼットも覚えがあり、男の言う事を肯定した。男はコルゼットの前でしゃがみ、製作の跡の残る手を見て質問した。
「今何歳だ?」
「12歳」
「そうか…あと数年もしたら、俺のとこで修行してみないか?」
男は名刺を渡して、興味があったら手紙で教えてくれと言い残し、コルゼット一家の前から姿を消した。その場面を見ていた選考員が、男の素性について話す。男は有名な宝飾デザイナーであり、現在は所属していた老舗の専属から離れ、自分の工房を構えながら、大きな依頼があれば各地に出向いて、その先で制作しているという。今回の選考員の1人であり、大賞作品として一番にコルゼットの作品を指名していた、とその選考員は話していた。
「ねえ、あの人の作品見てみたいな」
数年後コルゼットは村を出て、両親と共に男の名刺に書かれた住所を尋ねた。男はコルゼットを覚えていて、両親と何か話をした後、暫く親と離れ離れになるがいいかと聞いた。コルゼットは一度両親を見た後、しっかりと頷く。コルゼットは男の作品を見てその素晴らしさに感銘を受け、その美しい芸術を作り出す技術を学びたいと思った。将来なりたいものが決まったのだ。
コルゼットは師匠の元で修行し、遠方の依頼にも何処に行くにも着いて行った。旅の間は、師匠が技術や勉強も見て、コルゼットに一辺倒にならないようと口酸っぱく言っていた。ある時は、師匠が滞在するのに合わせて、現地の学校にも通っていた事もあった。学校での授業も面白かったが、それよりも師匠の作品ができるまでの工程を眺めているのが楽しかった。コルゼットは早々に宿題を終えて、空いた時間はスケッチや軽く彫刻などして過ごし、何年後かに師匠の仕事を任されるようになっていた。依頼主の間で弟子のコルゼットの腕が認められ始めた矢先、ある依頼が舞い込んできた。
「俺はお得意さんの依頼をこなさなきゃならん。コルゼット、行って来てくれ」
直に作っているところを見たい、という依頼だった。期間は1か月、住み込みで部屋と食事が提供される。依頼主はさる富豪の愛人の方。郊外にある屋敷で使用人と共に暮らしているらしい。
「一月後には、リリナグピオンの専属技師として修行出来るよう話をつけてある。俺の息子も見習いで働いているから、その時紹介する」
コルゼットは1人、馬車を乗り継いで、依頼主の屋敷に向かった。
「依頼を頂きました、装飾技師のコルゼットです」
「いらっしゃいませ、奥様が応接室でお待ちです。お荷物はこちらでお預かりいたします」
「いえ、仕事道具ですので…お気遣い痛み入ります」
「失礼いたしました。ではご案内いたします」
屋敷は二階建てで、中央に大階段があり、そこを昇って行くと道が二つに分かれ、コルゼットは右の廊下に案内された。この案内の男は執事で、屋敷には数年前から仕えているそうだ。元は富豪の家の執事をしていたが、年老いて息子にその任を譲ったらしい。まだまだ若輩者だが、旦那様に気に入られていると照れ臭そうに話す。
「もう1人、筆頭執事として優秀な若者が居たんですがね。我が子可愛さにどうしても息子の方に目を掛けてしまって、旦那様に私の代わりの筆頭執事の候補にと息子を推薦して…」
そんな話をしていると、応接室についたようだ。ノックをすると、中から「はい」と鈴を転がしたような声で返事があり、コルゼットは失礼しますと言って入室した。
「ようこそコルゼット様…私の屋敷へ」
コルゼットは一瞬屋敷の主人に見惚れた。腰まである黒く美しい濡れ髪、儚げな白い肌、波打つドレスを身に纏い品よく椅子に座ってコルゼットを迎える。その姿は特別に誂えられた人形と言っても差し支えない麗しさだった。
「…様なんて、コルゼットと呼び捨てになさってください」
コルゼットはその陰のある瞳が、自分を見ているのが恥ずかしくなって俯いた。
