死に急ぎ魔法使いと魔剣士の話

彼岸

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赤い目をしたその男

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砂漠に呑み込まれつつある巨大なペルメル王国。
太陽が昇りきるまだ空に星も残る早朝から素振りを続ける男がいる。
セペド・アイヤーシュ
すでに何回も振るったであろう木製の剣とともに彼の首筋から胸元へ流れいくそれが修練の過酷さを物語っている。
13の歳になる頃にはすでに騎士団の中でも力を発揮し、将来を期待されていた。
この国で最高の魔力量を持つといわれる黒髪を持ち、整った見目と日々鍛えられた肉体に誰もが羨望のまなざしを向けた。

その努力と秀でた生まれながらの能力をひけらかすこともなく、研鑽を積む姿、言葉少なに熱く王族を守る強い眼差しを持ってすればどんな女も皆心穏やかでいられない。
28歳なったその年、彼はある日出会ったのだ。異世界から召喚された人間を。


自分と同じ黒髪で漆黒の瞳、変わった格好をしてはいたが自分たちと同じ見た目の男性。
彼は蓮人と言った。突然この国に召喚され国の未来を背負わされた者。
蓮人は、最初こそ動揺の表情を見せたものの、表情はあまり変化することもない。言葉を悪く言えば愛嬌のない男であった。これがもし美しく微笑む少女であったなら蝶よ花よとさらに持ち上げられたであろう。

ごく普通の男。顔は童顔。小柄で、華奢だ。
珍妙な服装をこの国の服装に着替えさせた時に見た身体も特段騎士として鍛えたわけでもない最低限の筋肉。外の馬小屋にいる馬達のほうがよっぽど筋肉がついていた。
外に出るのを好まないという白い肌も不健康さがにじみ出ていて、こんな人間に未来を託してしまうこの国は大丈夫かと少々頭を抱えたものだ。


幼い頃から語り継がれる嘘のような異世界人のおとぎ話。
まさか本当に実現させたことにも、その護衛に任命されたのもまるで春風の強風のごとく。


蓮人は、国からの願いを受け入れてくれた。
拒否することもできたが、正直あの時拒否をしたとしても異世界人が現れたことを国民に発表は既になされた。嘘でも影武者でも使って儀式的な大嘘はきっとやったであろう。
結局そんなことはなく、蓮人はすんなり願いを聞いたし、伝説の通り恐ろしいほどの魔力を携えていた。


国で勝てるものがいないと言われ続けた俺の魔力なんて遥かにしのぐ恐ろしい潜在魔力。
その小さな体のどこに秘められているのであろうか。
彼は、多くを語らない。不満も言わない。黙々と魔法の使い方を学ぶ日々。
それが今まで”そう”であったかのように行う姿に違和感すら覚えた。


異世界から来た人間は、皆こんなに真面目で謙虚なのだろうか。


衣食住を与えられても、必要最低限しか求めてない姿に好感はあった。
一番近くにいるだけに、俺によく質問をしてくる。元居た世界には魔法は無く魔物もいない。
代わりに馬より早い乗り物や空を自由に飛べる機械があったりするのだそう。
彼の故郷の話は俺にも面白くついつい話し込んでしまうこともあったが、基本護衛騎士として彼の邪魔にならない立場を務めた。


そしてついに蓮人が魔法の使い方の授業をほぼ終了した頃、彼が召喚された時のように城の中は大騒ぎとなったのだ。




その時期には、蓮人はほぼ常人レベル以上の魔法を使いこなせるようになっていて、いつでもあとは緑化に向けてどうするかの行動に移すのを待つだけであった。宰相をはじめとした国を動かす中枢メンバーがこうだあれだと蓮人をどう動かす為の会議はいまだに終わらない。
考えうる行動と知恵は絞ってきたのだ。無理もない。

