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会遇と消失

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重い瞼をようやく動かし、身体の自由がきくようになってから俺はセペドを問い詰めた。

目覚めれば自分も彼も着替えており、寝てる間に汗で汚れた服も体も綺麗にしてくれたようだった。
改めて自分の胸をたくしあげ、指先で心臓の上を撫でる。
行為が行われる前と変わりない白い肌のまま。だが、明らかに倒れる前より体調が良いのだ。



「・・・何をした。話せ」


「・・・ああ」


まず、心臓に埋め込まれたのは魔石。言うまでもなく討伐したてのラムルアペプの物だという。
ラムルアペプは、人食い砂蛇とも言われる恐ろしい魔獣だそうで主に砂の中を泳ぎ移動する。
砂漠を横断する人間を振動で確認すると口先だけで一気に飲み込みその体の全容はほとんど知られていない。
炎を吐くとも雷の攻撃もすると言われているそうだが、遠くから確認した人間の証言のみで生体はほぼ謎である。まじかで見た人間のほとんどが喰われてしまうため、生存者から語られる話は恐ろしく、恐怖で大げさに語られているのではと言われるほどだ。
なので、街を襲うという事例はかなり珍しかったそうで普段なら一部分しか見えない肉体も今回は大半を砂から出していた。俺も窓からしか確認は出来なかったが、あれでまだ全身が出ていないとはと思うと体が震える。


そんなラムルアペプは長命で、軽く数千年は生きる。
ラムルアペプの血を飲めば、人間の傷を治す妙薬となる。その為、ラムルアペプの血は希少かつ高値で取引されるのだ。そしてラムルアペプを殺した後に取れる魔石もまた核として有能で、魔法使いでなくても一度きりならば強大な魔法を使うことが可能。そうセペドは説明する。



「それを、なぜ俺に・・・?」


「まずだ。お前、寿命を数値で見ることが出来るといったな。今自分の生命力の数値は変化しているか?」


「えっと・・・・え?」


数値が1増えていた。
記憶違いではないはずだ。これは一体と顔を上げれば、ほんの少しだけ口角を上げた彼は語りだす。



「ラムルアペプの魔石も血も貴重なものだ。それは人間の妙薬として。魔力の源として。だから試させてもらった。血が付いたままの魔石と俺の力を使ってお前の心臓に融合させれば何か起こるんではないかってな。」


「確信もないままやったのかよ・・・はぁ、せめて一言言ってくれれば。」


「それに関してはすまなかったと思っている。だがラムルアペプの魔石は劣化が早くてな。時間がたつほどに保有する力はグッと落ちていく。だから貴重なんだ」


「なるほどね」


つまり、希少価値の高い回復に特化した魔石を俺の体内に吸収させ融合させれば俺の生命値が上昇するのではないかと思い立ってすぐ行動したわけですか。正直かなりの圧迫感と熱量にインフルエンザとノロウイルスでぶっ倒れた時よりしんどい思いをした。せめて心構えがあればもう少し気の持ちようが出来たと思う。
セペドはもしかして頭でいろいろ考えて行動は力づくの脳筋タイプなのだろうか。
まぁ、自分も頭で考えるタイプなので言わないでおこう。



それからだ。彼が俺の護衛騎士を離れると言い出したのは。





城に戻って数日後のことだ。
突然しばらく俺の護衛任務を離れると言ってきたのだ。
個人的には、問題ないし仕事で部署異動もあるんだろうから仕方がないとは理解したけれど、どんな任務なのだろう?軽い気持ちで聞けば、しばらく城を出たり入ったりをせねばならずずっと自分を守り続けることが出来ないために一時的にではあるが護衛任務を外させてもらったのだという。


一時的という言葉に少しだけほっとする自分がいた。やはり常に身近にいる人間だ、最初からなじみのある顔の方がいいに決まっている。
すでに上の許可は得ていると言ったセペドは、同じ騎士であろう一人の男を紹介してきた。


