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隠れ住まうもの
しおりを挟む幾度かの欲を放ったあとであろうか。気づけば二人して寝台で倒れ込むようにして意識を失っていた。
目が覚めたセペドは頭痛のする額を抑え呻いた。やってしまったと後悔してももう遅い。
随分と急いてしまった。己の忍耐がここまで弱いとは思わなんだ。
旅先で知ることとなった事実、蓮人がアディードファウダーに襲われたのは知っている。己がアペプと対峙している間にどう対処したのかは分からぬが、蓮人は戦闘に向かない人間ではあれど攻撃魔法のいろはは知っているのだ。退けたと聞いたときに然程気に留めなかった。その後、別の問題に思考を奪われきちんと聞かなかった自分を恨む。
魔物に侵されたと聞いて、自分でも薄気味悪いほどに嫉妬した。
その奥底の誰も知らぬ秘所を暴いたのが己でないのが許せないという浅ましい思考。
彼が怪我をしていなければきっとその場で喰らっていた。ぎりぎりで留まる理性で抑え込んだのだ。
城へ戻り、傷が治ればもう駄目であった。その白い肌も黒髪も乱れるほどに溶けていく美しい蓮の花。
全て喰らいつくして自分の中に閉じ込めてしまいたかった。
落ち着き、物静かな姿がこんなにも自分の指や舌一つで狂い咲く。彼の中は燃えるように熱く何度果てても飽きることが無く。
(俺に依存すればいい・・・)
意識のない閉じられた目元は涙に濡れ、ほんのり赤く染まっている。
指でなぞり華奢な身体を抱きかかえ浴場へ連れて行く。
水で肩から汚れを落としてやりながら体内に残る己の残滓をかきだした。
未だに秘所は柔らかく熟れており、己の指をきつく締め付ける。
指の形を確かめるように唸るその肉筒。意識もないのにその肉体はもはや男を受け入れる淫らな壺である。
思わず先ほど暴いたその個所を強く押すようにしてかきだしていると、腕の中で蓮人は小さく胸を反らす。自分の指の動きに合わせて漏れる喘ぎは何かそういった人形かのようだ。たまらなくなり唇を吸い、舌を食む。
息苦しくなったのか、眉間にしわを寄せはりついた瞼をゆるゆるとこじ開けた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「はぁ、男に尻を洗われる日が来ようとはな」
俺の腕に抱きかかえられ、尻に指を入れたまま見つめあう互いの目。開口一番ぼそりと不満を零し項垂れた。まだ頭がぼんやりしているのか、それとも抵抗する気力もないほどに疲れてしまったのか蓮人は己の状態を認識してもそのまま腕に抱かれたまま頭を重力に任せだらりとした。しっとりとした浴場の中で全身水を一度浴びせた髪はその雫を床へ落ちる音が妙に響く。時折後ろをかきだす存在に小さく反応はするが、それを見ようともせず、ただ肉体を己の腕に全て預けている。
「満足したかよ・・・」
「いや?」
「バケモンか・・・」
「お互いな」
「・・・・・」
水をまたかけてやる。タオルで汚れを拭っている間も見上げる目線は何を言うまでもなく空を見つめている。時折瞼が伏し目がちとなる。眠いのか。頬を撫で口づけを落としても最早無抵抗だ。
たまに、相手の心が全て読める力があれば容易いのに。お前の心はいつも謎のままだ。
(その心に少しでも俺が入る余地はあるか?)
