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24 復讐、かくて捕われ令嬢は物語を取り返す
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「何ですって!? こんなのあんまりですわ! お姉様!」
柔らかな日差しが差し込む昼下がりの午後、優雅な貴族の邸宅に不釣り合いなヒステリックな声が響き渡る。
子爵の位を賜るグランツ領、その地を統べる領主の邸宅にて、とある二人の人物が対峙していた。
使用人がオロオロしながら状況を見守る中、豪奢なドレスに身を包み、柔らかなストロベリーブロンドの髪を振り乱して所構わず叫ぶ異母妹アネットに対し、至極冷静な表情で半分だけ血の繋がった姉、エマたる私はアネットに先程告げた言葉をもう一度繰り返す。
「アネット、今から出て行ってもらうわ。もう貴女とオーファル・アーヴェントの婚約は正式に決まったの。持参金にこれから貴方たちが住む家も準備してあげたのよ? これ以上何を求めるというの?」
父との別れから一週間が経過していた。
あの後父は何も告げることなく叔父と共にフォレスタ男爵領の別邸に移り、療養している。
空っぽになった父の部屋の机には父直筆の当主の指名書と、封筒に入った叔父が書いたであろう診断書があった。
指名書には指輪のことが載っていて、私がかの『領主の指輪』に認められたこと、そして父が私を後継として指名する旨が記載されていた。
この指名書とともに、いくつかの書類も同封して申請すれば私は正式にグランツ家当主として認められる。
当主交代の際には一度王都に出向いて国王に直接報告しなくてはならないのだが、王都にはこれからグランツシルクの件で出向くこともあるのでその時に謁見するつもりでいる。
ラズーリ叔父様の診断書の報告では父の容態は長年毒に侵されたことによって悪化し、その寿命はもってあと数年だろうと書かれていた。
病や怪我を癒すという稀有な治癒能力を持つラズーリ叔父様だが、長年蓄積し、進行した症状を完全に癒せるほど都合のいい能力ではない。
ラズーリ叔父様の能力は、正確には被験者の『体力』と引き換えにその者の自然治癒能力を底上げし、怪我や病を治す手助けをする、というもの。
つまり、治癒する度にその者の体力を代償にして怪我や病を治しているのだ。
父は自分では満足に歩行できないほどに弱々しく、長年病床にあった。ここ数年そんな生活をしていた父にまともな体力があるとは思えない。
ラズーリ叔父様の能力を使っての完全治癒は見込めないということだ。
できることは体に溜まった毒を少しずつ排出し、残りの余生を穏やかに過ごせるように症状を和らげ、引き伸ばすことのみ。
愛した女に毒を盛られ、知らぬ間に殺されかけていた父にとっては哀れな結末と言えるかもしれない。
しかしそれは私にとってはある意味自業自得と言え、なんの感慨も覚えなかった。
自らを否定され続け、母の死を境に歪んでしまった家族関係。異母妹の裏切りを契機としてそれらを終わらせるために私は行動してきた。
父から当主の座を奪い、グランツ家を乗っ取ろうとした義母サフィアを断罪し、あらかたの仕返しは終わった。
しかし私の最終目的はまだ終わっていない。
両親の愛情をなんの見返りもなく受け、それを当然のようにし、私を嘲笑い、全てを奪っていった異母妹、アネット。
全てを諦観し、悟ったように半ばこの人生を受け入れていた私に「復讐」という言葉を思い出させ、それを決心させてくれたのはこの目の前にいる異母妹だ。
この五つ歳の離れた異母妹には感謝しなければなるまい。この愚かで愛らしい妹のおかげで、私は泡沫の夢から覚め、自ら現状を打破する決意をすることができたのだから。
感謝の意を込めて──これまで受けたことを倍返しする。
散々私を裏で嘲笑い、罵倒してきたのだ。私の未来の伴侶まで奪ったのだから、これぐらいのことは許されるだろう。むしろ私の当然の権利だ。
まあ、オーファルの件に関してだけ言えばむしろ有難いと言えるが。
「仮にも私はお父様の血を受け継いでいますのよ。少しは肉親の情というものはありませんの!?」
アネットは突き放した私の言葉に対し、批判するように眉根を上げて抗議してくる。
