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戸惑う獣
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パチパチと生乾きの葉の焼ける音がする。
薄っすらと頬に感じる熱は、焚火の熱か。
「・・・・・セペド?」
「はぁ、気が付いたか」
目が覚めると俺はセペドの腕の中にいた。
目の前では焚火が闇を照らし、魔法で出した幾枚の葉っぱが火種となり燃えている。
辺りは崩れた岩で覆われ薄暗く、洞穴の中であると気が付いた。
谷のどこかにあったのだろう。倒れた自分を運んでくれた申し訳なさを感じる。
自分の額を触り熱は無いかと確かめているセペドの様子を横目に、焚火向かいには先ほどまで自分に引っ付き離れなかったハックウェフダーも暖を取りながら眠っている。どういう状況になったのか少々頭が追い付かないでいたがまずは身体を起こしたかった。
「まだ横になっていろ。臓器の傷をようやっと塞いだだけだ。無理すればまた破れるぞ」
「俺、どのくらい寝てた?」
「・・・7時間ほどか」
お陰で洞窟の外はすでに漆黒の闇である。風は止むこともなく変わらずオオオオン、オオオオンと高く鳴いて外から冷風の脚を差し入れている。
倒れる前の記憶をたどる。確か自分はハックウェフダーに纏う瘴気を取り込んだはずで、そのあとに肉体が悲鳴を上げ倒れてしまったのだ。すると己を抱えてくれる頭上の男が低い声で聴いてきた。
「それで?何をやった」
「えっと、瘴気をね・・・取り込んでみたん、だけど」
セペドはものすごく怒っていた。なのにどこか表情は辛そうで今にも泣きそうだ。
「浄化をしたわけじゃない。俺は回復魔法とかそういうのは苦手だから。でも瘴気の移行だけなら出来るんじゃないかって思ったんだ」
「それは・・・、お前の中に猛毒を入れることと同じことだ。瘴気は生命を蝕む。それを分かってやったのか?」
「・・・ごめん。浅はかな行動だった」
取り込んでしまえば何とかなるだろうと言うそんな思いつき。
どこかで異界から来た人間だから効かぬだろうと言う考えも少なからずにあった。
けれど命を蝕む存在は平等に俺の体内で暴れだす。圧縮した猛毒は牙を向き肉を裂いた。
「次何かする時はせめて一言声をかけろ。いきなり血を噴かれていたんじゃたまらん」
「う、・・・・・」
呆れ返り大きなため息をついたセペドは、手元から魔法で出した追加の葉を風魔法で乾燥させ火にくべた。
焚火の上にいつのまにか小ぶりの鍋が煮えておりそれをコップに移してこちらへ持ってくる。
「牛乳・・・飲めそうか?」
「あ、ああ。ありがとう」
上半身をさらに起こしてもらい両手でそのコップを受け取った。
カップの熱が掌に伝わり少し冷まして口につけるも喉の奥がまだズタズタになっていて唾を飲み込むのすら激痛を伴った。舌を湿らす程度で無ければ痛みに声を上げそうだ。
一気に飲むことをあきらめて掌の暖を取る為だけに持ち直したとき、セペドが蓮人の肩を強く掴んだ。
「そういえば・・・お前は元の世界に帰りたいと。言ったことは一言も無かったな・・・」
「あ、あ。確かにね」
声を出すのも痛い。口の中も胸元も血で汚れてしまっている。鉄の味が舌の上に残る。口元はセペドが拭ってくれたのかそんなに汚れていなかった。いま鼻をかんだら鼻血が凄い付いてきそうな気さえする。
元の世界に帰りたいと考えたことは一度もないわけではない。この世界は現代とは違う。
便利な交通機関も、少し歩けば大抵のものが手に入る店も、携帯で一瞬にして世界の情報が手に入るツールも何もない。
娯楽だって食べ物だって文化だって違う。そんな世界。
帰りたくないなんて思わないわけではないが、別に帰れなくてもいいやと思っているのも事実であった。
平凡な毎日を送れて、戦も、よっぽどのことが無ければ生命に瀕することも無し。
仕事さえこなせば食事にありつけ、冷暖房の完備した部屋がある。
だけど、俺はこの世界の方が生きるということを感じられた。
死にかけておいて言う台詞ではきっと無いのだろう。でも死にかければ死にかけるほど忘れることもなく常に自分の傍に命を感じ取れるのだ。それを知ったらもう元の世界に帰ると言うことすら忘れていたのだ。随分前に選択はされていた。この世界で生きていきたいとそう思っている。矛盾だらけの行動。
皮肉なものだ。人間として生きることをこんなにも実感しているのにどんどん人から逸脱したものになっていく。なんて奇妙な戯曲が出来上がったものだと嘲笑の笑いがこぼれた。
「元の世界はここよりも酷い環境だったか?」
「・・・」
セペドが問う。俺は首を横に振った。喉の痛みにあまり口を開きたくないので最低限のやり取りで我慢してもらおう。
喉の傷を理解したのかそれ以上セペドも何も聞かない。
元の世界で親はもう亡くなっているし、親戚だって疎遠だ。兄弟もいるわけでないから心配するとすれば突然いなくなってしまった自分の働き口のことくらいである。まぁ、仕事が嫌になったとかで蒸発する人間はまれにいる。そう、捉えてもらえればあとはどうとでもなるだろう。社員一人がいなくなったって会社は回っていく。
学生時代の友人たちは確かにいたけれど、大人になって海外で働く者もいれば永住する者だっている。それと同じではないか。気にすることは無い。
セペドが突然なんでそんなことを聞いたのか。その気持ちを知ることは出来ない。理由を聞くことも何だかはばかられて程よく冷めた牛乳をまた口につけようとした時であった。セペドが俺の口を塞いだのは。
「ん・・・・・」
手元のコップはいつの間にか奪われていた。
外套が敷かれた地面にそのまま押し倒されるようにして口内を舐めとられる。舌の上の鉄の味。