「おおよそかきだしたが・・・」
「もういい。あとは自分で洗う」
そういうと、蓮人はのろのろとした動きで起き上がり俺の腕から離れた。腰が痛むのかその動作は酷くゆっくりである。自分自身も身体を洗い、二人して浴場を出る。さっぱりした肌に当たる夜風が心地よい。
何を言うまでもなく、蓮人は寝台へ腰を掛け髪から滴り落ちる雫をタオルで拭きながら窓から見える夜の砂漠を見つめていた。
「あの魔物は?」
「開いていた北側の馬房にいる。瘴気も無くなったから恐れる必要も無し。お前の言うことを聞くのを兵や宰相がきちんと見てくれているから警備さえすれば大丈夫だろう。招き人の魔物に手を出すなら災いが起きると大げさに言っておいた。」
「そう、じゃあ会いに行こうかな。ああ、城の中だし護衛はいいよ。もう夜遅いし、寝てていいよ」
「・・・そんなわけには」
「一人で考えたいときもあるのさ。セペド」
「・・・わかった」
薄いゆったりとした服を一枚羽織り彼は出ていった。
残された静かな部屋に一人。虫の鳴き声だけが響く。
謝る暇もない。明確な線引きを感じた。
拒絶もないが、容認もない。わからないあいつの心が。
ただ、薄ら闇の中で確かに彼は己の背に、首に、腕をたどたどしくまわし求めていた瞬間の喘ぎがあったことも事実であった。時には両の脚を絡ませ、最奥の扉をたたいてなお腰を自ら捻り、引き寄せよがり狂っていたこともセペドは全て見えていた。己の名を何度も呼び高い声を上げたこと、その淫らな瞬間を脳裏に映しては小さくため息を零すほかなかった。
静寂の夜。
虫の音が響き誰もが睡眠を貪る城内を抜け、馬房へ向かう。見張りをしている兵達へ挨拶だけをしてハックウェフダーに会いに来た。足音で起きたのだろうか、蓮人の顔を確認するや否や嬉しそうな鳴き声を出しながら柵から首を出している。この馬房には数匹通常の馬も飼われてはいたが、やはり比ぶべくもない魔物は大きく立派であった。極上の毛を撫でれば温かくやはり気持ちが良い。言葉もなくお互いを求めることが出来る存在はこんなにも心地が良いのだ。
「・・・いい子だ」
馬房の中へと入り、腰を下ろしたハックウェフダーの腹辺りに背を預ける。天然の暖かな座椅子は、夜の肌寒さも包み込んでくれる優しさがある。魔物は腹を守るようにして丸くなりそのまま目を閉じたのでその大きな頭を撫でる。
「分からない。何もかもが・・・」
誰に語るわけでも無く口に出した言葉。
はぁとため息をついて蓮人は空を見つめた。
混乱や驚き、不安や恐れ、苛立ち、なんとも言えぬ感情がずっと渦巻いている。
原因は一つではない。ここ最近の己の周りを取り巻く全ての移り変わりに蓮人は感情の渦に取り残されていたのだ。まるで自分の周りだけが早く過ぎ去っていくような感じだけを覚え妙な焦りさえ募っていく。
自分自身の能力のことも、セペドの肉体の変化や気持ちのことも、宰相の言葉や魔物や瘴気のこと。他にも小さな要因が積み重なり蓮人は潰されそうであった。
全てが未解決で、四方八方を囲まれていく。その感情の渦が収まることもなく新たな小さな悩みが湧いてきて足が止まる。
腰が酷い痛みを伴い思考の海を時折破る。なぜ今なのだと蓮人は思った。
セペドの自分に対する思いは知っている。
知ってはいたが、答えが出せず保留にしていたもの。その保留を急かされたかのようで眉間にしわを寄せた。手足を縄で固定され喉も塞がれてもなお叫び、動けと言われているようだ。
どうしようもなくなり、一度離れたくなった。
「そういえば、お前に名前を付けてあげよう。流石に種族名ではね・・・セン?いや、ナキにしよう」
たった一頭で長い間孤独に耐えた魔物。そうして種族を超えても求めた仲間の気配。
