死に急ぎ魔法使いと魔剣士の話

彼岸

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魂の行方

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今でも瞼の裏に見えるその光景。
山と捨てられた遺体とそれを喰らう魔物たち。それすら全て焼き尽くす炎。


「我らが国から迫害を受けたあと、捕まった者達は皆最後は殺され打ち捨てられた。それがあの場所よ。その血肉を求め魔物すら徘徊するそれを巨大な魔の炎で焼いたのだ。どのぐらい続いたか、末裔で当時の戦を知らぬ世代すら殺される始末。そうして我らの同胞はあの地に眠るのだ。塵となり・・・灰となり・・・いまでもあそこは悲しみに溢れ心が晴れることは無い。その凍てついた悲しみの寒さがあの場所を呪うのだ」



「っ・・・・・」



不思議とずっと寒い地域がある。
その場所は決して晴れることもなく曇り空。
気候のせいではない。憎しみと悲しみの呪い。
それがあの地の正体。



「・・・あの地が他の砂漠と違い白いのは・・・」


声が震えた。


「同胞の灰よ。骨まで焼き尽くされたその欠片は、どんなに強い風が吹こうとも、どんなに月日が経とうとも不思議と決して消え去ることは無い。あの地を覆いつくす白い砂は全て我らの仲間の成れの果てだ。」


喉がせぐり上げた。
こみ上げる吐き気を何とか抑え込み、呼吸を無意識に深くする。
どれだけの人間の尊厳を踏みにじればあれだけの量となる。
どれだけ長い間迫害され続けてきたのだ、彼らは。

最初の王族に習い、世代が変わっても行われた残虐な行為。
それをガイルは全て見てきている。今迄よく城が襲撃されなかったものだと冷や汗すら感じた。
地下に住む者達の怒りはどれほどか?いや、当時の話を知る者はもはやほとんど生き残っていないとガイルは言った。
生まれながらに迫害され続ける人間達。彼らは今、地上に何を思っているのだろうか。
理不尽な差別。
隔絶された世界。
地下に作られた彼らの最後の王国。


「・・・い、今その話をどれだけ王族・貴族が知っているかはわかりません。ですが、今代の王はそのようなことは決してしないと誓うことが出来ます。現状を伝えねば、あの地はいづれ失うこととなります。」



「なに?」



「元より己があの地へ足を踏み入れた原因は、国の命令。緑化を行うことです。己の緑化に特化した力を使いあの地を潤せと。ですが、今の話を聞いてそれを行えばこの地下に住む者達の反感をさらに買うでしょう。衝突は避けられませぬ。もし、もしこの地のことを話すことを許していただけるのであれば私から宰相にあの地は二度と触れぬよう伝えることが可能です。」



ガイルの話がどこまで本当なのかは分からない。
同情を買うための嘘の可能性すらある。だが、本当の話であろうならば今代自分が関わったことで起こした更なるわだかまりを後世に残したくはない。
ガイルはけだるそうに首をぐるりと一度回して目を細めた。仕草の一つ一つをゆっくりと行うがゆえに見定められているかのような気持ちとなる。長く生き続けると仕草すら落ち着き払うようになるのか、きっと当時のガイルはもっと年相応の仕草であったろうに。見た目が恐らくほとんど当時のままで止まり、時折無窮の時を生きる存在をちらつかせる仕草に思わず唾を飲み込んだ。


「ならぬ。我らに反乱の意志は無い。あるのはただ静観のみ。だからこそほおっておいてほしいのだ。」


「だからこそです。貴方たちの存在を守るために無知ではなく、共有し、共有したうえでお互い二度と関わらぬようにすれば・・・」


「蓮人よ。理解しておらぬと思うが、お前は二度と地上へ戻ることは出来ぬ。」


「は?」


「言ったであろう。我らにあるのはただ静観のみであると。一部の民によってお前にこの地の存在を知られてしまった。だが、そのほころびから新たな火種が生まれるとも限らん。だからこそお前を帰すわけにはいかぬのだ。」


「ま、待ってください!!!私は決して貴方たちを害しないと誓います!それに私が無理やり連れてこられたことで今頃城の中は大騒ぎとなっているはず。このままでは貴方たちの場所が見つかるのも時間の問題です。それならば私が仲介して国と地下の住民の間に入ることで少しは利用価値があるとは思いませんか?」


