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灼熱の祭典編ー前
第63話 芸術への愛、技師への愛
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セレモニーが終わると、会場に集まった観客はそれぞれ目的の場所へ移動を始める。警備隊は観客を誘導し、通りに人が詰まらないように声を掛けている。来賓の1人であるスー・チースは、周囲に挨拶をしてその場を辞すると、秘書にこの後の予定を確認しながら、人混みの中をリリナグ・ピオンに向かって歩いてゆく。通常移動には専用馬車を使用しているが、本日は日付が変わるまで馬車の運行は禁止されている為、徒歩での移動となっている。大通りを行けば短時間だが、秘書の勧めでまだ人の少ない小路を通り本社に向かう。スー・チースは以前はよく見かけていた小路の景色の変化に目を留めた。
「ああ、以前は飲食店だったあの場所、工房になっている。名前は…知らないな」
興味を持った彼は、工房の窓から作業風景を覗く。中では一人の技師が、彫刻刀を持ち替えながら大物の製作をしていた。木目をうまく活用した木彫彫刻だ。スー・チースはその見知らぬ技師の真剣な横顔を見た。かつて自身も技師として働いていた頃と同じ情熱がその瞳に宿っていた。
前社長である実父には、一生を技師として在りたいというスー・チースの望みは受け入れられなかった。幼少期から装飾技師達の仕事を側で見て、強く憧れを抱き実父に黙って技師の1人弟子入りをした。暫くすると技師の仕事をしていたのが露見してしまい、仕方なく実父が許した。
しかし、次代の社長として経営に携わらねばならない時が来る。交渉に交渉を重ね、同時期に所属していた年若い技師よりも良い作品を製作できたならば、技師として働き続ける事も考えると約束を取り付けて、やっとの事で掴んだチャンスをスー・チースはものに出来なかった。しかし彼は後悔していない。技師としての自分の技術の限界に達した作品を世に生み出し、他者の作品を見て、真に芸術に心酔するという体験をした。誰よりも素晴らしい作品を作りたいという願いが、この技師の作品を見たいという気持ちが上回った。
当時技師達の長をしていたスー・チースは、この体験を経て、自分に衝撃を与えた作品を製作した技師や、これから素晴らしい作品を製作する可能性を秘めた技師達をサポートし、技術の粋を極めた作品をこの目に焼き付けるため、会社を運営してゆく立場になる決意を固めた。社長になった今でも、会社に所属する技師達の仕事を見廻ることを欠かさず、技師としての将来を考えている若者や、高度な技術を身に着けたいという技師に門戸を開いている。
窓から身を離すと近くの店の中にある時計を見て、それから秘書に向き直る。
「晩餐会までは時間があるだろう?」
リリナグ町内の各会社の代表や、高い地位にある者が集まる晩餐会だ。リリナグ町長の勧めで、サブリナ町長も晩餐会に参加するらしいと聞いて、スー・チースは潜源石についての交渉だな、とその目論見を見破っていた。勿論潜源石をリリナグ外に放出するつもりはなく、町長には毎回丁重に断りを入れ、警備隊の検問への資金提供を行っている。
かつて起こったという、リリナグ・ピオンの箱を盗用し潜源石を持ち出そうとした事件に、スー・チースは大層立腹していた。会社や技師、従業員が容疑を掛けられ、一時期町内ではリリナグ・ピオンに懐疑的な視線を送る町民も多かった。
秘書は改めてスケジュールを確認すると、社長の予定の項目に筆を構えた。
「ええ、本日の予定は18時からの晩餐会のみです。これから昼食ですが、どちらかにお出掛けでしょうか」
「ああ、新たな工房も増えているようだから、少し町を見廻ってくるよ。17時には本社に戻るようにする」
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
秘書はスー・チースの荷物を受け取ると、一礼してその場から立ち去った。