恐怖の一つである人間にすら近づく勇気。純粋たる心。その全てが己を魅了する。
「ナキ。俺はどんな答えを出せばいい?」
虫の声が響く。ほのかな背中の温かさは疲れた肉体を睡魔の闇へと落としていく。
遠くで、何か高くぶつかるような音が蓮人の耳に届きそっと上体を起こした。
「なんだ?喧嘩か?」
喧嘩にしてはどうにも雰囲気が違う、外へ様子へ見に行こうと立ち上がり一度ナキの頭を撫でた。
「ナキ。少し外の様子を見てくるよ。何かあればセペドに伝えてくれ」
ナキは理解してくれたかのように瞬きを一度ゆっくり行うと自分をじっと見つめ続けていた。
入り口にそっとやってくれば警備していた兵士たちが全て倒れていた。急いで駆けよれば死んではおらずどうやら眠らされているだけのようでホッとする。
「いったい誰が・・・」
「お前か・・・共に来てもらおう」
後ろを振り向くまでもない。首元に当たる冷たい一筋。
反射的に固まった身体。
いつの間にか周囲には複数の賊に囲まれており、俺は横目で周囲を見た。
目元だけを出し、あとは全て布で覆い隠した男たち。
何が目的か分からない。俺は王族ではない。かといって目の前の男たちは目標の人物を間違っているとも思えない。
城の兵は優秀であり、一般人は簡単に侵入することは不可能。
眠らされた兵士たちの傍で香る僅かな匂いはきっと睡眠薬なのであろう。直接受けたわけではないが、残り香を吸っただけで頭の奥がぼんやりする。
身代金かもしくは別の目的か。
「俺を連れていく目的が分からないな・・・」
「口を縫われたくなければ黙ってついてくることだ咎人よ」
咎人。
それは何を指すのか。
ぼんやりした脳で思考は回らない。もっと情報を聞き出すべきか、他の兵が見回りに来るまで時間を稼ぐべきか考えるくらいの時間であった。されどそれも無に帰する。舌打ちした一人が蓮人の腹に拳を入れ、痛みと共に意識は闇に落ちた。
掌で転がる赤い柘榴の実。
食べるわけでも無く転がるその実の中からキラキラ光る赤い宝石たち。
血を閉じ込めたかのようなそれ。
深いため息をついてセペドはそれを籠に戻した。
やはりついて行くべきであったと、前髪をかきあげる。
どうしようもなくてそのままにしたが、彼の後姿はまるで今にも消えてしまいそうに小さかった。
腕の中にあったぬくもりは、もう感じられない。
確かについさきほどまで嫌というほどに感じられていたというのに。
妙な胸騒ぎがした。
城の中は安全だ。すぐ戻ると言っていたではないか。気にすることは無い。
けれど以前自分の意識が無い瞬間に取り返しのつかないことになる事件もあった。
一歩間違えれば壊されていた。もうあの想いをしたくはない。
(罵倒される方がましか・・・)
腰を上げ、服を着て、冷えているであろう彼用の上着も持ち部屋を出た。
北側の馬房に向かい冷えた廊下を歩くと廊下を巡回しているはずの兵士が隅で惰眠を貪っていた。
長いこと戦が起きていないとはいえこの怠慢。ほおっておけるはずもなく俺は兵士を叩き起こした。
「おい、怠慢だぞ。起きろ。どこの所属だ。俺の部下じゃないな・・・・」
「ぅ・・・・あ、ああ。アイヤーシュ様!し、失礼いたしました!自分は第四部隊所属のナシート・バウワーブです!申し訳ありません。一瞬爽やかな香りがしたと思ったら眠ってしまっていたようです」
「香り・・・?」
「はっ、自分はいつも通りこの辺りの巡回をしていたのですがどこか懐かしいような香りがしましてその匂いの正体を確かめようとしたのですが、気付けばこのとおりで・・・・」
「・・・・・」
「アイヤーシュ様?」
「他の巡回兵を急いでみてこい!!!侵入者がいるやもしれん。俺は北の馬房へ行く」
「かしこまりました」
気持ちが急いだ。
何が起きている?蓮人は無事か?
