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暗い部屋。響き渡る足の音は、その部屋の広さを表している。
その足は、職人の技が込められた煌びやかな宝石と黄金の椅子の前で足と止める。
椅子に縋りつく形で、座る者へ何か言の葉を発していた。
その表情は悲しげなのか、喜びなのか。
愛おしさなのか、絶望なのか。
薄暗いその広い部屋で静かに響く啜る涙の意味を知る者は、向けられた相手以外では、天井の窓から覗き込む白い月だけが知っていた。
翌日。俺たちは王への謁見を命じられた。
俺だけではなく、セペドもである。
昨晩は混乱しており、ニルミーンの話のあとにそういえば相談は宰相にも行っていたことを思い出した。
だが、ナジーブ宰相であれば公爵の事件の時もあるため、面倒ごとは避けたいはず。重大性をみて他に漏らすことはしないであろうという判断ではあったのだが、王には報告したため呼び出されたのであろう。
実を言うと、蓮人が国王に謁見するのは二度目であった。
一度目はこの国に召喚されてしまったすぐあとのことである。
この国の王族というのは現在のレルアバド・ペルメル王のみであり、兄弟もおらずまだ婚姻すら行っていないとのことだ。
王の両親である先代はすでに病気で亡くなっているとは最初に聞いた話だ。
(どういう人なんだろうな・・・)
ふと、蓮人は思った。
この国のしきたりなのか、国の頂点に立つ王は、よっぽどのことが無い限り声を聴くことも姿を見ることもできないのだという。蓮人が一度目に謁見の間で見たものは、王のシルエットのみであり王の手前には日本でいう御簾のようなものが下げられており顔を拝むことは叶わない。言葉も全て事前に決められていたことを宰相の口を通して受けるのみで王の声が高いのか低いのかさえ蓮人は知らない。
けれど、そのやりとりは日本人である蓮人にとっては昔の天皇制度に近いものを感じたため特段不満も何も感じはしない。それほどにこの国の王というものが重要な位置にあり、民にとっては雲の上のような存在なんであろうと思った。
謁見の間に入る前に、文官からおおよその流れを聴いて失礼のないようと言われる。
どんな言葉を言われるかが不安であったが、セペドを実験したいとか言うような酷い人間でないことを祈るしかない。入り口前の扉には最小限の兵たちが警備をしているのみで普段廊下を忙しく歩く文官たちも今は居ない。きっと人払いをされて会話を聴かれないようにという指示があったのだろう。緊張と不安で唾を飲み込んでその大きな扉に俺は手をかけた。
「・・・セペド、入るよ」
「ああ」
セペドは流石はこの城に俺より長く勤めているだけあり、緊張感は感じられない。何度も似たような状況で王命を受けたことがあるのであろう。そういう人物が隣にいるだけで今回は蓮人自身もそこまで強ばることが無いのが救いであった。
扉の向こうには宰相と王の二人だけがいた。
玉座に座っているだろう姿形だけが見える王の斜め前に立つ宰相。
玉座の手前まで歩いていき静かに二人でこの国に沿った作法で膝をついた。
テピイはそれを確認したのち、手元にある書類を掲げながら、王の言葉を届けるのだ。
「王は国そのものであり、その言葉を直接届けることは出来ぬ。よって今より、宰相テピイ・ナジーブの言葉は王の言葉であると捉えよ。返答も全てだ。謹んで聞くように。」
「はっ・・・・」
「して、今一度セペド・アイヤーシュの生命力の値が異常に高いという報告であったが、改めて王に状況を説明してほしい。」
「は、セペドと自分は王命により指定地点の緑化を行っていたところです。今回向かった先は、ハズク村。予定通り緑化を終え報告ののち城へ戻ろうとしたところ魔物の気配を近くに感じ、討伐に向かいました。空井戸の底には巨大な虚があり、そこが魔の巣となっていたようです。セペドに討伐を依頼し討伐自体は無事に終えたのですが、その後、自分の視たところによれば彼の生命値は人間のそれを遥かに超えた数値となっておりました。これが私の知りうる情報です」
「魔剣士はこの報告で間違いないな?」
テピイが問う。異論はないと魔剣士はうなづいた。
「はい。異論ありません。特段普段から常に気にして視ていたわけではありませんので確証はありませんが、今回のアペプの討伐以降生命力が上がったのであろうと蓮人と二人で推測しております」
「そうか・・・。」
蓮人とセペドから報告を再度聞いたテピイが眉間にしわを寄せ何か考え込む仕草をする。
王は御簾の向こうで微動だにもせず、こちらを見下ろしているようだ。
改めて目の前でこうして直接話を聞きたいということは、その内容に興味があるからだ。
しかし、どんな言葉をその後紡がれようとも今の俺にはどう切り抜ければいいのか方法を考えあぐねている。
「して、その寿命は」
「万をゆうに超えております。」
「なんと・・・そのような数字が人間に起こりうるというのか・・・」
セペドの短い回答に目を見開き、あまりの衝撃的な数字に額を抑えながら一瞬よろめくテピイ。普通の反応であろう。一万年を軽く超えて生きる人間などそれはもう化け物と同じである。
王がいる前で勝手に発言することは許されないので、蓮人はすでに内心不安の嵐であった。
「王は、兼ねてよりお身体が弱く世継ぎもおらぬ。この国を導いていくためには王はまだまだやるべきことがたくさんあるのだ。よってなぜその数値になったのか心当たりはあるか?水樹蓮人、並びにセペド・アイヤーシュ心当たりがあることを全て述べよ」
目の前に本人がいるというのに、会話は全て宰相を通すという奇妙な光景だ。
ある程度の問いや答えもテピイに委ねられているのであろう。それほど宰相の優秀さもあるだろうが王と宰相の信頼関係が見て取れた。
「はっきりした答えはまだ不明です。ですが、可能性がある己の行動を考えるならば魔獣の血と瘴気の浴びすぎであろうと考えます。」
「同じく。」
「そうか・・・。それでは難しいな。」
「・・・・・」
難しいというテピイの言葉をそのまま受け取るのならば、その方法を使い、ペルメル王が寿命を延ばすことは難しいということであろうか?