抵抗の意志を見せる蓮人のか細い手首を掴み地面に縫い付ける。
目を見開いた視界の端でキラキラと光るは、魔法の欠片。
体内で今なお傷つく臓腑を治癒するために発現された弱弱しい黄金色。得意でないその治癒魔法をかけながらセペドは己の唇を味わっている。息を吐けばまた治癒の息吹を送り込まれ、苦しく離れようとすれば顎を掴まれまた塞がれる。
「大人しくしていろ。俺は城の魔法師達と違ってすぐには治せん。だがそのままでは砂漠横断は無理だ。もう少しだけ耐えろ」
「くぅ・・・・・ふ、ぅ」
息苦しさに身体を捻る。地面に縫い付けられて、弱った体はその力を返す術はない。
治療行為だと理解はしても彼の這わすその舌の動きは、どうしようもなく欲も含んでいるのだ。
視線が熱く、耐えがたい。
横で燃える火にくべられる葉よりさらに心臓がパチパチと燃える。修復される腑の熱さだけではきっとあるまい。
見下ろす赤い瞳が炎の光に反射しゆらり揺れる。
口の中の血を舐めきり、吸い跡をつけながらゆっくりと首筋、肩、そして胸へと下っていく。
胸元は握りしめた爪が喰い込んだ跡と血が残り、それを愛おしそうに舐めとった。僅かなきらめきが傷を塞いでいるのだと言い訳がましく主張をしてくる。震える喉の奥から溢れる熱い吐息を静かに吐いて蓮人はただ耐えた。違うのだと。自分だけが勘違いをしたくはない。
時間をかけ、満足いくまで白い柔らかな肉と血を味わった男は、このぐらいであれば多少動いても傷が開かず大丈夫であろうと身体をどかし声をかけてくる。唇だけではない、まるで体内の腑から舌を這わされたかのような感覚に、文句ひとつでも言ってやりたかったのだが震えた呼吸はようやっと解放されたこの身体と共に疲れ切っており、投げ出された手足もそのまま脳の奥でいつかこいつに骨の髄まで啜られ喰われてしまうのだろうかとぼんやり考えてしまうことしか出来なかった。
肌に光る唾液が乾いてようやく蓮人は腕に力を入れ半身を起こした。
冷めてしまった牛乳を温めなおすセペドの姿を捉えながら自分の乱れた上着を整えそれを黙って眺めていた。
その合間の時間でさえハックウェフダーは変わらず目を閉じ腹を上下に動かしていた。
そろりと近づいても己の地を擦る音に耳だけを傾け微動だにせず、そのままその腹近くに身体を預けた。
大人しい魔物。その毛皮は今までのどの豪華な屋敷の敷物よりも柔らかく細やかだった。
波が引きやって来るようにその緩やかな動きも疲労した身体には心地よい。
蓮人を腹にしまい込むようにしてハックウェフダーが身体を丸めたところで、人肌程度に温めなおされた先ほどのカップをもう一度渡される。こちらだけが行為を引きずっているようで何だか悔しかった。
セペドはもうすでにいつもの調子へと戻っている。
「チーズとパンだが、パンはちゃんと浸して食えよ。胃は然程傷ついてないようだが」
「ああ」
貰ったチーズと、丸い平焼きのパン。
軽く火で表面を焼き直し、温まったそのパンは半分に千切れば中が空洞になっている。
そこへ好みの具材を挟んで食べるのだ。勿論そのまま食べたっていいし、スープやたれを作り付けて食べてもいい万能なパン。
味付けされた鳥料理を野菜と挟んで食べると美味しいが、今は己の内臓が受け付けぬし、そもそも現在そんなに豊富な食料を持ってきてはいない。乾燥肉ならばあるが、硬すぎて蓮人の今の腑で消化は難しい。
だからセペドは山羊の乳で出来たチーズのみを渡してきたのである。蓮人としても肉を無理やりにでも喰えと言われるよりその方がありがたい。
円筒形のチーズを必要な分輪切りにしてパンに数個挟んだ。一口サイズに小さく千切りそれをさらに牛乳に浸しながら少しずつ胃に落とし込んでいく。ズタズタになった喉と食道は、回復魔法でほんの少しではあるが、傷を塞いでもらったおかげでこれぐらいの物ならばなんとか飲み込めた。
山羊のチーズはとても脆く崩れやすい。その為小型で持ち運びやすい大きさに形成される。牛の乳で作るチーズよりも独特の個性ある味で、あの塩っけや濃厚さは無い。匂いは山羊の生臭さが口に入れた瞬間鼻を抜ける。肉もそうなのだが羊よりも匂いが遥かに強く臭い。
味はどちらかと言えばヨーグルトに近いかもしれない。レモンを大量に絞りいれたかのような酸味とさっぱりした味がワインとよく合う。乳製品として今ある温めた牛乳とも喧嘩はしない。牛乳本来の優しい甘さとパンの甘みが酸味を抑えてくれる。
(初めて食べたときは、あまりの酸っぱさに驚いたものだ・・・)
日本で一般的に流通しているチーズと思って口に放り込むと全く違う味で衝撃を受けたのはいい思い出である。好みが分かれる味ではあるが、慣れてしまえばなんてことない。
持ってきた自分の荷物から蜂蜜を取り出して、そのチーズを挟んだパンに少しかけてまた食べる。
歯もいらぬとても柔らかな山羊のチーズは胃に負担をかけない。自然の恵みを今はただ黙々とありがたく二人で体内へ落とし込んでいった。
「うわぁ・・・」
食事を終えた後、改めて自分の生命値を確認して思わず口から声が漏れ出てしまった。
慌てて口を塞ぐ。セペドがじっとこちらを睨んでくるが気にしないで荷物の片づけを手伝う。
自分の生命値がごっそり減っていた。
ペルメル王に本来渡す予定であったセペドから貰った50年という値が無かったら正直危なかったほどだ。
それほど身体を死に追いやる危険な瘴気。ごっそり減ったことで値は僅かである。背中に当たる視線が痛いが、これを言えばまた小言が煩そうな気がして俺は無視を決め込んだ。
「俺の微弱な魔力がお前の中で流れていること、忘れるなよ」
「・・・・・」
何も言っていないのにセペドはそう言った。
多分バレている。直接具体的な数字を見ることは出来なくても恐ろしく数字が減って残り僅かであることは何となく察しているのだろう。だから怒っている。相談も無しに勝手な行動をし、倒れて迷惑をかけているのだ無理もない。