「ふふ…そうね。私より年下だものね。15歳?」
「いえ…16歳です」
「私は23歳…7つ違いね。旅の疲れもあるでしょう、今日はゆっくりして…明日にでも依頼したい品について詳しくお話ししましょう」
「わかりました。…」
「お連れして」
コルゼットは滞在する部屋に通された。
そこで執事に屋敷で暮らす上での注意点を教わった。
「事情はお分かりかと思いますが、あの方の事は奥様とお呼びください。コルゼット様のお食事や掃除等生活周りは我々にお任せください。何か御用がございましたらメイドにお申し付けください」
「製作はどちらで?」
「奥様のお部屋の隣に事前にお聞きした必要な設備を整えました」
「奥様のお休みの邪魔にならないでしょうか」
「お気になさらず。奥様がそうして欲しいとおっしゃっていましたので…」
「…わかりました」
「お食事をご用意いたしますので、15分後に食堂にお越しいただけますか?」
「わかりました。…そちらで、いつも皆さんご一緒に?」
「ええ、我々使用人は食堂でいただいております。…もし御一人をお望みならば、こちらの部屋に運ばせますが、いかがいたしましょう」
「いえ、いつも師匠と2人の食事ですから、1人で食事をとることがあまりなくて。皆さんとご一緒できてよかったです」
コルゼットは屋敷に来た当日の夜から、既に屋敷の者と打ち解けていた。師匠との旅の中で、依頼主と話したり、滞在先の住人や同じく旅をする人々と接する機会は多く、人当たりいい青年に成長しようとしていた。
翌日コルゼットは奥様の部屋を訪れた。執事より、依頼についての説明やデザインの擦り合わせをする為、部屋を訪れて欲しいと奥様から話があったようだ。
「いらっしゃいコルゼット。昨夜はよく眠れたかしら」
奥様は手に一つの指輪を持ち、昨日とは違うドレスを着ていた。大胆に肩が出たデザインで、少年は少しドキドキとしながら、勧められるまま奥様の隣の椅子に腰掛けた。
「で……では、早速依頼について…」
「ええ、そうね。この指輪なんだけど…」
奥様は手に持っていた指輪をコルゼットに渡した。
「拝見します」
コルゼットは指輪の材質、台座や内側のサビの状態等細かく検分する。指輪の内側の特定の場所に、何度も擦れて削れた跡があり、それの修復が急務と見た。
「石はしっかりと嵌っていますし……この内側の擦れ、こちらの修復でしょうか」
「いえ、そちらはいいの、そのままで。作って貰いたいのは上の方なの」
奥様はコルゼットの手ごと指輪を包み、細く可憐な指で指し示す。
「この石を加工して…そのままじゃあ嫌よ?小さくしてもいいから、指輪の上に新しい装飾を作ってそこに飾って欲しいの」
そういうと、奥様は指を使って宙に絵を描き具体例を出した。マニキュアを塗った人差し指が、花の形に跳ねては戻り、関節が一つ一つ折れてゆく様をチラチラと目で追っていた。コルゼットは、人の指を艶かしいと思ったのは初めてだった。
「デザインはコルゼットに任せるわ。偉大なデザイナーのお墨付きですもの、きっと素敵な指輪を作ってくれるでしょう」
奥様はコルゼットの目を覗いて、宜しくと手を握った。少年には、その柔らかく滑らかなその手は甘い緊張をもたらす感触であった。
「は、はいっ…奥様にお似合いの品を、必ず……!」
上擦った声に奥様はニコリと微笑んで、茶菓子を執事に頼んで持って来させた。
「私、あまりこのお屋敷から出る事がなくて……コルゼットには、色々と話を聞きたいわ。話し相手になってくれる?」
少年の心をくすぐるお願いだった。師匠からは、余程の間柄でない限り依頼人とは適度な距離を保つように言われていたが、その距離を詰めたくなったならば、どうすればいいのか?は聞いていなかった。お話だけなら、依頼についての相談の延長だと言い聞かせ、嬉しさを隠しながら、自分で良ければと返事をした。