「やぁ、はじめまして。俺はディ・ラーディンと申します。本日から代理で貴方のことを護衛することになりました。どうぞよろしく」


「水樹蓮人と言います。よろしくお願いいたします。」


「奴は、性格こそ不真面目に見えるだろうが、腕は確かだ。不満があったら変更も辞さないからすぐに言え」


「同僚に対して酷い言い草だと思わないか?こいつ女に対してもこんな感じなんだぜ?だから陰でどんなに好かれようとも縁談の話まではいかないんだ」


「口を慎め。縁談なんてどうでもいい。所詮最終的には家繋がりの話で押し付けられたりするんだからな。うんざりだ」


「はぁ・・・頭まで筋肉になっちゃうと顔が良くても残念だよね。水樹のこと蓮人って呼んでも大丈夫かな?」


「いいですよ。俺も堅苦しい関係は苦手なので、そうしていただけると助かります。俺もディと呼んでも?」


「是非とも!」


紹介されたのは、セペドの同僚でもあり別の部隊の頭であるディ。
セペドとはまた違う柔らかい雰囲気でにこやかに笑う人だった。
淡いクリーム色の金髪で、金髪をこんなにマジマジと見れるのも初めてだったので凝視してしまった。
失礼かと思ったが、二人は俺をよそに口喧嘩を始めてしまっていてこれは二人の通常のやり取りなんだとセペドの違った面が見れて少し嬉しかった。


そうして、ディが紹介された日からセペドは本当に城から旅立った。
その日は照り付ける太陽が砂漠を焼き尽くし、吸い込む空気さえ茹る天候の中、最低限の食料と武器、火傷をしないために外套を羽織って足早に旅立っていったのだった。


「たった一人で。実家に不幸が出来たとかかな・・・?」


「いや。討伐に行ったんだよ。すぐ帰ってくるさ」


「え、でもたった一人で危険じゃないの?」


「蓮人。お前はまだ奴の本気を知らない。あいつは国で誰も勝てないって言われた魔剣士なんだ。心配いらないさ。それにこれはあいつが行きたいって言いだしたことなんだぜ?」


どうやら、彼は別にすぐに討伐しなくていい魔獣を自ら上に願い出て今回出て行ったそうだ。
本来であれば、優先順位的にも俺の護衛の方がよっぽど大切なため護衛の変更は難しかったらしいのだが。


「まぁ、あいつが言っていないんなら知らないでいいんじゃないか。でも、セペドの行動はあんたのためだってことは知っておいた方がいいかもな」


「俺の?」


「そう。そのうち教えてもらいな」


そうして茹だる灼熱の大地をもう一度見つめると、足跡が続くだけで、もうセペドの姿は見えなくなっていた。





半月ほど経ってセペドは戻ってきた。
外出した時と同じ格好のまま、少々砂と汗で汚れてはいたが討伐は無事に終えたようだ。
戻ってそのまま俺の部屋にやってきたのであろう、俺は久しぶりに会う護衛騎士へ労いの言葉を投げかけるとともにピタリと固まった。


「いや、セペド。そんな気はしていたが少し待ってほしい・・・」


「待たない」


「いや、ちょっ・・・!!!」



そのまま壁に押し付けられ、服をたくし上げられる。
嫌な予感がしたのは、彼があの時と同じく手には袋が握られていたからだ。
とりだすのはやはり血に塗れたラムルアペプの鉱石。ぬめりとした冷たい感触と血のにおいが鼻をつく。
赤い瞳に見つめられ、戸惑う間もなく俺の肉体はビクンと跳ねた。


熱を持った魔石を無理に押し付けられ、肉体を開かれていく感覚。呼吸の仕方を忘れ熱く鈍痛が全身を覆い膝が笑ってしまう。ずり落ちてしまわぬよう体を支えながら押し付けてくる二の腕。その気遣いがあるならばせめてイスに座る時間の優しさを見せてほしかった。俺の体をすべて包み込んでしまえる肉体が男らしく見下ろされる赤い瞳に頭がくらくらとする。