呼び出した以上ペルメル王が生命を延ばしたいという考えなのは明白である。御簾越しであるので現時点での国王の生命値があとどれぐらいなのかは不明であるが、きっと身体の弱い己を脱しもっと長く健康に生きていたいという考えなのだろう。その為に自分たちにその現象の方法を問うている。
蓮人の生命力を延ばす方法は以前、公爵の事件があった時点で上には報告が上がったはずだ。
けれどこの蓮人の肉体のように大量の魔石を無理やり心臓に融合することは特殊案件であり、この国の民には到底出来ぬことであるとニルミーンも言っている。つまり同じこの国の民であるセペドが起きた現象なら国王にも適用が効くと思ったのであろう。だが、セペドの方法は生きたアペプの血やその場の魔獣たちの瘴気を浴び続けたために偶発的に起きたもの。確実に寿命が延びると確証も無ければ、もともと身体の弱い国王が危険な魔獣のいる場所に行って生命の危機を冒してまで出来ることとは思えない。だからこそ渋い顔を宰相がずっとしているのだ。他に国王の助けになる方法は無いのかと。
「国王はそんなに身体が弱いのか・・・?」
「ああ、聞いたことがある。もともと姿を見せないことや言葉を発しないことは王族の伝統ではあるが、今代のペルメル王は幼い頃より病弱でな。外交や民の町がどうなっているか視察に行くこともできん。砂漠を超える体力が無いからな。そして先代ご夫妻も早々に病で倒れ、ご兄弟も奥方も居らず、お子もまだ成すことすらできていない。そりゃあ焦るだろうな・・・」
「なるほど」
元々召喚してからこの国のおおよそのことは、文官たちより教育の一環で教えてもらったりしたことはあれど、王様の事情などまでは詳しく知らなかった。耳元でこっそり隣で同じく膝をつくセペドに聞けばその内情を教えてもらった。
自分自身には一生できない悩みであろう。
王族と平民の違い。王族には王族なりの重圧があり、婚約や子を成すことにも義務が生じる。
国王が絶対的な国の存在であるならば、その血筋も絶やしてはならないと焦ることであろう。けれど、それに群がる者達や反対派、中立派などにも目をやらねばならないなか、刻一刻と時間だけ過ぎるということはやはり何としても得がたい力は欲しいものだ。
「蓮人よ。一つ聞きたいのだが」
「はい、なんでしょうか」
「其方の招き人による力で、自分の生命力を肉体から切り離して緑を息吹かせることが出来るが・・・・・弄れるのは己の生命力だけか?」
「・・・・・それは」
宰相の口から王の言葉として質問を受けたのは、昨晩まさに俺とセペドが向き合った事実である。
蓮人自身だけではなく、それはきっと他人の寿命すら弄れてしまうだろうと。
自分たちが可能性を見出したくらいなのだ、目の前の有能な男の目を誤魔化すことは出来ぬだろうと素直に口を割る。
「可能性としては出来る、と思います。ですが、まだ行ったことはないゆえ断言できません」
「ならば、まずこの場で魔剣士から其方へ生命力の移行を試してみせよ。」
「・・・・・」
「どうした。王の前ぞ。」
王の御簾の前より隣に立つテピイが目を細めながら問う。
冷酷・冷徹と城の中で呼ばれる宰相は、顔のつくりも人形のように美しく目も見透かすような紫色の瞳を持っていた。そのためこうして語彙を強められながら見下ろされると威圧感しか感じない。
背筋がぶるりと震えながら隣を横目で見れば、同じようにセペドはこちらの瞳を捉えいつもの表情を崩さずにいる。
「蓮人。何も恐れなくていい、たかが100、300と命を削られても何も変わらん。」
「・・・わかったよ」
別に全ての命をよこせと言われたわけではない。
己の不安や恐れがセペドには伝わっているのか、察しているのか。彼はいつだって自分の欲しい言葉をくれる。
本人の了承を得たので、俺はセペドと向かい合い彼の心臓に一番近い部分へ手を置いた。
その膨大な生命力から感じる数値を掌で感じ、そこから50試しに切り取れるイメージを持ち魔力を彼に注ぐ。
「っ・・・・!」
手の中に感じる確かな感覚。自分自身の温かさでないもの。
セペドは眉間にしわを寄せ少し違和感を感じたのか、痛みを伴ってしまったのか頬と首筋には汗が滲んでいた。その掌で切り取った輝きを己の心臓へ導いて融合を試みる。
普段、他人からされていたそれとはまた違う感覚。他人の魔力を物理的に入れる。普段から微弱に彼の魔力は馴染ませていたとはいえ、やはり莫大な生命値を己の中に受け止めるには負担が大きい。心臓は悲鳴を上げ、身体が痺れる。それに伴い熱く汗が背中を伝ったが、王の前の為必死で奥歯を噛みそれを耐えた。
口の隙間より漏れ出るそれを抑え、荒い呼吸だけ何とか繕う形で向きなおる。
肩で呼吸をしながら瞼の裏を見れば、己の生命値は先ほどよりも50増えていた。
「っ・・・。移行、できました。同じようなやり方であれば、自分を介して王へお渡しは可能かと・・・」
「おお・・・!!そうか!よくやった蓮人。では早速その移行した生命力を王へ!」
「・・・ペルメル王。発言をよろしいでしょうか。」
「許す」
王の代わりにテピイが声を発する。
「お渡しすることは可能です。ですが、お渡しできるのは今回の50年のみ。申し訳ありませぬが、これ以上の移行はお身体の弱い国王にもセペドにもどんな不調があるかもわかりませぬ。どうかお許しください。そしてどうか、どうか悪用されぬよう他の貴族たちに知られぬようにお願い申し上げます。」
「・・・・・分かった。其方の言うとおりにしよう。あとで正式な書面を私が記しておこう」
「ありがとうございます」
王に条件を付けるなど首をはねられてもおかしくはない。けれど宰相の口から伝えられる言葉が王の言葉であるならば、寛大な心を持った方だった。怒ることもなくそれは受け入れられ内心ほっとする。もとより可能性として王から謁見の話が出た時点で言うつもりだったのだ。自分のようにセペドも人体実験などされてはたまらない。あの苦しみと絶望の部屋を彼にも味あわせたくはなかった。
人間は一度手に入ってしまうと更なる欲が生まれるもの、そして欲は次第に人道的な行いからも外れていくものだ。自分の身で体験した蓮人はよく知っている。
宰相が書面としてきちんと記して残してくれるならば安心である。そうと決まればさっさとこの体内の生命力を王に渡して部屋に戻りたいなと頭の隅で感じながら蓮人はゆっくりと立ち上がる。
「ナジーブ宰相。生命力を王へお渡しするには、今ご覧になったような方法を同じように行うしかありません。よってそのお傍へ近づくことを許していただけますでしょうか」
「無論である。こちらへ」
テピイは後ろの御簾の向こうにいる人物へと導いた。蓮人はその本来であれば踏むことすら許されない王への道を一段一段登っていく。
御簾の目の前へ上り詰め己だけが入ることを許された。
(ペルメル王は、どんな人物なのだろうか?)