社長に就任してからは、馬車の中からゆっくり外を見ることもなく、仕事をして過ごし、リリナグの景色を落ち着いて見る機会は少なくなっていた。スー・チースは、久しぶりにリリナグの町を己の足で散策し、聞き覚え見覚えのない工房や、技師の技術、作品を発掘したくなった。
(以前所属していた技師達の工房を覗きに行くのも良いかもしれない…当月の一日は、個人の工房や販売店はどこも営業しているだろう)
スー・チースは最後に訪れる工房を最初に決め、それからリリナグ町内をブラブラと歩き出した。リリナグの有名人であったが、観光客が町人よりも多いこの季節、チラチラと振り返って見る者は居たが足止めされる事無く、生まれ育った町のよく知る小路を進んでいった。
今日の山場であるセレモニーが終了し、漸く警備隊の面々は一息つけた。一箇所に集まっていた観客達は、町のあちらこちらに散り散りになり、上手くバラけているようだと、報告が上がっている。疲れ切っていた新人隊員も何とか持ち直し、先輩隊員と共に対応に当たっている。今は道地図を開いて道案内をしているようだ。グンカは報告書に目を通しながら、その様子を見ていた。
「…それで、この道をずっと真っ直ぐ行った先に、彫像がある広場がありまして、広場に接している大きな建物がリリナグ・ピオンです」
「ここは工房の見学等は行っているんですか?」
「ええと…今は…」
新人隊員が悩む様子を見せると、先輩隊員がフォローをする。
「普段は非公開なんですが、今月の3周目にある芸術祭の期間限定で一部公開する予定だと聞いています」
「そうですか……他には実際に加工している様子を見られる工房ってありますか?」
新人隊員がハッとした顔をして先輩隊員に目配せする。先輩隊員はそれを任せてほしいという合図だと受け取り、すっと身を引いた。
「はい!見学可能な工房は幾つかありまして、この近くだと…」
張り切って案内をする新人隊員の様子を見て、待機所にいる隊員達は微笑ましい気持ちでいっぱいになる。誰もが通る道だからだ。
「そういえば、ガイドブックに…これだ。今月に彫像の入れ替えがあるって書いてあったんですが、それはいつ…?」
「芸術祭の時です。存命であれば、彫像の作者である技師を呼んでセレモニーをするのが例年の事ですね」
新人隊員が芸術祭について観光客に説明していると、お饅頭を持ったユンがグンカの隣の席に腰掛けた。そして机の中から、一枚の紙を取り出してグンカに渡した。
「何だ?」
紙には勤務変更願い、と書かれていた。変更希望の日付けは今月の第4周で、納涼祭の日を休みとしていたが、その前日を休みに変更して欲しいというものであった。警備隊的には、納涼祭前日より当日の方が人手が必要なので願ったり叶ったりだが、記されている変更理由がすんなりと願いを受理できない。
「ん…?キュ、キュート選手権…?審査員として、参加の為…??何だこの怪しい催しは…」
怪訝な顔でユンを見るグンカに、警備隊に申請のあったイベント一覧が記されている用紙を見せる。
「えっと~…まず、イトちゃんって名前の小さな可愛い女の子と、ガーデニングが趣味の丸っこくて可愛いおじさんの喧嘩がありまして~」
「幼女と中年男性が喧嘩…」
「それをランが納めたんですけど~、2人ともどうしても納得してくれなくて~。ここ読んでみて~」
トントンと指で指し示す。イベント名の横には、その内容についての簡易的な説明の項目がある。
「…リリナグに於いて、誰が1番キュートかを決める…選手権…?」
グンカは一言一句違わず読んだ。選手権の参加者は今月の第2周末迄に学校の玄関前に設置された箱に、登録用紙に氏名を書いて投函する。キュート選手権の参加者はポスターにして貼り出され、リリナグ内に広く周知される。公示以前の呼び掛け、広報活動は禁止されていない。そして当日学校の校庭に用意された舞台にて、投票を呼びかける演説を行う。投票は記名式を採用、投票期間はキュート選手権開催日当日の早朝から晩まで。夜には投票箱が回収され、キュート選手権に不参加かつ中立である第三者によって開票、集計される。選手以外への投票は無効とし、投票用紙は後日キュート選手権サポート委員会が破棄等する、とある。尚、投票用紙の準備及び宣伝活動はリリナグ印刷会社が協力と書かれている。