俺の発言も交えながら会議に出る時は蓮人もただ口元に手を持ってきて考え込むだけのこともある。

空いた時間に蓮人がよく向かうのは、城の奥にある図書館だった。
国一番の図書館は、ありとあらゆる情報の宝庫。太古からの貴重な文献から最新の新聞まで全て閲覧が可能。本来、王族にしか許されない貴重な資料の閲覧も蓮人には解放されており空いた時間を利用しては机に本の森を築き日が傾くか、俺が声をかけるまでずっと其処にいる。


時折何かを思いついては両手の中で魔力をこねているようだが、うまくいかないようだ。


そんな時だ。自分が所属する騎士団のことで呼び出しがかかったのもあり、ほんの少しだけその場を離れた。城の中であるので安全面は保証されているし、図書館の入り口にも人がいる。問題はない。
用事は些細なことですぐに図書館へ足を向ければ本の森の中に彼は居なかった。本棚の合間を覗いても見たが姿はなく、図書館の裏手が見える窓から巨大な樹木がわさっと出現した時は思わず声が漏れてしまった。

急いで向かえば人だかり。
その視線の先に彼は居た。
背後には巨大な森が出来ており、何があったと叫ぶ宰相とその部下達。
俺は彼の後ろに見える微かな魔力の輝きの源を見た。もう少し立てば消えてしまう小さな輝き。
間違いなくあれは蓮人の魔力が起こしたものであった。別室で彼もそう答えている。

だが皆が問い詰めたいのはそこではない。
完全に彼の体の司令塔から外れたソレ。孤立した魔力とはいったい・・・。
本来魔力は意志がなければ消えてしまうものだ。蛇口を捻れば水が出る。蛇口を閉めれば水は出なくなる。当たり前のことだった。
寝たきりの人間が魔力を使えないのと同じように術者から完全に離れた魔力が存在し続けることなど本来は不可能。だが現実に彼はそれをやってのけたのだ。
あやふやな説明の中で聴いたのは、魔力をさらに包み込む膜を張った練習をしてみたら出来たのだと言う。膜だと?


原理は詳しくわからなかったが、これで緑化に向けた道が開けたと喜ぶ者達。
俺は部屋の隅で、護衛よろしく腕を組みながら背を壁に預けていたのだが、よくわからない違和感が喉の奥で引っ掛かり悟られないようにずっと黙っていた。


次の日から城の中は大忙しだ。主に忙しいのは支持をする宰相たちと蓮人。
蓮人が生み出した魔力の源を包んだ水の玉は、他の魔法師達も見様見真似で作っていた。だが上手くいかない。結局彼だけが出来る能力ということでそれを各地の領主へ手渡そうということになった。
あまり目立つことはしたくないという蓮人の意見と、早急な問題解決の効率の良さ、国としても蓮人ではなく国としての手柄も大きく打ち出したい部分の結果であったのだが、結局その計画は実現せず終わる。

何故ならば、その魔力の玉は彼以外の手に渡ると弾け消えてしまったからだった。
試しに俺も持ってみたが結果は同じ。蓮人自身が自ら土地へ放らねば保つことができないと分かった。
それならばとすぐに方向性を変え、彼を各地へ送り出し主要な土地から緑化していくことが早々に決まった。


たった一人と護衛数人を送り出しただけで赤い大地は緑へ変化した。
見たものは言う。これは奇跡だと。どんな魔法使いでも成しえなかった所業を涼しい顔で行っていく。
嬉しいはずなのに、彼が日に日に青白い顔をしていくのが熱い太陽の下で際立つようになった。


夜に食事を持っていく時も、風呂へ向かう際も特段体調は問題ないという。
涼しい顔は相変わらずで、しいて言うなら普段から運動しなかったから馬車による筋肉痛が凄いとは本人曰く。
俺の筋肉が羨ましいので、一度どんな練習をしているのかと共に朝の訓練を突き合せたことがあった。


空が白く、涼しげな朝方。
俺と蓮人二人で素振りや打ち込みを行うと『いつもこんなことをやっているのか』『セペドは凄いね』『俺にはとてもできそうにない』など言いながら汗が張り付いた服と共に地面に腰を下ろしていた。
騎士を目指す人間でなければ必要ないだろうと話をしながら彼の腕を引き立たせる。汗だくになった首筋が昇り始めた輝きに反射し、布でそれを拭ってやったのだ。





