【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ

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1章 追放までのあれこれ。

10,本題へ

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正直、ここまで恐怖する報告会ってあるのだろうか。

肉親だよ?   両親だよ?   家族だよ?

なのにぶっちゃけホラーなんですけど。
目の前の両親の目が軽くイッちゃってるのは気の所為かしら。うん、きっと気のせいだ。そうしよう。そう思うことにしよう。
私は冷や汗をダラダラ流しつつ、本題へ入ることにした。


「お父様、お母様。お気づきかとは思いますけれど、私今日限りを持ちまして、セラーイズル殿下との婚約を解消することになりましたの」


この際回りくどい説明をするよりも率直に説明してしまった方がよい。
もうどうせ薄々勘づかれているのであれば誤魔化す方が悪化させそうだ。
もう丸投げ。なるようになぁれ。うふふ。

半ばやけくそ気味に告げながらも私は即座に体内のミューズを消費するために構える。
この両親は今何をするか検討も付かないので万事に備えなければならない。


「「……」」


軽く身構えたまま恐る恐る両親を見やると二人はニコニコした表情のまま固まっている。
まるで笑顔を無理やり顔に貼り付けているようだ。寝室が静寂に包まれる。


「……」


何だろうか、この間は。
大人しいのは助かるのだけれど、二人の笑顔が怖い。笑顔なのに怖い。表情こそにこやかだが、悪寒が止まらない。
私は思わず肩に羽織っていたショールを手繰り寄せた。

次の瞬間。笑顔を貼り付けたまま、ようやく父が口を開いた。


「そうか……あの王子が。可愛い、我が可愛い一人娘に……婚約破棄。ふふ、ふふふふ……」


続くようにして母も言葉を紡ぐ。


「あらあらまあまあ。アリーシャちゃん、王子に振られちゃったの。……そうなの」
「あの、お父様……お母様?」


──ズドォン!!

突然大きな重圧がかかったように、大気が震えた。
体を押し潰さんばかりの重圧に耐えきれず、床に膝をつく。
気づけばオーウェン公爵邸全体がガタガタと震えていた。まるで大きな地震が来たように。
地震にしても急すぎる。というか、間違いなく原因は両親だ。

我が両親のミューズ許容量は国内随一と言われる私ほど大きくはないが、それでも一般人に比べれば遥かに大きい。
邸全体がガタガタ揺れ、棚から物が落ちる。花瓶が割れ、床が水浸しになっている。

うわああ、やばいやばい!  家が壊れるうう!!


「お嬢様!   お屋敷は守りの結界を貼っておりますゆえ、しばらくは持ちます!   ですから旦那様と奥様の暴走を抑えてくださいませ!」


傍らから飛んだミーナの鋭い指示に、ハッとする。
そうだ。二人をどうにかしないと。
待機させていたミューズを消費し、すぐに魔術を行使した。

まずは暴走気味になっていた両親のミューズに私のモノをぶつけて相殺。これは王子のカマイタチを相殺したのの応用だ。
これで地震は止まった。あとは──


「お父様、お母様、ごめんなさい!──『落ち着いて』!!」


素早く身を翻し、両親に向かってそれぞれ人差し指を突きつける。
釣られたように指を見た二人はそのままぴしりと固まった。

ミューズによる魔術はもともと人間が行使するにあたり、思いの強さと消費するミューズ量でその質量が決まる。

思いの強さ──つまり、感情も作用のひとつに入るのだ。そして怒りや悲しみなどのより強い感情に反応して暴走する場合もある。
そうなった場合、暴走を止めるのに一番手っ取り早いのが感情の抑制だ。

私は今指に注目させコマンドを介して両親の脳内を刺激し、一時的に軽いショック状態を引き起こした。
これにより感情を抑制させ、落ち着けることが出来るのだ。まぁ感覚的には犬に「待て」と指示した状態に近い。


両親はぱちくりと瞬きをすると、普段の表情に戻った。
よかった。何とか落ち着いてくれたようだ。
私はおどけたように肩を竦めて両親を諌めた。


「お二人共、さすがに家を壊すようなことはやめてくださいね?   どうか落ち着いて話を聞いてください」


冷静になってもらわないと話が進まない。
途端に父がしょぼんとしたように肩を落とした。
いつもは娘に甘いけれど、怜悧な美貌の厳格な父が叱られた子どものように見えてちょっと可愛い。不覚にもキュンとしたが無視する。それはそれ。これはこれ。


「ああ、そうだね。済まないアリーシャ。話を続けてくれ」


やっと本題に入れる。ホッと一息着いた私はミーナと顔を見合わせて微笑むと話を進めた。







「──ふむ、王子からの破棄の申し出といのは分かった。お前がそれを了承したことも。だがアリーシャよ」
「はい」


一通り話し終えた私に父が鋭い眼差しを向けた。
その視線に背筋を正して私は受け止める。


「もともとこの婚約は王命によるもの。いくら王子といえど簡単に破棄はできるものではないだろう。これは言ってみれば王子の我儘みたいなものだ。それでも陛下が納得すると思うかい?」
「……いいえ」