「規模が大きい…!」
「そうなのよ~!イトちゃんとおじさんとの戦いが、学校で広まって~なら生徒主導のイベントにしちゃいましょうってなったらしいわ~。柔軟よね~うちの町の学校~!それとスポンサーだけど、学校に印刷会社の息子さんが居て~社長のお父さんに頼んだみたい~」
ユンはもう一枚の紙をグンカに渡す。白紙の一番上には投票用紙、と書いてある。
「まさか…私にも参加しろと?」
「ええ、キュートだと思う人の名前を書いて投票箱に入れてくれればいいから~」
「………」
「既に選手権参加を受理してるのは6人。イトちゃんと~おじさんと~ウォーリーさんと~…」
グンカは聞き覚えのある名前に思わずユンを止める。
「ちょっと待て…、ウォーリーとは…まさか」
「そう~!ウォーリー・ルックフォーイットさん。喫茶うみかぜの店長さんよ~」
その名前に多大なショックを受けたグンカは、思わず投票用紙を握りつぶした。ユンはすかさず新しい用紙をグンカの机に置いた。
「キュ、キュート?あの、店主が…」
「ええ、キュートよね~」
「た、確かに強面な割につぶらな瞳をしていたが……キュート…?」
グンカは異質な概念に触れ、脳がオーバーヒートしそうになっている。
「待て…今の所イトという幼女と中年男性2人の参加者しか聞いていないが、学校が協力するのだから、学生達が参加するのではないのか?」
「いいえ~?リリナグ全体のイベントだもの。参加の意思がある人がエントリーするのよ~」
「全体!?」
「そりゃね~。だって個人とか数十人規模のイベントなら、警備隊に申請する必要ないじゃない?学校に通う子ども達からその親、家族に話が伝わって、また家族から知り合いにっていう具合で広まってるわよ~?グンカ君知らなかったの?」
グンカはハッとして他の隊員を見た。会話は十分聞こえる距離に居る。試しにキュート選手権について知っているかと聞くと、ユンから貰った投票用紙を見せてきた。そこには知らぬ者の名が記入されている。
「その様子じゃ、ギャリアーもニスも知らなそうね~。はい、投票用紙あと2枚あげる~」
既に置いた1枚に、2枚を重ねた。
「キュートとは何なのだ……謎のイベントがリリナグに生まれてしまった……」
ユンは頭を抱えるグンカの様子をくすくすと笑って眺めていた。
スー・チースはリリナグ内の工房を回り、知らぬ技師の知らぬ作品を開拓していった。新たな解釈、新たなデザイン。既存のモチーフの表現方法。この散策は彼にとって刺激溢れるものとなった。リリナグ・ピオンの技師であった工房も尋ね、最近新装開店したという女性に人気の可愛らしい店にも行って来た。その技師の作品は全く方向性が違うものになってはいたが、彼なりの新たな魅力を発見したのだと、成長を嬉しく思った。ただ、スー・チースは以前のデザインの方が好きだった。
「さて、訪ねられるのはあと一軒。そしてほぼ時間通りに海岸に着いた」
スーツを風でたなびかせ、スー・チースは海岸沿いの特殊宝飾店の前に来ていた。ギャリアーの店である。セレモニーで同居人の姿は見られたが、愛しの技師であるギャリアーの姿は見られず、リリナグ・ピオンの第3周のセレモニーにも顔を出してくれないのに焦れて、自ら会いに出向いたという事だ。
「ああ、営業しているね…中にはお客さんがいる……少し話したいが、接客を邪魔するわけに行かない。店の外から作品を覗いて帰るとするか」
スー・チースは店の窓から商品を見て、その美しい装飾に隠された細かい技術を確かめる。一般とは違う技術者としての目線で商品を見て、それから芸術を愛する者として、素晴らしい品を生み出す指先を想像する。
「…ああ、矢張り冴えて来ている。モチーフが生き生きとして、血が通っているようだ…」