「ぁ・・・・、はぁっ・・・・!!!せめて、早く終わらせて・・・く、れ」



「はぁ・・・。これ以上の速さで融合すればお前の身体が持たないんだ。」


「くっ・・・そが!!」


蟻地獄に落ちる虫だってもう少し早いぞって言ってやりたいほどに、俺の肉体の心配をしてゆっくりゆっくり慎重に魔石を沈め込んでいく。完全に膝の力はなくなり、壁とセペドに寄りかかる状態となってしまったままそれは続く。神経のすべてが心臓とセペドの指先に意識がいって、頬から顎へ伝い床へ弾けたそれも。互いの魔力の反発の苦しさでセペドが俺の首筋に顔を押し付け荒い呼吸と共に耐えていたのも気にならなかった。呼吸すら融合したかのように熱さで頭がくらくらして回らない。
ただ終わるまでの間目の前の肉体にすがって耐え忍ぶほか手段がなかった。だから、身体を支え持つその肉体も呼吸も時折見つめ下ろされる赤い瞳も安心感はあれど、恐怖感は浮かんでこなかった。



「あんたが何考えてたかは分かるけど、わからない」


「?」



二度にわたり無理やり体内に異物を融合され、強制的に生命力を上げられた俺はキレた。
呼吸もままならないままセペドに抱きとめられた状態を改めて思い出し、目の前の胸筋を殴りつけたがビクともしなくて余計に腹が立った。
俺のためを思ってきっとラムルアペプの討伐に行ってくれたのだろうということは、何となくだが察しがついていたし、帰宅して魔石を持ち帰ってきたと思った時には確信したが。


「俺の意思ももう少し大事にしてほしいかな」


「だが、意見を聞けばお前は断るだろう・・・?」


「・・・それは」


ぐっと言葉に詰まる。
死にたかったわけじゃない。たまたま都合のいい機会だったからあげただけ。
自分の命が活用され、喜ばれて、誰かの命を何人も救うと言われたならただ安穏と生きていた己の人生より有意義な一生になるのではないのかと思っただけなのだ。
でも、結局これは言い訳で、俺の独りよがりで偽善で死に急いでいるだけなのだ。


期待に応えられない自分が怖い。
周りの優しさが怖い。


そんな自分を生かす術。でも結局他の命を貰っているに過ぎない。
食事のように吸収し、命を食らう。それが出来てしまう自分に戸惑いを隠せない。




「俺たちの国はお前に頼るほか方法がない。そして、お前は命を削る。そんなお前を救う方法が僅かばかりでもあるのならば、使わない手はないだろう・・・?」


「セペド・・・俺は・・・」


自分の胸元をさする。
指先に伝わる鼓動。言いようもない不安がせぐりあげ全て吐き出してしまいたかった。






月が満ちる晩。セペドは砂漠の崖の下で一人焚火で暖を取っていた。
最初に思いついたきっかけで、こうして何度もラムルアペプの討伐に出ている。
出現記録を地図に記載してひたすら出現した場所へ飛んでいく。そうして討伐してはすぐに城へ戻り蓮人へ魔石を届けている。

最初に倒れ城に戻った際、俺はすぐに宰相のもとへ飛んで行った。
蓮人の能力のこと。知ったうえでさせていたことなどを問い詰めた。
宰相テピイ・ナジーブは胸倉を掴まれても恐れをしらない姿は流石というべきか。こいつは見た目は優しく振舞っておいて王の代わりに手を汚すことを過去に何度も平気でやってのけているのだ。


一人の犠牲で多を生かせるのならば、国としてはそれ取る。その考えは理解はしても理性は納得したくなかった。基本兵だって所詮は使い捨ての駒である。王族を守る為なら喜んで盾となって戦場で死ぬのは誉である。だが、彼は忠誠を誓った騎士でも何でもない。この国の人間でもないのだ。


「それを知ったうえで利用するのか!?」


「感情論では話になりませんね。過去にこのやり取りは蓮人様と一度行ったうえでご本人の了承もすでに済んでおります。お引き取り願いたい。勿論この能力を知っているのは王を始め一部の上位貴族と魔法師達だけです。安易に周囲へ不満を漏らさぬよう他言無用でお願いいたしますね。」


そう、知ったうえで国は動いている。
目の前の結果だけはたった一人の男の手にどうすることもできない状況なのだ。
蓮人がそれを受け入れたのならばなおのこと。
なのになぜこんなにも悔しいのだ。握った拳は何に対する怒りなのだ。
セペドから解放された宰相テピイはやれやれと言った表情で胸元を正しあきれ顔で俺を見下ろしていた。