直接相手の心臓近くに手を触れなければこの譲渡をすることは出来ない。
その為、御簾の向こう側の王の顔を初めてみることになるのだ。声すら全て宰相の口を通じて。
民は見ることすら叶わない人物。今迄のやりとりすらじっと動かずに玉座に座っていた相手。
「・・・失礼いたします」
その瞬間、夜のしじまに包まれたのだろうかと錯覚した。
境界線を越え、足元から石にされたかのような。
「蓮人。何をもたもたしているか。王がお待ちであるぞ。」
「ナジーブ宰相。自分には・・・・・できません。」
「何を言うか!?己の先ほどの言葉は偽りであると?!王に対し、己の望みを叶えてもらってそのお心遣いを仇で返すというのか?」
「違います。違います。宰相。」
「ならばなぜ出来ぬのだ!!!」
「蓮人。どうした」
流石に、予想外だったのか憤慨する宰相と階段下で静かに待つセペドですら蓮人のことを心配する声が聞こえる。それでも頭を振ってできないと言うしかない。今にも乗り込んできそうな宰相の尖った言葉が背後から聞こえてくるも、震える唇で言葉を紡ぐしか無かった。
「ナジーブ宰相。死者には・・・亡くなった人間には、生命力をお渡しすることは・・・できません」
一瞬の間。
時が止まったようであった。
己は目の前の現実を受け入れられずにいる。手で目を覆い、足元から崩れ落ちそうな身体を何とか持たせていた。さよう。目の前の美しい黄金の玉座には、国王の骨が座っていたのだ。
「なっ・・・・!」
後ろからセペドが衝撃を受ける声が聞こえる。
この国でそれなりの地位にいる彼ですら知らない事実を宰相は知っていたのだろうか。
いや、知らぬはずはない。だからこそ王の言葉を受けてこうして謁見の場を設けたのだから。
(もしかして、宰相が・・・?)
何も分からず、この事実にどうすればよいのか戸惑ってしまう。
そんな思考が止まった自分を他所に、この国の宰相は蓮人の発言に怒りを覚えている。
「不敬であるぞ!!王に対してそのような発言・・・!!いくら招き人であれど発言には限度があるというもの!わきまえよ!!!」
「宰相・・・・宰相は、知っていたのですか?それともお気づきでないのですか?」
「何を申すか!!!」
「・・・・・王は、もう」
どうすればよいのだ。どう動けば正しいのだ。
脚が地面に癒着して前にも後ろにも動けない。
馬鹿になった思考とは別に、ただの鏡と化した己の目玉は目の前の遺骨をただ写すのみである。
殺されたのか。寿命であったのか。そんなことは別にいい。
問題は後ろにいる宰相がまさか気が違えている可能性を蓮人はどうするべきかぐるぐる頭が回る。
(演技でもするべきなのか・・・?いや、正しく言うべきだこんな・・・)
目を瞑り、胸元を掴む。
どんな状況にせよ、このままではいられない。
「無礼な発言をお許しください・・・・認めたくないのは分かります。ですが、然るべき葬儀を。ずっとただ寂しくこの場所へ座らせておくのはあまりにも見るに忍びなく・・・」
「っ・・・・!もうよい。下がれ。」
「宰相!」
「下がれと言っている!二人とも部屋に戻ってよい。追って伝える。」
「・・・・・はい」
何か言いかけた宰相が、額を抑え静かに言葉を落とす。
その姿の前を一礼して階段を下りるしかもう蓮人には、どうすることもできなかった。
あとは形式的に立ち去り、その閉められる瞬間に残された遺骨と一人の男の、その後を案じたのだ。
自室に入った途端、頭を抱えた蓮人を誰が迫られただろうか。
あの場で叫びをあげて城の兵を呼ばなかっただけ幸いか。
「・・・・・出過ぎた真似したかな」
「いや・・・・・」
流石に知らなかったセペドにもまだ少しばかりの動揺が見て取れる。彼もどう言葉を出すか迷っているような表情をしていた。
この国は一体いつからこの状態なのだろう。
この状態をいつまで・・・続けるつもりなのだろうか。
宰相以外はどれだけ上層の人間は知っていたのか。一人だけで隠せるものではない。
いつから狂っているのだ。この国は。
昨日から怒涛の展開に苦悩する。
大きくため息を一つ床に吐き出してベットに身体を預ける。新しいシーツに変えてもらっていたのでお日様のいい匂いがする。こういうところは世界が変わっても変わらないものなんだなとどこか現実離れの思考をしてしまう。
何も考えたくないというのが蓮人の本音であった。
それほどまでに精神的に疲れてしまっていた。その行動を見ていたセペドは何を言うべくもなく、ただ黙って部屋の隅で護衛という名の置物に変わる。
「・・・まさか殺したりとかは」
「それはない」
「なんで、そう言い切れるの」
何となく零れてしまった思考の一つにセペドが反応した。
あそこでは答えを見出す余裕もなかったが、国王はなぜ亡くなっていたのか。その原因がもし宰相もしくは国王に近い味方の誰かに裏切られ殺されたのかという考えが浮かんだ。これを解答の正とするならば非常に危険であると思う。セペドも俺も。だが零れ落ちるはずだった言葉が言い終わる前にきっぱりセペドは否定した。
上半身を起こし彼へ問えば、少しの間を置いて視線を床へ落としたのち彼はこう言ったのだ。
「生前の王と宰相をずっと護衛時近くで見てきた。国王の表情を見たわけではないが、会話から感じるあの二人の雰囲気はそういう憎しみやただの主従関係のそれじゃなかった・・・むしろ別の」
「?」
「いや、俺が見たものが全てじゃないしな。俺が言うべきものじゃない。」
はぐらかされた気がする。
彼も頭の中でぐるぐるしているのか髪の毛をがしがしと搔きながらため息をついていて続きを聴くに聞けなくなってしまう。重苦しい部屋の空気が変わらないまま一刻も経っていない頃だったろうか。
蓮人の部屋へ訪れたのは、渦中のその人であった。
「あ、ナジーブ宰相・・・」
「・・・入ってもいいだろうか?」
「どうぞ」
そうして部屋にある椅子に腰かけたその男は、どうにも浮かない顔で眉間に手を当てている。