何度か緑化を進めるうちに気付いたことがある。
彼のその魔力の源を包み込むそれが彼自身を弱らせている原因なのではないかと。


他の人間達は誰も気づいていないようだったが、彼の次に魔力が高い俺はそれが何かなんとなく察しはついていた。明らかに使う時より目のクマが酷くなっていく。血の気が薄い。それは普段から引き籠る運動不足では説明がつかないほど悪化していく。
元々大人しい実直な彼に少々影が生まれようとも、彼の元々の魅力だと称えはしても心配する者はおらず。して、それを本人は知ったうえでやっていることなのだろう。俺も止めず黙っていた。


なのに、何故かどうしようもなくイラついてしまい不快にならない程度の接触に留めるようになった。


わからぬ。その胸の取っ掛かりなど。
壁に向かって打ち出した拳には骨に伝わる鈍痛だけ。
自分自身の言葉として表現が難しい何かが絞り出したブドウの残りカスのようになっていく。


ある日、国で指定した場所に馬車で向かうことになったのだが、道程は片道約3日ほど。
護衛のための騎士が馬で周りを囲いながら現地へ向かう。
蓮人と文官は馬車の中で何か打ち合わせを進めているようだが、相変わらず彼の表情は涼しげだ。
もう少しにこりと笑えばその顔の暗さもマシになるだろうにと思いながら愛馬を走らせた。


現地へ着き、領主へ挨拶も済んだ日の晩。
問題がなければ明日すぐにでも行動し砂漠を森へと変える。
騎士同士の連携も必要なので打ち合わせを終えたのち蓮人に最後の場所のすり合わせをしようと部屋へ向かった。
ノックをしようとしたら急に部屋が空いたので一瞬固まってしまったが、それよりも驚いたのが彼の顔だ。


(よく倒れないでいるな・・・)

まるで病人のような青白い肌。
こけているわけではないが、死人が地面から蘇ったかのような儚さを感じる。
彼の持つ黒と体の細さが逆に惹きたてゆるやかな服から見えるその膚も、傷をつけたら溢れ出る血に映えそうだとあらぬ考えを一瞬考えてしまい、瞬きを一度深く行い打ち消した。


彼の話など頭に入ってこなかった。
やはり何かある。その力には。
今にも倒れそうな見た目をしておいて、全くと言っていいほど本人はけろりとしている。
部屋の奥に転がるそれらしか、現在頼ることが出来ないのも事実。
何か言いたいことがあるなら言えと訴える瞳を前にしても、何も言えなかった。


どんな立場を与えられようとも俺が口出せる範囲ではない。
知りたい欲に入り込めば、きっと手に負える問題ではない。
なぜだ?わからぬ。
自分自身の心の臓に居座る二つの違う気持ちが前にも後ろにも進ませてくれようとはしない。
異世界から来た自分より力の弱い一人の男性が抱えるそれ。
知っているのかお前は。

わかっているのかお前は。



言葉少ない自分の性格に、もっと伝えおいておけばよかったのだと後から後悔する羽目になるのは、帰りの路で彼が倒れてしまってからだった。




予定より早く終了した今回の砂漠の緑化。
問題は達成され、早馬で城にも問題なく進んだことを伝えた矢先のことだ。
馬車を止めてくれと指示があり、時間がまだあるため帰り道で見つけた砂漠もできるだけ緑化していこうということになったらしい。文官と蓮人が馬車を降りて俺たちは夕焼けが赤く染まる方へ向かい彼だけが砂漠へ数歩歩みだす。赤い太陽と赤い大地の中長く長く伸びる影がこちらの足元付近まで伸び続けいつものようにそれを行った。

祈るように手を組み、魔力の源を生み出して水の玉をつくりだす。
さぁ、行っておいでと送り出すかのように放たれたそれは赤を反射してぞっとする血の塊のようだ。
彼の後姿は闇に隠され、俺たちは眩しくただシルエットを見守るしかない。