そうだ。自分がこの場所に連れてこられてからどれぐらいの時間がたったのだ。まだ数時間程度か、数日なのか。気を失っていた間の時間が分からぬうえに、この地下には時計が無い。今が昼なのか、夜なのかもわからない。外との情報が全く分からず歯がゆい。目の前の男は自分を二度と地上へ帰さぬという。


「そのようなことは無用。この国の地の下にはいくつも拠点が存在する。例え地上の入り口が発見されようとも到底人間では侵入することは叶わぬ仕掛けが至る所に張り巡らせてある。どんなに優れた魔法師がいたとて破壊できぬ岩盤もいくつもあるのだ。それは逆も然り。通常の人間が脱出しようともこの迷宮の地下・及びその地上へ続く岩盤の扉の仕掛けはお前には突破できん。無謀なことはせぬことだ。まぁ、そんなに悲観するな。お前の存在が忘れられる年月が経った頃であれば地上へ帰すことももしかしたらあるかもな。お前の寿命は俺が分けてやろう。この地下での暮らしもそう悪いものではない。」


「・・・・・ぅ」



何か訴えねばと思った時、幽かに懐かしい香りが漂う。その香りは爽やかで、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろうか?そうして香りの記憶を辿ろうとした時、城の兵士が眠らされたものと同じ匂いだと気が付いた時には遅く、蓮人はそのまま眠りについてしまった。



目の前で深い闇へ落とされた招き人を見下ろして、一人ガイルは蓮人を担ぎ上げた。
力なくだらりと晒された首を指でなぞる。目を細めたその者は何を思うのか。
またパチリと大きな焚火の中で何かが弾ける音がした。





目が覚めると知らない寝台の上にいた。
身体を拘束されていた縄は外され寝かされていたが、代わりに手は頭上の寝台の柵に縛り付けられており身動きが取れないことはさほど変わりない。頭だけ動かせば、水差しを持って部屋へ入ってくるガイルがいた。


「ああ、やっと目が覚めたか。すまんな香が少し強すぎたようだ。」



「俺はどのくらい気を失っていた?」



「半刻ほどだ。カマルの根は吸い過ぎるとあまりよくない。水を飲め。頭痛がしばらく続くであろうが、そのうち消える」



「その前にこの縄を・・・・っ!」



一方的に説明をして、ガイルは自分で含んだ水を蓮人の口に流し込んだ。
無理やり流し込まれる水に抗うことも吐き出すこともできず、仕方がなく胃に落とし込んだ。
その飲み込む間にも喉の奥へ遊び入る長い舌が何度も弄び苦しい。
涙目になりながらも逃げることも叶わぬ己を見下ろして大層楽しそうだ。
口が離れ蓮人が噎せるその姿にすら口の端を幽かにあげ、その様を見つめている。



「っゴホ、趣味が悪いな・・・・ハァ・・・」



「長く生き過ぎるとな、いろいろ歪むのだ・・・・」



「何を・・・?」


彼はそのまま蓮人の上着に手をかけた。部屋の灯りに晒される白い肌。
彼は蓮人の胸元に手をやり、そのまま沈め埋めるようにして魔法を譲渡してきた。
その熱さに身体は強ばる。何度も経験するも慣れぬその行為に奥歯を噛みしめた。

身体に侵入される圧迫感と熱。吐息さえその熱に侵されて絶え絶えとなってしまう。
蹴り飛ばそうにも、のしかかられた男の体重に思うようにいかない。自分自身の力は非力な男のそれと同じで、相手は人間を超えた怪力を持つ。己の動きなどそよ風にもならない。


「っ・・・・・ぁ、くっ!」


大きな男の掌が肌の上をなぶりながら熱を持つ。その様を見下ろし目を細めながら彼は命を渡す。
抵抗などさもむなしく終わる。その熱は欲望を持って胸の中に入り込みその心の臓を侵すのだ。苦しさしかなく、暴れた拍子に脂汗は床に染みた。