さきほどの無礼な物言いを改めて𠮟りに来たのだろうか。それにしては口を開いては閉じ、言いかけては辞めようと素振りを見せながらも小さく言葉を紡いだ。
「君たちは・・・その、私が気を違えているのではと感じたことだろう。どう思ってくれてもいいがまだ城の他の元たちには王のことは黙っていてほしい。」
「・・・・・」
彼は、膝に置いた拳を握りしめながら続けた。
「然るべき葬儀は必ず行う。だが、今はまだその時ではない。これは彼の・・・王がお隠れになる前に遺したお言葉の一つなのだ・・・」
宰相は、気が違えていたわけではなかった。
話によれば王が果てる前にいくつかの言葉を彼に託したのだという。それを王として叶えるまではどうか葬儀をしてくれるなと。それが王としての最後のあがきであるということだったのだ。
「今、民に知れれば国は混乱に陥る。兵も統率が保てなくなるだろう。だから・・・押しつけがましいのは承知で希う。どうか・・・口外しないでいただきたい。」
すっとその場で頭を下げる男に、蓮人とセペドは視線を重ねあわせる。
王の遺言を守るために目の前の男は、気が違えたと思われたとしてもずっとそれを守っていたのだ。
最後の王の言葉を。死してもなお彼ならば達してくれるだろうと。
(ああ、そうか・・・宰相は)
主従関係や尊敬などを超えた彼らの想いを蓮人は垣間見た。
それを理解してストンと腑に落ちる。
「宰相。どうか面を上げていただきたい。どのみち私は貴方を陥れようとも何も思っておりません。ただ先ほどは少しばかり驚愕してしまいましたが、理由を聴けば納得できます。心配しないでください、口外せぬことお約束いたします。」
隣の護衛の男をちらりと見れば、うなずき返してくる。
テピイは大きく目を見開いたのち、満悦の表情を隠さずにこちらに感謝の意を表したのだ。
その後、テピイはいつものように冷ややかな態度を取り戻し、蓮人とのセペドの処遇を守ることを約束した書面を置いて部屋を出ていった。
(逸脱し、人々から畏怖の念を向けられて生き続けることと、生は短くとも死してなおたった一人でも想い続けてくれる人がいることは、それは、どちらが幸せなのだろう・・・)
ふと、そんなことを蓮人は考えた。
宰相の出ていった扉をぼんやりと見つめ続ける蓮人を、隣で見つめ続ける男がいることを忘れて。
この国は、砂漠化が進んでしまう前から冬というものは存在しない。
基本的には一年中温かい気温で保たれており、砂漠化が進んでからは平均温度が上がったと聞く。
太陽の光を遮るものが何もなく、地面が常に露出しているため地が熱し茹だる暑さを生み出していく。
夜は、急激に冷え込み酷い時には氷点下まで温度は落ちた。地表から逃げていく熱を保つ森が無いためだ。
この温度差は、腹を空かせ、満足に栄養を取ることが出来ない幼い子供や灼熱の大地は年寄りを特に苦しめている。せめて緑いっぱいの国に戻せばあらゆる悩みも食糧事情も改善していくのだ。
ずっと身を粉にして命息吹かせる招き人の魔法使い。
そんな自分に、新たに宰相宮へ呼び出されたのは、王の謁見を終えた半月後のことであった。
「先日、貴方より頂きました紅茶。とても美味しかったです。本日はお礼に私のお気に入りの紅茶をお出し致しましょう」
「ありがとうございます」
以前宰相に送った紅茶とは、緑化をする上で立ち寄った街で購入したルイボスティーである。
街々を渡り歩く際に飲んだ紅茶が宰相がきっと好きな味であろうと購入したのだ。渡したときはあまり表情に変化は無かったがどうやらとても気に入ってくれたようだ。
宰相宮の客間で紅茶を入れてくれるその動作を見る。この国では紅茶と言えどティーパックというものは存在しない。使うのは茶葉をさらに粉にしたものを直接お湯で割るのだ。茶葉を茶こしを通して使うものが紅茶と認識していたために最初は飲みなれなかった。粉ごと飲み込んでしまわないかはじめは恐る恐るであったが以外にも底にたまり飲むときに邪魔にならないものだ。
そうして飲み終わるとカップに粉の塊だけが残る。味はほんの少し濃く感じる程度で現代のそれと大差はない。
あの一件があったからなのか、最近のナジーブ宰相はほんの少しだけ雰囲気が和らいだ気がする。
秘密を知られている相手だから緊張感を少しだけ解いているのか、それ以上に彼の心の奥にあったわだかまりが解けたからなのかは分からない。だが、こうして仕事上の話で呼び出される時ですら以前より棘が丸くなったと蓮人は感じている。
「それで?本日お声がけ頂いたのは、新しい緑化場所への遠征依頼でしょうか?」
「依頼と言えばそうですね。ただ今回は今までの場所とは違い少し特殊な場所でして説明を兼ねまして、こうしてご足労頂いたわけです。」
「と、いいますと?」
「今回お願いしたい場所は、以前行かれたトマル地方よりさらに北北東へ進んだ場所にあります。ルムアと呼ばれる砂漠地帯です。」
「ああ、あそこか」
「セペドも知っているの?あ、行ったことある場所とか」
セペドが後ろで反応をする。
振り返り見上げる蓮人の問いに、後ろで立つ男はこう答えた。
「知っているも何も、この国でその場所は禁足地とされている。」
「禁足地?」
「私から説明いたしましょう。その場所は砂漠化以前より国で禁足地と定めていた場所なのです。足を踏み入れたものは神の怒りを買うからです。砂漠化してからもそれは変わりなく足を踏み入れてはならぬと定めているわけなのですが・・・・今回、そこを緑を取り戻すだけではなく調査もしてほしいのです。」
「調査?何か気になることでも・・・」
改めて説明のために地図を指さしながら説明してくれるので、それを見つめながら淹れてもらった紅茶を飲む。癖もなく酸味も苦みも強くないとても美味しい紅茶だ。帰りに紅茶の品名を聞いておこう。
後ろにいるセペドにもせっかくなのでナッツやドライフルーツを渡したらモグモグ食べている。護衛とはいえ座って食べたらいいのに。
「地質調査と、その場所にいる魔物の討伐です」