弁解もしない。事実であるから。
あとで無理やりにでも生命値を分けてこようとはするであろうが、それを拒否することもきっとしない。
最早彼が居なければ、俺の命はとうに尽きていた。
「・・・そういえばこの洞窟どこにあったの?ってたっか!」
「ハックウェフダーのねぐらの一つだろう。下りる時もあいつの背を借りなければならないが、あの時はお前の命がかかってたからな。お前から頼んだ方が聞いてくれるだろう。まだ寝ているようだが、起こすか?」
「いや、あいつもう起きてるよ。俺たちを警戒する必要が無いから目を閉じてるだけでずっと」
「・・・そうか」
また不機嫌になる。セペド。
彼の機嫌を取っていたらいつまでもこの崖から下りられなさそうな気がするので、さっさと出なければ。洞窟の奥へと戻り、焚火の傍で身体を横たえる魔物の頭を撫でた。
「ここへ連れてきてくれてありがとうな。出来れば帰りもお前の背を借りてここを下りたいんだけど、頼めるか?」
ピィー・・・
目をぱちりと開けてこちらを見つめる。
その青い瞳は涙の膜に潤んで揺らいでいた。
ゆっくり立ち上がるとやはり頭を擦りつけてくる。どのぐらいの期間、この魔物は一頭で生きてきたのかは知らない。俺が全て身体の中に取り込んだので周囲に危険をもたらす瘴気はもうない。ただただ美しい魔物になった。
荷物を背負おうとしたが、セペドが全て持ってくれた。
とりあえず、お前は背から振り落とされないようにだけしていろといいながらハックウェフダーの背に足をかけているが威嚇されていた。殺意とは違う。単純に不満げな威嚇だ。
俺が先に乗ると満足げに大人しくなった。何だか少々可愛く見えてくるが、セペドは舌打ちしていた。乗せてくれるのだからいいじゃないかとは言わないでおく。
強風の中をその白銀の魔物は駆けていく。危惧していたように落ちることもなく無事に元いた谷へ着く。
仮に蓮人が貧血で再び倒れたとしても後ろに座るセペドが支えたし、仮に倒れたとして魔物の背は広く揺れのほとんどない安定した走りであった。
別れの時。
どんなに離れようにも結局予想通りハックウェフダーは立ち去ろうとしなかった。
最初と同じようにして、蓮人にべったりくっつき無理やりセペドが引き剝がせば悲しげに鳴く。
「セペド。諦めよう。こいつ一緒に来たいんだよ」
「はぁ、もう好きにしろ。宰相がひっくり返るな」
これからまた胃に穴が空きそうな原因を持ち帰ることで、今から想像できるナジーブ宰相の嫌な顔を思い出して頭の中で謝っておく。
そうして宰相のことを思い出したことで本来の仕事をもう一つ忘れていたことに気付いた。
「あ、帰る前に緑化・・・」
「出来ると思うのか?その身体で・・・」
「セペドの・・・・・あ、いや何でもない」
これ以上何か言おうものなら本気で怒られる。そういう顔をしていた。
この地の砂だけでも持って帰れば調査は進むし、今はそれで良しとしよう。
ハックウェフダーの背に乗って、人間の脚よりも何倍も速く城に戻り、巨大な魔物を連れ帰って城中に宰相の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。
魔物を連れ帰り、俺たちは宰相に大目玉を喰らった。
そして、セペドはきっちりと俺が無茶をして倒れたこと、体内に瘴気を取り込んだことを宰相に報告した。
そのせいもあり、俺だけ追加でお叱りを受けることとなる。解せぬが致し方なし。
目の前には腕を組み、指で苛立ちを表す男が一人。自分の背後に立つ薄情な男は知らぬ存ぜぬの顔である。
「はぁ、そういえば貴方も大人しそうに見えてたまに私を驚かせてくれますね。」
「宰相ほどでは・・・」
「口が減らぬようですね。もう一時間追加してもいいのですよ」
「誠に申し訳ありません」
「よいですか。確かに国救の力も大事です。けれど、時に思うのです。貴方はすでに永遠に生き続けることすら可能というのに真逆の行動をするのかと。それを国の為に利用している私が言うのも可笑しいでしょうが。何故恐れるのです?どうせならもっとうまく利用なされば良いのです」
「その点については、随分と考えました。既に人の枠組みから外れた己をどう活用していくか。まだ私の中で問いに対する答えは出ず決めかねているのです。だから足掻くのです。その答えを探すために」
テピイは蓮人を見下ろした。その視線は怒りでも呆れでもない。揺らいで慈愛に満ちていた。
身近に大切な人を失ったが故に、彼も死に対する考えは身近だ。
不確かな意識の中で、掴み取れぬ雲をずっと探して迷っている。
俯く蓮人にため息をついて、やれやれと頭を押さえた宰相はぽつりとこう言った。
「命の長さに囚われず今はこの際忘れなさい。長短は全てその者の天命です。だからこそ一日一日を大切に生きよ。死ぬ瞬間にこそ、その者の人生が図れるのです。」
「・・・・・」
「私の”お慕いする人”が似たようなことを言っておられた。けれどそれも貴方の答えではないでしょう。己で考え、そして知見を得なさい。そうすれば貴方だけの答えが自ずと出てくるはずです。その答えにたどり着くには十分すぎるほどの時間を与えられているのだから。」
「はい」
深く頭を下げた。
命の長さが幸せの長さではないと宰相は言う。長くとも短くともそれはその人間の天命であり、その日々をどう生きたかが大事である。だからこそ毎日を必死に生きよと彼は言う。
貴方の意見も聞いて、それでもなお蓮人の中ではまだ明確な答えを出せないでいた。
(己で考え、知見を得よ。か)
宰相宮の宮を出ると、宰相がいつも手入れをしている美しい庭を通る。季節の様々な草木が綺麗に生い茂り、いつもいろんな花が咲いている。庭師を雇うこともなく、彼の自ら手入れをする姿を見れば思い入れのある庭にさらに輝きは増す。