散々私を蔑ろにしてきた癖に、今更家族の情に訴えようというのか。どの面下げてその言葉を発しているのかとアネットの神経を疑う。
しかし、一方で納得もする。
アネットはあのサフィアの実の子どもだ。瞳の色以外はあの義母によく似た容貌の異母妹は、その精神と性格すら酷似している。まるで生き写しのようだ。
だからだろうか。アネットのその言葉に私は今まで見せたことがない冷酷な笑みを知らずに浮かべていた。
「その父を殺そうとしていたのはお前の母親でしょう? 罪人の血を継いだ下賎な者をグランツ家に置くつもりはないわ。とはいえ、お前がお父様の血を受け継いでいることも確か。ええ、腹立たしいことではあるけれども、だからその縁に免じて手切れ金としての最低限の持参金と家だけは与えると言っているの。これだけ寛大な処置をしているのよ? 感謝されこそすれ、抗議される謂れはないわ。自分の立場を弁えなさい、アネット。お前は当主たる私に向かって口答えする権利などないのよ」
罪人。その言葉に、ピクリとアネットが反応する。
私の言葉になおも言い返そうとして半開きになっていた口が、固く閉じられた。
アネットがサフィアの悪事を知ったのはつい先日だ。
母を慕っていたアネットにして見ればまさに信じ難い事だったかもしれないが、事実サフィアの身柄は騎士団に拘束され、今頃は尋問を受けていることだろう。
「お母様はそんなことをする方ではないわ。何かの間違いよ……。きっとそうよ……」
「そう。貴女がそう思うのは勝手だけれど現実逃避をした所で何も変わらないわ。罪人の子に構ってられるほど私は暇ではないの。さっさと出て行ってくれるかしら」
ただ淡々と出ていけと重ねて告げる私に、アネットは憎らしげに赤い目を向ける。
「白々しい。お姉様がそうするように仕向けたのでしょう!? お母様を罠にはめたんだわ。そうよ、そうじゃないとおかしいもの。お姉様はお母様のことが嫌いだったものね!」
「なぜ私がそんな面倒臭いことをしなくてはならないのかしら。意味がわからないわ」
「私たちを疎ましいと思っていたからこそお父様から当主の座を奪って、お母様を罪人に仕立てあげたのでしょう!? その上私にまで出ていけだなんて。そんなに私たちがお嫌いならお姉様が出て行ったらどうなのです!?」
「何を勘違いしているのか知らないけれど、これだけは言っておくわ」
勘違いも甚だしい妹に今度はニッコリと笑いかけた。私の微笑みに何かを感じとったのかアネットがびくりと震えて顔を強ばらせる。
「当主を継いだのも、サフィアの罪についても全ては副産物。私の行動の結果ついてきた代物よ。あと、私は確かにあの二人にいい感情は持っていなかったけれど、私の目的はあの二人の排除ではないわ」
そうしてエメラルドの瞳を弓なりに細めて、私は一息に言い放つ。
「ねえアネット。私、貴女が大嫌いだわ」
可愛らしいストロベリーブロンドに、丸々とした赤い瞳、誰からも愛される可愛らしい容姿をした妹。
我儘を容認され、無条件に両親に愛され、望むものはなんでも与えられていた。
私の努力を嘲笑い、私が望み、欲しかったものを次々と奪っていった。
いつもそうだった。
いつも貴女は奪っていった。ドレスやアクセサリー、父の愛情。そして、私の婚約者まで。
私が欲しかったものを持っていて、私の大事なものを奪っていった。そうして心では嘲笑っていた癖に、表面上は申し訳なさそうにしていた。
誰からも愛される可愛らしい妹。私は貴女が大嫌いだった。
その我儘を許す父も。それを当然とする義母も。アネットの言いなりになる『家族』を見るのが大嫌いだった。
私の意思はそこに介在せず、アネットの思いのままに形成されるその有り様が大嫌いだった。
ラヴィス母様との思い出の品の数々を、「汚いから嫌」という理由で処分され、唯一肌身離さず持っていた形見のペンダントも奪われた。
「古臭いから」という理由で屋敷の内装が変えられ、そこにラヴィス母様が居たという痕跡は一切グランツ家の屋敷から排除された。
私に残されたのは、5歳の頃の僅かに覚えている記憶にある母様との儚い思い出だけになった。
当時の私はどれだけそれが悲しく、辛かっただろう。そして父に失望され、私はいないもののように扱われた。