その足は、職人の技が込められた煌びやかな宝石と黄金の椅子の前で足と止める。
椅子に縋りつく形で、座る者へ何か言の葉を発していた。
その表情は悲しげなのか、喜びなのか。
愛おしさなのか、絶望なのか。
薄暗いその広い部屋で静かに響く啜る涙の意味を知る者は、向けられた相手以外では、天井の窓から覗き込む白い月だけが知っていた。
翌日。俺たちは王への謁見を命じられた。
俺だけではなく、セペドもである。
昨晩は混乱しており、ニルミーンの話のあとにそういえば相談は宰相にも行っていたことを思い出した。
だが、ナジーブ宰相であれば公爵の事件の時もあるため、面倒ごとは避けたいはず。重大性をみて他に漏らすことはしないであろうという判断ではあったのだが、王には報告したため呼び出されたのであろう。
実を言うと、蓮人が国王に謁見するのは二度目であった。
一度目はこの国に召喚されてしまったすぐあとのことである。
この国の王族というのは現在のレルアバド・ペルメル王のみであり、兄弟もおらずまだ婚姻すら行っていないとのことだ。
王の両親である先代はすでに病気で亡くなっているとは最初に聞いた話だ。
(どういう人なんだろうな・・・)
ふと、蓮人は思った。
この国のしきたりなのか、国の頂点に立つ王は、よっぽどのことが無い限り声を聴くことも姿を見ることもできないのだという。蓮人が一度目に謁見の間で見たものは、王のシルエットのみであり王の手前には日本でいう御簾のようなものが下げられており顔を拝むことは叶わない。言葉も全て事前に決められていたことを宰相の口を通して受けるのみで王の声が高いのか低いのかさえ蓮人は知らない。
けれど、そのやりとりは日本人である蓮人にとっては昔の天皇制度に近いものを感じたため特段不満も何も感じはしない。それほどにこの国の王というものが重要な位置にあり、民にとっては雲の上のような存在なんであろうと思った。
謁見の間に入る前に、文官からおおよその流れを聴いて失礼のないようと言われる。
どんな言葉を言われるかが不安であったが、セペドを実験したいとか言うような酷い人間でないことを祈るしかない。入り口前の扉には最小限の兵たちが警備をしているのみで普段廊下を忙しく歩く文官たちも今は居ない。きっと人払いをされて会話を聴かれないようにという指示があったのだろう。緊張と不安で唾を飲み込んでその大きな扉に俺は手をかけた。
「・・・セペド、入るよ」
「ああ」
セペドは流石はこの城に俺より長く勤めているだけあり、緊張感は感じられない。何度も似たような状況で王命を受けたことがあるのであろう。そういう人物が隣にいるだけで今回は蓮人自身もそこまで強ばることが無いのが救いであった。
扉の向こうには宰相と王の二人だけがいた。
玉座に座っているだろう姿形だけが見える王の斜め前に立つ宰相。
玉座の手前まで歩いていき静かに二人でこの国に沿った作法で膝をついた。
テピイはそれを確認したのち、手元にある書類を掲げながら、王の言葉を届けるのだ。
「王は国そのものであり、その言葉を直接届けることは出来ぬ。よって今より、宰相テピイ・ナジーブの言葉は王の言葉であると捉えよ。返答も全てだ。謹んで聞くように。」
「はっ・・・・」
「して、今一度セペド・アイヤーシュの生命力の値が異常に高いという報告であったが、改めて王に状況を説明してほしい。」
「は、セペドと自分は王命により指定地点の緑化を行っていたところです。今回向かった先は、ハズク村。予定通り緑化を終え報告ののち城へ戻ろうとしたところ魔物の気配を近くに感じ、討伐に向かいました。空井戸の底には巨大な虚があり、そこが魔の巣となっていたようです。セペドに討伐を依頼し討伐自体は無事に終えたのですが、その後、自分の視たところによれば彼の生命値は人間のそれを遥かに超えた数値となっておりました。これが私の知りうる情報です」
「魔剣士はこの報告で間違いないな?」
テピイが問う。異論はないと魔剣士はうなづいた。
「はい。異論ありません。特段普段から常に気にして視ていたわけではありませんので確証はありませんが、今回のアペプの討伐以降生命力が上がったのであろうと蓮人と二人で推測しております」
「そうか・・・。」
蓮人とセペドから報告を再度聞いたテピイが眉間にしわを寄せ何か考え込む仕草をする。
王は御簾の向こうで微動だにもせず、こちらを見下ろしているようだ。
改めて目の前でこうして直接話を聞きたいということは、その内容に興味があるからだ。
しかし、どんな言葉をその後紡がれようとも今の俺にはどう切り抜ければいいのか方法を考えあぐねている。
「して、その寿命は」
「万をゆうに超えております。」
「なんと・・・そのような数字が人間に起こりうるというのか・・・」
セペドの短い回答に目を見開き、あまりの衝撃的な数字に額を抑えながら一瞬よろめくテピイ。普通の反応であろう。一万年を軽く超えて生きる人間などそれはもう化け物と同じである。
王がいる前で勝手に発言することは許されないので、蓮人はすでに内心不安の嵐であった。
「王は、兼ねてよりお身体が弱く世継ぎもおらぬ。この国を導いていくためには王はまだまだやるべきことがたくさんあるのだ。よってなぜその数値になったのか心当たりはあるか?水樹蓮人、並びにセペド・アイヤーシュ心当たりがあることを全て述べよ」
目の前に本人がいるというのに、会話は全て宰相を通すという奇妙な光景だ。
ある程度の問いや答えもテピイに委ねられているのであろう。それほど宰相の優秀さもあるだろうが王と宰相の信頼関係が見て取れた。
「はっきりした答えはまだ不明です。ですが、可能性がある己の行動を考えるならば魔獣の血と瘴気の浴びすぎであろうと考えます。」
「同じく。」
「そうか・・・。それでは難しいな。」
「・・・・・」
難しいというテピイの言葉をそのまま受け取るのならば、その方法を使い、ペルメル王が寿命を延ばすことは難しいということであろうか?