「・・・わかった。ならば少しだけ護衛騎士の任務を外れることと、城から離れることを了承してほしい。頭を冷やす時間をくれ」


「わかりました。ならばその間の護衛の選出は貴方に任せましょう。報告はその時に。」


そうして、宰相から許可を得て俺はラムルアペプ狩りの日々が始まる。
名目上は治安のためということではあるが、同僚は宰相とひと悶着があったことを知っており何も言わない。
倒してはすぐ戻り、倒してはすぐ戻る日々。
蓮人が緑化を行ってきた後は、顔色の悪さに思わず布団にぶち込んだ。そして嫌がる彼に何度も無理やり魔石を使う。己自身が討伐の危険を冒してまですることなのかと目で睨まれることはあれどはっきりとした言葉もなく。もう何度目かになろうこの行為すら決して慣れることはなかったが、僅かでも彼の命が一日でも伸びるようにと願った。



分厚い雲が月を覆い、あたりはより一層暗黒となり、焚火の中で燃える木々が乾いた音をたてるだけで何も聞こえない。この少し先へ進んだ場所にラムルアペプが多く出現すると噂にある岩穴がある。
穴は深く大きく、複数体存在してもおかしくはない場所だ。そこへ討伐へやってきたのが昨日のこと。
姿は噂通り確認でき、今晩仕留める予定だ。
昼間の方が視界もよく、討伐しやすい面もあるが、逆に今回は複数体だ夜の方がいい。
昼間はどうしても照り付ける灼熱と照り返しの大地の熱、ラムルアペプ一体相手にするだけでかなり体力を消耗してしまう。夜は視界を頼ることが出来ないが、音と気配にさえ気を付けていれば討伐は容易だ。
奴らは火や電気に耐性がある。よって俺の得意な火の魔法はあまり役には立たない。


大穴の入り口で生乾きの葉を燃やす。風魔法でうまく穴の奥へ煙が充満するように誘導しその時を待った。


オオオオオン。ゴオオオオンと地鳴りが響く。


砂が盛り上がる音、ざらざらと流れ落ちるそれは三体や四体ではない。
引きずる音と共に闇から怪しく光る目だけがぎょろりとこちらを覗く。


(8体か・・・・)


流石に冷や汗が流れる。
闇の中に光る8体の巨大な目がこちらを覗く様は、地獄の窯を開けてしまったかのようだ。
一斉に風を切り襲い来るのをかわせば、焚火は飲み込まれ一気に闇と化す。
剣に炎をまとわせ光源の役割を果たしながらあたりを見た。


一度襲い掛かったものは砂に潜り、いつ足元から喰われるか分からない。
近くの岩をうまく使いながらなんとか大穴の壁に登り立つ。
月明かりがない闇の中ではっきりとはわからないが、地面が波打っている。
それは強風に飛ばされるそれではない。
間違いなくその下に生きる強者たちが振動を頼りに今か今かと獲物を待ち望んでいるのだ。


魔法で数メートルはある巨大な槍を複数作り出し地面へ広範囲に突き刺した。
大小さまざまに、深く浅く。そうしてその氷の槍たちに向かい雷を流していく。


魔法で生み出した俺の氷の槍は簡単には破壊されない。
当たった雷は氷の柱を伝い砂の中へ伝えていく。
焦らず、時間だけが過ぎる。


そうして、一本の槍に雷を打ち下ろしたとき奴らの口は開いた。
その口が槍を数本、砂と共に飲み込んでまたずるりと砂の中へ潜っていく。


(させるか・・・!)