大地と出会い水が跳ねる音を聞いた時いつものように森は出来た。
だが、次の瞬間彼が倒れ込んでしまったのだ。


急いで駆けよれば、意識はなく彼の黒が汗と共に額に張り付いているだけ。
文官に指示を出しすぐに医者の手配をした。
抱きかかえたときあまりの軽さに、折れてしまうのではないかと冷やりとした。
分からない。なぜ。
まただ。疑問が浮かぶ。
心臓が珍しく激しく暴れだしながら俺たちは蓮人を近場の町へ運んだのだった。


してそれは、魔力の使い過ぎではなかった。


魔力を無理に使いすぎて枯渇すれば回復に時間もかかるし、時には術者の命の危険が伴う。
最初に想定したそれは当てはまらなかった。
何せもとより莫大な魔力を誇る彼にそれは該当するわけがなかったのだ。
俺と医者が顔を見合わせて一つの可能性にたどり着いたとき、言いようもない怒りがわいた。握った拳よりもなぜか胸がナイフでザクザクと刺されたように痛む。


「・・・あくまで可能性だ。起きてから確認しよう」


そうして一度医者には別室で待機してもらい。俺はベットの傍の簡易な椅子に腰をかけて彼を見つめる。



(なぜ、お前は・・・・)


頭を抱え込み前髪をかき上げながら足元を見つめていると、布の擦れる音とともに黒壇の瞳がこちらをとらえた。



「あれ・・・・・ここ、俺、倒れちゃった?ごめんね」


弱弱しく現状を確認しようと上半身を起こす彼を手で支えたのち医者を呼ぶ。
ひとまず体調としては様子を見ながら無理をせず一日安静と一声伝え、ちらりとこちらを見つめたのち医者は帰っていった。


ふーっと息を吐く俺の姿に瞬きをしながらこちらを見ている。
話してくれるだろうか。すべてを。



「・・・わかってやっていたのか。」



「ああ、膜のこと?知っててやってたよ。」



「何故。わからん、俺には・・・。詳しく話してくれ」



「使ってるあれはさ、俺の生命力なんだよね。寿命。そういえばセペドは分かるよね。」



「ああ」



あっさりと彼が使用していたものは生命力だったと明かされた。
おおよそ医者と予想していたことが的中してしまい眉間にしわを寄せる。
蓮人が言うには自分の能力に、寿命を数値として視ることが出来る特殊な目を持っていた。
その力を利用して己の生命値を削り魔力の源を包み込み肉体から切り離すことに成功したと言っていた。
俺は額を抑え呻いた。城の魔法師達も真似てやってみたというからには説明したはずだ。
何故止めなかったのだ。起こりうる可能性を知っていたはずだ。
浮かんだ怒りはそこにもあるが、大半はそこではない。知っててやっている目の前の男にそれは向いた。




ずっと疑問に感じていた違和感。その正体。


蓮人はなぜそこまでするのかということ。
この世界へやってきた時だって言っていたはずだ。面倒くさいことはあまりやりたくないと。目立つこともしたくないと。ただ出来る範囲のことならやると、ただその軽い調子で受けていたはずなのだこの男は。



蓋を開けてみたらどうだ、彼は自分自身の命を自らの意思で切り刻んでいる。
そこまでする理由は無いはずだ。
ただ少しだけ手を貸しただけでよかった異世界人。たとえ失敗したとしても彼には関係ないのだ。結局彼は部外者で被害者だ。出来なかった、無理だったで終わるはずのことを・・・なぜそんな。



「教えてくれ・・・お前がそこまでする理由を。民でもないお前がそこまでする理由を。」



「いや、別に。てっとり早いかなぁ~と」



「ふざけるな!そんな理由が存在するか!生命力だぞ?自分が本来生きれるはずの命を削ってまですることじゃない!!お前にはそこまでする権利はないはずだ!!自傷趣味でもあるのか・・・」