呼び出した以上ペルメル王が生命を延ばしたいという考えなのは明白である。御簾越しであるので現時点での国王の生命値があとどれぐらいなのかは不明であるが、きっと身体の弱い己を脱しもっと長く健康に生きていたいという考えなのだろう。その為に自分たちにその現象の方法を問うている。
蓮人の生命力を延ばす方法は以前、公爵の事件があった時点で上には報告が上がったはずだ。
けれどこの蓮人の肉体のように大量の魔石を無理やり心臓に融合することは特殊案件であり、この国の民には到底出来ぬことであるとニルミーンも言っている。つまり同じこの国の民であるセペドが起きた現象なら国王にも適用が効くと思ったのであろう。だが、セペドの方法は生きたアペプの血やその場の魔獣たちの瘴気を浴び続けたために偶発的に起きたもの。確実に寿命が延びると確証も無ければ、もともと身体の弱い国王が危険な魔獣のいる場所に行って生命の危機を冒してまで出来ることとは思えない。だからこそ渋い顔を宰相がずっとしているのだ。他に国王の助けになる方法は無いのかと。
「国王はそんなに身体が弱いのか・・・?」
「ああ、聞いたことがある。もともと姿を見せないことや言葉を発しないことは王族の伝統ではあるが、今代のペルメル王は幼い頃より病弱でな。外交や民の町がどうなっているか視察に行くこともできん。砂漠を超える体力が無いからな。そして先代ご夫妻も早々に病で倒れ、ご兄弟も奥方も居らず、お子もまだ成すことすらできていない。そりゃあ焦るだろうな・・・」
「なるほど」
元々召喚してからこの国のおおよそのことは、文官たちより教育の一環で教えてもらったりしたことはあれど、王様の事情などまでは詳しく知らなかった。耳元でこっそり隣で同じく膝をつくセペドに聞けばその内情を教えてもらった。
自分自身には一生できない悩みであろう。
王族と平民の違い。王族には王族なりの重圧があり、婚約や子を成すことにも義務が生じる。
国王が絶対的な国の存在であるならば、その血筋も絶やしてはならないと焦ることであろう。けれど、それに群がる者達や反対派、中立派などにも目をやらねばならないなか、刻一刻と時間だけ過ぎるということはやはり何としても得がたい力は欲しいものだ。
「蓮人よ。一つ聞きたいのだが」
「はい、なんでしょうか」
「其方の招き人による力で、自分の生命力を肉体から切り離して緑を息吹かせることが出来るが・・・・・弄れるのは己の生命力だけか?」
「・・・・・それは」
宰相の口から王の言葉として質問を受けたのは、昨晩まさに俺とセペドが向き合った事実である。
蓮人自身だけではなく、それはきっと他人の寿命すら弄れてしまうだろうと。
自分たちが可能性を見出したくらいなのだ、目の前の有能な男の目を誤魔化すことは出来ぬだろうと素直に口を割る。
「可能性としては出来る、と思います。ですが、まだ行ったことはないゆえ断言できません」
「ならば、まずこの場で魔剣士から其方へ生命力の移行を試してみせよ。」
「・・・・・」
「どうした。王の前ぞ。」
王の御簾の前より隣に立つテピイが目を細めながら問う。
冷酷・冷徹と城の中で呼ばれる宰相は、顔のつくりも人形のように美しく目も見透かすような紫色の瞳を持っていた。そのためこうして語彙を強められながら見下ろされると威圧感しか感じない。
背筋がぶるりと震えながら隣を横目で見れば、同じようにセペドはこちらの瞳を捉えいつもの表情を崩さずにいる。
「蓮人。何も恐れなくていい、たかが100、300と命を削られても何も変わらん。」
「・・・わかったよ」
別に全ての命をよこせと言われたわけではない。
己の不安や恐れがセペドには伝わっているのか、察しているのか。彼はいつだって自分の欲しい言葉をくれる。
本人の了承を得たので、俺はセペドと向かい合い彼の心臓に一番近い部分へ手を置いた。
その膨大な生命力から感じる数値を掌で感じ、そこから50試しに切り取れるイメージを持ち魔力を彼に注ぐ。
「っ・・・・!」
手の中に感じる確かな感覚。自分自身の温かさでないもの。
セペドは眉間にしわを寄せ少し違和感を感じたのか、痛みを伴ってしまったのか頬と首筋には汗が滲んでいた。その掌で切り取った輝きを己の心臓へ導いて融合を試みる。
普段、他人からされていたそれとはまた違う感覚。他人の魔力を物理的に入れる。普段から微弱に彼の魔力は馴染ませていたとはいえ、やはり莫大な生命値を己の中に受け止めるには負担が大きい。心臓は悲鳴を上げ、身体が痺れる。それに伴い熱く汗が背中を伝ったが、王の前の為必死で奥歯を噛みそれを耐えた。
口の隙間より漏れ出るそれを抑え、荒い呼吸だけ何とか繕う形で向きなおる。
肩で呼吸をしながら瞼の裏を見れば、己の生命値は先ほどよりも50増えていた。
「っ・・・。移行、できました。同じようなやり方であれば、自分を介して王へお渡しは可能かと・・・」
「おお・・・!!そうか!よくやった蓮人。では早速その移行した生命力を王へ!」
「・・・ペルメル王。発言をよろしいでしょうか。」
「許す」
王の代わりにテピイが声を発する。
「お渡しすることは可能です。ですが、お渡しできるのは今回の50年のみ。申し訳ありませぬが、これ以上の移行はお身体の弱い国王にもセペドにもどんな不調があるかもわかりませぬ。どうかお許しください。そしてどうか、どうか悪用されぬよう他の貴族たちに知られぬようにお願い申し上げます。」
「・・・・・分かった。其方の言うとおりにしよう。あとで正式な書面を私が記しておこう」
「ありがとうございます」
王に条件を付けるなど首をはねられてもおかしくはない。けれど宰相の口から伝えられる言葉が王の言葉であるならば、寛大な心を持った方だった。怒ることもなくそれは受け入れられ内心ほっとする。もとより可能性として王から謁見の話が出た時点で言うつもりだったのだ。自分のようにセペドも人体実験などされてはたまらない。あの苦しみと絶望の部屋を彼にも味あわせたくはなかった。
人間は一度手に入ってしまうと更なる欲が生まれるもの、そして欲は次第に人道的な行いからも外れていくものだ。自分の身で体験した蓮人はよく知っている。
宰相が書面としてきちんと記して残してくれるならば安心である。そうと決まればさっさとこの体内の生命力を王に渡して部屋に戻りたいなと頭の隅で感じながら蓮人はゆっくりと立ち上がる。
「ナジーブ宰相。生命力を王へお渡しするには、今ご覧になったような方法を同じように行うしかありません。よってそのお傍へ近づくことを許していただけますでしょうか」
「無論である。こちらへ」
テピイは後ろの御簾の向こうにいる人物へと導いた。蓮人はその本来であれば踏むことすら許されない王への道を一段一段登っていく。
御簾の目の前へ上り詰め己だけが入ることを許された。
(ペルメル王は、どんな人物なのだろうか?)
