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3 決意
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「……そうか」
私の拒絶の言葉に憤るでも悲しむでもなく。父はただ静かに頷くだけだった。
その瞳に浮かんでいた感情を私は今でも忘れていない。
普段からあまり口を開かない物静かな父は、その赤い瞳にはっきりと感情を顕にしていた。
何も言ってはくれなかったが、確かにあの時のあの瞳はこう物語っていた。
──失望したと。
父はそれ以降、『私』に目を向けなくなった。
義母となったサフィアと、異母妹のアネットにその愛情を向けるようになった。私に向ける会話といえば事務的なもののみ。
私を除け者にして幸せそうに笑う三人を見て私は確信した。
私は選択を『間違えた』のだ。
父が望んでいたのは受け入れることだった。私はその選択を間違えた。
何故、という思いが胸中を過った。私は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
私にとっての母はただ一人だ。あのサフィアという女性が如何に似ていようと、私の『母様』にはなれない。それを何故分かってくれないのか。
それを説明しようにも父はもう私に目を向けてはくれない。義母は私が拒絶して以降も何かと関わりをもとうとしたが、結局は異母妹を可愛がるようになった。
自分の家なのに、味方が一人もいない。誰も私を見てくれない。
何故。私は何を間違えたのだろうか。私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。私が、悪いのだろうか。私が……。
孤独の中で押し潰されそうになった私は、ひとつの決意をした。
自分を押し殺そう。私が我慢すればいいのだ。
父の理想の『いい子』になればいいのだ。そうすれば、義母や異母妹に向ける笑顔を私にも向けてくれるのではないか。
まだ小さく、母も亡くなりろくに頼るもののいなかった私には父の庇護を受けることが何よりの生きる術だった。
父の望むとおりに、顔色を窺って。
そうして必死に生きてきた。父の機嫌を損ねてはならない。一種の強迫観念にも似たそれは、私を常に縛っていた。
そのお陰か父がまた少しずつ私に目を向けるようになった。私にも笑顔を向けるようになり、自分の行動が報われたことが嬉しくなった。
義母との関係にも気を配るようにし、「母様」とまでは呼べなかったが、互いに名前で呼びあうまでに関係は改善した。
しかし。
異母妹のアネットにとってはそれが面白くなかったらしい。
両親の愛情を受けて可愛がられて育った五つ年下のアネットは我儘で利己主義だった。
なんでも自分が一番でなければ気が済まなかった彼女は親の愛情すら独占しようとした。
私が父から物を与えられればそれを欲しがり。
私が褒められればそれが気に食わないようだった。
我儘を言って癇癪を起こしては、自分の望みが叶うと私に向かって微笑んでみせた。
私は疑問に思いながらもその笑みの意味を理解出来ていなかった。
ある時アネットが私の大事にしていた母の形見だったペンダントを欲しがったことがあった。
数少ない母の形見だったため、私は抵抗したがアネットは「欲しい!」と泣き叫んで暴れた。
「お前は姉なのだから」
「エマちゃん、お願い。お姉ちゃんでしょ?」
アネットの我儘のいいなりだった父と義母は、私にそう言って言い聞かせた。
しぶしぶペンダントをアネットに渡すと、彼女は自身を慰める両親の後ろで、いつものように私に向かって微笑んでみせた。
まるで自分の方が両親に愛されている、と誇示するように。
「!」
私はその時、アネットの微笑みの意味を理解した。
それは、嘲りだ。両親の愛情を得ようと必死に足掻く私に対する嘲笑だ。
「私の方が愛されている。お姉様が望んでもそれは全て、私のもの」
そう言わんばかりの。
「……ごめんなさい、お姉様」
申し訳なさそうに目尻に涙を浮かべて謝る異母妹。
その姿すら非常に愛らしい。
そう、異母妹は誰からも愛されていた。
私が必死に両親の顔色を窺って機嫌を損ねないようにして生きてきたのと反対に、あなたはいつだって自分の思う通りに生きて、愛されてきた。
全てを押し殺した私とはまるで正反対。
──そう、あなたはいつもそうだった。
いつもあなたは奪っていった。ドレスやアクセサリー、父の愛情。
私が望んだもの、欲しかったものの全てをあなたは持っていた。
そうしてこれっぽっちもそんなことを思っていなかったくせに、表面上は申し訳なさそうにしていた。
心では私を嘲笑っていたくせに。
そして私から全てを奪って、私の欲しかったものを持っていった。
だから、今回もそうなのでしょう?
今回のターゲットは、私の婚約者。愛らしいあなたは誰からも気に入られてしまう。
そうして私の大事なものをいつだって持っていってしまうのだから。
そして見事に成し遂げた。あなたは私から婚約者を奪った。内心では誇らしくて仕方が無いことでしょうね。
これで満足かしら?
──でもね。それも今日までにしましょう?
私がいつまでも我慢していると思っているのなら、それはとんだ間違いだわ。
もう私は十分に我慢した。これ以上はもうないわ。
だから。
次は私の番よ?
