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9 実家に帰りたい
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こうして奇妙なやり直し生活が始まって一日目。
まず私たちが決めたことは続き間となっている扉をきちんと利用することだった。
三年間開かずの間だったお互いの部屋に続く扉。夫婦であるならば利用していない方がおかしいと話し合いにより、使える場合は使っていく方針になった。
そんな取り決めから一夜明け、柔らかな朝日が窓から差し込む。
自然と目が覚めた私はその扉を見ながら手持ち無沙汰に部屋の中でとある疑問と戦っていた。
それは。
「そういえば、結婚生活ってどんなものなのかしら」
アレグナー家に嫁いではや三年。私がしたことと言えば屋敷の中で慎ましく暮らすことだけだった。
夜会に呼ばれて参加したことは何度かあったが、夫は都合が合わず一人でいることが多かった。
一般に貴族の家の妻と言えば、夫人となる。
夫を支え、子を身ごもり血を残していくのが主な約目。夫が不在の間は女主人となり、使用人達を取り仕切る。
社交界のシーズンが来れば、自分の家に貴族を招いて夜会を開いたりもする。レズロー伯爵家ではよく母が慌ただしそうに使用人と準備していたのを見守ったものだ。
自分に分かることを思い出して見ても、これくらいしか出てこない。
「うーん。妻としての役割……」
妻としてどのようなことをすればよいのか。私はこの三年間ほぼ閉じこもって暮らしていたため、世情にも疎い。仮に夜会を開いたところで、世間話に花を咲かせるご令嬢やご婦人に話を合わせられるだろうか。
今の流行りを把握して、それを取り入れることも重要なのではないか。
今更ながら不安になってきた。
元々私は大人しい方の性格だ。夜会では壁の花を決め込み、どうしても挨拶しなければならない時は兄の後ろで隠れるように潜んでいた。
そんな私が女主人としてこの屋敷でやっていけるのだろうか。気心知れた使用人達は私に何かと気遣ってくれるが、そんな彼らを仕切るだなんて烏滸がましいこと、私にできる訳が無い。むしろお世話されている立場だというのに。
「困ったわ。情報が足りない」
ヴィクターに提案された以上、私もそれなりに自分の結婚生活をどうするかについて考えてみようと思ったのたが、本当の意味での結婚生活というものを体験したことがないので、イマイチ分からない。
「まぁ、こういうことは考えていても仕方ないわよね」
分からないのならば、分かる人に聞けば良いのだ。
そう思い、私は文を手にする。アレグナー侯爵家は魔術師という家柄、紙を使うことが多い。上質な紙はインクが引っかかることも無く、サラサラと要件を書き連ねると鳥籠に入っていた小鳥の足にその文を巻き付ける。
「これを私の家に。お願いね」
魔術師によって特殊な訓練を経たこの小鳥は一度訪れた場所になら文を届けることができるらしい。
ピチチと声を出して飛び立つ小鳥を見守ってから身支度を整え、私は夫の部屋へと繋がる扉をノックした。
「旦那様、起きていらっしゃいますでしょうか」
声をかけると部屋からドタバタと何かが倒れる音や、書物のすれる音が聞こえた。ヴィクターは起きているようだが、一体何をしているのだろう。
暫く待っていると続き間の扉がガチャリと開き、中からヴィクターが顔を出した。
「やぁリューン。お、おはよう」
身支度はできているものの、髪の毛があちこち跳ね、よく見ると釦を掛け間違えている。突然私が扉をノックしたので驚いてしまったのだろうか。そんなに慌てる必要はなかったのに。
仕方なく夫に近づき、ズレた釦を止め直すと、ヴィクターは物凄く驚いた表情をしていた。驚きながらも、少し嬉しそうにしているように見えたのは気のせいだろうか。
――あれ、もしかして今の物凄く夫婦っぽかった?