「いい・・・!!いらない・・・!!!くれなくていい!」



「そういうな。たかが数百年、お前ならもう少し有効に使えるのではないか?」



「っ・・・・・」



口をぱくぱくと開いては閉じ、何かを問いたかった。
蓮人には理解の範疇をとうに超えており、その行動も目の前の男の思考も何もかもが分からない。
己を辱めたいわけではない。憎くてするのではない。さも気まぐれの遊び人のように振舞うそれも目が語っていないのだ。だからこそ強く抵抗も出来ずにいる。虚無とすら言えるその虚ろな瞳は蓮人すら見ていない。



抵抗をやめ、その見下ろす顔をまじまじと見れば彼は何をその身に見てきたのか。言葉で問えぬその空気は静寂を打ち破る大きな振動でやっと破られたのだ。


手掘りで掘られた部屋のその扉を破壊する脚。
手には名も知らぬ住人の男が数人首根っこを掴まれてのびている。
目は爛爛と赤く怒りで輝き黒髪の男は蓮人の名を呼んだ。


「蓮人!!見つけた!!!」


「セペド!?あ、ナキも・・・・・」


「何奴だ。無礼だぞ、人の部屋に蹴破るなど」


「誘拐犯に礼儀礼節を問われる謂れはない。そいつを離せ。離さねば斬るだけだ。」


部屋に侵入してきたのは護衛騎士であるセペドと魔獣のハックウェフダー。
ナキは、その狭い入り口から部屋に入るのを嫌がって、首だけ部屋の中の様子を伺っているようだ。
セペドは入るや否や剣をガイルに突きつけ、蓮人の解放を要求する。けれどその部屋の空気が数度下がるほどの怒りの圧でさえ何も感じぬかのようにガイルは飄々と相手と向き合っている。その態度がますますセペドの怒りを煽り、眉間にしわを寄せる。


「なぁ、蓮人よ。お前が言っていた俺と同じだと言ったのはこいつのことか?」


「・・・」


「なるほど。」


蓮人の無言の態度を見て、一人何かを納得している。
目には少しだけ光を取り戻したかのように鋭い牙が見えるほどにふっと微笑んでいた。
とりあえず拘束を解いてくれと願いようやく解放される。腕を擦りながら様子を見やるとガイルは小さく口を開く。


「その目はよく似ている。若く、無謀も兼ね備えた、だが危うくもある」


「蓮人。気狂いはほおっておいて帰るぞ。」


セペドは蓮人が何を言うまでもなく、颯爽と腕を引きその手を放すことなく部屋を出た。
ガイルはほんの少し笑みを浮かべたまま、この部屋の騒々しさに何事かとぞろぞろ集まってくる虚の住人達を静かに止めたのだ。先ほどは二度と地上に戻らせぬと言った口で、脱出を試みようとする俺たちを追うわけでも無い。彼の考えが理解が出来なかった。ただ、立ち去る瞬間に一つだけ蓮人は彼に質問をした。


「貴方に一つだけ質問をしていいでしょうか?」



「なんだ?」



「貴方の過去の話を聞くならば、貴方には親友がいたはず。その彼に事が起こった後一度も会いに行かなかったのですか?」



彼の話の中で、出たきた彼の善き理解者であり幼馴染。カディーラ・ジュンディー。彼のもとには一度も帰らなかったのだろうか?例え国に追われる身だったとしても少しの間であれば会うことは可能だったはず。
この得体の知れない長い時の中を孤独に生きてきたわけでは決してなかろう。
すると彼はふっと目を細めてこう言ったのだ。


「・・・・会いに行ったさ。」



その表情の意味を、蓮人は言葉以上に理解することは出来なかった。ただ、彼は会いに行けたことで今を生き続けることが出来たのだとそれだけを知ることが出来たのだ。
迷宮と呼ばれた虚穴も、侵入者を妨害する仕掛けも、セペドは近くにいた警備している男らを捕まえ問題なく脱出することが出来た。人間では到底開けることのできない分厚く重い扉もセペドの怪力では意味さえなく。
城から連れ出されてようやっと虚穴から脱出が叶った時に見たのは、砂漠の遥か向こうから灼熱もたらす太陽が顔を出し空は白くなり始めていた。