全てを悟ったように諦め、自分を殺し、そうして今までを生きた。泡沫の夢に幻想を抱き、婚約者のオーファルとは幸せな家庭を築きたいと夢を見た。その夢すら、妹は奪っていった。
「何もせずに愛される貴女が大嫌いだった。それを当然のように受け入れていた貴女が大嫌いだった。私から全てを奪って、それでいて私を見下す貴女が大嫌いだった」
妹は幼い頃言った。「私はお姫様なの。みんな私を慕って愛してくれるの」と。
自分が絵本のお姫様のような、物語の主役だと言わんばかりに当然のように笑っている妹が大嫌いだった。
だが、物語もいつか終わりが来る。
私に復讐を決意させたのが、アネットの終わりの始まりだった。
「もう貴女の時代は終わったの。貴女は絵本のお姫様にはなれない。いい加減、気づいたらどう?」
私はそう言って妹に近づくと、その首元へ手を伸ばす。アネットの細くたおやかな首元には、金の鎖で吊り下げられた首飾りがあった。
私が近づいても、妹は固まったまま動かなかった。あるいは、動けないのか。
艶然と微笑んだまま、私はアネットの首に手をかけ──金の鎖を引きちぎった。
細い鎖はボロボロと崩れ、その形を無くしてゆく。
大地属性のあらゆるものは私を傷つけることは無い。金属製の鎖もまた、元々は大地より生まれたもの。
千切れてボロボロになった鎖はそのまま粉状になって地面へと落ち、手の中には一つの宝石が残る。
見る角度によって様々に色を変える雫型にカットされたその宝石は、かつて奪われた形見のペンダントだった。
不思議な色彩のこのペンダントを気に入っていたのか、妹はよくこれを身につけていた。まるで私に見せつけるように。その点については腹立たしいが、おかげでこうして容易く形見のペンダントを取り戻すことができたのだからよしとしよう。
「これは返してもらうわ。元々私のものだったのだから当然よね?」
さて、取り返すものは取り返した。最後の仕上げといきましょう。
私は未だ動かないアネットに向かって笑みを保ったまま一方的に別れを告げた。
「さようなら、大嫌いなアネット。二度とその顔を私に見せないで頂戴」
そのままアネットに背を向けると屋敷へと戻る。
横に控えたシーラに目で指示を出すと、優秀な侍女は理解し早速行動を開始した。
「アネット様、失礼致します」
「えっ!? ちょっと!!」
シーラはアネットを横抱きにすると馬車に無理やり詰め込んだ。乱暴に投げ入れられてアネットがようやく我に返るが、もう遅い。
その横から使用人たちがアネットの荷物を次々と入れ込んでいく。あっという間にアネットの荷物が全て馬車の中に収められ、出発の準備が完了した。
御者が即座に馬に合図を出し、馬車が進み始める。
馬車は外側から鍵をかける構図になっていて内側から開けることはできない。これでアネットが逃げることはできないだろう。
アネットは窓を叩きながら何かを懸命に叫んでいるが聞こえるはずもなく。アネットを乗せた馬車は次第に遠くなっていく。
ちなみにオーファルもほぼ同じような形でアーヴェント家から追い出されているらしいが、それは私の知ったことではない。
これからあの二人がどうなろうと、私にはもう関係の無いことだ。
アネットを乗せた馬車がだんだん小さくなり、見えなくなったところでシーラがぽつりと問いかけてくる。
「これで満足できましたか?」
「まぁ少しはね」
これからは忙しくなる。グランツ家の今回の件は次第に明るみになり、大きな話題になることだろう。
その中で家族を切り捨てて当主になった私は世間にどう見られるだろうか。
家族を容赦なく切り捨てた「悪女」か、はたまた御家騒動に巻き込まれた「悲劇のヒロイン」か。
どう見られるかはまだ分からないが別に構わない。
これから私は誰に縛られることも無く、自分の人生を生きることができるのだから。
ようやく解放されたのだ。泡沫の夢に捕らわれたかつての令嬢はもう居ない。自分を押し殺して歪な関係を維持していたあの時の私はもういなくなったのだ。仕返しを決意した瞬間から。
これからは私自身が自分の意思で物語を紡いでゆく。
お姫様を夢見たアネットと私は違う。
「さて、まずはグランツシルクの生産状況を確認しなくてはね。それに申請書類も揃えないといけないわ」