「いや、本当になんて言ったらいいんだろう。別に偽善でも死にたがりでもなんでもなくてさ。それが一番の解決策だっただけだよ。俺がその能力見つけてさ、ああ使えるなって。ただそれだけだし。俺の元居た世界はさ、医療面も発達していたんだけど、輸血とかドナー制度とかっていうものがあったんだよ。つまりは血とか臓器とかも提供できること。それの応用をやってみただけなんだ。確かに自分の生命力を削るなんて意味わからないって思うかもしれないけど、困っているならじゃあ、あげようかなって思っただけ。俺、元の世界に両親ももう居ないし、一人暮らしだし、太く短く生きるくらいでちょうどいいかなと」


そう、ぽつりぽつり伝えると目の前のセペドはサァと血の気が引いた顔してショックを受けている。
まぁそうだろうな・・・・普通の反応である。



セペドに伝えたことは嘘ではないし、俺は死にたがりでもない。
ただ都合が良かったとは言わないでおいた。


現代社会で生きていた平凡な俺。
特別優秀なわけでもなく、社会を培う一本のネジとして生きていた。
そんな中、突然環境が変わってしまった。
優秀で、何をしても凄い当然だ!と言わんばかりの城の人達。
つい最近までそちら側だった俺。
働いて、お金を貰って、たまに外食なんて行ったりして。



別に長生きなんてしなくたっていい。太く長く生きて、ボケる間もなくあっさり死んだっていい。



そんな考えが普通になっていた。
今でもそれは変わらない。それだけ。それだけなのである。



この世界で生きる人達を見て、毎日必死に生きる姿を見て。
いつ死んだって悔いはないです。なんて口が裂けても言えるはずが無かった。
ここの誰よりも安全で戦争も経験したことのない自分よりよっぽど命の大切さを知っていたから。



沈黙が部屋を包み、外を歩く仕事帰りの男達の笑い声さえはっきり聞こえる。
どちらがともなく静寂を破ろうと口を開きかけたその時、俺達の身体は大きく揺れた。
震える部屋、鏡はビリビリと声をあげ、棚の上に置かれていた花瓶は振動に耐えきれず床へ転げ落ちその生涯を終えた。



「なんだ!!??」



「え?地震?」



素早く動いたのはセペドで、急いで部屋の扉から飛び出していく。
残された俺は、まだ自由に動かしづらい重い身体を使ってベットの横にある窓から外を見た。
先程まで笑い声が聞こえたはずの長閑な夕刻の時間は無くなり、人々が建物から飛び出し町の外側一点を見つめ固まっている。
この距離からもわかる赤い光、黒いそれ。


燃え盛り炎の中にゆらりと姿が映し出される巨大な何か。
逃げ惑う人間が米粒のようにみえ、その強大さが窺い知れた。
唾を飲み込み、眼を見開いたと同時に、扉を蹴飛ばす勢いでセペドが戻ってきた。



「ラムルアペプだ!お前はここにいろ!いいな!!」



「セペドは!?」



「俺は他の兵達と共に、アレを討伐してくる!ここまでは来させないから安全だ!大人しくしていろ!いいな!!!」



そう言うなり、俺の反応も置いてけぼりのまま彼は武具の擦れる音を鳴らしながら部屋を出ていった。
ズズン、ズズンと地鳴りは続いたまま固まることしかできなかった。
ファンタジーの世界だって喜んだ。まるで漫画や映画の世界だって。
でも震える俺の目に映る光景は、大きなうねる姿の影に咥えられ飲み込まれていく。
飛ばされた男が塀にぶつかり果てていた。
子供を守って丸くなった母親が子供と共に炎に飲み込まれていく。
たった一瞬で、血に染まった平和な町。


恐ろしい光景を目の前にしているのに、両手も身体も固まってしまって見つめるその場から動くことは出来なかった。






真っ赤に染まった赤を反射していた空もいつもの深い青色へ戻る頃。
セペドが血まみれ姿で戻ってきた。
手足を引きずっているわけでもない。ギョッとする俺の顔を察して怪我はないと一言告げる。
満身創痍ではあったが、なんとか討伐を終えたようだ。