「夜が明けた・・・」


「セペド、この場所のことは・・・・」


「駄目だ、お前が何と言おうと報告させてもらう。それはお前だけでなく今後城に住む王にも危険が及ぶ可能性があるならば、国の兵士としてそれは見逃せない。」


「・・・なら、俺から宰相に説明させてくれ」


朝日に照らされた廃村は、埃っぽくて、小さくて、砂嵐が来れば脆く吹き飛ばされるほどに儚く映った。





地上の人間が二人立ち去った後、住民たちは己に怪我はなったかと心配する声で少々騒ぎになった。だが、その声も少し遠くに聴こえる。ガイルは瞳の奥にかつての記憶を思い出していた。


逸脱した肉体になってしまったあの日、友は故郷で待っていると言ったのだ。
それを思い出し会いに行くことが出来たのは反乱を起こして隠れ住むようになってから数年ほど経過していたのだ。遊牧民である俺たちは故郷と呼ぶものは明確ではない。だが、季節によって滞在している場所がいくつかある。家畜に喰わせる草を求め、水を求め、俺たちは動く。
その時期に滞在しているであろういつもの場所へ足を運んだ日。久しぶりの故郷の土は他と大して変わらないのに胸が高鳴る思いであった。羊の鳴き声と川の時折魚の跳ねる音、全てが懐かしく走り回りたかった。
お尋ね者として国から訪ねがあったかもしれない。もう会っても捕らえられるだけで昔のような笑いあうこともできないかもしれない。その歯がゆさが進む足をのろくさせた。

けれども、片足になった彼は俺の顔を見つけると慣れた足取りで家へ招いてくれたのだ。
追われる身になってしまったこと。もう二度と共に暮らすことは難しいこと。簡単に簡潔に状況を伝えた。
聡いカディは、何を言うべくもなく黙って最後まで聴いていた。この家の空気、部屋には研ぎすぎて刃が狭くなってしまった料理用のナイフ。全てが過去に戻ったようだ。


「よく、生きて帰ってきてくれた」


その一言で俺は救われたのだ。
逃げ続けることも、人間として否定されることも、己が逸脱したものになったこともすべて忘れてまたこの場所で暮らしたかった。もう二度とあの日も差さぬ穴ぐらで息を潜み暮らし続けることが嫌で泣き出してしまいたかった。
せめてこのありあまる命を誰かに押し付けて己と共有したかった。


「それはお前の命と知れ。ガイル」



愚痴も悩みも吐露すると、カディはこう言った。


「その無窮の時間を得たことには意味があるんだ、きっと。その先で視たものをいつか俺に教えてくれ。命の長短は問題じゃない。どう生きて、どうそれを活かすことが出来るのか。その答えを見つけるために与えられた時間がその時間なのではと俺は思う」


「・・・・っ」



相手がカディでない人間から言われた言葉であれば、他人事だからそのようなことが言えるのだとまくし立てていたであろう。だが、カディだからこそ。一度死にかけ今を必死に生きている彼だからこそ受け入れられる言葉であった。



「俺は、その力が無かったらここには居ない。この命を救ったのもお前のその力だってこと忘れないでくれよ」



「・・・・・」



この力の悪い部分だけしか目が行かなかった。
不幸にも人間でなくなった自分を同じ者同士で傷を舐めあい、俺たちは被害者なのだとその思考に染まっていた。
この力に助けられたのも事実。俺とカディの命を救ったのもまた事実なのだから。


「・・・恐怖に踊らされて視界さえ覆われていたようだ」


「そんなことないさ」


ふっとお互い自然に笑いあうとようやっと”帰ってこれたのだ”とガイルは思えた。









城へ戻ると、俺は予想以上に大事になっていたことを改めて知る。
宰相のもとへ行き事の顛末を詳細に話した。
下手に隠しても、国の一番重要な城へ侵入し、兵を欺き、誘拐までしてのけたのだ。

これは公になってはならない。
いとも簡単に城を落とせると思われては困るのだ。


「地下にかつて国が差別の対象にし虐殺を行った民の生き残りがいると・・・?」


「はい。宰相は存じ上げなかったのですか?」


「・・・私が知っている史実に似たようなものがあるが、それは国に都合がいいように書き換えられたものなのでしょう。よって其方の見たもの、聞いたものが誠であればほおってはおけぬ。新たな王はまだ幼い。この期に蓮人のように誘拐、暗殺などされては困る。はて」