グランツ家の屋敷へ戻りながら、私は今後の計画を練り始めた。
柔らかな日差しが差し込む昼下がりの午後、優雅な貴族の邸宅に不釣り合いなヒステリックな声が響き渡る。
子爵の位を賜るグランツ領、その地を統べる領主の邸宅にて、とある二人の人物が対峙していた。
使用人がオロオロしながら状況を見守る中、豪奢なドレスに身を包み、柔らかなストロベリーブロンドの髪を振り乱して所構わず叫ぶ異母妹アネットに対し、至極冷静な表情で半分だけ血の繋がった姉、エマたる私はアネットに先程告げた言葉をもう一度繰り返す。
「アネット、今から出て行ってもらうわ。もう貴女とオーファル・アーヴェントの婚約は正式に決まったの。持参金にこれから貴方たちが住む家も準備してあげたのよ? これ以上何を求めるというの?」
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あの後父は何も告げることなく叔父と共にフォレスタ男爵領の別邸に移り、療養している。
空っぽになった父の部屋の机には父直筆の当主の指名書と、封筒に入った叔父が書いたであろう診断書があった。
指名書には指輪のことが載っていて、私がかの『領主の指輪』に認められたこと、そして父が私を後継として指名する旨が記載されていた。
この指名書とともに、いくつかの書類も同封して申請すれば私は正式にグランツ家当主として認められる。
当主交代の際には一度王都に出向いて国王に直接報告しなくてはならないのだが、王都にはこれからグランツシルクの件で出向くこともあるのでその時に謁見するつもりでいる。
ラズーリ叔父様の診断書の報告では父の容態は長年毒に侵されたことによって悪化し、その寿命はもってあと数年だろうと書かれていた。
病や怪我を癒すという稀有な治癒能力を持つラズーリ叔父様だが、長年蓄積し、進行した症状を完全に癒せるほど都合のいい能力ではない。
ラズーリ叔父様の能力は、正確には被験者の『体力』と引き換えにその者の自然治癒能力を底上げし、怪我や病を治す手助けをする、というもの。
つまり、治癒する度にその者の体力を代償にして怪我や病を治しているのだ。
父は自分では満足に歩行できないほどに弱々しく、長年病床にあった。ここ数年そんな生活をしていた父にまともな体力があるとは思えない。
ラズーリ叔父様の能力を使っての完全治癒は見込めないということだ。
できることは体に溜まった毒を少しずつ排出し、残りの余生を穏やかに過ごせるように症状を和らげ、引き伸ばすことのみ。
愛した女に毒を盛られ、知らぬ間に殺されかけていた父にとっては哀れな結末と言えるかもしれない。
しかしそれは私にとってはある意味自業自得と言え、なんの感慨も覚えなかった。
自らを否定され続け、母の死を境に歪んでしまった家族関係。異母妹の裏切りを契機としてそれらを終わらせるために私は行動してきた。
父から当主の座を奪い、グランツ家を乗っ取ろうとした義母サフィアを断罪し、あらかたの仕返しは終わった。
しかし私の最終目的はまだ終わっていない。
両親の愛情をなんの見返りもなく受け、それを当然のようにし、私を嘲笑い、全てを奪っていった異母妹、アネット。
全てを諦観し、悟ったように半ばこの人生を受け入れていた私に「復讐」という言葉を思い出させ、それを決心させてくれたのはこの目の前にいる異母妹だ。
この五つ歳の離れた異母妹には感謝しなければなるまい。この愚かで愛らしい妹のおかげで、私は泡沫の夢から覚め、自ら現状を打破する決意をすることができたのだから。
感謝の意を込めて──これまで受けたことを倍返しする。
散々私を裏で嘲笑い、罵倒してきたのだ。私の未来の伴侶まで奪ったのだから、これぐらいのことは許されるだろう。むしろ私の当然の権利だ。
まあ、オーファルの件に関してだけ言えばむしろ有難いと言えるが。
「仮にも私はお父様の血を受け継いでいますのよ。少しは肉親の情というものはありませんの!?」
アネットは突き放した私の言葉に対し、批判するように眉根を上げて抗議してくる。
散々私を蔑ろにしてきた癖に、今更家族の情に訴えようというのか。どの面下げてその言葉を発しているのかとアネットの神経を疑う。
しかし、一方で納得もする。
