しがない店長は貶メられタイ。

蓮実 アラタ

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「くっ……、ふっ……」

 カーテンを締め切った薄暗い室内で、小さく声が漏れた。
 全体を黒と青で統一されたシックな室内。

 遮光カーテンの隙間から小さく夕暮れの木漏れ日が差し込み、灰色のシーツが敷かれたベッドの上で、大きく衣擦れの音が響く。

 脇には脱ぎ捨てられた衣服が転がり、ベッドの中ではある男がしきりに己の下半身に手を添えてそこをしきりに動かしていた。

「あ、あア……」

 小さく響く恍惚とした声。
 はぁっ……と愉悦の声と共に漏れ出る吐息は熱く、その度に己のものを扱く手を止められない。

 形の良い耳にはめたワイヤレスイヤホンからは小さく音が漏れ、それと連動して映し出されるモニターにはが絡み合う行為の真っ最中の動画が流されていた。

「はっ……あっ!」

 己のものが敏感な亀頭を擦り上げると、なんとも言えない吐精感が込み上げ、たまらずその衝動に素直に従う。

 綺麗なシーツにポタポタと白い液体が飛沫となって落ちてゆく。
 シミひとつ存在しなかったシーツが淫靡に汚れていくのを感じながら、俺――三嶋 茜みしま あかねは事を終えて小さく嘆息した。

「……足りない」

 圧倒的に足りない。
 何が。答えは言わなくても分かる。己の性癖を思えば、答えは簡単だ。
 けれど、あえて言いたくは無い。

「……仕事行くか」

 時計を見上げれば時刻は夕方の十七時。
 そろそろ支度をしなければ、仕事に遅刻してしまう。

 自慰後の軽い倦怠感を抱えながら、俺はベッドの下に置いていた変えの下着を手に取り、シャワーへと向かった。

 ♢♢

『――三嶋くん、好きです。付き合ってください!』

 思えば幼少期から人によく好かれた。
 周りとそつなく関係をこなし、友達も多かった。

 母親がフランス系の家柄だったことから、少し人より西洋風の顔に生まれ、周りに合わせるだけの力もあった。

 当たり障りのない関係を築き、クラスの輪の中に入り集団生活を過ごすと、何故か女子に人気が出た。

 告白されたことは数しれず。
 一部の男子にはさぞ恨まれたことだろう。
 しかし、俺はその告白全てを断ってきた。
 異性と付き合ったことは未だない。

 ――なぜなら。

「――店長! 店長!」

 おっと。いつの間にかぼうっとしてしまっていた。自分を呼びかける声が聞こえて書類整理をしていた手を止めたまま、俺は視線を上へと動かす。

「店長、どうしたんですか? 今日、ずっとぼーっとしてますよ」

 手をヒラヒラと振りながら綺麗に整えられた黒髪が目に入る。こちらを覗き込むその表情は幾分か心配そうな気配をしていた。

 そういえば喉が痛いし、少し熱っぽいような気がする。
 ここ数日寒暖差が激しかったからだろうか。
 年が明けて間もないのに、三十路を過ぎるとすぐ身体に支障が出る。

「いや、なんでもない。それで何か用だったか?」
「はい。来週のシフトのことなんですけど、土日フルで入れる人探してましたよね。俺入れます」
「本当か!!」

 思わずガタッと席を立つと呆気に取られたように黒髪の青年が一歩下がる。
 俺は感動のあまりそれに気づくことなく、抱きつく勢いで黒髪の青年――新田 新夜にった しんやの手を取った。

「ありがとう、本当にありがとう新田。お前は俺の救いだ」

 これで俺の地獄の十二連勤に終止符を打てる。土日にワンオペすることなくゆっくりと事務作業に専念できるなんていつぶりのことだろうか。

 嬉しさのあまり新田の黒髪をわしゃわしゃと撫でると、彼は戸惑いの表情を浮かべながらもふにゃりと笑った。

「そんな大袈裟な。たまたま用事が空いただけですので」
「そう言ってこの間も欠勤になったやつの代わりに結局深夜まで残ってくれたもんな。本当に助かる。今度お礼に夕飯奢ってやる」
「いえそこまでしてもらわなくても……」
「とりあえず助かる。最近寝れてなかったから土日はしっかり寝れそうだ」

 ありがとう、と改めて感謝を伝えシフト表の今週の土日に新田の名前を加える。
 これで夜番は俺と新田の二人となった。

 十分な休憩も取れるし、万が一何らかのトラブルがあっても対応は可能となるだろう。
 しがないレンタルDVD店の店長という立場は何かと上からは便利な駒として扱われ、自店の店員と上との板挟みになる。

 全国規模を展開するチェーン店であるにもかかわらず、ここ最近はレンタル業務だけでは業績を支えきれないのか日用品の販売まで始めた。
 コンビニでも目指しているのだろうか。

 迷走気味な上の指示に業務は複雑化していくばかりで、人員が追いつかない。それなのに経費削減をうたい、人件費は削られていく。

 学生からのバイト上がりで何となく入社し、店長まで登り詰めたものの、本当に自分の人生これでよかったのだろうかとたまに疑問に駆られるが、唯一の趣味のためにも今の給与を下げたくないので辞めることもできない。

 そんなしがない店長でしかない自分にたまに嫌気が差してしまうが、それでも責任者である以上、店は回さなければならない。現実はなんと非常なのだろうか。

「ああ、こんな時はストレス発散に限るな……」

 そんなことをつぶやく横で、新田が意味深な表情で俺を見ていたことなど気づかず、今日の業務を終わらせるためにひたすら手を進めた。

 ♢♢

「おつかれ」
「お疲れ様でした」

 店のシャッターを閉じ、くるりと振り返ると新田が寒そうにダウンジャケットを擦り寄せながら挨拶してきた。
 見上げれば暗くなった空からは雪が降っていた。

 道理で寒いわけだ。車の鍵を取り出しながらそう考えたところで、目の前に立つ新田が手を擦り合わせていることに気づいた。
 防寒具の類をしていないのを見ると、忘れたのだろうか。

「ほら、これやるよ」

 俺は自分のコートに突っ込んでいたカイロを取り出すと、新田の手に押し付ける。
 寒さで冷えた手は思ったよりひやりとして少し驚いた。

「でも、」
「俺は車で帰るから。風邪ひかないようにな。じゃあまた」

 言い淀む新田に一方的に告げて、踵を返す。
 雪が降るほどの寒さにポケットに残っていたカイロの温もりをよすがに車へと走る。
 三十路の身体にはこの寒さは毒だ。

「それに早く帰ってアレもしたいしな……」

 俺は車に乗り込むと颯爽と帰宅への帰路を急ぐことにした。





 そうして走り去る店長の姿を見ながら。
 新田 新夜は今しがた渡されたカイロを穴が空くほど見つめ――そして、

「――やっぱり、三嶋店長。あなたは俺の

 決してでは見せない黒い笑みを浮かべた。


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