「あ、・・・ディ」
庭を歩いているのはディ・ラーディンと少年だ。少年は5歳くらいの幼さであどけない。
城で働く者の中には、家族ぐるみで暮らしている者もいてたまに幼い子も見かけるが、この少年は見たことが無い。特徴的な巻き毛で、目は紫だ。
ディもこちらの存在に気付き、少年の手を引いてこちらに近づいてきた。
少年の笑顔が、ディへの信頼を寄せているのを表し伝わってくる。
「よぉ、また無茶したんだってな。聞いたぜ?」
「耳が早いね。で、そちらの子は?」
「ああ、先日から城で暮らすようになった。イステカーマだ。ペルメル王族の分家で末裔だ。ほら、挨拶は?」
「・・・イステカーマ・ペルメルです。よろしく」
「お初お目にかかります。殿下。」
そう挨拶をすれば、少年はディの後ろに隠れてしまった。まだ幼い故たくさんの見知らぬ人間に慣れぬのだろう。
話を聞くに、ディはここ最近王族の分家である少年の家を探していた。随分昔に交流が途絶えていた一族で探したときにはすでに没落して消息を絶っていた。やっと見つけた際には、少年は母親と共にスラムにおり、ようやっと救い出すことが出来たのだと言う。
母親はスラムの不衛生な環境で、感染症にかかってしまいもう長くはない。見つけた際にどちらも城へと案内したディの提案を断り少年だけを預けたのだ。せめて息子だけは助けてやってくれと。
そうして、最後の瞬間を見取り少年は城へとやってきた。護衛騎士はディに決まり、なんと宰相自ら育てているのだと言う。
ペルメル王の面影を残す少年の血筋は、宰相の心を慰めている。
蓮人とセペドがルムア地へ旅立っている際に、ペルメル王の崩御と葬儀は国民に伝えられた。
王族の血筋が見つかりようやっと眠ることが出来たのだ。宰相も一つ肩の荷が下りたであろう。今は日々次の王を育てるために奮闘しているようだ。
この国へ光が一筋差して蓮人も自然と笑顔がこぼれた。
紡ぎゆく命に幸あれと。
自室へ戻ると大人しかった背後の男がいきなり牙を向く。
宰相宮へ向かう前に、怪我の治療は既に受けていた。だが、それでもなお気持ちが収まらないのだろう。蓮人を寝台へ押し倒したのだ。
「セペド!?何を・・・・・」
「怪我は治ったようだから改めて聞かせてもらおう。」
「?何を」
「アディードファウダーにどう侵入されたんだ」
「は?」
この男は何を言っているのだ。
俺を見下ろしながら不機嫌さを隠すこともない。口を開けば言うタイミングを逃しただけの話をまたぶり返している。既に終わったことの何を知りたいのだ。無事だったのだからいいではないか。
そう、口を開きかければそれを塞がれる。本気で押し返そうにもやはり強靭な胸板はビクともしない。
呼吸がままならない。熱い吐息。
ようやっと離れた頬に一発入れようにもそれすら手首を取られた。
「言うまで止めないぞ?」
「・・・言ってもするだろう?」
「よくわかってるじゃないか」
寝台の上を体重が移動し、ベッドがきしむ。
息苦しさに自然と溢れた涙を舐めとり、頬から首筋、胸へと唇が這っていく。
声を抑えるように歯を食いしばり、羞恥に耐えるもその拒絶すら楽しいようで逆に彼の欲を膨らませるだけなのを蓮人は気づいていない。
胸の飾りを指で弄り、綺麗さっぱり無くなった傷があった場所を惜しむように共にまさぐる。
すでに耐え切れなくなった小さな喘ぎが口の端から零れ落ちる頃には下穿きの前を割られ、欲に素直な己の肉体は喜びに浸っている。悔しい、こんな。
(魔物というより、獣か・・・)
本来、理で抑え込まれてるそれを解放たるのが魔の力なだけで、セペドはまさに人間の皮を被った獣であった。よくも今まで耐えきれていたのが不思議なほどもはや抑えがきかぬようである。
赤い両の目が、唾液に光る白い肌を見下ろし眺めていた。
獲物を仕留める前の強者のように舌なめずりする姿。思わずたじろぎ逃げ出すも腰を掴まれ引き寄せられる。無理やり後ろを指でみだらに蕩けさせ、それを遥かに超えた大きさのものが蓮人の呼吸を止めた。
圧迫感と、熱を帯びた痛み、震えた喘ぎ、身体の芯を貫く刃。
「はっ・・・・せめて優しく、し、てくれ」
短い吐息が肌に落ちる。
裂けぬよう静かに吐く息は震える。敷布を掴んで叫びだしたい声を必死に殺した。
自分の腰を掴む手は、柔らかな肉を楽しみさらに引き寄せ奥へ奥へと穿つ。
腹の奥を抉る熱は形を確かめるほど硬くなり蓮人にその武器の形をありありと覚えさせた。
同じ男であるのに、その大きさも何もかもが違う。最奥の扉を強引に叩きながらのしかかる男の背。震える手首は楔のように覆いかぶさる獣に押しつぶされたまま、首の後ろを激しく噛まれる。
声を掠れさせながらも、息絶え絶えに中心の熱に意識を向け心臓は暴れだす。
もう無理だ。抜いてくれと懇願するも速さは増し、その度に声を高くあげた。
「どれくらいだ?どのくらい深くここを弄られた?もっと奥へか?前はどうだ?」
「ぁっ・・・・ぅ・・・・」
ただ欲に涙し耐えて答えられぬのを分かっているのに、セペドは勢いを抑えない。
前を触れられれば蓮人の中心は敷布に糸を垂らすほど敏感に反応していた。頭では違うと叫んでいても正直な身体は次々と快楽を拾い、蓮人を女にした。こちらの世界に来てからだろうかそういう意味で触れられることが幾度かあり、身体はどんどん敏感な性器へつくり変えられていく。小さな愛撫一つとってもうち震えるほどに零れる喘ぎは、理性を踏みにじっていく。男としての屈辱も何もかもが壊されるのに、その喜びに浸る己の淫らな肉体も嫌でないと言う少なからずの思考も、戸惑いでしかない。
「違う・・・・俺は、ぁ・・・」
「何が違うんだ?ここが気持ちいいんだろう?」
以前酔ったディに迫られた時も嫌悪感があった。
同じ状況であったとしても己はセペドを拒めただろうか?
