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――レンヴォルトと離縁して二週間後。
私は生家であるエオリア侯爵邸に戻ってきていた。
「ふぅ……」
五年ぶりに戻ってきた屋敷は少し模様替えした程度でほとんどその面影は変わっていない。
幼少期を過ごした部屋もそのままにしてあり、両親から「なんの気兼ねもしなくていい」と言われ、私は鞄ひとつに全ての荷物を詰めてここに帰ってきた。
レンヴォルトとの離縁に関しては両親が全面的に味方してくれた。大元はレンヴォルトの不義理が原因であったこともあり、彼との離婚は直ぐに成立した。
今回の件で両親には心配をかけてしまった。
元が政略結婚であるとはいえ、私がレンヴォルトを慕っていたことを知った両親が彼との婚約を進めてくれていたというのに。
それを白紙に戻してしまったことには多少心が痛む。
けれど、あそこまで言われてそのまま彼との夫婦関係を続ける気は起きなかった。
失恋の傷はまだ癒えてはいないけれど、前向きに考えよう。
子どもが産まれる前に彼の本心を知れてよかった。
もし子どもが産まれていたなら、私は自分の気持ちを押し殺してでもハンス伯爵家に残り続けただろう。
そう。これで良かったのよ。
そう頭では考えているのに、心は、胸はズキリと傷む。たった五年間の夫婦生活ではあったけれど、幸せな時間でもあった。最後の裏切りさえなければ。
私との離縁後、すぐにレンヴォルトとリズ――リズベットの婚約が持ち上がったらしい。
それを風の噂で聞き、私は全てを悟った。
今思い返せばあの二人は友達と言うには不自然に距離が近かった。私を挟んで話している時も、二人で見つめあったり目配せをし合ったりすることがあったし、親密な関係を見せる二人になんとなく居心地の悪さを感じたりしたものだ。
二人が互いを想いあっていたのだとしたらそれにも納得できるし、二人にとって私は最初から邪魔者だったというわけだ。
「なんて茶番かしら」
窓から外を眺めながら、ぽつりと呟く。
なにも知らずに五年間もただ幸せに浮かれていた自分に腹が立つ。
「なんて……愚かなのかしら」
リズベットとレンヴォルトの関係に気づくことなく、表面だけの結婚生活に浮かれていた自分が酷く滑稽に思えてきた。
――悔しい。悲しい。
自分でもよく分からない感情がごちゃ混ぜになって渦巻いて止まらなくなり、涙が零れた。
吹っ切ったと思っていても、気持ちの整理には時間がかかるものらしい。
一度堰を切って溢れた涙は止まることがなく、私は窓の傍で俯き、声を押し殺して静かに涙を流した。
――そうしてどのくらい時間が経っただろう。
青かった空に夕日の影が差し込み始めた頃、ようやく涙が止まり、腫れぼったくなった瞼を抑えて私は立ち上がった。
そうして沈みゆく夕日を窓から眺めて、私は決意した。
「リディス・エオリア、しっかりするの。泣くのはここまでよ。過去は捨てて、前に進むの。これからは自分の幸せのために生きるのよ」
涙はもう十分流した。
十分傷ついた。まだ傷は癒えないけれど、もう涙は流さない。私は前に進むべきだ。
心機一転。そう新たに決意し、私は夕日が差し込む窓に背を向けた。
***
リディスが背を向けた窓を見上げるのは、翠玉の双眸。
今しがたまで見えていた『彼女』を目にした彼は、幼き日の面影を残しながらも、立派な女性に成長した『彼女』を懐かしむように、それでいてどこか慈しむような視線を向ける。
彼女を目にして微笑を浮かべていた形の整った唇が開き、言葉が紡がれる。
「待っていて、リディス。今、迎えに行くから」
そう楽しげに呟いた声と、彼女が運命の再会を果たすまで、あと僅か――。
私は生家であるエオリア侯爵邸に戻ってきていた。
「ふぅ……」
五年ぶりに戻ってきた屋敷は少し模様替えした程度でほとんどその面影は変わっていない。
幼少期を過ごした部屋もそのままにしてあり、両親から「なんの気兼ねもしなくていい」と言われ、私は鞄ひとつに全ての荷物を詰めてここに帰ってきた。
レンヴォルトとの離縁に関しては両親が全面的に味方してくれた。大元はレンヴォルトの不義理が原因であったこともあり、彼との離婚は直ぐに成立した。
今回の件で両親には心配をかけてしまった。
元が政略結婚であるとはいえ、私がレンヴォルトを慕っていたことを知った両親が彼との婚約を進めてくれていたというのに。
それを白紙に戻してしまったことには多少心が痛む。
けれど、あそこまで言われてそのまま彼との夫婦関係を続ける気は起きなかった。
失恋の傷はまだ癒えてはいないけれど、前向きに考えよう。
子どもが産まれる前に彼の本心を知れてよかった。
もし子どもが産まれていたなら、私は自分の気持ちを押し殺してでもハンス伯爵家に残り続けただろう。
そう。これで良かったのよ。
そう頭では考えているのに、心は、胸はズキリと傷む。たった五年間の夫婦生活ではあったけれど、幸せな時間でもあった。最後の裏切りさえなければ。
私との離縁後、すぐにレンヴォルトとリズ――リズベットの婚約が持ち上がったらしい。
それを風の噂で聞き、私は全てを悟った。
今思い返せばあの二人は友達と言うには不自然に距離が近かった。私を挟んで話している時も、二人で見つめあったり目配せをし合ったりすることがあったし、親密な関係を見せる二人になんとなく居心地の悪さを感じたりしたものだ。
二人が互いを想いあっていたのだとしたらそれにも納得できるし、二人にとって私は最初から邪魔者だったというわけだ。
「なんて茶番かしら」
窓から外を眺めながら、ぽつりと呟く。
なにも知らずに五年間もただ幸せに浮かれていた自分に腹が立つ。
「なんて……愚かなのかしら」
リズベットとレンヴォルトの関係に気づくことなく、表面だけの結婚生活に浮かれていた自分が酷く滑稽に思えてきた。
――悔しい。悲しい。
自分でもよく分からない感情がごちゃ混ぜになって渦巻いて止まらなくなり、涙が零れた。
吹っ切ったと思っていても、気持ちの整理には時間がかかるものらしい。
一度堰を切って溢れた涙は止まることがなく、私は窓の傍で俯き、声を押し殺して静かに涙を流した。
――そうしてどのくらい時間が経っただろう。
青かった空に夕日の影が差し込み始めた頃、ようやく涙が止まり、腫れぼったくなった瞼を抑えて私は立ち上がった。
そうして沈みゆく夕日を窓から眺めて、私は決意した。
「リディス・エオリア、しっかりするの。泣くのはここまでよ。過去は捨てて、前に進むの。これからは自分の幸せのために生きるのよ」
涙はもう十分流した。
十分傷ついた。まだ傷は癒えないけれど、もう涙は流さない。私は前に進むべきだ。
心機一転。そう新たに決意し、私は夕日が差し込む窓に背を向けた。
***
リディスが背を向けた窓を見上げるのは、翠玉の双眸。
今しがたまで見えていた『彼女』を目にした彼は、幼き日の面影を残しながらも、立派な女性に成長した『彼女』を懐かしむように、それでいてどこか慈しむような視線を向ける。
彼女を目にして微笑を浮かべていた形の整った唇が開き、言葉が紡がれる。
「待っていて、リディス。今、迎えに行くから」
そう楽しげに呟いた声と、彼女が運命の再会を果たすまで、あと僅か――。
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