この契約結婚に、愛は必要ですか?

蓮実 アラタ

文字の大きさ
9 / 11

9 実家に帰りたい

しおりを挟む
 こうして奇妙なやり直し生活が始まって一日目。
 まず私たちが決めたことは続き間となっている扉をきちんと利用することだった。

 三年間開かずの間だったお互いの部屋に続く扉。夫婦であるならば利用していない方がおかしいと話し合いにより、使える場合は使っていく方針になった。


 そんな取り決めから一夜明け、柔らかな朝日が窓から差し込む。
 自然と目が覚めた私はその扉を見ながら手持ち無沙汰に部屋の中でとある疑問と戦っていた。
 それは。

「そういえば、結婚生活ってどんなものなのかしら」

 アレグナー家に嫁いではや三年。私がしたことと言えば屋敷の中で慎ましく暮らすことだけだった。
 夜会に呼ばれて参加したことは何度かあったが、夫は都合が合わず一人でいることが多かった。

 一般に貴族の家の妻と言えば、夫人となる。
 夫を支え、子を身ごもり血を残していくのが主な約目。夫が不在の間は女主人となり、使用人達を取り仕切る。
 社交界のシーズンが来れば、自分の家に貴族を招いて夜会を開いたりもする。レズロー伯爵家ではよく母が慌ただしそうに使用人と準備していたのを見守ったものだ。

 自分に分かることを思い出して見ても、これくらいしか出てこない。

「うーん。妻としての役割……」

 妻としてどのようなことをすればよいのか。私はこの三年間ほぼ閉じこもって暮らしていたため、世情にも疎い。仮に夜会を開いたところで、世間話に花を咲かせるご令嬢やご婦人に話を合わせられるだろうか。
 今の流行りを把握して、それを取り入れることも重要なのではないか。

 今更ながら不安になってきた。
 元々私は大人しい方の性格だ。夜会では壁の花を決め込み、どうしても挨拶しなければならない時は兄の後ろで隠れるように潜んでいた。

 そんな私が女主人としてこの屋敷でやっていけるのだろうか。気心知れた使用人達は私に何かと気遣ってくれるが、そんな彼らを仕切るだなんて烏滸がましいこと、私にできる訳が無い。むしろお世話されている立場だというのに。

「困ったわ。情報が足りない」

 ヴィクターに提案された以上、私もそれなりに自分の結婚生活をどうするかについて考えてみようと思ったのたが、本当の意味での結婚生活というものを体験したことがないので、イマイチ分からない。

「まぁ、こういうことは考えていても仕方ないわよね」

 分からないのならば、分かる人に聞けば良いのだ。
 そう思い、私は文を手にする。アレグナー侯爵家は魔術師という家柄、紙を使うことが多い。上質な紙はインクが引っかかることも無く、サラサラと要件を書き連ねると鳥籠に入っていた小鳥の足にその文を巻き付ける。

「これを私の家に。お願いね」

 魔術師によって特殊な訓練を経たこの小鳥は一度訪れた場所になら文を届けることができるらしい。
 ピチチと声を出して飛び立つ小鳥を見守ってから身支度を整え、私は夫の部屋へと繋がる扉をノックした。

「旦那様、起きていらっしゃいますでしょうか」
   
 声をかけると部屋からドタバタと何かが倒れる音や、書物のすれる音が聞こえた。ヴィクターは起きているようだが、一体何をしているのだろう。

 暫く待っていると続き間の扉がガチャリと開き、中からヴィクターが顔を出した。

「やぁリューン。お、おはよう」
  
 身支度はできているものの、髪の毛があちこち跳ね、よく見るとボタンを掛け間違えている。突然私が扉をノックしたので驚いてしまったのだろうか。そんなに慌てる必要はなかったのに。

 仕方なく夫に近づき、ズレたボタンを止め直すと、ヴィクターは物凄く驚いた表情をしていた。驚きながらも、少し嬉しそうにしているように見えたのは気のせいだろうか。

 ――あれ、もしかして今の物凄く夫婦っぽかった?

 そうか。こういう触れ合いも夫婦ならば当然のことか。
 三年間ほぼ関わることなく過ごしていたためにそんなことも忘れていたなんて。
 これはやっぱり、勉強する必要があるわね。

 そう思いながら、ヴィクターに用件を伝える。

「旦那様、私暫く実家に帰りたいのですが」

 そう切り出すと、さっきまで嬉しそうだったヴィクターの表情が一転。
 雷に打たれたかのような絶望の表情に変わった。

 あれ、何か変なことを言っただろうかと、私は疑問に首を傾げた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

いつまでも甘くないから

朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。 結婚を前提として紹介であることは明白だった。 しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。 この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。 目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・ 二人は正反対の反応をした。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

処理中です...