「では…製作の間の時間に、こちらの部屋に来て、おやつなど一緒に食べましょう。明日からは、コルゼットの好きなお菓子も用意しておくから」
「…頂いた菓子に好き嫌いを言う程、子どもではありませんので」
奥様に子ども扱いされた事を不満に思うコルゼットのむっとした顔を見て、くすくすと笑って謝罪する奥様。少年の心はその美しい人に傾いてゆく。
「奥様、デザインの候補が幾つかあるのですが、お好みのものを教えて頂けますか?」
「そうね……コルゼットはどれが似合うと思う?」
「わっ…火花が出ているわ」
「奥様!あまり近くに居られますと、危ないです。後ろに」
「コルゼットはお菓子の好き嫌いは無いの?どれも美味しいって言うけれど…。気を遣っていない?」
「どれもとても美味しいです。このお屋敷の調理人の方は、優秀でいらっしゃる」
「これだけ綺麗なデザインが描けるなら、一度私も描いて欲しいわ……あ、それは別の依頼になるかしら?」
「いえ、デッサンは勉強になりますし、奥様さえ…宜しければ」
「あまり動かない方がいい?ちょっと気取った格好で止まってしまったわ…!腕が疲れて…」
「フフ……ご自由にしていてください。色々な角度でお姿を見てみたいので」
コルゼットは仕事の合間に奥様と話すのが楽しかった。些細な事に興味を持ち、朗らかに笑ったと思えば、切ない話に眉を八の字にする。コルゼットは女性の嫋やかさや愛らしい激情、慈愛を奥様を通して知った。それは奥様を女として見ていると同義だった。
「出来ました、奥様。花をモチーフにした指輪で、宝石はもう一色足して鮮やかにしました」
「見せて」
当初依頼されていた指輪の他に、一月を掛けて何点かの作品を制作した。出来上がり次第奥様に見せると、それを身に付けて次の作品を依頼した。それらは全て一つの宝石箱から出されて、その全てに共通していた部分があった。皆、どこか一ヶ所に擦れた跡があるのである。
「奥様、こちらは直さなくていいのですか?」
「ええ、このままで。削ったらサイズが変わってしまうから……これでいいの」
奥様はコルゼットが手直しした指輪を嵌めて、その手をうっとりと眺める。執事や他の使用人に聞いた所、富豪である旦那様からの贈り物らしい。奥様が旦那様の愛人である事は、師匠に事前に聞いていたが、改めてそれを意識すると、何だか心が落ち着かない感じがした。
約束の一月が終わると、奥様はその後も何度もコルゼットを指名して依頼を出した。
早朝グンカが祭典開始のイベントの為、日が登り始める頃に家を出た。手にはニス特製のサンドイッチを持って。当日の準備や警備の配置転換があった時の為に早く家を出ねばならないと前日に話していた。ニスはグンカがまだ眠っている時間に起きて朝食と昼食を作り、時間になったらグンカを起こして、出掛ける際に昼食を持たせた。その後少しだけ眠って、ギャリアーと2人いつも通りの朝を過ごした。ギャリアーは工房に入り、ニスは店の前と家の中の掃除に取り掛かった。部屋の掃除中に、棚から落ちていた招待状と書かれた封筒を見つけた。近くには一枚の紙があり風で飛ばされたようだ。見えた部分で判断するに、リリナグピオンでのイベントへの招待だった。返信用の手紙を同封とある。一度キャリアーに確認しようと重石を置いて棚の上に戻しておくと、丁度開店準備を整えたギャリアーが一枚の葉書をニスに渡した。
「ニス。これ、後で郵便に出しておいてくれ」
「わかった」
葉書にはリリナグピオン行きと書いてある。掃除が終わると、1番近くの郵便ポストに葉書を投函しに行った。ニスは特に確認しなかったが、裏には招待に対する出欠席を問う内容の文言が記されており、ギャリアーは欠席と答えを書いていた。それを見たリリナグ・ピオン社長スー・チースは少々落胆しつつ、ギャリアーに話していた彫刻を飾る件を進めたのであった。