最奥を抉られて反る身体。これ以上入らないと頭を振って懇願しても押し寄せる熱は引き、勢いをつけてその奥を押し叩く。
重く背後から何度も抱きしめられては肌を激しく吸われ、前を乱暴に扱かれる。身体中から快楽の沼へ落とされて逃げ場がない。涙と汗と体液が交じり、喘ぐ。
「もう、無理だ。もう・・・・」
腕に力が入らぬ。上半身を支える力さえ奪われ崩れ落ち腰だけ高く上げたまま行為は続き、肉の筒へ欲望が注がれても何度も何度も体勢を変えられては落とされる熱。呼吸もまともに出来ぬ拷問のような欲の嵐は、月が一番高い天を超えてもなお続き、閉じる間もなく喘がされた小さな唇を吸われている姿を最後に、いつの間にか意識は飛ばされ眠っていた。
薄っすらと頬に感じる熱は、焚火の熱か。
「・・・・・セペド?」
「はぁ、気が付いたか」
目が覚めると俺はセペドの腕の中にいた。
目の前では焚火が闇を照らし、魔法で出した幾枚の葉っぱが火種となり燃えている。
辺りは崩れた岩で覆われ薄暗く、洞穴の中であると気が付いた。
谷のどこかにあったのだろう。倒れた自分を運んでくれた申し訳なさを感じる。
自分の額を触り熱は無いかと確かめているセペドの様子を横目に、焚火向かいには先ほどまで自分に引っ付き離れなかったハックウェフダーも暖を取りながら眠っている。どういう状況になったのか少々頭が追い付かないでいたがまずは身体を起こしたかった。
「まだ横になっていろ。臓器の傷をようやっと塞いだだけだ。無理すればまた破れるぞ」
「俺、どのくらい寝てた?」
「・・・7時間ほどか」
お陰で洞窟の外はすでに漆黒の闇である。風は止むこともなく変わらずオオオオン、オオオオンと高く鳴いて外から冷風の脚を差し入れている。
倒れる前の記憶をたどる。確か自分はハックウェフダーに纏う瘴気を取り込んだはずで、そのあとに肉体が悲鳴を上げ倒れてしまったのだ。すると己を抱えてくれる頭上の男が低い声で聴いてきた。
「それで?何をやった」
「えっと、瘴気をね・・・取り込んでみたん、だけど」
セペドはものすごく怒っていた。なのにどこか表情は辛そうで今にも泣きそうだ。
「浄化をしたわけじゃない。俺は回復魔法とかそういうのは苦手だから。でも瘴気の移行だけなら出来るんじゃないかって思ったんだ」
「それは・・・、お前の中に猛毒を入れることと同じことだ。瘴気は生命を蝕む。それを分かってやったのか?」
「・・・ごめん。浅はかな行動だった」
取り込んでしまえば何とかなるだろうと言うそんな思いつき。
どこかで異界から来た人間だから効かぬだろうと言う考えも少なからずにあった。
けれど命を蝕む存在は平等に俺の体内で暴れだす。圧縮した猛毒は牙を向き肉を裂いた。
「次何かする時はせめて一言声をかけろ。いきなり血を噴かれていたんじゃたまらん」
「う、・・・・・」
呆れ返り大きなため息をついたセペドは、手元から魔法で出した追加の葉を風魔法で乾燥させ火にくべた。
焚火の上にいつのまにか小ぶりの鍋が煮えておりそれをコップに移してこちらへ持ってくる。
「牛乳・・・飲めそうか?」
「あ、ああ。ありがとう」
上半身をさらに起こしてもらい両手でそのコップを受け取った。
カップの熱が掌に伝わり少し冷まして口につけるも喉の奥がまだズタズタになっていて唾を飲み込むのすら激痛を伴った。舌を湿らす程度で無ければ痛みに声を上げそうだ。
一気に飲むことをあきらめて掌の暖を取る為だけに持ち直したとき、セペドが蓮人の肩を強く掴んだ。
「そういえば・・・お前は元の世界に帰りたいと。言ったことは一言も無かったな・・・」
「あ、あ。確かにね」
声を出すのも痛い。口の中も胸元も血で汚れてしまっている。鉄の味が舌の上に残る。口元はセペドが拭ってくれたのかそんなに汚れていなかった。いま鼻をかんだら鼻血が凄い付いてきそうな気さえする。
元の世界に帰りたいと考えたことは一度もないわけではない。この世界は現代とは違う。
便利な交通機関も、少し歩けば大抵のものが手に入る店も、携帯で一瞬にして世界の情報が手に入るツールも何もない。
娯楽だって食べ物だって文化だって違う。そんな世界。
帰りたくないなんて思わないわけではないが、別に帰れなくてもいいやと思っているのも事実であった。
平凡な毎日を送れて、戦も、よっぽどのことが無ければ生命に瀕することも無し。
仕事さえこなせば食事にありつけ、冷暖房の完備した部屋がある。
だけど、俺はこの世界の方が生きるということを感じられた。
死にかけておいて言う台詞ではきっと無いのだろう。でも死にかければ死にかけるほど忘れることもなく常に自分の傍に命を感じ取れるのだ。それを知ったらもう元の世界に帰ると言うことすら忘れていたのだ。随分前に選択はされていた。この世界で生きていきたいとそう思っている。矛盾だらけの行動。
皮肉なものだ。人間として生きることをこんなにも実感しているのにどんどん人から逸脱したものになっていく。なんて奇妙な戯曲が出来上がったものだと嘲笑の笑いがこぼれた。
「元の世界はここよりも酷い環境だったか?」
「・・・」
セペドが問う。俺は首を横に振った。喉の痛みにあまり口を開きたくないので最低限のやり取りで我慢してもらおう。
喉の傷を理解したのかそれ以上セペドも何も聞かない。
元の世界で親はもう亡くなっているし、親戚だって疎遠だ。兄弟もいるわけでないから心配するとすれば突然いなくなってしまった自分の働き口のことくらいである。まぁ、仕事が嫌になったとかで蒸発する人間はまれにいる。そう、捉えてもらえればあとはどうとでもなるだろう。社員一人がいなくなったって会社は回っていく。
学生時代の友人たちは確かにいたけれど、大人になって海外で働く者もいれば永住する者だっている。それと同じではないか。気にすることは無い。
セペドが突然なんでそんなことを聞いたのか。その気持ちを知ることは出来ない。理由を聞くことも何だかはばかられて程よく冷めた牛乳をまた口につけようとした時であった。セペドが俺の口を塞いだのは。
「ん・・・・・」
手元のコップはいつの間にか奪われていた。