直接相手の心臓近くに手を触れなければこの譲渡をすることは出来ない。
その為、御簾の向こう側の王の顔を初めてみることになるのだ。声すら全て宰相の口を通じて。
民は見ることすら叶わない人物。今迄のやりとりすらじっと動かずに玉座に座っていた相手。
「・・・失礼いたします」
その瞬間、夜のしじまに包まれたのだろうかと錯覚した。
境界線を越え、足元から石にされたかのような。
「蓮人。何をもたもたしているか。王がお待ちであるぞ。」
「ナジーブ宰相。自分には・・・・・できません。」
「何を言うか!?己の先ほどの言葉は偽りであると?!王に対し、己の望みを叶えてもらってそのお心遣いを仇で返すというのか?」
「違います。違います。宰相。」
「ならばなぜ出来ぬのだ!!!」
「蓮人。どうした」
流石に、予想外だったのか憤慨する宰相と階段下で静かに待つセペドですら蓮人のことを心配する声が聞こえる。それでも頭を振ってできないと言うしかない。今にも乗り込んできそうな宰相の尖った言葉が背後から聞こえてくるも、震える唇で言葉を紡ぐしか無かった。
「ナジーブ宰相。死者には・・・亡くなった人間には、生命力をお渡しすることは・・・できません」
一瞬の間。
時が止まったようであった。
己は目の前の現実を受け入れられずにいる。手で目を覆い、足元から崩れ落ちそうな身体を何とか持たせていた。さよう。目の前の美しい黄金の玉座には、国王の骨が座っていたのだ。
「なっ・・・・!」
後ろからセペドが衝撃を受ける声が聞こえる。
この国でそれなりの地位にいる彼ですら知らない事実を宰相は知っていたのだろうか。
いや、知らぬはずはない。だからこそ王の言葉を受けてこうして謁見の場を設けたのだから。
(もしかして、宰相が・・・?)
何も分からず、この事実にどうすればよいのか戸惑ってしまう。
そんな思考が止まった自分を他所に、この国の宰相は蓮人の発言に怒りを覚えている。
「不敬であるぞ!!王に対してそのような発言・・・!!いくら招き人であれど発言には限度があるというもの!わきまえよ!!!」
「宰相・・・・宰相は、知っていたのですか?それともお気づきでないのですか?」
「何を申すか!!!」
「・・・・・王は、もう」
どうすればよいのだ。どう動けば正しいのだ。
脚が地面に癒着して前にも後ろにも動けない。
馬鹿になった思考とは別に、ただの鏡と化した己の目玉は目の前の遺骨をただ写すのみである。
殺されたのか。寿命であったのか。そんなことは別にいい。
問題は後ろにいる宰相がまさか気が違えている可能性を蓮人はどうするべきかぐるぐる頭が回る。
(演技でもするべきなのか・・・?いや、正しく言うべきだこんな・・・)
目を瞑り、胸元を掴む。
どんな状況にせよ、このままではいられない。
「無礼な発言をお許しください・・・・認めたくないのは分かります。ですが、然るべき葬儀を。ずっとただ寂しくこの場所へ座らせておくのはあまりにも見るに忍びなく・・・」
「っ・・・・!もうよい。下がれ。」
「宰相!」
「下がれと言っている!二人とも部屋に戻ってよい。追って伝える。」
「・・・・・はい」
何か言いかけた宰相が、額を抑え静かに言葉を落とす。
その姿の前を一礼して階段を下りるしかもう蓮人には、どうすることもできなかった。
あとは形式的に立ち去り、その閉められる瞬間に残された遺骨と一人の男の、その後を案じたのだ。
自室に入った途端、頭を抱えた蓮人を誰が迫られただろうか。
あの場で叫びをあげて城の兵を呼ばなかっただけ幸いか。
「・・・・・出過ぎた真似したかな」
「いや・・・・・」
流石に知らなかったセペドにもまだ少しばかりの動揺が見て取れる。彼もどう言葉を出すか迷っているような表情をしていた。
この国は一体いつからこの状態なのだろう。
この状態をいつまで・・・続けるつもりなのだろうか。
宰相以外はどれだけ上層の人間は知っていたのか。一人だけで隠せるものではない。
いつから狂っているのだ。この国は。
昨日から怒涛の展開に苦悩する。
大きくため息を一つ床に吐き出してベットに身体を預ける。新しいシーツに変えてもらっていたのでお日様のいい匂いがする。こういうところは世界が変わっても変わらないものなんだなとどこか現実離れの思考をしてしまう。
何も考えたくないというのが蓮人の本音であった。
それほどまでに精神的に疲れてしまっていた。その行動を見ていたセペドは何を言うべくもなく、ただ黙って部屋の隅で護衛という名の置物に変わる。
「・・・まさか殺したりとかは」
「それはない」
「なんで、そう言い切れるの」
何となく零れてしまった思考の一つにセペドが反応した。
あそこでは答えを見出す余裕もなかったが、国王はなぜ亡くなっていたのか。その原因がもし宰相もしくは国王に近い味方の誰かに裏切られ殺されたのかという考えが浮かんだ。これを解答の正とするならば非常に危険であると思う。セペドも俺も。だが零れ落ちるはずだった言葉が言い終わる前にきっぱりセペドは否定した。
上半身を起こし彼へ問えば、少しの間を置いて視線を床へ落としたのち彼はこう言ったのだ。
「生前の王と宰相をずっと護衛時近くで見てきた。国王の表情を見たわけではないが、会話から感じるあの二人の雰囲気はそういう憎しみやただの主従関係のそれじゃなかった・・・むしろ別の」
「?」
「いや、俺が見たものが全てじゃないしな。俺が言うべきものじゃない。」
はぐらかされた気がする。
彼も頭の中でぐるぐるしているのか髪の毛をがしがしと搔きながらため息をついていて続きを聴くに聞けなくなってしまう。重苦しい部屋の空気が変わらないまま一刻も経っていない頃だったろうか。
蓮人の部屋へ訪れたのは、渦中のその人であった。
「あ、ナジーブ宰相・・・」
「・・・入ってもいいだろうか?」
「どうぞ」
そうして部屋にある椅子に腰かけたその男は、どうにも浮かない顔で眉間に手を当てている。
さきほどの無礼な物言いを改めて𠮟りに来たのだろうか。それにしては口を開いては閉じ、言いかけては辞めようと素振りを見せながらも小さく言葉を紡いだ。