潜りきる前に俺は岩を蹴り、その頭へ向かって刃を突き立てた。
硬い皮膚が、赤い血しぶきをあげて炎をまとった剣を飲む。
噴き出したそれが全身を真っ赤に染めようとも柄を押し込むようにしてとどめを刺す。
痛みにつんざくような轟きをあげ周囲の地面からは身体と尻尾をのたうちまわらせながら姿を現したそれ。

なんと巨大な姿なのだろうか。もはや一つの町を覆ってしまえるほどの長さ。
ぬめる魔獣の血液に振り落とされそうになるも何とか息絶えるまでしがみつき、何とか一匹を討伐したのだった。


そうして、一体一体と八体を討伐しきる頃には、魔力も体力も底を付いていた。



(流石に・・・疲れたな)


剣についた赤黒い血を振り払い鞘に納める。
全身は真っ赤に染まり、腕で顔を拭ってもあまり意味はない。
脚が棒になりそうなほど消耗した肉体も、地平線から顔を出し始めた輝きに少しだけホッとする。
倒した惨状から魔石を掴みだし、袋に詰める。急いで帰らないとなと油断していたのがいけなかった。
岩にほんの少しだけと腰を下ろした瞬間に、それは口開いた。



(!?もう一体隠れていたのか・・・・!!)


一瞬の隙であった。
状況を確認するまでもなく、日が差したはずの視界は一気に暗黒の世界へと飲み込まれたのだった。





両手をかざした太陽がまぶしい。
赤い砂礫が舞う。それを反して空は青く高く澄んでいる。
蓮人は、今トマル地方のひび割れた大地に立っていた。

ペルメル王国の東側に位置するこの場所は、農牧を主要とした街であり、家畜から取れる乳や加工品、毛皮から作られた服飾品など家畜と共に成り立っている町と言っていい。

ここに来るのに馬車で数日、滞在期間4週間。
蓮人は町の畜産の話を聞きながら少しずつ自分のなすべき仕事を行っていた。


ここ最近大幅に減っていた自分の生命値による悪影響が出ていた体調の悪化は認めよう。
その加速を遅らせてくれたのは奇しくもセペドであった。
運動不足と思われていた息苦しさや身体の不調も、睡眠不足なのかと回らなかった頭も自分よりあの騎士は見抜きその塞き止める方法を考えていたのだ。
無理やり組み敷かれ心臓に埋め込まれる魔獣の鉱石。
始めは何を血迷ったのかと焦ったものの、話を聞けば己のために行った善意を無下にもできず。

そうして最近は、せっせと子に餌を運ぶ母鳥のように。国を困らせる大型の魔獣の一つであるラムウアペプ狩りに出ているわけだ。狩ってはすぐ戻り、また狩りに行く。血まみれで城に現れてすぐに討伐しに行く姿のせいで最近は城の人間達からは国一番の魔剣士の他に【アペプ狩りのセペド】【血濡れの魔剣士】【赤い目をした悪魔】などなど変な呼ばれ方をされ始めている。

狩ることで被害が減るのは良いことである。だが、あまりに狩りすぎていてこちらとしては正直引いていた。何せ、一匹に対して得られる俺の生命値はラムルアペプの大小に関わらず数値は1。緑化で大幅に削ったあとも何とか続けざまに倒れずにいれるのは彼のお陰なのだ。当初、地図上で見た砂漠化も現地に行けば話に聞いていたより酷い場所が多く、正直俺の最初の生命値だけではとても補填できなかったであろう。
ラムルアペプの命を持って生かされていると言っても過言ではない今の状態になんとも言えない微妙な気持ちで俺は受け入れざるを得なかった。


(あんまり狩りすぎて生態系に影響が出ちゃったらどうしよう・・・)


もはや一種絶滅を目指しているのではないかという眼差しで討伐へ向かうセペドを見るとあの恐ろしい魔獣にさえ合掌をするしかなかった。どうか絶滅だけはしてくれるなと心のどこかで不憫にさえ思い始めている。


それはそれとして、問題は俺の生命値と魔石の融合である。
血に濡れた魔石と俺の肉体、そして魔力を施して融合させていく。
身体に異物を飲み込ませる行為は何度も行っても慣れることも鍛えることもできない。
多少の違いがあるとすれば持ってきた魔石の大きさによって飲み込む時間はそれだけかかるということだ。むずがゆく肌を滑る赤いアペプの血液と互いの汗、熱と圧迫感の鈍痛は激しく体を悶えさせた。
それは夜に行われ、昼に行われ、城の廊下で戻りを出迎えた際には人気のない空き部屋で行われた。
埃積もる暗い部屋。砂の匂いと汗と血の匂い。男二人の吐息と熱だけが時間をかけ刻み込まれていく。
崩れ落ちぬよう背後から抱きかかえられながら融合を行う際には、もはや体に覚えさせられた苦しさも太い腕に縋るしかないことを知っていた。