「き、着替え。いや凄い血が落ちてるよ。タオルほら」



「・・・・・」



受け取った布でガシガシ無言で拭きその辺の床に放る。
なんて声をかけたらいいか迷う。
人が死んだんだ。たくさん。
目の前の知っている人が無事だっただけでこんなに安心感を覚えるのに、討伐出来て良かったねなんて言える雰囲気でもない。
伏目がちの視線を追うようにして彼の右手には飛び出した時には無かった小さな袋が握られている。





「それ、何?」



「・・・少し、試していいか?」



「うん。・・・・え?どういう」




何の説明もなく無言で彼は武具を脱ぎ足元に放置する。
そのまま俺が寝ているベットに馬乗りとなり簡素な造りの寝床は悲鳴を上げた。
ズタ袋の中から姿を現したのは、やはり血に塗れた大きな鉱物。
ガーネットだろうか。ルビーか何かだろうか。
その石は、今なお取り出した瞬間も垂れるそれに劣りなく怪しく赤い姿だった。
セペドは、その滴るそのままに蓮人の上着を託し上げ、心臓近くにそれを押し付けた。
ぬるりとした冷たさと気持ち悪さが肌を走り、震えた。



ゆっくりそれは体温以上の熱を持ち、静止の姿勢を取るまでもなく肌の中に埋め込まれいく。



「な、に・・・?あぁっ・・・・」




魔力を込められた鉱物は熱を帯びながらチカチカと赤い光を放つ。
少しずつ押し付ける彼の力に合わせ蓮人の心臓に向かい石は肌へ徐々に飲み込まれて。
全身が燃えるようだ、硬いそれが心臓に入り込んでいく感覚を拒絶する。
苦しくて歯を食いしばり、大きく胸を上下するが流し耐えることができない。



セペドの腕もシーツもむちゃくちゃに掴んでいる感覚があった。
互いの魔力の反発と無理やり侵入していく感覚。
圧迫感が凄く出ていって欲しいのに、もっと奥へ!もっと奥へとそれは進むことを止めてはくれない。
一瞬の出来事ならば何とか耐えられたであろう。だが、牛歩の如く進むそれがもどかしく思わず喉を晒した。




「やめろ・・・苦し、い・・・」



「頼む、もう少しで全部入る。辛いだろうが、耐えてくれ」




歯がカチカチとなる、体内が熱い。全身が沸騰するように一気に吹き出した汗すら逃げ出しているのに。
胸に押し付ける彼の腕は太く、鍛えられたそれを退かすことは到底困難で、ただ早く終われと鈍痛のような襲いくる小さな痛みと熱さに耐えるしかない。
少しずつ入るたびに自分の意志とは関係なく小さく溢れた悲鳴も、この空間の光景を彩る音色にしかならない。
頬にポトリと落ちてくるものはセペドのもの。
彼も魔力の反発効果で辛そうだ。



(何なんだこれ・・・・・何なんだいったい)



心臓は踊り狂い、お互いの熱で部屋の温度は上昇し、ただ二人の男の速くなった呼吸と時折漏れる呻きだけが響く。
そうして、永遠にも感じる行為が終わった時、息も絶え絶えになりながら俺はやっと解放された。




「俺に・・・何、入れたんだ・・・・」




「急いてすまなかった。あとで説明してやるから、今は少し休め」



同じく呼吸が整えられていないセペドに額の汗を拭われて、両手に力が入ったままだったことに気づく。
シーツを握った手がなかなか固まったまま開いてくれない。それに気づいたセペドがゆっくりと俺の手に優しく触れ花開いた。



(あ。腕、引っ掻いてしまったな・・・)


気が抜けたのか瞼が重く閉じられていく。
思考もぼんやりとして無意識に彼の腕を掴んでいた際傷つけてしまったのか彼の腕には新たな傷と血が流れていた。
赤と黒の視界を最後に、俺は意識を目蓋の裏側へと飛ばしたのだった。

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