「君たちは・・・その、私が気を違えているのではと感じたことだろう。どう思ってくれてもいいがまだ城の他の元たちには王のことは黙っていてほしい。」
「・・・・・」
彼は、膝に置いた拳を握りしめながら続けた。
「然るべき葬儀は必ず行う。だが、今はまだその時ではない。これは彼の・・・王がお隠れになる前に遺したお言葉の一つなのだ・・・」
宰相は、気が違えていたわけではなかった。
話によれば王が果てる前にいくつかの言葉を彼に託したのだという。それを王として叶えるまではどうか葬儀をしてくれるなと。それが王としての最後のあがきであるということだったのだ。
「今、民に知れれば国は混乱に陥る。兵も統率が保てなくなるだろう。だから・・・押しつけがましいのは承知で希う。どうか・・・口外しないでいただきたい。」
すっとその場で頭を下げる男に、蓮人とセペドは視線を重ねあわせる。
王の遺言を守るために目の前の男は、気が違えたと思われたとしてもずっとそれを守っていたのだ。
最後の王の言葉を。死してもなお彼ならば達してくれるだろうと。
(ああ、そうか・・・宰相は)
主従関係や尊敬などを超えた彼らの想いを蓮人は垣間見た。
それを理解してストンと腑に落ちる。
「宰相。どうか面を上げていただきたい。どのみち私は貴方を陥れようとも何も思っておりません。ただ先ほどは少しばかり驚愕してしまいましたが、理由を聴けば納得できます。心配しないでください、口外せぬことお約束いたします。」
隣の護衛の男をちらりと見れば、うなずき返してくる。
テピイは大きく目を見開いたのち、満悦の表情を隠さずにこちらに感謝の意を表したのだ。
その後、テピイはいつものように冷ややかな態度を取り戻し、蓮人とのセペドの処遇を守ることを約束した書面を置いて部屋を出ていった。
(逸脱し、人々から畏怖の念を向けられて生き続けることと、生は短くとも死してなおたった一人でも想い続けてくれる人がいることは、それは、どちらが幸せなのだろう・・・)
ふと、そんなことを蓮人は考えた。
宰相の出ていった扉をぼんやりと見つめ続ける蓮人を、隣で見つめ続ける男がいることを忘れて。
この国は、砂漠化が進んでしまう前から冬というものは存在しない。
基本的には一年中温かい気温で保たれており、砂漠化が進んでからは平均温度が上がったと聞く。
太陽の光を遮るものが何もなく、地面が常に露出しているため地が熱し茹だる暑さを生み出していく。
夜は、急激に冷え込み酷い時には氷点下まで温度は落ちた。地表から逃げていく熱を保つ森が無いためだ。
この温度差は、腹を空かせ、満足に栄養を取ることが出来ない幼い子供や灼熱の大地は年寄りを特に苦しめている。せめて緑いっぱいの国に戻せばあらゆる悩みも食糧事情も改善していくのだ。
ずっと身を粉にして命息吹かせる招き人の魔法使い。
そんな自分に、新たに宰相宮へ呼び出されたのは、王の謁見を終えた半月後のことであった。
「先日、貴方より頂きました紅茶。とても美味しかったです。本日はお礼に私のお気に入りの紅茶をお出し致しましょう」
「ありがとうございます」
以前宰相に送った紅茶とは、緑化をする上で立ち寄った街で購入したルイボスティーである。
街々を渡り歩く際に飲んだ紅茶が宰相がきっと好きな味であろうと購入したのだ。渡したときはあまり表情に変化は無かったがどうやらとても気に入ってくれたようだ。
宰相宮の客間で紅茶を入れてくれるその動作を見る。この国では紅茶と言えどティーパックというものは存在しない。使うのは茶葉をさらに粉にしたものを直接お湯で割るのだ。茶葉を茶こしを通して使うものが紅茶と認識していたために最初は飲みなれなかった。粉ごと飲み込んでしまわないかはじめは恐る恐るであったが以外にも底にたまり飲むときに邪魔にならないものだ。
そうして飲み終わるとカップに粉の塊だけが残る。味はほんの少し濃く感じる程度で現代のそれと大差はない。
あの一件があったからなのか、最近のナジーブ宰相はほんの少しだけ雰囲気が和らいだ気がする。
秘密を知られている相手だから緊張感を少しだけ解いているのか、それ以上に彼の心の奥にあったわだかまりが解けたからなのかは分からない。だが、こうして仕事上の話で呼び出される時ですら以前より棘が丸くなったと蓮人は感じている。
「それで?本日お声がけ頂いたのは、新しい緑化場所への遠征依頼でしょうか?」
「依頼と言えばそうですね。ただ今回は今までの場所とは違い少し特殊な場所でして説明を兼ねまして、こうしてご足労頂いたわけです。」
「と、いいますと?」
「今回お願いしたい場所は、以前行かれたトマル地方よりさらに北北東へ進んだ場所にあります。ルムアと呼ばれる砂漠地帯です。」
「ああ、あそこか」
「セペドも知っているの?あ、行ったことある場所とか」
セペドが後ろで反応をする。
振り返り見上げる蓮人の問いに、後ろで立つ男はこう答えた。
「知っているも何も、この国でその場所は禁足地とされている。」
「禁足地?」
「私から説明いたしましょう。その場所は砂漠化以前より国で禁足地と定めていた場所なのです。足を踏み入れたものは神の怒りを買うからです。砂漠化してからもそれは変わりなく足を踏み入れてはならぬと定めているわけなのですが・・・・今回、そこを緑を取り戻すだけではなく調査もしてほしいのです。」
「調査?何か気になることでも・・・」
改めて説明のために地図を指さしながら説明してくれるので、それを見つめながら淹れてもらった紅茶を飲む。癖もなく酸味も苦みも強くないとても美味しい紅茶だ。帰りに紅茶の品名を聞いておこう。
後ろにいるセペドにもせっかくなのでナッツやドライフルーツを渡したらモグモグ食べている。護衛とはいえ座って食べたらいいのに。
「地質調査と、その場所にいる魔物の討伐です」
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