「宰相。彼らにそのような意思は無かったように感じます。いえ、私の見たところ時点ではという判断の域を出ませんが。少なくともその長と呼ばれるガイル・バンダークには無いものと思われます。ただ、国の判断によっては今後分かりませぬが・・・」


「その者は蓮人の言葉を真に受け取るのならば、今後も静観を貫くのだろうな。だが、かつての国が行ったもののはぐれものをレルアバド王に託された身としてはほおっておくことは出来ない。彼らもこの国の民なのだ。その意見を受け止めてこの代で知らぬ存ぜぬをすることも出来るであろうが、イステカーマ王が政務をこなすその前になるべくわかりきっている問題は、取り除いてやりたいのだ。」



宰相の言うことも最もであり、もし国が過去の罪を認め、迫害してきた人種を民として普通に暮らせる権利を渡せるならばどんなにいいであろうか。兆しとしてはいい傾向ではあるが、その交渉ごとに地下の者達は応じるであろうか?
そもそもに、民として人権を与えられたとて彼らには別の問題もあるのだ。


「彼らは地上で暮らせたとて、他の民と共に暮らすことは難しく。さきほど申し上げましたように、彼らの子らには生まれながらに瘴気を纏う人間がいるのです。その瘴気は通常の人間にとって毒となり、非常に脅威です。ですが、その瘴気ですら彼らにとっては肉体の一部なのです。取り除けば命を奪うことにつながります。その部分に関しましても話し合わねばなりません」


「その話自体が、誠であると言えるのか?蓮人の同情を買うために出た嘘だということも念頭に置いて一応頭の隅に置いておきましょう。まずは話し合いの場を作らねば。」


「・・・そうですね。彼らは今頃あの虚を捨てることも考えの一つにあるかも知れません。地上の者に知られた以上また虐殺が行われると思い、別の虚へ発つことも考えられます。そうなればまた見つけ出すことは我らには不可能、早馬を出しましょう。」


「わかった。すぐに手配しよう。他に危惧するべきことはあるか?」


蓮人が視線を下げ、両手を汲んだ手元をじっとみている間にも宰相は、人を呼び現時点の手配・兵の準備などを済ませている。言葉にするか悩んだが、蓮人は重い口をようやく開いた。


「ルムア地の緑化を取り下げていただけませんか」


これは、すでに心に決めていたことだ。
宰相にルムア地が彼らにとってどんな感情の場所であるか。この国の恥部であるということもわかってはいたが、そこを汚されたくないという思いは叶えてあげたいのだ。
宰相は一瞬の間を置いて、わかりましたとだけ、簡潔に答えたのだ。


国とすれば、かつての王侯貴族が行った恥部など全て塗り替えて見えなくしてしまった方が都合がいいであろうと宰相はそちらの方を選択するかと思ったのだが、蓮人の予想は外れた。


「蓮人。貴方には申し訳ありませんが、もう一度その虚に住む彼らのもとに行き話し合いの場を設ける繋ぎをしていただきたいのです。勿論護衛は付けます。貴方が間に立ったのなら、私やどこの人間か分からぬ者が交渉に行くよりかは少しは良いでしょう。そしてその後、ルムア地へ行ってきてほしいのです。」


「はい。この騒動を起こしてしまった責任は感じております。それは構いませんが、なぜもう一度ルムア地へ?」


緑化をもう行わないという返事をもらったばかりで、魔法を使って来いということではないであろう。あの何もない墓場へ自分が行って出来ることは少ないのだがと頭をひねっていると、蓮人の前にテピイが握れば掌の中に隠してしまえるほどの砂の入った小瓶を一つ差し出してきたのだ。