スー・チースは小窓から見える工房も覗く。よく手入れされた道具が壁に掛かり、作りかけの作品が無造作に机の上に置かれている。きっとあれは試作品だろうとスー・チースは思う。ギャリアーの得意なモチーフとは違い、挑戦的な加工がされて、試行錯誤の跡が見られる。
「君も迷いながら成長しようとしている。ああ、またうちでその腕を振るってくれたなら、私はこの上なく幸せだというのに…」
切なく目を細めるスー・チースは、接客をしている愛しの技師を見て、乙女のようなため息を吐いた
「ああ、以前は飲食店だったあの場所、工房になっている。名前は…知らないな」
興味を持った彼は、工房の窓から作業風景を覗く。中では一人の技師が、彫刻刀を持ち替えながら大物の製作をしていた。木目をうまく活用した木彫彫刻だ。スー・チースはその見知らぬ技師の真剣な横顔を見た。かつて自身も技師として働いていた頃と同じ情熱がその瞳に宿っていた。
前社長である実父には、一生を技師として在りたいというスー・チースの望みは受け入れられなかった。幼少期から装飾技師達の仕事を側で見て、強く憧れを抱き実父に黙って技師の1人弟子入りをした。暫くすると技師の仕事をしていたのが露見してしまい、仕方なく実父が許した。
しかし、次代の社長として経営に携わらねばならない時が来る。交渉に交渉を重ね、同時期に所属していた年若い技師よりも良い作品を製作できたならば、技師として働き続ける事も考えると約束を取り付けて、やっとの事で掴んだチャンスをスー・チースはものに出来なかった。しかし彼は後悔していない。技師としての自分の技術の限界に達した作品を世に生み出し、他者の作品を見て、真に芸術に心酔するという体験をした。誰よりも素晴らしい作品を作りたいという願いが、この技師の作品を見たいという気持ちが上回った。
当時技師達の長をしていたスー・チースは、この体験を経て、自分に衝撃を与えた作品を製作した技師や、これから素晴らしい作品を製作する可能性を秘めた技師達をサポートし、技術の粋を極めた作品をこの目に焼き付けるため、会社を運営してゆく立場になる決意を固めた。社長になった今でも、会社に所属する技師達の仕事を見廻ることを欠かさず、技師としての将来を考えている若者や、高度な技術を身に着けたいという技師に門戸を開いている。
窓から身を離すと近くの店の中にある時計を見て、それから秘書に向き直る。
「晩餐会までは時間があるだろう?」
リリナグ町内の各会社の代表や、高い地位にある者が集まる晩餐会だ。リリナグ町長の勧めで、サブリナ町長も晩餐会に参加するらしいと聞いて、スー・チースは潜源石についての交渉だな、とその目論見を見破っていた。勿論潜源石をリリナグ外に放出するつもりはなく、町長には毎回丁重に断りを入れ、警備隊の検問への資金提供を行っている。
かつて起こったという、リリナグ・ピオンの箱を盗用し潜源石を持ち出そうとした事件に、スー・チースは大層立腹していた。会社や技師、従業員が容疑を掛けられ、一時期町内ではリリナグ・ピオンに懐疑的な視線を送る町民も多かった。
秘書は改めてスケジュールを確認すると、社長の予定の項目に筆を構えた。
「ええ、本日の予定は18時からの晩餐会のみです。これから昼食ですが、どちらかにお出掛けでしょうか」
「ああ、新たな工房も増えているようだから、少し町を見廻ってくるよ。17時には本社に戻るようにする」
「かしこまりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
秘書はスー・チースの荷物を受け取ると、一礼してその場から立ち去った。
社長に就任してからは、馬車の中からゆっくり外を見ることもなく、仕事をして過ごし、リリナグの景色を落ち着いて見る機会は少なくなっていた。スー・チースは、久しぶりにリリナグの町を己の足で散策し、聞き覚え見覚えのない工房や、技師の技術、作品を発掘したくなった。
(以前所属していた技師達の工房を覗きに行くのも良いかもしれない…当月の一日は、個人の工房や販売店はどこも営業しているだろう)