そうか。こういう触れ合いも夫婦ならば当然のことか。
三年間ほぼ関わることなく過ごしていたためにそんなことも忘れていたなんて。
これはやっぱり、勉強する必要があるわね。
そう思いながら、ヴィクターに用件を伝える。
「旦那様、私暫く実家に帰りたいのですが」
そう切り出すと、さっきまで嬉しそうだったヴィクターの表情が一転。
雷に打たれたかのような絶望の表情に変わった。
あれ、何か変なことを言っただろうかと、私は疑問に首を傾げた。
まず私たちが決めたことは続き間となっている扉をきちんと利用することだった。
三年間開かずの間だったお互いの部屋に続く扉。夫婦であるならば利用していない方がおかしいと話し合いにより、使える場合は使っていく方針になった。
そんな取り決めから一夜明け、柔らかな朝日が窓から差し込む。
自然と目が覚めた私はその扉を見ながら手持ち無沙汰に部屋の中でとある疑問と戦っていた。
それは。
「そういえば、結婚生活ってどんなものなのかしら」
アレグナー家に嫁いではや三年。私がしたことと言えば屋敷の中で慎ましく暮らすことだけだった。
夜会に呼ばれて参加したことは何度かあったが、夫は都合が合わず一人でいることが多かった。
一般に貴族の家の妻と言えば、夫人となる。
夫を支え、子を身ごもり血を残していくのが主な約目。夫が不在の間は女主人となり、使用人達を取り仕切る。
社交界のシーズンが来れば、自分の家に貴族を招いて夜会を開いたりもする。レズロー伯爵家ではよく母が慌ただしそうに使用人と準備していたのを見守ったものだ。
自分に分かることを思い出して見ても、これくらいしか出てこない。
「うーん。妻としての役割……」
妻としてどのようなことをすればよいのか。私はこの三年間ほぼ閉じこもって暮らしていたため、世情にも疎い。仮に夜会を開いたところで、世間話に花を咲かせるご令嬢やご婦人に話を合わせられるだろうか。
今の流行りを把握して、それを取り入れることも重要なのではないか。
今更ながら不安になってきた。
元々私は大人しい方の性格だ。夜会では壁の花を決め込み、どうしても挨拶しなければならない時は兄の後ろで隠れるように潜んでいた。
そんな私が女主人としてこの屋敷でやっていけるのだろうか。気心知れた使用人達は私に何かと気遣ってくれるが、そんな彼らを仕切るだなんて烏滸がましいこと、私にできる訳が無い。むしろお世話されている立場だというのに。
「困ったわ。情報が足りない」
ヴィクターに提案された以上、私もそれなりに自分の結婚生活をどうするかについて考えてみようと思ったのたが、本当の意味での結婚生活というものを体験したことがないので、イマイチ分からない。
「まぁ、こういうことは考えていても仕方ないわよね」
分からないのならば、分かる人に聞けば良いのだ。
そう思い、私は文を手にする。アレグナー侯爵家は魔術師という家柄、紙を使うことが多い。上質な紙はインクが引っかかることも無く、サラサラと要件を書き連ねると鳥籠に入っていた小鳥の足にその文を巻き付ける。
「これを私の家に。お願いね」
魔術師によって特殊な訓練を経たこの小鳥は一度訪れた場所になら文を届けることができるらしい。
ピチチと声を出して飛び立つ小鳥を見守ってから身支度を整え、私は夫の部屋へと繋がる扉をノックした。
「旦那様、起きていらっしゃいますでしょうか」
声をかけると部屋からドタバタと何かが倒れる音や、書物のすれる音が聞こえた。ヴィクターは起きているようだが、一体何をしているのだろう。
暫く待っていると続き間の扉がガチャリと開き、中からヴィクターが顔を出した。
「やぁリューン。お、おはよう」
身支度はできているものの、髪の毛があちこち跳ね、よく見ると釦を掛け間違えている。突然私が扉をノックしたので驚いてしまったのだろうか。そんなに慌てる必要はなかったのに。
仕方なく夫に近づき、ズレた釦を止め直すと、ヴィクターは物凄く驚いた表情をしていた。驚きながらも、少し嬉しそうにしているように見えたのは気のせいだろうか。
――あれ、もしかして今の物凄く夫婦っぽかった?
そうか。こういう触れ合いも夫婦ならば当然のことか。
三年間ほぼ関わることなく過ごしていたためにそんなことも忘れていたなんて。
これはやっぱり、勉強する必要があるわね。
そう思いながら、ヴィクターに用件を伝える。
「旦那様、私暫く実家に帰りたいのですが」
そう切り出すと、さっきまで嬉しそうだったヴィクターの表情が一転。
雷に打たれたかのような絶望の表情に変わった。
あれ、何か変なことを言っただろうかと、私は疑問に首を傾げた。
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