「貴方にこれを・・・・。これを、ルムア地に撒いてきてほしいのです。」


「これは?」


受け取った小瓶の中身はルムア地に似た、白い粉だ。以前採取した砂の研究の余りであろうか?
それならばこれは。


「それは、レルアバド国王の粉骨の一部です」


宰相は、一度小さく深呼吸をしたかと思うとそう言った。


「国王の遺言の一つです。生前私に、死んだらそこに骨の一部を撒くようにと。そうおっしゃっていた。・・・ですが、私には理解が出来なかった。なぜ、あの何もない北の果ての寒い地へおひとり行こうというのか。骨を一部砕き地へ撒くなど、ありえないことです・・・王の魂が、ルムア地で彷徨い続けることを意味します。その欠片が冥界の魂と一つにならない限り王は生まれ変わることも難しい。当時の私には理解が出来ませんでした。ずっと、ずっと遺言を守れず持ち続ける自分が憎くて堪らなかった。あの寒い地へおひとり置いていくならば、私が生涯大切に持ち続けることも許されるのではないかと自分を騙した言葉で持ち続けたのです。つくづく酷い人間だと思いませんか?」


その問いかけに首を横に振った。
どんな答えであれ、テピイは自傷気味にほほ笑んだだろう。
声は幽かに震えていた。


「貴方が誘拐される少し前、貴方達がルムア地で採取してきた砂を調べていた報告が上がってきていたのです。そして貴方の報告を聞いて納得しました。あの地全体が、死者そのものであると。」


「・・・・・はい」



「なぜ、生前王は私に全てをお話になってくださらなかったのか。信頼が足りていなかったのか。少し悲しくなりました。ですが、王も全ては分からなかったのかもしれません。王も史実しか知らぬ身。生きている王族、口づてに真実を伝えることのできる者は全て居なくなっていたのですから。もしかしたらいつの日にか当たり前にある史実すら疑い、彼なりに出した答えと共に理解していたのでしょう。聡い方でしたから・・・だから、ようやっと私も王の言葉を叶えられそうです。」



手の中で転がる小さな小瓶がとても重かった。



風の強い日であった。
その虚へと続く廃村へ、護衛の兵と一番腕が立つセペド、蓮人及びテピイの部下数名の文官を引き連れた。

彼らはまだ虚の中に残ってくれていた。
捕らえた人間が再び城の人間と兵を引き連れぞろぞろと戻ってきたために、警戒は最高潮となっていたが、予想をしていたとばかりにガイルは以前初めて会った巨大な焚火揺らめく大虚で立ち会うこととなった。

なるべく簡潔に、無駄な言葉遊びもせずに本題に入った。

かつての国の行った行為、彼らの今後の処遇など全てをきちんとお互い正式に話し合いの場を設けさせていただきたいと。
その内容を聞いたガイルの答えは当然拒絶であった。


「蓮人よ。先に言っておこう。俺たちは国を信用しておらぬ。過去に今のような交渉事が一度たりとも無かったと思うか?」


「っ・・・・それは」


「何度も馬鹿正直に俺たちはようやっと自由になれるのだと話し合いに応じたさ。その度に裏切られたのだ。信じろという方が無理であろう?もう良いのだ蓮人。お前自身が嘘を言っておらぬこともわかる。お前の立場なら国に報告せざるを得なかったことも。だが、俺たちのことはもうほおっておいてほしい。何もするな。それだけよ、国に求めるのは。されど此度は関わったのはこちら側の民が起こしたことが発端でもある。それに関しては正式に謝罪したい。」


この溝を埋めるにはあまりに深く傷が大きい。
彼らはどれほどに裏切られてきたのであろう。もう信じる心さえ失ってしまったのかもしれない。
何かを言いたくて口を開くも、言葉にすることが難しい。心開かぬものにどんな言葉をかけたとて今はきっと届かない。


「その宰相に伝えよ。俺たちは見ているぞと。本当に我らに対し少しでも報いたい気持ちがあるならば態度で示せ。どれくらい時間がかかってもよい。我らは長命なのでな。そちらの代が変わってもなお、その意志貫けるならばそのうちいつかは話し合いの場を設けることも出来るやもしれぬと。」


「・・・・・」



その日それ以上彼らに何も言うことが出来ず、一度城へと戻ることとなる。
帰り際少しルムア地へ寄らせてもらい、宰相の”用事”を済ませるとその地のずっと晴れない曇り空と、氷に抱きしめられているような寒さ、どこからともなく聞こえる悲し気な声に似た風の音。全てが心に響いた。



最初に来た時にどうして気付かなかったのだろう。
彼らは今でもこんなにここから世界を見ていたのに。


白い砂の上に立ちながら、風は蓮人の頬や髪の毛を撫でては次から次へと去っていった。
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