「これから一年、あの作品がこの美術館に飾られるから、寂しくなったら見に来てね」
と笑顔を見せた。両親は涙ぐんで、我が子を抱きしめる。それに満面の笑顔で応え、コルゼットが家族と一緒に他の子が制作した作品を見ていると、1人の男が近づいて来た。
「矢張り、大賞に相応しい作品だったな」
男は怪しむ両親に名前を名乗り、コルゼットと祖母が住む村で会った事があると告げる。コルゼットも覚えがあり、男の言う事を肯定した。男はコルゼットの前でしゃがみ、製作の跡の残る手を見て質問した。
「今何歳だ?」
「12歳」
「そうか…あと数年もしたら、俺のとこで修行してみないか?」
男は名刺を渡して、興味があったら手紙で教えてくれと言い残し、コルゼット一家の前から姿を消した。その場面を見ていた選考員が、男の素性について話す。男は有名な宝飾デザイナーであり、現在は所属していた老舗の専属から離れ、自分の工房を構えながら、大きな依頼があれば各地に出向いて、その先で制作しているという。今回の選考員の1人であり、大賞作品として一番にコルゼットの作品を指名していた、とその選考員は話していた。
「ねえ、あの人の作品見てみたいな」
数年後コルゼットは村を出て、両親と共に男の名刺に書かれた住所を尋ねた。男はコルゼットを覚えていて、両親と何か話をした後、暫く親と離れ離れになるがいいかと聞いた。コルゼットは一度両親を見た後、しっかりと頷く。コルゼットは男の作品を見てその素晴らしさに感銘を受け、その美しい芸術を作り出す技術を学びたいと思った。将来なりたいものが決まったのだ。
コルゼットは師匠の元で修行し、遠方の依頼にも何処に行くにも着いて行った。旅の間は、師匠が技術や勉強も見て、コルゼットに一辺倒にならないようと口酸っぱく言っていた。ある時は、師匠が滞在するのに合わせて、現地の学校にも通っていた事もあった。学校での授業も面白かったが、それよりも師匠の作品ができるまでの工程を眺めているのが楽しかった。コルゼットは早々に宿題を終えて、空いた時間はスケッチや軽く彫刻などして過ごし、何年後かに師匠の仕事を任されるようになっていた。依頼主の間で弟子のコルゼットの腕が認められ始めた矢先、ある依頼が舞い込んできた。
「俺はお得意さんの依頼をこなさなきゃならん。コルゼット、行って来てくれ」
直に作っているところを見たい、という依頼だった。期間は1か月、住み込みで部屋と食事が提供される。依頼主はさる富豪の愛人の方。郊外にある屋敷で使用人と共に暮らしているらしい。
「一月後には、リリナグピオンの専属技師として修行出来るよう話をつけてある。俺の息子も見習いで働いているから、その時紹介する」
コルゼットは1人、馬車を乗り継いで、依頼主の屋敷に向かった。
「依頼を頂きました、装飾技師のコルゼットです」
「いらっしゃいませ、奥様が応接室でお待ちです。お荷物はこちらでお預かりいたします」
「いえ、仕事道具ですので…お気遣い痛み入ります」
「失礼いたしました。ではご案内いたします」
屋敷は二階建てで、中央に大階段があり、そこを昇って行くと道が二つに分かれ、コルゼットは右の廊下に案内された。この案内の男は執事で、屋敷には数年前から仕えているそうだ。元は富豪の家の執事をしていたが、年老いて息子にその任を譲ったらしい。まだまだ若輩者だが、旦那様に気に入られていると照れ臭そうに話す。
「もう1人、筆頭執事として優秀な若者が居たんですがね。我が子可愛さにどうしても息子の方に目を掛けてしまって、旦那様に私の代わりの筆頭執事の候補にと息子を推薦して…」