夜の静かな闇に蠢く者たちがいる。
馬房へやってくれば、警備をしていた者達は全員眠らされていた。
殺されてはいない。あまりにも長けていた。
馬房の中に入り蓮人の名を呼ぶも返事は無い。どこだ、どこへ行った。
舌打ちをする自分にハックウェフダーが鳴き声を上げて俺を呼ぶ。
「あいつはどこへ行った!!お前は何か知っているか!?」
魔物は早くこれを外せと鎖を引っ張りながら暴れている。きっと何か知っている。こいつと共に行けば蓮人に会えるはずだ。
先ほどの新兵が戻ってきて報告を受ける。
「アイヤーシュ様!!報告します!賊が数名侵入したもよう。侵入経路と今痕跡など調査に当たっております!」
「俺は犯人を追う。招き人が攫われた。お前は隊長と宰相へ報告。」
「はっ!」
目的は不明だが、蓮人が攫われたのは事実。急いで自室へ戻り、武具と剣を携えハックウェフダーに跨った。
「頼む。蓮人を追ってくれ!!」
解放された魔物は俺を乗せ、闇の砂漠を駆けた。
月明かりと星の煌めきで十分明るい。まだそう遠くには行っていないはずだ。
例え馬にまたがっていたとしてもこの魔物の速さがあればすぐに犯人の脚に追いつけるであろう。
(しかし、何が目的だ?王族を狙うわけで無し。金銭目的で無し。蓮人を狙う理由とは・・・)
国民に、招き人の存在は知られてはいるが誘拐したとして益になることは少ない。
身代金目的ならば城に侵入した時点で王族や貴族を狙った方が確実だ。会えて彼を攫った意図があるはず。
彼の膨大な魔力が目的か?以前の魔法師達のような実験に興味があるやつらか?それとも別の?
「くそっ・・・!」
無事でいてほしい。ただ今はそれだけを願う。
冷たい夜風を感じながらハックウェフダーが脚を止めたのは小さな廃村だった。
もう随分と人が住まなくなって長いのかボロボロだ。人の気配は当然ない。
「この辺りに気配がするのか?」
キョロキョロと世話しなく辺りを見回しているがはっきりしない。仕方がない。俺は魔物の背を下りて廃村の家を一軒一軒確認していく。賊はこういった使われなくなった家屋をねぐらにすることは多いが気配が無い。それでも警戒は解かず中心の家へと向かう。他の家よりは少し大きく、村長辺りが使っていたであろう大きさの家がある。その中を確認したがやはり気配はない。だが、明確な違いがあった。
ここだけ妙に人が踏み込んだ形跡が残る。
住める状態ではないが何かが足を踏み入れた確かな証拠が。
一通りすべての部屋を見て、家具や木箱を試しに動かしてみたところ人間が一人やっと通れるくらいの穴が壁に開いているのを発見した。しゃがみ込み這うようにして前へと進む。暗い闇を抜ければ窓もない四方を壁に覆われた妙な密室の空間が現れた。火の魔法で周囲を見ても扉は無い。恐らく外から見ればこの場所に空間があるなどわからない造りになっているのだろう。
足元には地下へと続く人工的に掘られた手掘りの階段が続いている。この階段の大きさであればハックウェフダーも連れて入れるなと頭で考え、通路はどうするか考えた。
「・・・壁壊すか」
セペドは難しく考えるのが面倒くさかった。
湿った土の香りがする。
薄ら瞼の視界には闇。
「ぅ・・・・・」
両手、両足共に縛られており地面に横たわっていた。
鳩尾あたりが酷く痛む。手加減のない暴力は鈍痛と共に肉体に酷く残っている。
状況を確認したくとも横に転がされたまま、灯り一つないこの小さな部屋は物置であろうか。
あまり使わない農具であったり、空箱が積み重なっているのがうっすら輪郭で確認が取れる。
己を誘拐して得することがあるのだろうか?蓮人はふと思った。
自分は確かに異界からの招き人で、この世界の人間ではない。けれど肉体もこの世界の人間と同じく脆くあっさりと死んでしまうもの。膨大な魔法量を持ってはいるが、攻撃魔法などむしろ仲間に被害が行く可能性すらあり、銃を持たせた赤ん坊よろしく危険なのであって無い能力に等しい。
やはり、緑化の能力を欲しがる人間か?もしくはその能力に不都合がある権力者の仕業か。
(権力者・・・・また貴族か?)