何度も何度も昼夜問わず融合を行われ、近頃では一人でいる時さえその感覚を感じてしまっていた。
胸から侵入するそれ。全身を駆け巡り身体を震えさせる。耐え切れず喘ぎ漏れ出る小さな悲鳴も。抑え込まれた肉体に任せその終わりを待つしかない。
胸元の服を握りしめ、俺は熱を帯びた己のそれを見下ろし、見て見ぬふりをした。





城に戻った蓮人と護衛騎士のディ・ラーディンを始めたとした騎士達および文官はそれぞれ報告を行い互いの部署へ戻っていく。蓮人は早々に風呂へ入らせてもらい、少しの疲れを全身に抱きながらあてがわれている部屋のベットへ寝ころんだ。卓上には入浴の間に侍女が置いて行ったのだろうイチジクやナツメヤシ、柘榴などの果物が木の蔓で編み込まれた籠に入っておいてある。
柘榴を一つ手に取りその実を割れば零れ落ちる赤い宝石。
掌に散らばるそれを口に含めば酸味を帯びた果汁が舌の上を転がり喉の奥へ流れ落ちた。
甘い果物も好んで食べたが、この国で取れる柘榴は出来が良く蓮人は好んでそれをよく口にした。

だらしなく寝ころびながら口へ落とす宝石は、透き通り、滴る血を飲み込むように映る。
赤い魔石を何度も体が喰らい生きながら得ているこの身が命を欲するように、似たその赤い宝石を口にする。まるで故郷で語る血を吸う魔物のようだと自傷気味に笑いながら舌はその喉を動かした。


「入ってもいいだろうか?」


「どうぞ」


ノックと共に入ってきたのは代理護衛騎士のディである。
ディも外出時よりは少しだけ落ち着いた服装に着替えており、簡易的に腰に剣を差しただけになっていた。
ワインとファイアンス製の器を二つ持ってきた。
珍しい器だったからと青い装飾を施された器はディの瞳と同じで、金色の塗りが合間に差し入れられ、高級感を思わせる。
帳も下りたとはいえ勤務中に護衛対象と酒を酌み交わすなど、セペドが見たらまた喧嘩になりそうだと思ってしまうが最早これは蓮人にとってディと二人で風呂上りに楽しむ一つの団欒となっていた。テレビもスマホも無く、特段趣味もない蓮人にとっては仕事以外はやることがない。読書も趣味の一つではあるが、娯楽のための読書というよりは現時点では仕事に使える事柄を探すことを主体としてしまっている。
そんな俺の暇を気にしてくれたのか、息抜きにこうして夜空いた時間を使ってくれているのだ。
ワインは得意な方ではなかったが、この国では水よりワインの方がよくお目にかかる。
日本人の俺とは身体のつくりが全く違うようで、昼間から水のように当たり前に彼らはワインを浴びた。

けれど、酒は酒だ。
酒豪でもない俺は数杯器を傾けていれば当然酔ってくる。弱い弱いとからかわれたのは記憶に新しい。
そうしてたわいない話を酒の肴にして俺たちは一日を終えるなんてこともよくあった。
タイガーナッツやチーズ、ドライイチジクなどをつまみながら、今日もやれ過去の失敗談がどうとか、ディの告白失敗談など、異世界から来た俺を特別扱いもしない彼との会話もセペドとはまた違った小気味良さがあったのだ。


「なぁ、蓮人さ。あいつとはどこまでいってるんだ?」


「?意味を図りかねるが・・・どういう意味だ?」


「城のあちこちで噂になってるぜ。異世界からやってきて命を生み出す彼の人は、国一番の護衛騎士に股を開いてるってな。隠しようもない噂の風はそのうちお前の耳にも届くかもな」