そんな話をしていると、応接室についたようだ。ノックをすると、中から「はい」と鈴を転がしたような声で返事があり、コルゼットは失礼しますと言って入室した。
「ようこそコルゼット様…私の屋敷へ」
コルゼットは一瞬屋敷の主人に見惚れた。腰まである黒く美しい濡れ髪、儚げな白い肌、波打つドレスを身に纏い品よく椅子に座ってコルゼットを迎える。その姿は特別に誂えられた人形と言っても差し支えない麗しさだった。
「…様なんて、コルゼットと呼び捨てになさってください」
コルゼットはその陰のある瞳が、自分を見ているのが恥ずかしくなって俯いた。
「ふふ…そうね。私より年下だものね。15歳?」
「いえ…16歳です」
「私は23歳…7つ違いね。旅の疲れもあるでしょう、今日はゆっくりして…明日にでも依頼したい品について詳しくお話ししましょう」
「わかりました。…」
「お連れして」
コルゼットは滞在する部屋に通された。
そこで執事に屋敷で暮らす上での注意点を教わった。
「事情はお分かりかと思いますが、あの方の事は奥様とお呼びください。コルゼット様のお食事や掃除等生活周りは我々にお任せください。何か御用がございましたらメイドにお申し付けください」
「製作はどちらで?」
「奥様のお部屋の隣に事前にお聞きした必要な設備を整えました」
「奥様のお休みの邪魔にならないでしょうか」
「お気になさらず。奥様がそうして欲しいとおっしゃっていましたので…」
「…わかりました」
「お食事をご用意いたしますので、15分後に食堂にお越しいただけますか?」
「わかりました。…そちらで、いつも皆さんご一緒に?」
「ええ、我々使用人は食堂でいただいております。…もし御一人をお望みならば、こちらの部屋に運ばせますが、いかがいたしましょう」
「いえ、いつも師匠と2人の食事ですから、1人で食事をとることがあまりなくて。皆さんとご一緒できてよかったです」
コルゼットは屋敷に来た当日の夜から、既に屋敷の者と打ち解けていた。師匠との旅の中で、依頼主と話したり、滞在先の住人や同じく旅をする人々と接する機会は多く、人当たりいい青年に成長しようとしていた。
翌日コルゼットは奥様の部屋を訪れた。執事より、依頼についての説明やデザインの擦り合わせをする為、部屋を訪れて欲しいと奥様から話があったようだ。
「いらっしゃいコルゼット。昨夜はよく眠れたかしら」
奥様は手に一つの指輪を持ち、昨日とは違うドレスを着ていた。大胆に肩が出たデザインで、少年は少しドキドキとしながら、勧められるまま奥様の隣の椅子に腰掛けた。
「で……では、早速依頼について…」
「ええ、そうね。この指輪なんだけど…」
奥様は手に持っていた指輪をコルゼットに渡した。
「拝見します」
コルゼットは指輪の材質、台座や内側のサビの状態等細かく検分する。指輪の内側の特定の場所に、何度も擦れて削れた跡があり、それの修復が急務と見た。
「石はしっかりと嵌っていますし……この内側の擦れ、こちらの修復でしょうか」
「いえ、そちらはいいの、そのままで。作って貰いたいのは上の方なの」
奥様はコルゼットの手ごと指輪を包み、細く可憐な指で指し示す。
「この石を加工して…そのままじゃあ嫌よ?小さくしてもいいから、指輪の上に新しい装飾を作ってそこに飾って欲しいの」
そういうと、奥様は指を使って宙に絵を描き具体例を出した。マニキュアを塗った人差し指が、花の形に跳ねては戻り、関節が一つ一つ折れてゆく様をチラチラと目で追っていた。コルゼットは、人の指を艶かしいと思ったのは初めてだった。
「デザインはコルゼットに任せるわ。偉大なデザイナーのお墨付きですもの、きっと素敵な指輪を作ってくれるでしょう」
奥様はコルゼットの目を覗いて、宜しくと手を握った。少年には、その柔らかく滑らかなその手は甘い緊張をもたらす感触であった。