スー・チースは最後に訪れる工房を最初に決め、それからリリナグ町内をブラブラと歩き出した。リリナグの有名人であったが、観光客が町人よりも多いこの季節、チラチラと振り返って見る者は居たが足止めされる事無く、生まれ育った町のよく知る小路を進んでいった。
今日の山場であるセレモニーが終了し、漸く警備隊の面々は一息つけた。一箇所に集まっていた観客達は、町のあちらこちらに散り散りになり、上手くバラけているようだと、報告が上がっている。疲れ切っていた新人隊員も何とか持ち直し、先輩隊員と共に対応に当たっている。今は道地図を開いて道案内をしているようだ。グンカは報告書に目を通しながら、その様子を見ていた。
「…それで、この道をずっと真っ直ぐ行った先に、彫像がある広場がありまして、広場に接している大きな建物がリリナグ・ピオンです」
「ここは工房の見学等は行っているんですか?」
「ええと…今は…」
新人隊員が悩む様子を見せると、先輩隊員がフォローをする。
「普段は非公開なんですが、今月の3周目にある芸術祭の期間限定で一部公開する予定だと聞いています」
「そうですか……他には実際に加工している様子を見られる工房ってありますか?」
新人隊員がハッとした顔をして先輩隊員に目配せする。先輩隊員はそれを任せてほしいという合図だと受け取り、すっと身を引いた。
「はい!見学可能な工房は幾つかありまして、この近くだと…」
張り切って案内をする新人隊員の様子を見て、待機所にいる隊員達は微笑ましい気持ちでいっぱいになる。誰もが通る道だからだ。
「そういえば、ガイドブックに…これだ。今月に彫像の入れ替えがあるって書いてあったんですが、それはいつ…?」
「芸術祭の時です。存命であれば、彫像の作者である技師を呼んでセレモニーをするのが例年の事ですね」
新人隊員が芸術祭について観光客に説明していると、お饅頭を持ったユンがグンカの隣の席に腰掛けた。そして机の中から、一枚の紙を取り出してグンカに渡した。
「何だ?」
紙には勤務変更願い、と書かれていた。変更希望の日付けは今月の第4周で、納涼祭の日を休みとしていたが、その前日を休みに変更して欲しいというものであった。警備隊的には、納涼祭前日より当日の方が人手が必要なので願ったり叶ったりだが、記されている変更理由がすんなりと願いを受理できない。
「ん…?キュ、キュート選手権…?審査員として、参加の為…??何だこの怪しい催しは…」
怪訝な顔でユンを見るグンカに、警備隊に申請のあったイベント一覧が記されている用紙を見せる。
「えっと~…まず、イトちゃんって名前の小さな可愛い女の子と、ガーデニングが趣味の丸っこくて可愛いおじさんの喧嘩がありまして~」
「幼女と中年男性が喧嘩…」
「それをランが納めたんですけど~、2人ともどうしても納得してくれなくて~。ここ読んでみて~」
トントンと指で指し示す。イベント名の横には、その内容についての簡易的な説明の項目がある。
「…リリナグに於いて、誰が1番キュートかを決める…選手権…?」
グンカは一言一句違わず読んだ。選手権の参加者は今月の第2周末迄に学校の玄関前に設置された箱に、登録用紙に氏名を書いて投函する。キュート選手権の参加者はポスターにして貼り出され、リリナグ内に広く周知される。公示以前の呼び掛け、広報活動は禁止されていない。そして当日学校の校庭に用意された舞台にて、投票を呼びかける演説を行う。投票は記名式を採用、投票期間はキュート選手権開催日当日の早朝から晩まで。夜には投票箱が回収され、キュート選手権に不参加かつ中立である第三者によって開票、集計される。選手以外への投票は無効とし、投票用紙は後日キュート選手権サポート委員会が破棄等する、とある。尚、投票用紙の準備及び宣伝活動はリリナグ印刷会社が協力と書かれている。
「規模が大きい…!」
「そうなのよ~!イトちゃんとおじさんとの戦いが、学校で広まって~なら生徒主導のイベントにしちゃいましょうってなったらしいわ~。柔軟よね~うちの町の学校~!それとスポンサーだけど、学校に印刷会社の息子さんが居て~社長のお父さんに頼んだみたい~」