「は・・・」


酒が入り、遠慮も無躾さも普段の倍以上になったディは蕩けた目線で俺を見た。
口角を上げ明らかに噂の出どころと同じ目線を向けていた。
どうやらセペドが必死に俺の命を繋ぎとめる行動も、突然男二人が空き部屋へ姿を消す姿も誰かに見られていたというわけだ。そりゃあそうだろう。護衛対象なのだ、目立つその人物を誰も見ていないわけがない。
俺たちにとってはただ、必死にあがいている結果のこととはいえ、男二人が暗がりで呼吸音と喘ぎ声が聴こえてくれば誤解も生まれる。知らぬとはいえ影でそんなことを噂されているとは・・・頭の痛さはきっと酒の飲みすぎだけではないはずだ。


「んで?真実はどうなんだ」


「あれは・・・そういうんじゃない。ディも知っていたんじゃないのか。俺のために動いている行動だって言っていたじゃないか」


「いや、詳しくは知らない。でも蓮人のためだってことぐらいは傍から見てもわかりやすい。わざわざ上からの任務を外れたいと言ったのもあんなに必死に行動する奴を見るのも初めてだったものでね。興味もわくさ」


グイっとワインを一気に飲み干し、彼は器を置いた。
舐めるように俺のむき出しの首筋から鎖骨を眺め目を細める。


「女の誘惑になびかず一時は不能かとも思っていたが、こういうのが好みだったとは意外だった」


「いや、それは本当に勘違いだ。俺は男でセペドとの間には何もない。俺の体調を心配してやってるだけの行為に過ぎない」


詳しく弁解したくとも言えなかった。
セペドに口止めをされていた。
俺の生命値を削り国の緑化を進めている真実を知る者はセペドと国の王、宰相、一部の貴族、魔法師達しか知らない。異世界から来たとて青年の人間ただ一人に人柱のような真似をさせるという行いはあまり知られない方が良い。して、その命を削りながらひたむきに国に奉仕する中、減り続ける命を少しでも防ぐ方法が見つかったと知られればどうだ。悪用されかねないとセペドと俺の二人だけの秘密となったのだ。

俺の生命をどんなに使い減ろうとも、減った分をセペドが補うように魔石を持ってきていることもすべてが終わらぬ前に知られれば碌なことにならないだろう。そう早い段階で俺の口をセペドが閉じたのだ。事実、兼ねてより内情を知っており、削る命による体調の悪化を心配していた輩も、最近の体調の回復傾向に喜びとは別に何か体調悪化を塞き止める秘策でも見つかったのかと興味本位で聞いてくる魔法師達はいる。その為曖昧な弁解にしかならず、余計に疑惑を生じさせるだけにしかならない。


「まぁ、あいつのことだし何か口止めをしている真実はあるんだろうが。俺は別にいけると思うあんたなら」


「な、に・・・?」


まどろんだ瞳が潤んで海を抱えた瑠璃色は、吸い込まれるように俺の首筋へ口づけた。
温かく湿ったそれが鎖骨を滑り青白い肌の窪みに花を咲かせる。
ぞわりと背中から落ちていく蓮人の震えをよそにディの乾いた指先が、上着の前をたくし上げ肌の頂きを撫でつけたところで俺は拳を振り下ろした。


「酔ったならさっさと寝ろ。俺を女と見間違うな!」

後頭部を思いっきり殴られ俺に覆いかぶさる形で倒れ込んだ男は酒が脳まで浸かり、瞼の裏の世界へ旅立っていた。
正直近くに鈍器があったらもっと危険な惨状になっていたかもしれないと思いながら、意識を失った彼を床に転がして片づけは明日床でつぶれているこの男にやらせようと思い立ち布団へもぐりこんだ。



翌日、後頭部が何だか痛いと渋い顔をして後ろからついてくるディを細い目で見つめながら図書館で読書に勤しんでいれば、文官の一人がこちらに向かって小走りにディに伝令を伝える。
先ほどのふざけた顔色から一転して仕事の顔つきに変化し、早急に次の支持を伝える。
何事かと俺も手元の本を棚へ戻そうと立ち上がれば、耳がセペド・アイヤーシュが姿を消したという言葉をとらえた途端、貴重な文献をバサバサと足元へ落としてしまったのだ。


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