「は、はいっ…奥様にお似合いの品を、必ず……!」
上擦った声に奥様はニコリと微笑んで、茶菓子を執事に頼んで持って来させた。
「私、あまりこのお屋敷から出る事がなくて……コルゼットには、色々と話を聞きたいわ。話し相手になってくれる?」
少年の心をくすぐるお願いだった。師匠からは、余程の間柄でない限り依頼人とは適度な距離を保つように言われていたが、その距離を詰めたくなったならば、どうすればいいのか?は聞いていなかった。お話だけなら、依頼についての相談の延長だと言い聞かせ、嬉しさを隠しながら、自分で良ければと返事をした。
「では…製作の間の時間に、こちらの部屋に来て、おやつなど一緒に食べましょう。明日からは、コルゼットの好きなお菓子も用意しておくから」
「…頂いた菓子に好き嫌いを言う程、子どもではありませんので」
奥様に子ども扱いされた事を不満に思うコルゼットのむっとした顔を見て、くすくすと笑って謝罪する奥様。少年の心はその美しい人に傾いてゆく。
「奥様、デザインの候補が幾つかあるのですが、お好みのものを教えて頂けますか?」
「そうね……コルゼットはどれが似合うと思う?」
「わっ…火花が出ているわ」
「奥様!あまり近くに居られますと、危ないです。後ろに」
「コルゼットはお菓子の好き嫌いは無いの?どれも美味しいって言うけれど…。気を遣っていない?」
「どれもとても美味しいです。このお屋敷の調理人の方は、優秀でいらっしゃる」
「これだけ綺麗なデザインが描けるなら、一度私も描いて欲しいわ……あ、それは別の依頼になるかしら?」
「いえ、デッサンは勉強になりますし、奥様さえ…宜しければ」
「あまり動かない方がいい?ちょっと気取った格好で止まってしまったわ…!腕が疲れて…」
「フフ……ご自由にしていてください。色々な角度でお姿を見てみたいので」
コルゼットは仕事の合間に奥様と話すのが楽しかった。些細な事に興味を持ち、朗らかに笑ったと思えば、切ない話に眉を八の字にする。コルゼットは女性の嫋やかさや愛らしい激情、慈愛を奥様を通して知った。それは奥様を女として見ていると同義だった。
「出来ました、奥様。花をモチーフにした指輪で、宝石はもう一色足して鮮やかにしました」
「見せて」
当初依頼されていた指輪の他に、一月を掛けて何点かの作品を制作した。出来上がり次第奥様に見せると、それを身に付けて次の作品を依頼した。それらは全て一つの宝石箱から出されて、その全てに共通していた部分があった。皆、どこか一ヶ所に擦れた跡があるのである。
「奥様、こちらは直さなくていいのですか?」
「ええ、このままで。削ったらサイズが変わってしまうから……これでいいの」
奥様はコルゼットが手直しした指輪を嵌めて、その手をうっとりと眺める。執事や他の使用人に聞いた所、富豪である旦那様からの贈り物らしい。奥様が旦那様の愛人である事は、師匠に事前に聞いていたが、改めてそれを意識すると、何だか心が落ち着かない感じがした。
約束の一月が終わると、奥様はその後も何度もコルゼットを指名して依頼を出した。
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「ニス。これ、後で郵便に出しておいてくれ」
「わかった」
葉書にはリリナグピオン行きと書いてある。掃除が終わると、1番近くの郵便ポストに葉書を投函しに行った。ニスは特に確認しなかったが、裏には招待に対する出欠席を問う内容の文言が記されており、ギャリアーは欠席と答えを書いていた。それを見たリリナグ・ピオン社長スー・チースは少々落胆しつつ、ギャリアーに話していた彫刻を飾る件を進めたのであった。
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