私の拒絶の言葉に憤るでも悲しむでもなく。父はただ静かに頷くだけだった。
その瞳に浮かんでいた感情を私は今でも忘れていない。
普段からあまり口を開かない物静かな父は、その赤い瞳にはっきりと感情を顕にしていた。
何も言ってはくれなかったが、確かにあの時のあの瞳はこう物語っていた。
──失望したと。
父はそれ以降、『私』に目を向けなくなった。
義母となったサフィアと、異母妹のアネットにその愛情を向けるようになった。私に向ける会話といえば事務的なもののみ。
私を除け者にして幸せそうに笑う三人を見て私は確信した。
私は選択を『間違えた』のだ。
父が望んでいたのは受け入れることだった。私はその選択を間違えた。
何故、という思いが胸中を過った。私は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
私にとっての母はただ一人だ。あのサフィアという女性が如何に似ていようと、私の『母様』にはなれない。それを何故分かってくれないのか。
それを説明しようにも父はもう私に目を向けてはくれない。義母は私が拒絶して以降も何かと関わりをもとうとしたが、結局は異母妹を可愛がるようになった。
自分の家なのに、味方が一人もいない。誰も私を見てくれない。
何故。私は何を間違えたのだろうか。私は何か悪いことをしてしまったのだろうか。私が、悪いのだろうか。私が……。
孤独の中で押し潰されそうになった私は、ひとつの決意をした。
自分を押し殺そう。私が我慢すればいいのだ。
父の理想の『いい子』になればいいのだ。そうすれば、義母や異母妹に向ける笑顔を私にも向けてくれるのではないか。
まだ小さく、母も亡くなりろくに頼るもののいなかった私には父の庇護を受けることが何よりの生きる術だった。
父の望むとおりに、顔色を窺って。
そうして必死に生きてきた。父の機嫌を損ねてはならない。一種の強迫観念にも似たそれは、私を常に縛っていた。
そのお陰か父がまた少しずつ私に目を向けるようになった。私にも笑顔を向けるようになり、自分の行動が報われたことが嬉しくなった。
義母との関係にも気を配るようにし、「母様」とまでは呼べなかったが、互いに名前で呼びあうまでに関係は改善した。
しかし。
異母妹のアネットにとってはそれが面白くなかったらしい。
両親の愛情を受けて可愛がられて育った五つ年下のアネットは我儘で利己主義だった。
なんでも自分が一番でなければ気が済まなかった彼女は親の愛情すら独占しようとした。
私が父から物を与えられればそれを欲しがり。
私が褒められればそれが気に食わないようだった。
我儘を言って癇癪を起こしては、自分の望みが叶うと私に向かって微笑んでみせた。
私は疑問に思いながらもその笑みの意味を理解出来ていなかった。
ある時アネットが私の大事にしていた母の形見だったペンダントを欲しがったことがあった。
数少ない母の形見だったため、私は抵抗したがアネットは「欲しい!」と泣き叫んで暴れた。
「お前は姉なのだから」
「エマちゃん、お願い。お姉ちゃんでしょ?」
アネットの我儘のいいなりだった父と義母は、私にそう言って言い聞かせた。
しぶしぶペンダントをアネットに渡すと、彼女は自身を慰める両親の後ろで、いつものように私に向かって微笑んでみせた。
まるで自分の方が両親に愛されている、と誇示するように。
「!」
私はその時、アネットの微笑みの意味を理解した。
それは、嘲りだ。両親の愛情を得ようと必死に足掻く私に対する嘲笑だ。
「私の方が愛されている。お姉様が望んでもそれは全て、私のもの」
そう言わんばかりの。
「……ごめんなさい、お姉様」
申し訳なさそうに目尻に涙を浮かべて謝る異母妹。
その姿すら非常に愛らしい。
そう、異母妹は誰からも愛されていた。
私が必死に両親の顔色を窺って機嫌を損ねないようにして生きてきたのと反対に、あなたはいつだって自分の思う通りに生きて、愛されてきた。
全てを押し殺した私とはまるで正反対。
──そう、あなたはいつもそうだった。
いつもあなたは奪っていった。ドレスやアクセサリー、父の愛情。
私が望んだもの、欲しかったものの全てをあなたは持っていた。
そうしてこれっぽっちもそんなことを思っていなかったくせに、表面上は申し訳なさそうにしていた。
心では私を嘲笑っていたくせに。
そして私から全てを奪って、私の欲しかったものを持っていった。
だから、今回もそうなのでしょう?
今回のターゲットは、私の婚約者。愛らしいあなたは誰からも気に入られてしまう。
そうして私の大事なものをいつだって持っていってしまうのだから。
そして見事に成し遂げた。あなたは私から婚約者を奪った。内心では誇らしくて仕方が無いことでしょうね。
これで満足かしら?
──でもね。それも今日までにしましょう?
私がいつまでも我慢していると思っているのなら、それはとんだ間違いだわ。
もう私は十分に我慢した。これ以上はもうないわ。
だから。
次は私の番よ?
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