貴族と言えば思い出したくない事件を思いだす。
もしかしたら依然と同じような考えの貴族が起こした事件なのかも知らない。
己の肉体は、謎多き異界人。能力もさることながら研究者としては研究したくて仕方がないものだ。
あの事件から緘口令は敷かれてはいるが、絶対などということは無い。また誰か卑しい貴族の耳に入ってしまったのかと思うと体が震えた。あのような苦しみをまたされてしまうと思うと無意識にであってもやはり肉体は恐れを伴う。
(城で兵達が眠らされていた。そのまま放置されたならすぐに他の見回りの兵士が気づくはず。救助を待つにせよ。脱出する時間を稼ぐにせよ。この場所がどこか分からなければ・・・)
まず己がどのくらい眠っていたのかすら分からない。状況を把握することが先決だ。
実験されるならばすぐには殺しはしないであろう。逃げ出して時間を稼ぐより、穏便に話をして・・・。
(穏便に・・・か)
穏便に話がすむ相手ならば、こんな行動はとらない。それに蓮人は学んだのだ。話し合いで解決しようともそれが悪手になることもあるのだ。それで仲間を傷つけてしまうことも・・・。見極めなければ、相手の望みをまず。
この狭い部屋には扉が一枚しかない。その扉からうっすら入る細い光。外に見張りがいることを考えれば今すぐ扉を蹴破ることは賢い選択とは言えない。
肩や腕を使い何とか上半身を起こし、部屋に放置されている錆びついている農機具に近づいた。後ろ手で触れば錆びついて刃はボロボロで土を耕す力はなさそうだ。
(でも、これだけボロボロならば縄を切るくらいは出来るであろうか)
風魔法で縄を切ってしまおうかとも考えたが、加減がわからず大きな音を立て誰かが来ても面倒だ。
錆びて崩壊の始まっている農機具に手首の紐を擦りつけ何とか切ろうと試みる。
見えないため何度か手首も一緒に傷つけてはいるが今はそんなことを気にする余裕もない。
縄を半分程度まで擦り切ったあたりでこちらへ向かう足音がしたため急いで先ほど寝かされていた同じ位置へと戻る。扉が開き、体格のいい男が二人部屋へと入ってきた。面識のない男たちだ。
「目が覚めたか咎人よ」
「?あんたらは誰だ?その咎人とはどういうことだ。ここの場所はどこだ。目的を言え」
「口が減らない奴だ。煩くてかなわん。口も閉じるか?」
「いや、面倒だ。そのまま長老たちのところへ連れて行こう。暴れるなよ。暴れれば手足を一本折るなんざ造作もないんだからな。逃げたとて、お前はここから脱出できん」
一人の男が俺の口を閉じようとボロ布を手に近づいてきたが、もう一人の男がそれを止めた。
噛みついてもよかったが、ひとまずその長老に目的を聞こうじゃないか。彼らは俺を荷物を運ぶようにぞんざいに運び出す。部屋の外は手掘りの土で出来た壁。壁には均等に灯りが灯されており、今が夜なのか昼なのかも分からないままだ。似たような手掘りの通路は迷路のように入り組んでおり男の一人が逃げても脱出が出来ないと言った意味を理解した。まるで蟻の巣だ。この迷宮を逃げたとてきっと簡単に捕まってしまう。
そうして男ならば簡単に天井に手が届いてしまうほどの狭い通路を進んだ先に大きく開けた空間が目の前に広がった。
息苦しい先ほどの狭い通路とは違い巨大な空間は天井が高い。もともとこの虚を中心にして住居や通路を作っているのだろう。巨大なアペプが10体は簡単に収容できそうだ。
「連れてまいりました。」
「そこへ」
「っぐ、・・・あんたが長老か。」
「口を慎まぬか!このお方はお前が簡単に口をきける立場ではない」