アネットはあのサフィアの実の子どもだ。瞳の色以外はあの義母によく似た容貌の異母妹は、その精神と性格すら酷似している。まるで生き写しのようだ。
だからだろうか。アネットのその言葉に私は今まで見せたことがない冷酷な笑みを知らずに浮かべていた。
「その父を殺そうとしていたのはお前の母親でしょう? 罪人の血を継いだ下賎な者をグランツ家に置くつもりはないわ。とはいえ、お前がお父様の血を受け継いでいることも確か。ええ、腹立たしいことではあるけれども、だからその縁に免じて手切れ金としての最低限の持参金と家だけは与えると言っているの。これだけ寛大な処置をしているのよ? 感謝されこそすれ、抗議される謂れはないわ。自分の立場を弁えなさい、アネット。お前は当主たる私に向かって口答えする権利などないのよ」
罪人。その言葉に、ピクリとアネットが反応する。
私の言葉になおも言い返そうとして半開きになっていた口が、固く閉じられた。
アネットがサフィアの悪事を知ったのはつい先日だ。
母を慕っていたアネットにして見ればまさに信じ難い事だったかもしれないが、事実サフィアの身柄は騎士団に拘束され、今頃は尋問を受けていることだろう。
「お母様はそんなことをする方ではないわ。何かの間違いよ……。きっとそうよ……」
「そう。貴女がそう思うのは勝手だけれど現実逃避をした所で何も変わらないわ。罪人の子に構ってられるほど私は暇ではないの。さっさと出て行ってくれるかしら」
ただ淡々と出ていけと重ねて告げる私に、アネットは憎らしげに赤い目を向ける。
「白々しい。お姉様がそうするように仕向けたのでしょう!? お母様を罠にはめたんだわ。そうよ、そうじゃないとおかしいもの。お姉様はお母様のことが嫌いだったものね!」
「なぜ私がそんな面倒臭いことをしなくてはならないのかしら。意味がわからないわ」
「私たちを疎ましいと思っていたからこそお父様から当主の座を奪って、お母様を罪人に仕立てあげたのでしょう!? その上私にまで出ていけだなんて。そんなに私たちがお嫌いならお姉様が出て行ったらどうなのです!?」
「何を勘違いしているのか知らないけれど、これだけは言っておくわ」
勘違いも甚だしい妹に今度はニッコリと笑いかけた。私の微笑みに何かを感じとったのかアネットがびくりと震えて顔を強ばらせる。
「当主を継いだのも、サフィアの罪についても全ては副産物。私の行動の結果ついてきた代物よ。あと、私は確かにあの二人にいい感情は持っていなかったけれど、私の目的はあの二人の排除ではないわ」
そうしてエメラルドの瞳を弓なりに細めて、私は一息に言い放つ。
「ねえアネット。私、貴女が大嫌いだわ」
可愛らしいストロベリーブロンドに、丸々とした赤い瞳、誰からも愛される可愛らしい容姿をした妹。
我儘を容認され、無条件に両親に愛され、望むものはなんでも与えられていた。
私の努力を嘲笑い、私が望み、欲しかったものを次々と奪っていった。
いつもそうだった。
いつも貴女は奪っていった。ドレスやアクセサリー、父の愛情。そして、私の婚約者まで。
私が欲しかったものを持っていて、私の大事なものを奪っていった。そうして心では嘲笑っていた癖に、表面上は申し訳なさそうにしていた。
誰からも愛される可愛らしい妹。私は貴女が大嫌いだった。
その我儘を許す父も。それを当然とする義母も。アネットの言いなりになる『家族』を見るのが大嫌いだった。
私の意思はそこに介在せず、アネットの思いのままに形成されるその有り様が大嫌いだった。
ラヴィス母様との思い出の品の数々を、「汚いから嫌」という理由で処分され、唯一肌身離さず持っていた形見のペンダントも奪われた。
「古臭いから」という理由で屋敷の内装が変えられ、そこにラヴィス母様が居たという痕跡は一切グランツ家の屋敷から排除された。
私に残されたのは、5歳の頃の僅かに覚えている記憶にある母様との儚い思い出だけになった。
当時の私はどれだけそれが悲しく、辛かっただろう。そして父に失望され、私はいないもののように扱われた。
全てを悟ったように諦め、自分を殺し、そうして今までを生きた。泡沫の夢に幻想を抱き、婚約者のオーファルとは幸せな家庭を築きたいと夢を見た。その夢すら、妹は奪っていった。
