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「なっ……!?」
「何を言っているのあなたは!? 現当主はオニキス様よ! それを差し置いていくらアネットのために婚約を解消すると言っても、それとこれとは話が違うでしょう!」
驚いて言葉を失った様子の父の隣で、甲高い女性の叫びが上がる。
耳障りなヒステリック気味の声に、私は顔を顰めながらあえて無視していた存在に目を向けた。
「ああ、サフィア様。いらっしゃったのですね。気づきませんでした。これはご機嫌麗しゅう」
「……!」
今更いた事に気づいた、とばかりに冷ややかな眼差しで問いかければ、義母のサフィアは怯んだように口を噤んだ。
そう、それでいいのよ。あなたは黙っていてくださいな。私は今お父様に話をしているのですから。
素直に口を閉じた義母に笑顔を向け、再度父に懇願する。
「私の願いは、グランツ家当主の座をお譲り頂きたいのです。それだけですわ」
私の言葉に返答はせず父は目を伏せ、ゆっくりと息を吐き出した。しばし考え込むように顎に手を当てると、つと私を見上げる。
鋭さを増した赤い目。私に向けたその目は、父としてのものではなく、グランツ子爵家当主オニキス・グランツとしてのものだった。
「婚約解消の対価としてグランツ家を望む。お前は、それが何を意味するのかきちんと理解しているのか?」
「ええ、勿論しております。グランツ家当主としての全ての責務を背負う義務と覚悟も」
でなければこんなことは望んだりしない。今回の事態を仕組んだ『誰かさん』は私から次期当主としての座を奪いたいのでしょうけれど、そうはさせるものですか。
私だってただ父の言いなりになって過ごしてきた訳では無い。
オーファル様と婚約して程なく病に倒れた父に代わり当主代行として全ての仕事を請け負ってきた。
領主としてもかなり優秀であった父に劣らぬよう、自分の時間を全て犠牲にして学んできた。
社交界デビューだけを済ませ、最低限の出なければならない付き合いだけを優先し、それ以外は全て倒れてろくに動けない父に代わり仕事を行ってきたのだ。
女だからと舐められたこともあった。まだ歳も若いということで足元を見られたこともあった。
しかしそれら全てを笑顔で受け流し、逆に返り討ちにしてやった。全ては私が後を継いでグランツ家を守っていくためだ。
母はグランツ家を、子爵領を、領民を愛していた。
突然亡くなった母が残したものは少なかったが、せめて母が愛したものは私自身で受け継ぎたかった。
私もここを愛している。思い出が残る地であり、領民は皆私を慕ってくれている。いい場所だと思う。
しかしそれを奪おうというのなら。誰であろうと容赦しない。それが実の父であっても。
「婚約者のいなくなったお前がそれでも後継を望むのは……難しいだろう」
父が苦い表情で呟きを漏らす。
確かにこのご時世、女だてらで爵位を持つのは難しい。貴族の女性は跡継ぎを産むことが主な仕事とされ、普通の貴族令嬢は年頃になると花嫁修業に入り、社交界で相手を見つけ婚約し結婚、というのが一般的だ。
私のように長女しか後継がいない貴族の家は婿入りという形で婿養子をもらい、その婿が政務を行うのが普通である。
私のように女性が仕事をするのは珍しいことなのだ。しかし何事にも例外は存在する。
この国でも『特例』で女性が爵位を持つことが可能なことがあるのだ。
それは。
「何か目立った功績や資質、もしくは特別な能力を持つ場合は女性でも爵位を継ぐことは容易でしょう?」
「それは、持っていればの話だろう……お前には……」
「──あら、いつ私がなんの力も持っていないと申しましたでしょうか?」
父の言葉を遮って言葉を紡ぐ。その顔に浮かぶのはやはり満面の笑み。
私の反応に父はまさか、というように私を仰ぎ見た。
「きちんとお伝えしておりませんでしたわね。いい機会ですからお伝えしておきましょう。私はその俗に言う『能力持ち』ですのよ」
私が発した一言は、静まり返った父の室内でやけによく響いた。