外套が敷かれた地面にそのまま押し倒されるようにして口内を舐めとられる。舌の上の鉄の味。
抵抗の意志を見せる蓮人のか細い手首を掴み地面に縫い付ける。
目を見開いた視界の端でキラキラと光るは、魔法の欠片。
体内で今なお傷つく臓腑を治癒するために発現された弱弱しい黄金色。得意でないその治癒魔法をかけながらセペドは己の唇を味わっている。息を吐けばまた治癒の息吹を送り込まれ、苦しく離れようとすれば顎を掴まれまた塞がれる。
「大人しくしていろ。俺は城の魔法師達と違ってすぐには治せん。だがそのままでは砂漠横断は無理だ。もう少しだけ耐えろ」
「くぅ・・・・・ふ、ぅ」
息苦しさに身体を捻る。地面に縫い付けられて、弱った体はその力を返す術はない。
治療行為だと理解はしても彼の這わすその舌の動きは、どうしようもなく欲も含んでいるのだ。
視線が熱く、耐えがたい。
横で燃える火にくべられる葉よりさらに心臓がパチパチと燃える。修復される腑の熱さだけではきっとあるまい。
見下ろす赤い瞳が炎の光に反射しゆらり揺れる。
口の中の血を舐めきり、吸い跡をつけながらゆっくりと首筋、肩、そして胸へと下っていく。
胸元は握りしめた爪が喰い込んだ跡と血が残り、それを愛おしそうに舐めとった。僅かなきらめきが傷を塞いでいるのだと言い訳がましく主張をしてくる。震える喉の奥から溢れる熱い吐息を静かに吐いて蓮人はただ耐えた。違うのだと。自分だけが勘違いをしたくはない。
時間をかけ、満足いくまで白い柔らかな肉と血を味わった男は、このぐらいであれば多少動いても傷が開かず大丈夫であろうと身体をどかし声をかけてくる。唇だけではない、まるで体内の腑から舌を這わされたかのような感覚に、文句ひとつでも言ってやりたかったのだが震えた呼吸はようやっと解放されたこの身体と共に疲れ切っており、投げ出された手足もそのまま脳の奥でいつかこいつに骨の髄まで啜られ喰われてしまうのだろうかとぼんやり考えてしまうことしか出来なかった。
肌に光る唾液が乾いてようやく蓮人は腕に力を入れ半身を起こした。
冷めてしまった牛乳を温めなおすセペドの姿を捉えながら自分の乱れた上着を整えそれを黙って眺めていた。
その合間の時間でさえハックウェフダーは変わらず目を閉じ腹を上下に動かしていた。
そろりと近づいても己の地を擦る音に耳だけを傾け微動だにせず、そのままその腹近くに身体を預けた。
大人しい魔物。その毛皮は今までのどの豪華な屋敷の敷物よりも柔らかく細やかだった。
波が引きやって来るようにその緩やかな動きも疲労した身体には心地よい。
蓮人を腹にしまい込むようにしてハックウェフダーが身体を丸めたところで、人肌程度に温めなおされた先ほどのカップをもう一度渡される。こちらだけが行為を引きずっているようで何だか悔しかった。
セペドはもうすでにいつもの調子へと戻っている。
「チーズとパンだが、パンはちゃんと浸して食えよ。胃は然程傷ついてないようだが」
「ああ」
貰ったチーズと、丸い平焼きのパン。
軽く火で表面を焼き直し、温まったそのパンは半分に千切れば中が空洞になっている。
そこへ好みの具材を挟んで食べるのだ。勿論そのまま食べたっていいし、スープやたれを作り付けて食べてもいい万能なパン。
味付けされた鳥料理を野菜と挟んで食べると美味しいが、今は己の内臓が受け付けぬし、そもそも現在そんなに豊富な食料を持ってきてはいない。乾燥肉ならばあるが、硬すぎて蓮人の今の腑で消化は難しい。
だからセペドは山羊の乳で出来たチーズのみを渡してきたのである。蓮人としても肉を無理やりにでも喰えと言われるよりその方がありがたい。
円筒形のチーズを必要な分輪切りにしてパンに数個挟んだ。一口サイズに小さく千切りそれをさらに牛乳に浸しながら少しずつ胃に落とし込んでいく。ズタズタになった喉と食道は、回復魔法でほんの少しではあるが、傷を塞いでもらったおかげでこれぐらいの物ならばなんとか飲み込めた。
山羊のチーズはとても脆く崩れやすい。その為小型で持ち運びやすい大きさに形成される。牛の乳で作るチーズよりも独特の個性ある味で、あの塩っけや濃厚さは無い。匂いは山羊の生臭さが口に入れた瞬間鼻を抜ける。肉もそうなのだが羊よりも匂いが遥かに強く臭い。
味はどちらかと言えばヨーグルトに近いかもしれない。レモンを大量に絞りいれたかのような酸味とさっぱりした味がワインとよく合う。乳製品として今ある温めた牛乳とも喧嘩はしない。牛乳本来の優しい甘さとパンの甘みが酸味を抑えてくれる。
(初めて食べたときは、あまりの酸っぱさに驚いたものだ・・・)
日本で一般的に流通しているチーズと思って口に放り込むと全く違う味で衝撃を受けたのはいい思い出である。好みが分かれる味ではあるが、慣れてしまえばなんてことない。
持ってきた自分の荷物から蜂蜜を取り出して、そのチーズを挟んだパンに少しかけてまた食べる。
歯もいらぬとても柔らかな山羊のチーズは胃に負担をかけない。自然の恵みを今はただ黙々とありがたく二人で体内へ落とし込んでいった。
「うわぁ・・・」
食事を終えた後、改めて自分の生命値を確認して思わず口から声が漏れ出てしまった。
慌てて口を塞ぐ。セペドがじっとこちらを睨んでくるが気にしないで荷物の片づけを手伝う。
自分の生命値がごっそり減っていた。
ペルメル王に本来渡す予定であったセペドから貰った50年という値が無かったら正直危なかったほどだ。
それほど身体を死に追いやる危険な瘴気。ごっそり減ったことで値は僅かである。背中に当たる視線が痛いが、これを言えばまた小言が煩そうな気がして俺は無視を決め込んだ。
「俺の微弱な魔力がお前の中で流れていること、忘れるなよ」
「・・・・・」
何も言っていないのにセペドはそう言った。
多分バレている。直接具体的な数字を見ることは出来なくても恐ろしく数字が減って残り僅かであることは何となく察しているのだろう。だから怒っている。相談も無しに勝手な行動をし、倒れて迷惑をかけているのだ無理もない。
弁解もしない。事実であるから。
あとで無理やりにでも生命値を分けてこようとはするであろうが、それを拒否することもきっとしない。