「何もせずに愛される貴女が大嫌いだった。それを当然のように受け入れていた貴女が大嫌いだった。私から全てを奪って、それでいて私を見下す貴女が大嫌いだった」
妹は幼い頃言った。「私はお姫様なの。みんな私を慕って愛してくれるの」と。
自分が絵本のお姫様のような、物語の主役だと言わんばかりに当然のように笑っている妹が大嫌いだった。
だが、物語もいつか終わりが来る。
私に復讐を決意させたのが、アネットの終わりの始まりだった。
「もう貴女の時代は終わったの。貴女は絵本のお姫様にはなれない。いい加減、気づいたらどう?」
私はそう言って妹に近づくと、その首元へ手を伸ばす。アネットの細くたおやかな首元には、金の鎖で吊り下げられた首飾りがあった。
私が近づいても、妹は固まったまま動かなかった。あるいは、動けないのか。
艶然と微笑んだまま、私はアネットの首に手をかけ──金の鎖を引きちぎった。
細い鎖はボロボロと崩れ、その形を無くしてゆく。
大地属性のあらゆるものは私を傷つけることは無い。金属製の鎖もまた、元々は大地より生まれたもの。
千切れてボロボロになった鎖はそのまま粉状になって地面へと落ち、手の中には一つの宝石が残る。
見る角度によって様々に色を変える雫型にカットされたその宝石は、かつて奪われた形見のペンダントだった。
不思議な色彩のこのペンダントを気に入っていたのか、妹はよくこれを身につけていた。まるで私に見せつけるように。その点については腹立たしいが、おかげでこうして容易く形見のペンダントを取り戻すことができたのだからよしとしよう。
「これは返してもらうわ。元々私のものだったのだから当然よね?」
さて、取り返すものは取り返した。最後の仕上げといきましょう。
私は未だ動かないアネットに向かって笑みを保ったまま一方的に別れを告げた。
「さようなら、大嫌いなアネット。二度とその顔を私に見せないで頂戴」
そのままアネットに背を向けると屋敷へと戻る。
横に控えたシーラに目で指示を出すと、優秀な侍女は理解し早速行動を開始した。
「アネット様、失礼致します」
「えっ!? ちょっと!!」
シーラはアネットを横抱きにすると馬車に無理やり詰め込んだ。乱暴に投げ入れられてアネットがようやく我に返るが、もう遅い。
その横から使用人たちがアネットの荷物を次々と入れ込んでいく。あっという間にアネットの荷物が全て馬車の中に収められ、出発の準備が完了した。
御者が即座に馬に合図を出し、馬車が進み始める。
馬車は外側から鍵をかける構図になっていて内側から開けることはできない。これでアネットが逃げることはできないだろう。
アネットは窓を叩きながら何かを懸命に叫んでいるが聞こえるはずもなく。アネットを乗せた馬車は次第に遠くなっていく。
ちなみにオーファルもほぼ同じような形でアーヴェント家から追い出されているらしいが、それは私の知ったことではない。
これからあの二人がどうなろうと、私にはもう関係の無いことだ。
アネットを乗せた馬車がだんだん小さくなり、見えなくなったところでシーラがぽつりと問いかけてくる。
「これで満足できましたか?」
「まぁ少しはね」
これからは忙しくなる。グランツ家の今回の件は次第に明るみになり、大きな話題になることだろう。
その中で家族を切り捨てて当主になった私は世間にどう見られるだろうか。
家族を容赦なく切り捨てた「悪女」か、はたまた御家騒動に巻き込まれた「悲劇のヒロイン」か。
どう見られるかはまだ分からないが別に構わない。
これから私は誰に縛られることも無く、自分の人生を生きることができるのだから。
ようやく解放されたのだ。泡沫の夢に捕らわれたかつての令嬢はもう居ない。自分を押し殺して歪な関係を維持していたあの時の私はもういなくなったのだ。仕返しを決意した瞬間から。
これからは私自身が自分の意思で物語を紡いでゆく。
お姫様を夢見たアネットと私は違う。
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第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
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