外務大臣として、そしてオーウェン公爵としての顔で問われた父の問いに視線を伏せながら私は応えた。

それは最もな指摘だ。
元々この婚約はこのアルメニア王国の国王の命令によって組まれたもの。
いわゆる王命である。余程のことがない限り覆されることは無いし、覆されることがあってならない。この娘煩悩な父が婚約を拒否することも出来なかったし、そのために私は王妃教育を受けてきた。将来王妃としてこの国に君臨することは確定事項のようなものだ。

そして何より私はアルメニア国名門貴族のオーウェン公爵家令嬢。国内随一のミューズ許容量を持ち、大きな力の使い手である。
手駒として確保しておくために婚約を仕組まれた経緯があることも既に把握している。
貴族の政略結婚は当たり前だからその事に特に文句はない。
それが貴族のひいては令嬢に生まれたものとしての義務だと言うことも承知しているつもりだ。

けれど。
その全てを分かっていても、この婚約は絶対に破棄しなければならない。
私の旅に出たいという個人的な理由も、セジュナと王子を結ばせてあげたい、という理由があるのも勿論。けれどそれは一因にすぎない。
最大の要因は別にあるのだ。

私はどうしても婚約を破棄しなければならない。

──「アリーシャ・ウルズ・オーウェン」を殺さねばならない。

けれど王命ゆえにアリーシャから婚約破棄を申し入れることはできなかった。
だから王子から婚約破棄をしてもらう必要があったのだ。

だからセジュナと手を組んだ。断罪イベントを利用した。ここまでは上手くいった。計画通りにことは進んでいる。

あともう一押し。ここで止まる訳には行かない。
私の今後がかかっているのだから。

改めて決意を固めると伏せていて視線を上げる。
父と目が合った。オーウェン公爵として、外務大臣としての厳格な顔を見せている父をしっかりと見据え、私は次の言葉を言い放った。


「お父様、お母様。話があります。とても大事な話が」


私の真剣な表情を感じとってか、父は真摯に私を見つめ返して続きを促した。


「なんだい、言ってご覧?」
「はい。それは──」


私が続けて告げた言葉に、父と母は目を見開いた。











窓から差し込む明るい日差しに、私の意識は覚醒した。


「ん、朝……?」


もぞもぞとベッドで身動ぎして何とか上半身を布団から覗かせる。

パーティから戻ってきた時間は比較的早かったのに、日付を跨いで両親と話し合いをしていたためとても疲れた。
ようやく話を終えて自室に戻ってきた頃には瞼が半分降りていて、ベッドにダイブすればそのまま寝落ちしていたことだろう。

ミーナに促されるままに化粧を落として風呂に浸かり、夜着を纏ってベッドに入るとすぐに寝てしまった。


「うーん……」


まだ眠さはあるが我慢できないほどではない。大きく伸びをしてベッドから降りると、眠りの余韻を覚ますために空気を入れ替えようと備え付けの出窓を開けた。

この世界にも四季はあり、今は秋から冬にかけてちょうど季節が変わりゆく頃合いだ。
少し肌寒いくらいに感じる風が白いレースのカーテンを揺らす。

窓の縁に肘をつけてぼーっと庭園の風景を眺めていると部屋のドアが控えめにノックされる。


「ミーナです。お嬢様、起きていらっしゃいますか?」
「ええ、起きているわ。入っていいわよ」
「失礼します」


私の寝落ちを見届けてから自分の仕事を片付けて寝た彼女は間違いなく私より遅くに寝たはずなのに、ミーナはいつもと変わらず完璧な所作と装いで仕事をこなしている。
両親の暴走と言い、私の寝落ちと言い昨日は迷惑をかけてしまったな、と少し反省しながら私はミーナに声をかけた。


「おはようミーナ。昨日はごめんなさいね」


申し訳ない気持ちと感謝の気持ちを込めてアーモンド型の瞳を見つめると、ミーナはにこやかに笑った。


「とんでもございません。私はお嬢様のお世話が大好きなので迷惑なんて思っておりませんよ。あと、おはようございますお嬢様」
「ええ、それでも。いつもありがとう」
「そのお気持ちだけで十分ですよ」


ミーナは少し照れ臭そうに頬を染めながら手を振った。桜色の髪がふんわり揺れて朝日に輝く。
改めて感謝を告げるのは結構恥ずかしいんだな。
なんだかむず痒くなったな。
ミーナの照れている表情を見たら、こちらまで恥ずかしくなってきた。笑って誤魔化したけどバレてないよね。

そうだ。ミーナはなんの用事で入ってきたのだろう。今日は創立記念パーティの影響で学園は休みだ。朝の支度はもう少し遅くてもいいはずなのに。


「ミーナ、用件は?」
「はい。こちらが届いております」


私の問いにすぐさま仕事モードに切り替えた彼女は私に一通の手紙を差し出した。
その手紙の正体に気づき、私は思わず歯噛みする。丁寧に封がされた手紙。その封蝋の紋章に見覚えがあった。

正十字に絡まるように這う蔦。その真ん中に咲くのは、一輪の薔薇。
アルメニア王国王家の紋章だ。

内容は見なくてもわかる。恐らく国王直々の呼び出し、といったところか。
さすがあの国王タヌキ。婚約破棄の話を聞いてからの対応が迅速だ。
ともあれ、王家からの呼び出しに私の拒否権はない。出仕しなければならないだろう。

ここからが正念場だ。大丈夫。きっと上手くいく。絶対に成功させる。決意を込めて私は固く拳を握りしめた。







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