最早彼が居なければ、俺の命はとうに尽きていた。
「・・・そういえばこの洞窟どこにあったの?ってたっか!」
「ハックウェフダーのねぐらの一つだろう。下りる時もあいつの背を借りなければならないが、あの時はお前の命がかかってたからな。お前から頼んだ方が聞いてくれるだろう。まだ寝ているようだが、起こすか?」
「いや、あいつもう起きてるよ。俺たちを警戒する必要が無いから目を閉じてるだけでずっと」
「・・・そうか」
また不機嫌になる。セペド。
彼の機嫌を取っていたらいつまでもこの崖から下りられなさそうな気がするので、さっさと出なければ。洞窟の奥へと戻り、焚火の傍で身体を横たえる魔物の頭を撫でた。
「ここへ連れてきてくれてありがとうな。出来れば帰りもお前の背を借りてここを下りたいんだけど、頼めるか?」
ピィー・・・
目をぱちりと開けてこちらを見つめる。
その青い瞳は涙の膜に潤んで揺らいでいた。
ゆっくり立ち上がるとやはり頭を擦りつけてくる。どのぐらいの期間、この魔物は一頭で生きてきたのかは知らない。俺が全て身体の中に取り込んだので周囲に危険をもたらす瘴気はもうない。ただただ美しい魔物になった。
荷物を背負おうとしたが、セペドが全て持ってくれた。
とりあえず、お前は背から振り落とされないようにだけしていろといいながらハックウェフダーの背に足をかけているが威嚇されていた。殺意とは違う。単純に不満げな威嚇だ。
俺が先に乗ると満足げに大人しくなった。何だか少々可愛く見えてくるが、セペドは舌打ちしていた。乗せてくれるのだからいいじゃないかとは言わないでおく。
強風の中をその白銀の魔物は駆けていく。危惧していたように落ちることもなく無事に元いた谷へ着く。
仮に蓮人が貧血で再び倒れたとしても後ろに座るセペドが支えたし、仮に倒れたとして魔物の背は広く揺れのほとんどない安定した走りであった。
別れの時。
どんなに離れようにも結局予想通りハックウェフダーは立ち去ろうとしなかった。
最初と同じようにして、蓮人にべったりくっつき無理やりセペドが引き剝がせば悲しげに鳴く。
「セペド。諦めよう。こいつ一緒に来たいんだよ」
「はぁ、もう好きにしろ。宰相がひっくり返るな」
これからまた胃に穴が空きそうな原因を持ち帰ることで、今から想像できるナジーブ宰相の嫌な顔を思い出して頭の中で謝っておく。
そうして宰相のことを思い出したことで本来の仕事をもう一つ忘れていたことに気付いた。
「あ、帰る前に緑化・・・」
「出来ると思うのか?その身体で・・・」
「セペドの・・・・・あ、いや何でもない」
これ以上何か言おうものなら本気で怒られる。そういう顔をしていた。
この地の砂だけでも持って帰れば調査は進むし、今はそれで良しとしよう。
ハックウェフダーの背に乗って、人間の脚よりも何倍も速く城に戻り、巨大な魔物を連れ帰って城中に宰相の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。
魔物を連れ帰り、俺たちは宰相に大目玉を喰らった。
そして、セペドはきっちりと俺が無茶をして倒れたこと、体内に瘴気を取り込んだことを宰相に報告した。
そのせいもあり、俺だけ追加でお叱りを受けることとなる。解せぬが致し方なし。
目の前には腕を組み、指で苛立ちを表す男が一人。自分の背後に立つ薄情な男は知らぬ存ぜぬの顔である。
「はぁ、そういえば貴方も大人しそうに見えてたまに私を驚かせてくれますね。」
「宰相ほどでは・・・」
「口が減らぬようですね。もう一時間追加してもいいのですよ」
「誠に申し訳ありません」
「よいですか。確かに国救の力も大事です。けれど、時に思うのです。貴方はすでに永遠に生き続けることすら可能というのに真逆の行動をするのかと。それを国の為に利用している私が言うのも可笑しいでしょうが。何故恐れるのです?どうせならもっとうまく利用なされば良いのです」
「その点については、随分と考えました。既に人の枠組みから外れた己をどう活用していくか。まだ私の中で問いに対する答えは出ず決めかねているのです。だから足掻くのです。その答えを探すために」
テピイは蓮人を見下ろした。その視線は怒りでも呆れでもない。揺らいで慈愛に満ちていた。
身近に大切な人を失ったが故に、彼も死に対する考えは身近だ。
不確かな意識の中で、掴み取れぬ雲をずっと探して迷っている。
俯く蓮人にため息をついて、やれやれと頭を押さえた宰相はぽつりとこう言った。
「命の長さに囚われず今はこの際忘れなさい。長短は全てその者の天命です。だからこそ一日一日を大切に生きよ。死ぬ瞬間にこそ、その者の人生が図れるのです。」
「・・・・・」
「私の”お慕いする人”が似たようなことを言っておられた。けれどそれも貴方の答えではないでしょう。己で考え、そして知見を得なさい。そうすれば貴方だけの答えが自ずと出てくるはずです。その答えにたどり着くには十分すぎるほどの時間を与えられているのだから。」
「はい」
深く頭を下げた。
命の長さが幸せの長さではないと宰相は言う。長くとも短くともそれはその人間の天命であり、その日々をどう生きたかが大事である。だからこそ毎日を必死に生きよと彼は言う。
貴方の意見も聞いて、それでもなお蓮人の中ではまだ明確な答えを出せないでいた。
(己で考え、知見を得よ。か)
宰相宮の宮を出ると、宰相がいつも手入れをしている美しい庭を通る。季節の様々な草木が綺麗に生い茂り、いつもいろんな花が咲いている。庭師を雇うこともなく、彼の自ら手入れをする姿を見れば思い入れのある庭にさらに輝きは増す。
「あ、・・・ディ」
庭を歩いているのはディ・ラーディンと少年だ。少年は5歳くらいの幼さであどけない。
城で働く者の中には、家族ぐるみで暮らしている者もいてたまに幼い子も見かけるが、この少年は見たことが無い。特徴的な巻き毛で、目は紫だ。
ディもこちらの存在に気付き、少年の手を引いてこちらに近づいてきた。
少年の笑顔が、ディへの信頼を寄せているのを表し伝わってくる。
「よぉ、また無茶したんだってな。聞いたぜ?」
「耳が早いね。で、そちらの子は?」
