やめてください! 私は壁の花でいたいんです!!

蓮実 アラタ

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プロローグ 『出会い』

一方その頃、王子はというと。

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 麗しの王子殿下の尊顔を間近で見たイリスが口元をニヤニヤさせつついい思い出ができたとホクホク顔で帰路に着く頃――、
 見事に玉砕した件の王子はというと。

「聞いてくれレイス! 僕は今日見事に振られた!!」

 ――従者のレイス・ジルベールに笑顔で報告をしていた。
 今まで見たことがないほど頬を上気させた興奮状態で無邪気にベッドに転がる王子殿下を視界にも入れず、従者は床に放り出された衣服を黙々と拾って感想を述べる。

「絶世の美形と名高い殿下が振られるなんてそんなことこの世にあるんですね驚きですワオびっくりー」

 句読点も抑揚も付けず一気に言い切った。
 完全な棒読みである。見事なまでの棒読みである。
 大根役者でもここまで酷い棒読みはしないだろう。

 しかしセラムは全く気にした様子はなく、話を聞いているのかいないのかよく分からない己の従者を相手に活き活きとした表情で語り出す。

「そうだろうびっくりしただろう? 容姿端麗、才色兼備、質実剛健、清廉潔白――並べ立てればキリがないほどに完璧なこの僕のダンスの誘いを即答で断ったんだぞ! しかも明らかに迷惑そうなその場しのぎの愛想笑い付きで!!」

「明らかにウザがられてるじゃないですか」

「そうなんだ! あんなに大っぴらに迷惑がられたのは生まれて初めてだ! 僕は感動したぞ。この世に僕を受け入れようとしない存在がいるということに!」

「いや、今のこの状態を見れば幻滅して遠ざかっていく令嬢も少なからずいると思いますよ。どっから来るんですかその自信」

 従者の至極真っ当なツッコミをセラムは無視した。

「あんな扱いをされたのは初めてだった。すげなくダンスを断られたし、王子の僕に恥をかかせた。普通なら怒りの感情が湧くところなのだろうが、いっそ清々しいまでの無関心ぶりに、僕はむしろ感動してしまった! 完璧な僕に見向きもしない女性がこの世に存在するなんて。いやそこがいい。そこにむしろ惹かれた! 一目惚れだ!! だから婚約者にするなら彼女しかいない。僕は決めたぞ。彼女と絶対に婚約してみせる!!」

 一人演説に熱が入る。
 ベッドに仁王立ちになり、ますます頬を紅潮させながら語るセラムに、従者は呆れの視線を向けると、溜息をついた。

「はぁ……こりゃダメだ」

 こうなったら王子は止まらない。一度決めたことは決して曲げず、真っ直ぐに突き進む。
 それはこの王子の長所でもあり、短所でもあることを長年側仕えをしているレイスはよく知っているのだ。

 顔も名も知らぬご令嬢。
 貴女は見事に殿下の心を掴んでしまいました。
 貴女は殿下に関心がなかったようですが、殿下は関わる気満々のようです。
 どうか天災と思って諦めて下さい。
 せめて幸があらんことを――。

 その日、レイスは初めて会ったこともない令嬢の無事を心から祈った。




 レラージャ王国の第一王子であるセラム・インガル・レラージャは自信過剰のきらいはあるが、確かに完璧な王子としての資質を備えていた。

 幼い頃より英才教育を受け、武芸を嗜み、話術も万能。
 容姿もさることながら、圧倒的なまでのカリスマ性は幼い頃よりその片鱗を見せており、王子の周りには人が絶えなかった。

 常に場の中心にいた王子にとっては、何もしていなくても人が集まって来ることは当然のことだったのだ。
 それは女性関係においても同じだった。

 将来は国王となるべくして生まれてきた人物。約束された将来に、圧倒的なまでの才能。そして何より万人を魅了する絶世の美貌を持つ麗しの第一王子に世の女性は憧れを抱く。

 何もしなくても女性の方から言い寄ってくるし、王子から言い寄られて悪い気がしない女性など存在しなかった。
 これまでは。

 しかし、彼女は違った。
 少し赤みが強いストロベリーブロンドに、深い闇を連想させる静かな紫の瞳。扇で口元を隠してはいたが、その容貌は涼やかな美麗さを誇っていた。
 あの夜会に集まっていた令嬢達とは一線を画す独特な雰囲気を持った令嬢。

 分かりやすい拒絶を含んだ愛想笑いを浮かべて、颯爽とセラムの前から姿を消した。
 その怜悧な容貌は王子の脳裏に濃く焼き付いて、未だ離れない。
 あんな鮮烈な衝撃は生まれて初めてだった。

 それほどまでに惹かれた。それほどまでに欲しいと思った。
 だから絶対に彼女を手に入れる。婚約してみせる!

 一度決めたことは決して覆さない。思ったままに突き進む。
 まさに従者が危惧した通り、イリスは王子の心を掴んでしまっていた。鷲掴みしまくっていた。

 セラムは熱い決意を胸に、従者に一晩かけて彼女がどんなに印象的だったかを語った。
 おかげでレイスは次の日、目にクマを作って業務に励むことになった。



 果たして王子は、イリスの心を射止めることができるのだろうか――。
 戦いはまだ、始まったばかりである。


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