【こんな恋なら男なんて絶滅すればいいのに】

秋庭海斗

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◾️◾️ キレる

 この日、好江が苦し紛れに逃げ込んだキャバクラの偽りの華やかな世界。今日は来るべきではなかった。

 あの元室長が来店した。

 地方都市の成せる偶然なのか必然なのかは分からないが、退社した元所長は店内にひとりで飲みに来ていた。周りのキャストを見る目は、昔と変わらない舐め回すような視線で、心底スケベで女性を見下す性根が無意識に現れている。そんな視線の洗礼を好江も受けてしまったが、彼の反応は他のキャストとは一線を画していた。

 好江はあの男から二度見して顔を確認された気がした。もうお互いに会社を辞めて何の関係もないのだから、無視すればいい話なのだが、因縁がそうはさせなかった。元所長は近くの黒服を乱暴に呼び付けて好江を指名した。

「あれ?どっかで見たような顔だね?」

「御指名ありがとうございます、ご無沙汰してます」

 沈みがちな気持ちを奮わせ、差し障りない会話を事務的に繰り出して心を無にして席に着いた。どこかから指名が早く掛かるのをひたすら待つ。

「誰かのお陰で苦労したよ、あの後は。会社には居られなくなるしさ、ただこんな店にも来れるくらいの余裕はある会社へ転職出来たから感謝しないといけないな、宮城くんにはな」。

 キャストの本名を店内で大きな声で言うのは、マナー違反である。それを知ってか知らずか堂々とやられる。その後もセクハラ発言や下品な罵倒が続いた。周りの席の客にまで話し掛けるなど男の暴走が店内の空気を悪くする。
 しばらくして席の雰囲気の異常さに気の利いた黒服が、好江に指名が入った体で呼んで席を立たせた。これが元所長の怒りに火を付けた。

「指名してるのに何で連れていくんだよ。まだまだ話があるんだよ、この年増のキャバ嬢によ。こんな婆あがよくホステスなんか出来るなッ!店のレベルが低いから丁度いいか、ガハハハハ」

 酒の勢いを借りて大声をだして暴言を吐く、典型的な小心者の酒の飲み方である。店長が制止に入って話をするが「あのオンナを連れて来い」「ふざけんじゃねぇ」「この俺を舐めるな」。この辺りで店の外へ放り出された。去り際に店内へ向かって男が叫んだ。

「クソ売女ッ!お前を一生許さねぇからな」

 好江は聞こえないふりをしグラスの中身を飲み干した。

「サイテ~なヤツ」。その呟きがアイツへ向けたものか、自分へ向けたものか解らなくなっていたが。

◾️◾️ 未唯の消失

「母さん、未唯は?」

 冬休みに入った娘が実家に居ないのを母に問う。

「それが…お父さんたちとご飯を食べにいくからって」

「まさか、連れて行かれたの?何で行かせたのよッ。誘拐よ、警察に電話しなきゃ、そんなの許さない」

「好江、違うのちがうのよ、未唯が自分で行くと言ったの。自分で泊まる支度して楽しみにして出掛けたのよ、笑顔満面で楽しそうにするあの子を止められなかったの」

「泊まる?泊まるって何のことなのよッ?」

「クリスマスのディズニーランドへ行くんだって、アチラさんの家族で…。そんなの止められないわよ」

 もうみんなサイテ~よ。みんな勝手にすればいいわ、アタシも勝手にさせてもらうわ。好江の良心は擦り切れた。

◾️ ◾️ 事故。
 
 自転車に乗った母親と幼い子どもが乗用車に跳ねられた。脇見運転ノーブレーキで突っ込んで来て、自転車共々20mも跳ね飛ばして衝撃の大きさを物語っている。近所の人の通報で、救急車のサイレンが近づいてくる。

 車の中で外の風景をぼんやりと眺めながら、好江はその音を聞いていた。次第に野次馬が増えていく、誰かが母子の心肺蘇生させている。好江に向かって「何やってるんだ、アンタは」と罵声を浴びせる人、運転席から外へ引き摺り出そうとする人。タイムラプスの写真を見るようにその場所の時間が過ぎていく。
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