「ああ、先日から城で暮らすようになった。イステカーマだ。ペルメル王族の分家で末裔だ。ほら、挨拶は?」
「・・・イステカーマ・ペルメルです。よろしく」
「お初お目にかかります。殿下。」
そう挨拶をすれば、少年はディの後ろに隠れてしまった。まだ幼い故たくさんの見知らぬ人間に慣れぬのだろう。
話を聞くに、ディはここ最近王族の分家である少年の家を探していた。随分昔に交流が途絶えていた一族で探したときにはすでに没落して消息を絶っていた。やっと見つけた際には、少年は母親と共にスラムにおり、ようやっと救い出すことが出来たのだと言う。
母親はスラムの不衛生な環境で、感染症にかかってしまいもう長くはない。見つけた際にどちらも城へと案内したディの提案を断り少年だけを預けたのだ。せめて息子だけは助けてやってくれと。
そうして、最後の瞬間を見取り少年は城へとやってきた。護衛騎士はディに決まり、なんと宰相自ら育てているのだと言う。
ペルメル王の面影を残す少年の血筋は、宰相の心を慰めている。
蓮人とセペドがルムア地へ旅立っている際に、ペルメル王の崩御と葬儀は国民に伝えられた。
王族の血筋が見つかりようやっと眠ることが出来たのだ。宰相も一つ肩の荷が下りたであろう。今は日々次の王を育てるために奮闘しているようだ。
この国へ光が一筋差して蓮人も自然と笑顔がこぼれた。
紡ぎゆく命に幸あれと。
自室へ戻ると大人しかった背後の男がいきなり牙を向く。
宰相宮へ向かう前に、怪我の治療は既に受けていた。だが、それでもなお気持ちが収まらないのだろう。蓮人を寝台へ押し倒したのだ。
「セペド!?何を・・・・・」
「怪我は治ったようだから改めて聞かせてもらおう。」
「?何を」
「アディードファウダーにどう侵入されたんだ」
「は?」
この男は何を言っているのだ。
俺を見下ろしながら不機嫌さを隠すこともない。口を開けば言うタイミングを逃しただけの話をまたぶり返している。既に終わったことの何を知りたいのだ。無事だったのだからいいではないか。
そう、口を開きかければそれを塞がれる。本気で押し返そうにもやはり強靭な胸板はビクともしない。
呼吸がままならない。熱い吐息。
ようやっと離れた頬に一発入れようにもそれすら手首を取られた。
「言うまで止めないぞ?」
「・・・言ってもするだろう?」
「よくわかってるじゃないか」
寝台の上を体重が移動し、ベッドがきしむ。
息苦しさに自然と溢れた涙を舐めとり、頬から首筋、胸へと唇が這っていく。
声を抑えるように歯を食いしばり、羞恥に耐えるもその拒絶すら楽しいようで逆に彼の欲を膨らませるだけなのを蓮人は気づいていない。
胸の飾りを指で弄り、綺麗さっぱり無くなった傷があった場所を惜しむように共にまさぐる。
すでに耐え切れなくなった小さな喘ぎが口の端から零れ落ちる頃には下穿きの前を割られ、欲に素直な己の肉体は喜びに浸っている。悔しい、こんな。
(魔物というより、獣か・・・)
本来、理で抑え込まれてるそれを解放たるのが魔の力なだけで、セペドはまさに人間の皮を被った獣であった。よくも今まで耐えきれていたのが不思議なほどもはや抑えがきかぬようである。
赤い両の目が、唾液に光る白い肌を見下ろし眺めていた。
獲物を仕留める前の強者のように舌なめずりする姿。思わずたじろぎ逃げ出すも腰を掴まれ引き寄せられる。無理やり後ろを指でみだらに蕩けさせ、それを遥かに超えた大きさのものが蓮人の呼吸を止めた。
圧迫感と、熱を帯びた痛み、震えた喘ぎ、身体の芯を貫く刃。
「はっ・・・・せめて優しく、し、てくれ」
短い吐息が肌に落ちる。
裂けぬよう静かに吐く息は震える。敷布を掴んで叫びだしたい声を必死に殺した。
自分の腰を掴む手は、柔らかな肉を楽しみさらに引き寄せ奥へ奥へと穿つ。
腹の奥を抉る熱は形を確かめるほど硬くなり蓮人にその武器の形をありありと覚えさせた。
同じ男であるのに、その大きさも何もかもが違う。最奥の扉を強引に叩きながらのしかかる男の背。震える手首は楔のように覆いかぶさる獣に押しつぶされたまま、首の後ろを激しく噛まれる。
声を掠れさせながらも、息絶え絶えに中心の熱に意識を向け心臓は暴れだす。
もう無理だ。抜いてくれと懇願するも速さは増し、その度に声を高くあげた。
「どれくらいだ?どのくらい深くここを弄られた?もっと奥へか?前はどうだ?」
「ぁっ・・・・ぅ・・・・」
ただ欲に涙し耐えて答えられぬのを分かっているのに、セペドは勢いを抑えない。
前を触れられれば蓮人の中心は敷布に糸を垂らすほど敏感に反応していた。頭では違うと叫んでいても正直な身体は次々と快楽を拾い、蓮人を女にした。こちらの世界に来てからだろうかそういう意味で触れられることが幾度かあり、身体はどんどん敏感な性器へつくり変えられていく。小さな愛撫一つとってもうち震えるほどに零れる喘ぎは、理性を踏みにじっていく。男としての屈辱も何もかもが壊されるのに、その喜びに浸る己の淫らな肉体も嫌でないと言う少なからずの思考も、戸惑いでしかない。
「違う・・・・俺は、ぁ・・・」
「何が違うんだ?ここが気持ちいいんだろう?」
以前酔ったディに迫られた時も嫌悪感があった。
同じ状況であったとしても己はセペドを拒めただろうか?
最奥を抉られて反る身体。これ以上入らないと頭を振って懇願しても押し寄せる熱は引き、勢いをつけてその奥を押し叩く。
重く背後から何度も抱きしめられては肌を激しく吸われ、前を乱暴に扱かれる。身体中から快楽の沼へ落とされて逃げ場がない。涙と汗と体液が交じり、喘ぐ。
「もう、無理だ。もう・・・・」
腕に力が入らぬ。上半身を支える力さえ奪われ崩れ落ち腰だけ高く上げたまま行為は続き、肉の筒へ欲望が注がれても何度も何度も体勢を変えられては落とされる熱。呼吸もまともに出来ぬ拷問のような欲の嵐は、月が一番高い天を超えてもなお続き、閉じる間もなく喘がされた小さな唇を吸われている姿を最後に、いつの間にか意識は飛ばされ眠っていた。
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