「何を言っているのあなたは!? 現当主はオニキス様よ! それを差し置いていくらアネットのために婚約を解消すると言っても、それとこれとは話が違うでしょう!」
驚いて言葉を失った様子の父の隣で、甲高い女性の叫びが上がる。
耳障りなヒステリック気味の声に、私は顔を顰めながらあえて無視していた存在に目を向けた。
「ああ、サフィア様。いらっしゃったのですね。気づきませんでした。これはご機嫌麗しゅう」
「……!」
今更いた事に気づいた、とばかりに冷ややかな眼差しで問いかければ、義母のサフィアは怯んだように口を噤んだ。
そう、それでいいのよ。あなたは黙っていてくださいな。私は今お父様に話をしているのですから。
素直に口を閉じた義母に笑顔を向け、再度父に懇願する。
「私の願いは、グランツ家当主の座をお譲り頂きたいのです。それだけですわ」
私の言葉に返答はせず父は目を伏せ、ゆっくりと息を吐き出した。しばし考え込むように顎に手を当てると、つと私を見上げる。
鋭さを増した赤い目。私に向けたその目は、父としてのものではなく、グランツ子爵家当主オニキス・グランツとしてのものだった。
「婚約解消の対価としてグランツ家を望む。お前は、それが何を意味するのかきちんと理解しているのか?」
「ええ、勿論しております。グランツ家当主としての全ての責務を背負う義務と覚悟も」
でなければこんなことは望んだりしない。今回の事態を仕組んだ『誰かさん』は私から次期当主としての座を奪いたいのでしょうけれど、そうはさせるものですか。
私だってただ父の言いなりになって過ごしてきた訳では無い。
オーファル様と婚約して程なく病に倒れた父に代わり当主代行として全ての仕事を請け負ってきた。
領主としてもかなり優秀であった父に劣らぬよう、自分の時間を全て犠牲にして学んできた。
社交界デビューだけを済ませ、最低限の出なければならない付き合いだけを優先し、それ以外は全て倒れてろくに動けない父に代わり仕事を行ってきたのだ。
女だからと舐められたこともあった。まだ歳も若いということで足元を見られたこともあった。
しかしそれら全てを笑顔で受け流し、逆に返り討ちにしてやった。全ては私が後を継いでグランツ家を守っていくためだ。
母はグランツ家を、子爵領を、領民を愛していた。
突然亡くなった母が残したものは少なかったが、せめて母が愛したものは私自身で受け継ぎたかった。
私もここを愛している。思い出が残る地であり、領民は皆私を慕ってくれている。いい場所だと思う。
しかしそれを奪おうというのなら。誰であろうと容赦しない。それが実の父であっても。
「婚約者のいなくなったお前がそれでも後継を望むのは……難しいだろう」
父が苦い表情で呟きを漏らす。
確かにこのご時世、女だてらで爵位を持つのは難しい。貴族の女性は跡継ぎを産むことが主な仕事とされ、普通の貴族令嬢は年頃になると花嫁修業に入り、社交界で相手を見つけ婚約し結婚、というのが一般的だ。
私のように長女しか後継がいない貴族の家は婿入りという形で婿養子をもらい、その婿が政務を行うのが普通である。
私のように女性が仕事をするのは珍しいことなのだ。しかし何事にも例外は存在する。
この国でも『特例』で女性が爵位を持つことが可能なことがあるのだ。
それは。
「何か目立った功績や資質、もしくは特別な能力を持つ場合は女性でも爵位を継ぐことは容易でしょう?」
「それは、持っていればの話だろう……お前には……」
「──あら、いつ私がなんの力も持っていないと申しましたでしょうか?」
父の言葉を遮って言葉を紡ぐ。その顔に浮かぶのはやはり満面の笑み。
私の反応に父はまさか、というように私を仰ぎ見た。
「きちんとお伝えしておりませんでしたわね。いい機会ですからお伝えしておきましょう。私はその俗に言う『能力持ち』ですのよ」
私が発した一言は、静まり返った父の室内でやけによく響いた。
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