その虚の中心では闇を照らす巨大な焚火が焚かれており、その煙は上空の小さな穴へと消えていく。あの穴は地上へ通じているのか。穴の向こうに光は見えぬがそれがまだ夜のままなのか、穴の向こうも別の虚に通じているのか不明だ。
その焚火の周りには布や丸太が置かれ各々に座ってこちらをみる男たちが数人。
その中でもひときわ若い青年の前に俺は乱暴に落とされた。
そう、彼らの言う長老は若かった。
見目美しいその青年は18~19ほどの見た目であろうか。どう考えても老人ではない。されど彼らの態度はふざけているとは思えない。自分の能力がなければ未だに信じられなかったであろう。
「ど、ういう・・・ことだ?あんたたちは一体?」
流石に声が震えるのも無理はない。
彼らを能力を通して視たそれは1000も2000も遥かに超える寿命であったのだ。
(セペドと同じだ・・・でも彼らは?一体どういうことだ)
動揺を隠せない。さきほどまで人間だと思っていたがよくよく観察すれば彼らは微々たるものでもそれぞれに瘴気も纏っている。人間型の魔族だとでもいうのだろうか。長老と呼ばれる白髪の青年もまたセペドと同じ赤い瞳を持ってはいるがそれが特徴というわけではない。他の男たちはそれぞれ茶髪であったり目は灰色であったり統一性は無い。内心の動揺をこれ以上出さぬように視線を地面に向けるも自分たちの異質性に気付いたことを見抜いたのか長老はふっと笑う。
「恐ろしいか。我らが。案ずるな、我らは魔族ではない。まぁ、普通の人間からすれば魔族のようなものかもしれぬがな」
その見た目からは発せられない随分と大人びた口調。
その言葉や所作、視線の強さ全てが物語る。その寿命の長さが嘘でないことを。彼らは生きてきたのだその長い長い時間を。
「恐ろしくはありません。ただ、似たような人間を見たことがあるもので動揺を致しました。」
「ほう、我らと同じ人間がまだ地上に残っていたとは信じられんな。して、咎人よ。お前を呼んだのは他でもない。お前の罪を問いに来た。」
「?言っていることが分かりませぬ。その咎人という意味すら。自分は何か貴方たちに知らぬ間に害をなしてしまったのでしょうか」
自分自身はこの世界やこの国の常識にまだ完全に溶け込んだわけではない。もし知らない間に何か破壊してしまっていたり、失礼なことをしてしまったのならば謝罪をせねばならない。が、蓮人に今のところ何か特別ものを破壊してしまった記憶などは無い。調査のためにセペドといくつか廃村で入り口を作るために壊した壁や井戸などはあるが、そのことであろうか。例え廃村であってもその民にとっては大切なものだったのかもしれない。
想いを巡らせて考えていれば、それが癪に障ったのであろう周りの男の一人が立ち上がり自分に罵声を浴びせてくる。
「ふざけるな!お前が犯した罪など分かり切っておろうに!!!」
「誰が発言していいと言った?」
「あ、申し訳ありません。ですが長老・・・」
「はぁ、お前達は下がっておれ。疲れる」
蓮人につかみかかる勢いだった男も周りに座って伺っていた者達も長老の睨みですごすごと奥へ消えていく。目の前の男と二人、その二つの光が重なり合う。血のように赤い瞳はセペドと同じであっても全く違う。冷たく暗い。背筋を駆けのぼるような恐ろしさを感じた。
蓮人に向きなおったその青年は、蓮人の顎を持ち上げ近くで目を細めながら人当たりのいい声色で囁くのだ。
「自己紹介がまだであったな。我はガイル・バンダーク。歳はもう覚えとらん。長く長く生き過ぎた。して、お前の名は何と言う?」
「水樹蓮人と申します。魔法師達によりこの世界へ呼び出された招き人です。」
「なるほど、だからその能力。常識に疎そうなのも当然か。なぁ、蓮人よ。お前から見て俺たちはどう見える?」