ユンはもう一枚の紙をグンカに渡す。白紙の一番上には投票用紙、と書いてある。
「まさか…私にも参加しろと?」
「ええ、キュートだと思う人の名前を書いて投票箱に入れてくれればいいから~」
「………」
「既に選手権参加を受理してるのは6人。イトちゃんと~おじさんと~ウォーリーさんと~…」
グンカは聞き覚えのある名前に思わずユンを止める。
「ちょっと待て…、ウォーリーとは…まさか」
「そう~!ウォーリー・ルックフォーイットさん。喫茶うみかぜの店長さんよ~」
その名前に多大なショックを受けたグンカは、思わず投票用紙を握りつぶした。ユンはすかさず新しい用紙をグンカの机に置いた。
「キュ、キュート?あの、店主が…」
「ええ、キュートよね~」
「た、確かに強面な割につぶらな瞳をしていたが……キュート…?」
グンカは異質な概念に触れ、脳がオーバーヒートしそうになっている。
「待て…今の所イトという幼女と中年男性2人の参加者しか聞いていないが、学校が協力するのだから、学生達が参加するのではないのか?」
「いいえ~?リリナグ全体のイベントだもの。参加の意思がある人がエントリーするのよ~」
「全体!?」
「そりゃね~。だって個人とか数十人規模のイベントなら、警備隊に申請する必要ないじゃない?学校に通う子ども達からその親、家族に話が伝わって、また家族から知り合いにっていう具合で広まってるわよ~?グンカ君知らなかったの?」
グンカはハッとして他の隊員を見た。会話は十分聞こえる距離に居る。試しにキュート選手権について知っているかと聞くと、ユンから貰った投票用紙を見せてきた。そこには知らぬ者の名が記入されている。
「その様子じゃ、ギャリアーもニスも知らなそうね~。はい、投票用紙あと2枚あげる~」
既に置いた1枚に、2枚を重ねた。
「キュートとは何なのだ……謎のイベントがリリナグに生まれてしまった……」
ユンは頭を抱えるグンカの様子をくすくすと笑って眺めていた。
スー・チースはリリナグ内の工房を回り、知らぬ技師の知らぬ作品を開拓していった。新たな解釈、新たなデザイン。既存のモチーフの表現方法。この散策は彼にとって刺激溢れるものとなった。リリナグ・ピオンの技師であった工房も尋ね、最近新装開店したという女性に人気の可愛らしい店にも行って来た。その技師の作品は全く方向性が違うものになってはいたが、彼なりの新たな魅力を発見したのだと、成長を嬉しく思った。ただ、スー・チースは以前のデザインの方が好きだった。
「さて、訪ねられるのはあと一軒。そしてほぼ時間通りに海岸に着いた」
スーツを風でたなびかせ、スー・チースは海岸沿いの特殊宝飾店の前に来ていた。ギャリアーの店である。セレモニーで同居人の姿は見られたが、愛しの技師であるギャリアーの姿は見られず、リリナグ・ピオンの第3周のセレモニーにも顔を出してくれないのに焦れて、自ら会いに出向いたという事だ。
「ああ、営業しているね…中にはお客さんがいる……少し話したいが、接客を邪魔するわけに行かない。店の外から作品を覗いて帰るとするか」
スー・チースは店の窓から商品を見て、その美しい装飾に隠された細かい技術を確かめる。一般とは違う技術者としての目線で商品を見て、それから芸術を愛する者として、素晴らしい品を生み出す指先を想像する。
「…ああ、矢張り冴えて来ている。モチーフが生き生きとして、血が通っているようだ…」
スー・チースは小窓から見える工房も覗く。よく手入れされた道具が壁に掛かり、作りかけの作品が無造作に机の上に置かれている。きっとあれは試作品だろうとスー・チースは思う。ギャリアーの得意なモチーフとは違い、挑戦的な加工がされて、試行錯誤の跡が見られる。
「君も迷いながら成長しようとしている。ああ、またうちでその腕を振るってくれたなら、私はこの上なく幸せだというのに…」
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