「・・・無礼を承知で発言をするならば、普通の人間とは明らかに違います。寿命もその牙、鋭い爪、そして一番は瘴気です。魔の者しか持たぬその瘴気を貴方たちは纏い付いているのではなく自ら放っている。けれど、貴方たちは魔族では無いと言う・・・・これは」
「さよう。我らも元は普通の人間よ。元は地上で暮らし、他の民と変わらぬ遊牧民であった。だがな、あの一件以降、国と袂を分かち、今は地上のいざこざとはほとんど関わらぬ。」
「あの一件とは?」
「それよりも蓮人。お前は生命値がほとんどないな?顔を見ればわかるぞ。青白い死人のような顔。今にも脆く崩れ去ってしまいそうだ。」
「んっ・・・・・ぅ・・・・・!?」
口を塞がれ、手足を縛られているため拒絶することはかなわなかった。
目を見開き、身体が強ばる。
奥に長い舌が入り込み喉がうなる。牙だけでなく人間を逸脱したその蛇のように長い温かいものは意志を持って喉の奥に容易に触れる。心臓が暴れる。この感じは幾度も感じた生命を移行する感覚と同じだ。口を塞がれ鼻で呼吸を必死にするも酸素が肺に満たされてはくれない。
「がはっ・・・・・はぁ、はぁ・・・」
「どうだ?少しは体調がましになっただろう?」
ようやっと解放され、呼吸を整えていれば頭上からは頬杖をつきながらガイルがあっけらかんとした声でそれを紡ぐ。
何がましなものか、今現在目の前で息絶え絶えの姿が映らないのかと問うてやりたかった。
だが、蓮人の口からは声ではなくただ新鮮な酸素を取り込むことに必死であった。
喉の奥を舌で撫でられる感じが今だに残っている。
「・・・・あんた、その能力・・・どうやって?」
「ああ、俺は昔から出来るのさ。他の者には出来ん。これは生まれついた能力だ。他の奴らに教えたこともあったがまぁ出来なかったな。ああ、別に口吸いでなければできないわけではない。・・・そう睨むな挨拶代わりよ」
「・・・・・」
寿命のやりとりができる人間が自分以外にもいたことに驚きを隠せなかったが、けれども彼は生まれ持ってそれを扱えるだけでどうやらこの地下の人間皆が使えるわけでも無いようだ。
自分の反応がいちいち面白いのだろう。見下ろしながら彼は先ほどから随分と機嫌が良い。
「かつて戦争ばかりやっていた時代には俺たちのような人間はたくさんいたのさ。絶え間なく流れる血、襲い来る者の中には凶悪な魔物を使う者もごまんといた。それを必然と倒すうちにこんな化け物のようなものが生まれた。」
「やはり・・・魔物の血を大量に浴びたんですね」
「その言い方だとお前の知る者も同じ状況になったのか。さよう。昔は魔物の血を浴びるなどさほど珍しくなかったものよ。男たちは日々戦いに駆り出されていたのだから。だがな、そのうちその人間同士で子を成したとき生まれた者は生まれながらに瘴気を放ち、寿命も人間離れしていたのだ」
「っ・・・・!?」
「ここに住まうもので、かつて自ら成った者はもうほとんどいない。その末裔よ。でも志はある」
かつてはセペドと同じように戦いの中で、魔物の血を浴びすぎて魔に近づいてしまう人間がたくさんいた。それは理解できる。
けれど、その者達で子を成したとき先天的に瘴気を放つ者が生まれるだと?寿命も元より違う?瘴気を常に放ち身体に支障も無い。それはもう魔の者と呼べてしまうのではないか?いや、彼らにとってはそれが普通なのだ。けれど、今も変わらず地上にその事実が知られておらず資料もないと言うことは・・・
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